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第11話:招かれざる客と、公爵の怒り
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「——見つけたぞ、偽聖女!」
夜の丘に響き渡った、甲高く、悪意に満ちた声。
その声の主が、私を絶望の淵に突き落とした張本人——聖女イザベラだと気づくのに、時間はかからなかった。
茂みから現れたのは、イザベラと、彼女を護衛するように付き従う王宮の騎士たち。
その数、およそ十名。
月明かりに照らされた彼らの堅牢な鎧が、不気味な光を放ち、私たちを威圧する。
「なぜ、あなたがここに……!?」
私の問いに、イザベラは勝ち誇ったように、扇で口元を隠しながら唇の端を吊り上げた。
「決まっているでしょう? 国を誑かした偽物を、捕らえに来たのよ。まさか、こんな辺境の地で、あの氷の公爵様まで手玉に取っているなんて……大した淫婦だこと」
その、あまりにも下品で、侮辱に満ちた言葉。
それを聞いた瞬間、私の背後にいたアレクシス様の空気が、一瞬で、絶対零度へと凍りついたのがわかった。
先ほどまでの悲痛な雰囲気は、跡形もなく消え失せる。
彼の全身から放たれるのは、純粋な、そして底知れない***怒気***。
その凄まじい覇気に、イザベラの背後にいた騎士たちが、気圧されて思わず後ずさった。
「……イザベラ嬢。今、私の客人に、何と言った?」
地を這うような、低い声。
それは、私が今まで聞いたことのない、彼の本当の、心の底からの怒りの声だった。
しかし、イザベラだけは怯まなかった。
王太子の寵愛を一身に受け、怖いもの知らずの彼女は、辺境の公爵相手でも、恐れるものなどないのだろう。
「あら、ヴァインベルク公爵様。この女が偽物の聖女であることは、王宮で証明されたはずですわ。そのような者を庇うなど、王家への反逆と見なされても仕方ありませんわよ?」
「反逆、だと?」
アレクシス様が、静かに一歩、前に出る。
ただ、それだけで。
イザベラを除く全ての騎士が、緊張に顔を強張らせ、剣を握る手に力を込めたのが分かった。
「彼女は偽物などではない。そして、たとえそうだとしても、リリアーナは***私の庇護下にある***。王家であろうと、誰であろうと、私の許しなく、この娘の髪一本たりとも触れさせるわけにはいかない」
彼の言葉は、揺るぎない、絶対的な宣言だった。
私を、守るという、鋼の意志。
その大きく、頼もしい背中が、私の前に、まるで城壁のように立ちはだかる。
(アレクシス様……)
呪いの告白を聞いたばかりの、このタイミングで。
彼の悲しみも、苦しみも、今、私は知ってしまったばかりなのに。
それでも彼は、私を守るために、この国の王家とさえ、敵対しようとしている。
その事実が、私の胸を熱く、そして痛く締め付けた。
イザベラは、そんな彼を鼻で笑った。
「まあ、熱烈ですこと。ですが、公爵様お一人で、我々王宮騎士団を止められるとでもお思いで?」
イザベラの合図で、騎士たちがじりじりと、包囲網を狭めてくる。
抜身の剣が、月光を反射して、きらり、と冷たく煌めいた。
一触即発。
張り詰めた空気が、肌をピリピリと刺す。
今にも、金属と金属がぶつかり合う、甲高い音が聞こえてきそうだ。
私のせいで、アレクシス様が危険な目に遭う。
それだけは、絶対に、絶対に嫌だった。
「やめてください……!」
私は思わず叫んでいた。
アレクシス様の腕を、後ろからぎゅっと引き、彼の背中から顔を出す。
「私のことで、争わないでください……!」
私の声に、アレクシス様が僅かに振り返る。
その蒼い瞳に、燃えるような怒りと、そして、私への深い心配の色が浮かんでいた。
「リリアーナ、君は下がっていろ」
「でも……!」
「大丈夫だ。君は、私が必ず守る」
その言葉は、呪いのように甘く、そして切なく、私の胸に深く、深く響いた。
しかし、イザベラは私たちのそんな悲痛なやり取りを、まるで面白い芝居でも見るかのように、嘲笑うかのように眺めていた。
彼女の目的は、ただ私を捕らえて連れ戻すだけではない。
もっと別の、もっと邪な何かがある。
その予感が、私の背筋を、冷たい手で撫でるように、凍らせる。
戦いの火蓋が、今にも切られようとしていた。
そして、その引き金を引くのは、誰でもない、イザベラの唇だった。
夜の丘に響き渡った、甲高く、悪意に満ちた声。
その声の主が、私を絶望の淵に突き落とした張本人——聖女イザベラだと気づくのに、時間はかからなかった。
茂みから現れたのは、イザベラと、彼女を護衛するように付き従う王宮の騎士たち。
その数、およそ十名。
月明かりに照らされた彼らの堅牢な鎧が、不気味な光を放ち、私たちを威圧する。
「なぜ、あなたがここに……!?」
私の問いに、イザベラは勝ち誇ったように、扇で口元を隠しながら唇の端を吊り上げた。
「決まっているでしょう? 国を誑かした偽物を、捕らえに来たのよ。まさか、こんな辺境の地で、あの氷の公爵様まで手玉に取っているなんて……大した淫婦だこと」
その、あまりにも下品で、侮辱に満ちた言葉。
それを聞いた瞬間、私の背後にいたアレクシス様の空気が、一瞬で、絶対零度へと凍りついたのがわかった。
先ほどまでの悲痛な雰囲気は、跡形もなく消え失せる。
彼の全身から放たれるのは、純粋な、そして底知れない***怒気***。
その凄まじい覇気に、イザベラの背後にいた騎士たちが、気圧されて思わず後ずさった。
「……イザベラ嬢。今、私の客人に、何と言った?」
地を這うような、低い声。
それは、私が今まで聞いたことのない、彼の本当の、心の底からの怒りの声だった。
しかし、イザベラだけは怯まなかった。
王太子の寵愛を一身に受け、怖いもの知らずの彼女は、辺境の公爵相手でも、恐れるものなどないのだろう。
「あら、ヴァインベルク公爵様。この女が偽物の聖女であることは、王宮で証明されたはずですわ。そのような者を庇うなど、王家への反逆と見なされても仕方ありませんわよ?」
「反逆、だと?」
アレクシス様が、静かに一歩、前に出る。
ただ、それだけで。
イザベラを除く全ての騎士が、緊張に顔を強張らせ、剣を握る手に力を込めたのが分かった。
「彼女は偽物などではない。そして、たとえそうだとしても、リリアーナは***私の庇護下にある***。王家であろうと、誰であろうと、私の許しなく、この娘の髪一本たりとも触れさせるわけにはいかない」
彼の言葉は、揺るぎない、絶対的な宣言だった。
私を、守るという、鋼の意志。
その大きく、頼もしい背中が、私の前に、まるで城壁のように立ちはだかる。
(アレクシス様……)
呪いの告白を聞いたばかりの、このタイミングで。
彼の悲しみも、苦しみも、今、私は知ってしまったばかりなのに。
それでも彼は、私を守るために、この国の王家とさえ、敵対しようとしている。
その事実が、私の胸を熱く、そして痛く締め付けた。
イザベラは、そんな彼を鼻で笑った。
「まあ、熱烈ですこと。ですが、公爵様お一人で、我々王宮騎士団を止められるとでもお思いで?」
イザベラの合図で、騎士たちがじりじりと、包囲網を狭めてくる。
抜身の剣が、月光を反射して、きらり、と冷たく煌めいた。
一触即発。
張り詰めた空気が、肌をピリピリと刺す。
今にも、金属と金属がぶつかり合う、甲高い音が聞こえてきそうだ。
私のせいで、アレクシス様が危険な目に遭う。
それだけは、絶対に、絶対に嫌だった。
「やめてください……!」
私は思わず叫んでいた。
アレクシス様の腕を、後ろからぎゅっと引き、彼の背中から顔を出す。
「私のことで、争わないでください……!」
私の声に、アレクシス様が僅かに振り返る。
その蒼い瞳に、燃えるような怒りと、そして、私への深い心配の色が浮かんでいた。
「リリアーナ、君は下がっていろ」
「でも……!」
「大丈夫だ。君は、私が必ず守る」
その言葉は、呪いのように甘く、そして切なく、私の胸に深く、深く響いた。
しかし、イザベラは私たちのそんな悲痛なやり取りを、まるで面白い芝居でも見るかのように、嘲笑うかのように眺めていた。
彼女の目的は、ただ私を捕らえて連れ戻すだけではない。
もっと別の、もっと邪な何かがある。
その予感が、私の背筋を、冷たい手で撫でるように、凍らせる。
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