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第2話:呪われた公爵領
アレクシス様の馬車に揺られること、数日。
私たちは、活気と喧騒に満ちた王都を遠く離れ、ひたすら北の地を目指していた。
道中、アレクシス様はほとんど口を開かなかった。
ただ時折、私が不安げに窓の外を眺めていると、その凍てついた蒼い瞳で、じっと私の様子を見つめているだけ。
その視線が何を意味するのか、私には到底読み取ることはできない。
感情というものが、まるで抜け落ちているかのような、完璧な無表情。
まるで、精巧に作られた人形のようだ、とさえ思った。
気まずい沈黙に耐えきれず、私は意を決して、彼に声をかけた。
「……あの、公爵様」
「なんだ」
短く、低い返事。でも、拒絶するような響きはない。
「……どうして、私を……助けてくださったのでしょうか? 偽聖女と、追放された私を……」
私の問いに、アレクシス様はゆっくりと私に視線を戻す。
そして、短く、ただ一言だけ、答えた。
「君が***必要***だからだ」
「……必要、ですか? 私が……?」
「そうだ」
それきり、彼はまた口を閉ざしてしまう。
必要、と言われても、私にはさっぱり意味が分からなかった。
王太子にまで偽物だと断罪された私に、一体何の価値があるというのだろう。
私の力なんて、本当に、本当に些細なものなのに。
期待されて、また裏切られるのが怖かった。
尽きることのない疑問ばかりが胸の中に募る中、馬車はついにヴァインベルク公爵領へと入った。
そして、私は息を呑んだ。
窓の外に広がる光景は、私の想像を、絶望を、遥かに超えるものだった。
——そこは、***完全に死んだ土地***だった。
草木の一本一本が、まるで黒い炭のように枯れ果てている。
大地はひび割れ、生命の温かみを失った黒い土が、地平線の彼方までどこまでも続いている。
乾いた風が吹くたびに、灰色の砂塵が舞い上がり、世界をモノクロームに染めていく。
空は常に灰色の分厚い雲に覆われ、太陽の光さえ届いていないかのようだ。
時折見える村も、ゴーストタウンのように活気がなく、家々の多くは朽ちかけて、崩れ落ちていた。
道端で、痩せこけた家畜が力なく倒れている亡骸さえあった。
これが、呪われた土地……。
王都で聞いていた噂は、決して大げさなものではなかったのだ。
むしろ、噂以上だ。
この土地は、神に見捨てられている。
「……ひどい」
思わず漏れた私の呟きに、アレクシス様が反応した。
彼の表情は相変わらずの無感動に見えたけれど、その瞳の奥に、一瞬だけ、深い苦悩と自責の色がよぎったのを、私は見逃さなかった。
「……これが、我がヴァインベルクの現状だ」
彼の声には、自嘲するような、苦い響きが混じっていた。
やがて馬車は、小高い丘の上に立つ古城に到着した。
黒い石で造られた城は、威圧感こそあるものの、あちこちが傷み、風雨に晒されている。
まるで、この死んだ土地に突き立てられた、巨大な墓標のようだった。
「ようこそ、ヴァインベルク城へ」
馬車を降りた私を、アレクシス様がエスコートしてくれる。
その手は、なぜか、白い手袋越しだった。
そういえば、彼は私を抱き上げた時も、決して素肌で触れようとはしなかった。
何か理由があるのだろうか。
城の中も、外観と同じように荒涼としていた。
出迎えてくれた数人の使用人たちは皆、栄養失調なのか、痩せていて表情が暗い。
それでも、主の帰還に、どこか安堵したような空気が流れていた。
彼らは私を訝しげに見たが、アレクシス様の一瞥で、何も言わずに頭を下げた。
私に与えられたのは、城の二階にある、客室の一つだった。
部屋はきちんと清掃されてはいたけれど、調度品は古く、壁紙はところどころ剥がれている。
窓の外には、やはり荒れ果てた中庭が見えるだけ。
「必要なものがあれば、侍女に申し付けるといい」
部屋の前で、アレクシス様がそう告げる。
「……あの、公爵様。恐れ入りますが、私は、ここで何をすればよろしいのでしょうか?」
私の問いに、彼は少しだけ間を置いてから答えた。
「君は、ただここにいればいい」
「え……?」
「今は、それでいい。長旅で疲れただろう。ゆっくり休むといい」
そう言うと、彼は私に背を向け、コツ、コツ、と硬い靴音を響かせながら、足早に廊下の闇へと消えていってしまった。
(ただ、ここにいればいい……?)
その言葉の意味が、全く分からない。
私を必要だと言ったのに、何もさせないつもりなのだろうか。
それとも、何か別の意図が……?
夕食は、その部屋で一人でとることになった。
運ばれてきた食事は、石のように硬いパンと、具のない薄いスープ、それに干し肉が少しだけ。
王宮での贅沢な食事とは比べ物にもならない。
けれど、この領地の惨状を考えれば、これが精一杯のもてなしなのだろう。
私は感謝して、それを全ていただいた。
食事を終え、古いけれど清潔なベッドに横になる。
でも、眠ることはできなかった。
窓の外に広がる、死んだ景色。
人々の暗く、希望を失った表情。
そして、氷のような仮面の下に、深い苦悩を隠しているように見える、アレクシス様の横顔。
(私に、何かできることはないのかな……)
偽物だと蔑まれ、追放された私。
でも、私のこの力は、本当に何の役にも立たないのだろうか。
「植物を、少しだけ元気にする力……」
私はそっと窓辺に歩み寄り、荒れ果てた中庭を見下ろした。
そこには、かろうじて生きているように見える、一本の枯れかけた薔薇の木があった。
黒く変色した枝ばかりが目立つ、痛々しい姿。
(もしかしたら……)
淡い、本当に淡い期待が、絶望に凍りついた胸の中に、ぽっと芽生える。
こんな私でも。
この絶望に満ちた土地に、ほんの少しでも彩りを与えることができるかもしれない。
そう思った瞬間、私の指先が、ほんのりと温かい、若葉色の光を帯びたような気がした。
それは、まだ誰にも気づかれない、小さな、小さな希望の光だった。
私たちは、活気と喧騒に満ちた王都を遠く離れ、ひたすら北の地を目指していた。
道中、アレクシス様はほとんど口を開かなかった。
ただ時折、私が不安げに窓の外を眺めていると、その凍てついた蒼い瞳で、じっと私の様子を見つめているだけ。
その視線が何を意味するのか、私には到底読み取ることはできない。
感情というものが、まるで抜け落ちているかのような、完璧な無表情。
まるで、精巧に作られた人形のようだ、とさえ思った。
気まずい沈黙に耐えきれず、私は意を決して、彼に声をかけた。
「……あの、公爵様」
「なんだ」
短く、低い返事。でも、拒絶するような響きはない。
「……どうして、私を……助けてくださったのでしょうか? 偽聖女と、追放された私を……」
私の問いに、アレクシス様はゆっくりと私に視線を戻す。
そして、短く、ただ一言だけ、答えた。
「君が***必要***だからだ」
「……必要、ですか? 私が……?」
「そうだ」
それきり、彼はまた口を閉ざしてしまう。
必要、と言われても、私にはさっぱり意味が分からなかった。
王太子にまで偽物だと断罪された私に、一体何の価値があるというのだろう。
私の力なんて、本当に、本当に些細なものなのに。
期待されて、また裏切られるのが怖かった。
尽きることのない疑問ばかりが胸の中に募る中、馬車はついにヴァインベルク公爵領へと入った。
そして、私は息を呑んだ。
窓の外に広がる光景は、私の想像を、絶望を、遥かに超えるものだった。
——そこは、***完全に死んだ土地***だった。
草木の一本一本が、まるで黒い炭のように枯れ果てている。
大地はひび割れ、生命の温かみを失った黒い土が、地平線の彼方までどこまでも続いている。
乾いた風が吹くたびに、灰色の砂塵が舞い上がり、世界をモノクロームに染めていく。
空は常に灰色の分厚い雲に覆われ、太陽の光さえ届いていないかのようだ。
時折見える村も、ゴーストタウンのように活気がなく、家々の多くは朽ちかけて、崩れ落ちていた。
道端で、痩せこけた家畜が力なく倒れている亡骸さえあった。
これが、呪われた土地……。
王都で聞いていた噂は、決して大げさなものではなかったのだ。
むしろ、噂以上だ。
この土地は、神に見捨てられている。
「……ひどい」
思わず漏れた私の呟きに、アレクシス様が反応した。
彼の表情は相変わらずの無感動に見えたけれど、その瞳の奥に、一瞬だけ、深い苦悩と自責の色がよぎったのを、私は見逃さなかった。
「……これが、我がヴァインベルクの現状だ」
彼の声には、自嘲するような、苦い響きが混じっていた。
やがて馬車は、小高い丘の上に立つ古城に到着した。
黒い石で造られた城は、威圧感こそあるものの、あちこちが傷み、風雨に晒されている。
まるで、この死んだ土地に突き立てられた、巨大な墓標のようだった。
「ようこそ、ヴァインベルク城へ」
馬車を降りた私を、アレクシス様がエスコートしてくれる。
その手は、なぜか、白い手袋越しだった。
そういえば、彼は私を抱き上げた時も、決して素肌で触れようとはしなかった。
何か理由があるのだろうか。
城の中も、外観と同じように荒涼としていた。
出迎えてくれた数人の使用人たちは皆、栄養失調なのか、痩せていて表情が暗い。
それでも、主の帰還に、どこか安堵したような空気が流れていた。
彼らは私を訝しげに見たが、アレクシス様の一瞥で、何も言わずに頭を下げた。
私に与えられたのは、城の二階にある、客室の一つだった。
部屋はきちんと清掃されてはいたけれど、調度品は古く、壁紙はところどころ剥がれている。
窓の外には、やはり荒れ果てた中庭が見えるだけ。
「必要なものがあれば、侍女に申し付けるといい」
部屋の前で、アレクシス様がそう告げる。
「……あの、公爵様。恐れ入りますが、私は、ここで何をすればよろしいのでしょうか?」
私の問いに、彼は少しだけ間を置いてから答えた。
「君は、ただここにいればいい」
「え……?」
「今は、それでいい。長旅で疲れただろう。ゆっくり休むといい」
そう言うと、彼は私に背を向け、コツ、コツ、と硬い靴音を響かせながら、足早に廊下の闇へと消えていってしまった。
(ただ、ここにいればいい……?)
その言葉の意味が、全く分からない。
私を必要だと言ったのに、何もさせないつもりなのだろうか。
それとも、何か別の意図が……?
夕食は、その部屋で一人でとることになった。
運ばれてきた食事は、石のように硬いパンと、具のない薄いスープ、それに干し肉が少しだけ。
王宮での贅沢な食事とは比べ物にもならない。
けれど、この領地の惨状を考えれば、これが精一杯のもてなしなのだろう。
私は感謝して、それを全ていただいた。
食事を終え、古いけれど清潔なベッドに横になる。
でも、眠ることはできなかった。
窓の外に広がる、死んだ景色。
人々の暗く、希望を失った表情。
そして、氷のような仮面の下に、深い苦悩を隠しているように見える、アレクシス様の横顔。
(私に、何かできることはないのかな……)
偽物だと蔑まれ、追放された私。
でも、私のこの力は、本当に何の役にも立たないのだろうか。
「植物を、少しだけ元気にする力……」
私はそっと窓辺に歩み寄り、荒れ果てた中庭を見下ろした。
そこには、かろうじて生きているように見える、一本の枯れかけた薔薇の木があった。
黒く変色した枝ばかりが目立つ、痛々しい姿。
(もしかしたら……)
淡い、本当に淡い期待が、絶望に凍りついた胸の中に、ぽっと芽生える。
こんな私でも。
この絶望に満ちた土地に、ほんの少しでも彩りを与えることができるかもしれない。
そう思った瞬間、私の指先が、ほんのりと温かい、若葉色の光を帯びたような気がした。
それは、まだ誰にも気づかれない、小さな、小さな希望の光だった。
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