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第16話 舞踏会は戦場で
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「ふぅ……ごちそうさまでした」
私は骨だけになった巨大なドラゴンの腿肉を皿(盾)に置き、ナプキンで口元を拭った。 王城中庭でのBBQ大会は、大盛況のうちに幕を閉じた……わけではない。 正確には、「第一部・食事休憩」が終了したところだ。
周囲を見渡せば、マッスル商会の店員や王国騎士団の兵士たちが、膨れ上がったお腹をさすりながら、しかしその瞳にはぎらついた闘志を宿して武器を構え直している。 適度な満腹感と、魔獣肉によるバフ効果。 彼らの士気は最高潮だ。
だが、状況は依然として予断を許さない。 アークデーモンら「三巨頭」は倒したものの、破壊されたダンジョンの入り口からは、まるで壊れた蛇口のように、ゴブリン、スケルトン、リザードマンといった中・下級魔獣が湧き出し続けているのだ。 その数、目視できるだけで数千。 地面を埋め尽くす黒い絨毯のようだ。
「キリがありませんね」
隣で同じく食事を終えたジークフリート殿下が、愛剣の手入れをしながら呟いた。 彼もまた、かなりの量を食べたはずだが、その身体のキレは少しも鈍っていない。むしろ魔力を充填し、輝きを増しているように見える。
「ええ。ボスは不在でも、これだけの数が暴れ回れば、王都は更地になってしまいますわ」
私は立ち上がり、エプロンを外した。 ドラゴン皮の戦闘服が、月明かりを反射して艶やかに光る。
「どうする? 入り口を塞ぐか?」
「いえ、地下の圧力が高まりすぎています。無理に塞げば、別の場所が噴火するだけですわ。今は、溢れ出る膿(うみ)を出し切るしかありません」
つまり、出てくる端から殲滅する。 単純だが、最も骨の折れる作業だ。 ただ剣を振るうだけでは、こちらの体力が尽きるか、精神が摩耗してしまうだろう。
「……単調な作業は嫌いですの。飽きてしまいますもの」
私は軽く屈伸をし、足首を回した。 「殿下。食後の運動はお好き?」
「ああ、嫌いじゃない。特に、美女とのダンスなら大歓迎だ」
殿下は私の意図を察したのか、ニカッと爽やかに笑った。 察しが良くて助かる。
「よろしい。では、この殺伐とした戦場を、華やかな舞踏会場に変えてしまいましょう」
私は中庭の中央、噴水の縁に飛び乗った。 そして、大きく手を打ち鳴らす。
パンッ!
よく通る音が、喧噪を切り裂いて響き渡った。
「注目ッ! これより、ベルシュタイン流・戦場舞踏会(バトル・ボール)を開催いたしますわ! 音楽はありませんが、魔獣の悲鳴をリズムになさい!」
兵士たちがざわめく。 またお嬢様が何か変なことを始めたぞ、という顔だが、その目には期待の色がある。
「パートナーは、隣国の皇太子、ジークフリート殿下! そしてリードを務めますのは、私、エレオノーラ・ベルシュタインです!」
私が手を差し伸べると、殿下は恭しくその手を取り、跪いて手の甲にキスをした。
「光栄だ、マイ・レディ。……足を踏まないように気をつけるよ」
「あら、私の足を踏んだら、その足が砕けますわよ?」
「ハハハ、それは怖い。命がけのダンスになりそうだ」
殿下は立ち上がり、私と向かい合った。 彼の手が私の腰に添えられる。 固く、熱い掌。 戦士の手だ。
周囲を取り囲む魔獣の群れが、一斉に襲いかかってくる。 ゴブリンの喚き声、スケルトンの骨の音、オークの足音。 それらが不協和音となって押し寄せる。
「参りましょうか」
「ああ、付いておいで」
タンッ!
私たちは同時にステップを踏んだ。 ワルツのリズム。 一、二、三。一、二、三。
最初の一歩で、私たちは魔獣の群れの中に飛び込んだ。
ザシュッ! ドゴォッ!
殿下の剣が円を描き、周囲のゴブリンの首を刎ねる。 同時に、私の回し蹴りがオークの胴体をへし折る。 回転。 また回転。
私たちは背中合わせになり、互いの死角をカバーしながら、コマのように戦場を回転し始めた。
「シャル・ウィ・ダンス?」
「イエス、オフコース!」
殿下が私を持ち上げる。 私は彼の手を支点にして空中に舞い上がり、開脚しながら回転蹴りを放つ。
ババババババッ!!
私の足先(ミスリルのスパイク付き)が、空を飛ぶガーゴイルたちの顔面を的確に捉え、粉砕していく。 着地と同時に、私は殿下の股下をスライディングで潜り抜け、彼に背後から迫っていたリザードマンの足を払う。
ズサァッ! リザードマンが転倒したところへ、殿下の剣が突き刺さる。
完璧な連携(コンビネーション)。 打ち合わせなどしていない。 呼吸と、筋肉の動きだけで意思疎通ができている。 これを「相性がいい」と言うのだろうか。
「素晴らしい……! なんて軽やかなんだ!」
殿下が感嘆の声を上げる。
「貴女となら、空だって飛べそうだ!」
「お望みなら、飛ばせて差し上げますわよ!」
私は殿下の手を掴み、遠心力を利用してぶん投げた。
「うおぉぉぉぉッ!?」
殿下は人間ロケットとなって敵陣の深部へ突っ込んでいく。 だが、彼は空中で体勢を整え、剣に魔力を纏わせた。
「『紅蓮剣・円舞(ロンド)』ッ!!」
ズドォォォォンッ!!
着地の衝撃とともに、炎の渦が巻き起こる。 半径二十メートル以内の魔獣が一瞬で灰になった。
私はその隙に、敵の密集地帯へ飛び込み、素手による乱舞を開始した。
「右、左、ターン!」
パァン! メキョッ! ドゴォッ!
右掌底でスケルトンを粉砕。 左肘打ちでオークの顔面を陥没。 そして華麗なターンと共に、裏拳でボア(猪)を場外ホームラン。
私の動きは、暴力でありながら舞踊だった。 ドレスの裾(破れて短くなっているが)が翻り、銀髪が夜空に軌跡を描く。 返り血一つ浴びることなく、ただ優雅に、圧倒的な質量攻撃を繰り出し続ける。
その光景に、兵士たちは目を奪われていた。
「すげぇ……」 「美しい……まるで戦乙女(ヴァルキリー)だ……」 「俺たちも見惚れてる場合じゃねぇ! 続くぞ!」
誰かが剣をリズムに合わせて打ち鳴らし始めた。 カキン、カキン。 それに合わせて、他の兵士たちも足を踏み鳴らす。 ドンドン、ドンドン。
即興の音楽が生まれた。 金属音と足音が重なり合い、原始的で勇壮なビートを刻む。
「ソレ! ソレ! ソレ!」 「マッスル! マッスル!」
マッスル商会の店員たちが掛け声を上げる。 戦場全体が、巨大なダンスフロアと化した。
「ふふっ、盛り上がってきましたわね!」
私は汗をぬぐい、殿下と合流した。 二人とも、息は上がっているが、笑顔だ。
「楽しいな、エレオノーラ! こんなに血湧き肉躍る舞踏会は初めてだ!」
「ええ、王宮の退屈なダンスパーティーとは比べ物になりませんわ!」
私たちは再び手を取り合った。 今度はもっと激しく、もっと速く。
タンゴのリズムで!
殿下が私を引き寄せ、鋭く方向転換する。 それに合わせて、私が蹴りを放つ。 鋭角的な動き。 静と動の切り替え。
ザッ、ザッ、ザッ、ターン! ズドン!
私たちの通過した後には、魔獣の死体の山が築かれていく。 それはまるで、モーゼが海を割るように、魔獣の海を切り裂いていく行進だった。
◇
その頃、王城のバルコニーでは。 拘束されていたジェラルド王子とミレーヌが、芋虫のように転がりながらその光景を見ていた。
「な、なんなんだあれは……」
ジェラルドは戦慄していた。 地獄のような光景なのに、なぜか楽しそうで、神々しくて、美しい。 兵士たちが笑いながら戦っている。 あの絶望的な状況が、エレオノーラという一人の存在によって、祝祭へと塗り替えられている。
「……勝てないわけね」
ミレーヌが掠れた声で呟いた。
「武力だけじゃない。彼女は、人の心を動かす力を持っている。……カリスマってやつよ」
「カリスマ……。あの筋肉女がか?」
「ええ。貴方には一生理解できないでしょうけど」
ミレーヌは自嘲気味に笑った。 彼女の工作活動は完璧だったはずだ。 だが、エレオノーラという規格外の存在(イレギュラー)を計算に入れられなかったことが、全ての敗因だった。
◇
戦場にて。 魔獣の数は目に見えて減っていた。 だが、まだダンジョンの入り口からは瘴気が噴き出している。
「そろそろ、フィナーレといきたいところだが」
殿下が額の汗を拭う。
「ええ。大技で蓋をしてしまいましょう」
私は頷き、ダンジョンの入り口――崩落した遺跡の大穴を見据えた。
「殿下、私の『柱』に合わせていただけます?」
「柱? ああ、あのバットか」
「いいえ、もっと大きいのがありますの」
私は上空を旋回していた父バルバロスに合図を送った。 父はニヤリと笑い、ワイバーンから何かを投下した。
それは、王都の広場に突き刺さっていた『王宮の柱(本体)』とは別の、予備の柱(石材)だった。 ベルシュタイン領から持参した、巨大な黒曜石の柱だ。
ヒュゴォォォォッ!!
落下してくる柱。 私はタイミングを合わせて飛び上がった。
「殿下、炎をお願い!」
「承知した! 『プロミネンス・エンチャント』!」
殿下が剣から極大の炎を放ち、落下する柱に纏わせる。 黒曜石の柱が、赤熱化して隕石のように燃え上がる。
私は空中で柱の底を蹴り上げた。 いや、蹴り落とした。
「ベルシュタイン流・土木工事術・最終奥義!」
私の右足が、柱の頂点に食い込む。
「『天蓋封じ(グランド・スラム)』ッ!!」
ズドォォォォォォォォォォンッ!!
炎を纏った黒曜石の柱が、ダンジョンの大穴に正確無比に突き刺さる。 まるで栓をするかのように。
凄まじい衝撃波と熱波が、穴の周囲にいた魔獣たちを蒸発させる。 柱は地下深くまで貫通し、その熱で周囲の岩盤を溶かし、融合させた。 物理的な蓋(ふた)の完成である。
シーン……。
穴からの魔獣の供給が止まった。 残った魔獣たちは、退路を断たれ、パニックに陥っている。
「今だ! 一気に殲滅せよ!」
ガレイン卿が叫ぶ。 勢いづいた王国軍とマッスル商会部隊が、残党狩りを開始する。 勝負は決した。
私は着地し、ふぅと息を吐いた。 足元の石畳が砕けたが、気にしない。
「ナイス・アシストでしたわ、殿下」
「いや、貴女こそ。……あんな巨大な柱を蹴り込むとは、やはり貴女は規格外だ」
殿下は剣を鞘に納め、私に近づいてきた。 そして、自然な動作で私の肩を抱いた。
「最高のダンスだった。一生忘れられない夜になったよ」
彼の顔が近い。 整った顔立ちに、汗が光っている。 碧眼が私を真っ直ぐに見つめている。 これは、いわゆる「吊り橋効果」というやつだろうか。心臓が少しだけ高鳴るのを感じる。
「……ええ。悪くない運動でしたわ」
私は視線を少し逸らしつつ、答えた。 ここでデレるのは私のキャラではない。
「ところで、エレオノーラ。この戦いが終わったら……」
殿下が何か言いかけた時。
コケコッコー!!
空気を読まない鶏の鳴き声が響いた。 東の空が白み始めている。 夜明けだ。
朝日の光が、荒廃した王都を照らし出す。 瓦礫の山、魔獣の死体、そして生き残った人々の安堵の表情。
「……夜が明けましたわね」
私が言うと、殿下は苦笑して肩をすくめた。
「ああ。どうやら、告白のタイミングを逃したようだ」
「あら、何かおっしゃいました?」
「いや、なんでもない。……また改めて、平和な場所で言わせてもらうよ」
彼は私の頭をポンと撫でた。 嫌な気はしなかった。
◇
王都決戦は終わった。 人類の完全勝利だ。
兵士たちが武器を捨て、抱き合って喜んでいる。 ボブたちが、持参した勝利の美酒(樽ごと)を開け、振る舞い酒を始めている。 父バルバロスと兄ヴォルフガングが、筋肉ポーズを決めて記念撮影(絵師によるスケッチ)をしている。
平和だ。 すべてが解決したかのように見える。
――しかし。 私は知っていた。 物語には、必ず「エピローグ前のもう一波乱」があることを。
「お嬢様」
セバスチャンが音もなく現れた。 その表情は硬い。
「ご苦労様、セバスチャン。何かあった?」
「はい。王都の西門より、新たな軍勢が接近中との報告が入りました」
「軍勢? 魔獣の残党かしら?」
「いいえ。……『ガレリア帝国軍』の紋章を掲げた、正規軍でございます。その数、およそ一万」
私の目が細められた。 ガレリア帝国。 ミレーヌが所属していた敵国だ。 彼らは「王都救援」という名目で進軍してきたのだろうが、その真意が「火事場泥棒」であることは明白だ。 疲弊した王都を無傷の軍隊で制圧し、そのまま占領するつもりだろう。
「タイミングの悪い方々ですこと。せっかくダンスが終わって、クールダウンしようと思っていたのに」
私はため息をついた。
「殿下、聞こえました?」
「ああ。……ガレリアめ、ハイエナのような真似を」
ジークフリート殿下の表情が一変し、武人の険しい顔になる。 ドラグノフ帝国とガレリア帝国は、長年のライバル関係にある。
「我が軍も疲弊しているわけではないが、連戦はきついな。それに、向こうは『救援』という大義名分を掲げている。下手に攻撃すれば、国際問題になりかねん」
「面倒ですわね。政治的な駆け引きは」
私は腕組みをした。 力でねじ伏せるのは簡単だが、それでは私が「侵略者」になってしまう。 あくまで私は「被害者」であり「救世主」というポジションを守りたい。
「……そうだわ」
私はポンと手を打った。 名案が浮かんだ。 この状況を逆手に取り、ガレリア軍を追い返し、かつ私の商売に繋げる最高の一手が。
「セバスチャン、例の『アレ』の準備はできていて?」
「アレ、でございますか? ……はい、試作品ですが、実戦投入可能です」
「よろしい。では、ガレリア軍の皆様には、マッスル商会の『新商品発表会』の観客になってもらいましょう」
私はニヤリと笑った。 それは、アークデーモンに向けた時よりも、さらに邪悪で、商魂たくましい笑顔だった。
「殿下、もうひと踊り付き合っていただけます?」
「やれやれ。貴女という人は……。ああ、地獄の底まで付き合うさ」
ジークフリート殿下は呆れつつも、嬉しそうに剣を抜いた。
朝日の中、新たな戦いの幕が上がる。 だが、それはもはや悲壮な防衛戦ではない。 私たちによる、一方的な「蹂躙」と「プレゼンテーション」の始まりだった。
私は骨だけになった巨大なドラゴンの腿肉を皿(盾)に置き、ナプキンで口元を拭った。 王城中庭でのBBQ大会は、大盛況のうちに幕を閉じた……わけではない。 正確には、「第一部・食事休憩」が終了したところだ。
周囲を見渡せば、マッスル商会の店員や王国騎士団の兵士たちが、膨れ上がったお腹をさすりながら、しかしその瞳にはぎらついた闘志を宿して武器を構え直している。 適度な満腹感と、魔獣肉によるバフ効果。 彼らの士気は最高潮だ。
だが、状況は依然として予断を許さない。 アークデーモンら「三巨頭」は倒したものの、破壊されたダンジョンの入り口からは、まるで壊れた蛇口のように、ゴブリン、スケルトン、リザードマンといった中・下級魔獣が湧き出し続けているのだ。 その数、目視できるだけで数千。 地面を埋め尽くす黒い絨毯のようだ。
「キリがありませんね」
隣で同じく食事を終えたジークフリート殿下が、愛剣の手入れをしながら呟いた。 彼もまた、かなりの量を食べたはずだが、その身体のキレは少しも鈍っていない。むしろ魔力を充填し、輝きを増しているように見える。
「ええ。ボスは不在でも、これだけの数が暴れ回れば、王都は更地になってしまいますわ」
私は立ち上がり、エプロンを外した。 ドラゴン皮の戦闘服が、月明かりを反射して艶やかに光る。
「どうする? 入り口を塞ぐか?」
「いえ、地下の圧力が高まりすぎています。無理に塞げば、別の場所が噴火するだけですわ。今は、溢れ出る膿(うみ)を出し切るしかありません」
つまり、出てくる端から殲滅する。 単純だが、最も骨の折れる作業だ。 ただ剣を振るうだけでは、こちらの体力が尽きるか、精神が摩耗してしまうだろう。
「……単調な作業は嫌いですの。飽きてしまいますもの」
私は軽く屈伸をし、足首を回した。 「殿下。食後の運動はお好き?」
「ああ、嫌いじゃない。特に、美女とのダンスなら大歓迎だ」
殿下は私の意図を察したのか、ニカッと爽やかに笑った。 察しが良くて助かる。
「よろしい。では、この殺伐とした戦場を、華やかな舞踏会場に変えてしまいましょう」
私は中庭の中央、噴水の縁に飛び乗った。 そして、大きく手を打ち鳴らす。
パンッ!
よく通る音が、喧噪を切り裂いて響き渡った。
「注目ッ! これより、ベルシュタイン流・戦場舞踏会(バトル・ボール)を開催いたしますわ! 音楽はありませんが、魔獣の悲鳴をリズムになさい!」
兵士たちがざわめく。 またお嬢様が何か変なことを始めたぞ、という顔だが、その目には期待の色がある。
「パートナーは、隣国の皇太子、ジークフリート殿下! そしてリードを務めますのは、私、エレオノーラ・ベルシュタインです!」
私が手を差し伸べると、殿下は恭しくその手を取り、跪いて手の甲にキスをした。
「光栄だ、マイ・レディ。……足を踏まないように気をつけるよ」
「あら、私の足を踏んだら、その足が砕けますわよ?」
「ハハハ、それは怖い。命がけのダンスになりそうだ」
殿下は立ち上がり、私と向かい合った。 彼の手が私の腰に添えられる。 固く、熱い掌。 戦士の手だ。
周囲を取り囲む魔獣の群れが、一斉に襲いかかってくる。 ゴブリンの喚き声、スケルトンの骨の音、オークの足音。 それらが不協和音となって押し寄せる。
「参りましょうか」
「ああ、付いておいで」
タンッ!
私たちは同時にステップを踏んだ。 ワルツのリズム。 一、二、三。一、二、三。
最初の一歩で、私たちは魔獣の群れの中に飛び込んだ。
ザシュッ! ドゴォッ!
殿下の剣が円を描き、周囲のゴブリンの首を刎ねる。 同時に、私の回し蹴りがオークの胴体をへし折る。 回転。 また回転。
私たちは背中合わせになり、互いの死角をカバーしながら、コマのように戦場を回転し始めた。
「シャル・ウィ・ダンス?」
「イエス、オフコース!」
殿下が私を持ち上げる。 私は彼の手を支点にして空中に舞い上がり、開脚しながら回転蹴りを放つ。
ババババババッ!!
私の足先(ミスリルのスパイク付き)が、空を飛ぶガーゴイルたちの顔面を的確に捉え、粉砕していく。 着地と同時に、私は殿下の股下をスライディングで潜り抜け、彼に背後から迫っていたリザードマンの足を払う。
ズサァッ! リザードマンが転倒したところへ、殿下の剣が突き刺さる。
完璧な連携(コンビネーション)。 打ち合わせなどしていない。 呼吸と、筋肉の動きだけで意思疎通ができている。 これを「相性がいい」と言うのだろうか。
「素晴らしい……! なんて軽やかなんだ!」
殿下が感嘆の声を上げる。
「貴女となら、空だって飛べそうだ!」
「お望みなら、飛ばせて差し上げますわよ!」
私は殿下の手を掴み、遠心力を利用してぶん投げた。
「うおぉぉぉぉッ!?」
殿下は人間ロケットとなって敵陣の深部へ突っ込んでいく。 だが、彼は空中で体勢を整え、剣に魔力を纏わせた。
「『紅蓮剣・円舞(ロンド)』ッ!!」
ズドォォォォンッ!!
着地の衝撃とともに、炎の渦が巻き起こる。 半径二十メートル以内の魔獣が一瞬で灰になった。
私はその隙に、敵の密集地帯へ飛び込み、素手による乱舞を開始した。
「右、左、ターン!」
パァン! メキョッ! ドゴォッ!
右掌底でスケルトンを粉砕。 左肘打ちでオークの顔面を陥没。 そして華麗なターンと共に、裏拳でボア(猪)を場外ホームラン。
私の動きは、暴力でありながら舞踊だった。 ドレスの裾(破れて短くなっているが)が翻り、銀髪が夜空に軌跡を描く。 返り血一つ浴びることなく、ただ優雅に、圧倒的な質量攻撃を繰り出し続ける。
その光景に、兵士たちは目を奪われていた。
「すげぇ……」 「美しい……まるで戦乙女(ヴァルキリー)だ……」 「俺たちも見惚れてる場合じゃねぇ! 続くぞ!」
誰かが剣をリズムに合わせて打ち鳴らし始めた。 カキン、カキン。 それに合わせて、他の兵士たちも足を踏み鳴らす。 ドンドン、ドンドン。
即興の音楽が生まれた。 金属音と足音が重なり合い、原始的で勇壮なビートを刻む。
「ソレ! ソレ! ソレ!」 「マッスル! マッスル!」
マッスル商会の店員たちが掛け声を上げる。 戦場全体が、巨大なダンスフロアと化した。
「ふふっ、盛り上がってきましたわね!」
私は汗をぬぐい、殿下と合流した。 二人とも、息は上がっているが、笑顔だ。
「楽しいな、エレオノーラ! こんなに血湧き肉躍る舞踏会は初めてだ!」
「ええ、王宮の退屈なダンスパーティーとは比べ物になりませんわ!」
私たちは再び手を取り合った。 今度はもっと激しく、もっと速く。
タンゴのリズムで!
殿下が私を引き寄せ、鋭く方向転換する。 それに合わせて、私が蹴りを放つ。 鋭角的な動き。 静と動の切り替え。
ザッ、ザッ、ザッ、ターン! ズドン!
私たちの通過した後には、魔獣の死体の山が築かれていく。 それはまるで、モーゼが海を割るように、魔獣の海を切り裂いていく行進だった。
◇
その頃、王城のバルコニーでは。 拘束されていたジェラルド王子とミレーヌが、芋虫のように転がりながらその光景を見ていた。
「な、なんなんだあれは……」
ジェラルドは戦慄していた。 地獄のような光景なのに、なぜか楽しそうで、神々しくて、美しい。 兵士たちが笑いながら戦っている。 あの絶望的な状況が、エレオノーラという一人の存在によって、祝祭へと塗り替えられている。
「……勝てないわけね」
ミレーヌが掠れた声で呟いた。
「武力だけじゃない。彼女は、人の心を動かす力を持っている。……カリスマってやつよ」
「カリスマ……。あの筋肉女がか?」
「ええ。貴方には一生理解できないでしょうけど」
ミレーヌは自嘲気味に笑った。 彼女の工作活動は完璧だったはずだ。 だが、エレオノーラという規格外の存在(イレギュラー)を計算に入れられなかったことが、全ての敗因だった。
◇
戦場にて。 魔獣の数は目に見えて減っていた。 だが、まだダンジョンの入り口からは瘴気が噴き出している。
「そろそろ、フィナーレといきたいところだが」
殿下が額の汗を拭う。
「ええ。大技で蓋をしてしまいましょう」
私は頷き、ダンジョンの入り口――崩落した遺跡の大穴を見据えた。
「殿下、私の『柱』に合わせていただけます?」
「柱? ああ、あのバットか」
「いいえ、もっと大きいのがありますの」
私は上空を旋回していた父バルバロスに合図を送った。 父はニヤリと笑い、ワイバーンから何かを投下した。
それは、王都の広場に突き刺さっていた『王宮の柱(本体)』とは別の、予備の柱(石材)だった。 ベルシュタイン領から持参した、巨大な黒曜石の柱だ。
ヒュゴォォォォッ!!
落下してくる柱。 私はタイミングを合わせて飛び上がった。
「殿下、炎をお願い!」
「承知した! 『プロミネンス・エンチャント』!」
殿下が剣から極大の炎を放ち、落下する柱に纏わせる。 黒曜石の柱が、赤熱化して隕石のように燃え上がる。
私は空中で柱の底を蹴り上げた。 いや、蹴り落とした。
「ベルシュタイン流・土木工事術・最終奥義!」
私の右足が、柱の頂点に食い込む。
「『天蓋封じ(グランド・スラム)』ッ!!」
ズドォォォォォォォォォォンッ!!
炎を纏った黒曜石の柱が、ダンジョンの大穴に正確無比に突き刺さる。 まるで栓をするかのように。
凄まじい衝撃波と熱波が、穴の周囲にいた魔獣たちを蒸発させる。 柱は地下深くまで貫通し、その熱で周囲の岩盤を溶かし、融合させた。 物理的な蓋(ふた)の完成である。
シーン……。
穴からの魔獣の供給が止まった。 残った魔獣たちは、退路を断たれ、パニックに陥っている。
「今だ! 一気に殲滅せよ!」
ガレイン卿が叫ぶ。 勢いづいた王国軍とマッスル商会部隊が、残党狩りを開始する。 勝負は決した。
私は着地し、ふぅと息を吐いた。 足元の石畳が砕けたが、気にしない。
「ナイス・アシストでしたわ、殿下」
「いや、貴女こそ。……あんな巨大な柱を蹴り込むとは、やはり貴女は規格外だ」
殿下は剣を鞘に納め、私に近づいてきた。 そして、自然な動作で私の肩を抱いた。
「最高のダンスだった。一生忘れられない夜になったよ」
彼の顔が近い。 整った顔立ちに、汗が光っている。 碧眼が私を真っ直ぐに見つめている。 これは、いわゆる「吊り橋効果」というやつだろうか。心臓が少しだけ高鳴るのを感じる。
「……ええ。悪くない運動でしたわ」
私は視線を少し逸らしつつ、答えた。 ここでデレるのは私のキャラではない。
「ところで、エレオノーラ。この戦いが終わったら……」
殿下が何か言いかけた時。
コケコッコー!!
空気を読まない鶏の鳴き声が響いた。 東の空が白み始めている。 夜明けだ。
朝日の光が、荒廃した王都を照らし出す。 瓦礫の山、魔獣の死体、そして生き残った人々の安堵の表情。
「……夜が明けましたわね」
私が言うと、殿下は苦笑して肩をすくめた。
「ああ。どうやら、告白のタイミングを逃したようだ」
「あら、何かおっしゃいました?」
「いや、なんでもない。……また改めて、平和な場所で言わせてもらうよ」
彼は私の頭をポンと撫でた。 嫌な気はしなかった。
◇
王都決戦は終わった。 人類の完全勝利だ。
兵士たちが武器を捨て、抱き合って喜んでいる。 ボブたちが、持参した勝利の美酒(樽ごと)を開け、振る舞い酒を始めている。 父バルバロスと兄ヴォルフガングが、筋肉ポーズを決めて記念撮影(絵師によるスケッチ)をしている。
平和だ。 すべてが解決したかのように見える。
――しかし。 私は知っていた。 物語には、必ず「エピローグ前のもう一波乱」があることを。
「お嬢様」
セバスチャンが音もなく現れた。 その表情は硬い。
「ご苦労様、セバスチャン。何かあった?」
「はい。王都の西門より、新たな軍勢が接近中との報告が入りました」
「軍勢? 魔獣の残党かしら?」
「いいえ。……『ガレリア帝国軍』の紋章を掲げた、正規軍でございます。その数、およそ一万」
私の目が細められた。 ガレリア帝国。 ミレーヌが所属していた敵国だ。 彼らは「王都救援」という名目で進軍してきたのだろうが、その真意が「火事場泥棒」であることは明白だ。 疲弊した王都を無傷の軍隊で制圧し、そのまま占領するつもりだろう。
「タイミングの悪い方々ですこと。せっかくダンスが終わって、クールダウンしようと思っていたのに」
私はため息をついた。
「殿下、聞こえました?」
「ああ。……ガレリアめ、ハイエナのような真似を」
ジークフリート殿下の表情が一変し、武人の険しい顔になる。 ドラグノフ帝国とガレリア帝国は、長年のライバル関係にある。
「我が軍も疲弊しているわけではないが、連戦はきついな。それに、向こうは『救援』という大義名分を掲げている。下手に攻撃すれば、国際問題になりかねん」
「面倒ですわね。政治的な駆け引きは」
私は腕組みをした。 力でねじ伏せるのは簡単だが、それでは私が「侵略者」になってしまう。 あくまで私は「被害者」であり「救世主」というポジションを守りたい。
「……そうだわ」
私はポンと手を打った。 名案が浮かんだ。 この状況を逆手に取り、ガレリア軍を追い返し、かつ私の商売に繋げる最高の一手が。
「セバスチャン、例の『アレ』の準備はできていて?」
「アレ、でございますか? ……はい、試作品ですが、実戦投入可能です」
「よろしい。では、ガレリア軍の皆様には、マッスル商会の『新商品発表会』の観客になってもらいましょう」
私はニヤリと笑った。 それは、アークデーモンに向けた時よりも、さらに邪悪で、商魂たくましい笑顔だった。
「殿下、もうひと踊り付き合っていただけます?」
「やれやれ。貴女という人は……。ああ、地獄の底まで付き合うさ」
ジークフリート殿下は呆れつつも、嬉しそうに剣を抜いた。
朝日の中、新たな戦いの幕が上がる。 だが、それはもはや悲壮な防衛戦ではない。 私たちによる、一方的な「蹂躙」と「プレゼンテーション」の始まりだった。
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※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
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