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第二十八話「アルフォンスの宣言」
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「……行かせましょう、レオンハルト様」
執務室の重苦しい沈黙を破ったのは、私の言葉だった。 目の前には、拳を握りしめ、必死な形相で父を見上げるアルフォンス様がいる。 そして、その横には、困惑と苦渋の表情を浮かべるレオンハルト様。
「クラリス。本気か? 相手はカイルだ。俺の剣技を知り尽くし、王宮魔術師団の副団長まで上り詰めた男だぞ。子供を連れて行く場所ではない」
「分かっています。ですが……見てください、この子の目を」
私はアルフォンス様の肩に手を置いた。 震えてはいない。 そのアイスブルーの瞳は、かつての怯えた子鹿のようなものではなく、北方の凍てつく風にも負けない、若き狼の光を宿していた。
「彼は『守られるだけの子供』を卒業しようとしています。次期当主として、家を脅かした元凶と、父上の決着を見届けたいと願っています。……それを止める権利は、母親の私にもありません」
私の言葉に、アルフォンス様がハッと顔を上げ、嬉しそうに、そして誇らしげに頷いた。
「お願いします、父上。足手まといにはなりません。自分の身は自分で守ります。……僕に、グレイフ家の長男としての責任を果たさせてください」
レオンハルト様は、息子と私を交互に見つめ、やがて深くため息をついた。
「……分かった。ただし、クラリス。君も同行してくれ」
「え?」
「俺がカイルと戦う間、アルフォンスを守れるのは君しかいない。君の『聖域』の魔法なら、カイルの術式も防げるはずだ」
それは、私への最大限の信頼の証だった。 私は背筋を伸ばし、深く頷いた。
「承知いたしました。私の命に代えても、この子を守り抜きます」
◇
出発の時。 玄関ホールには、お留守番部隊が見送りに来ていた。
「ずるい。お兄様だけ」
ミレイユ様が頬を膨らませている。 でも、その手にはアルフォンス様のために用意した、温かい水筒が握られていた。
「ミレイユ。お前にはもっと重要な任務がある」
レオンハルト様が膝をつき、娘の目を見て言った。
「ノアと、この屋敷を守っていてくれ。ヴィルヘルミナ伯母上もいるが、お前が『お姉様』としてしっかりしていてくれないと、俺も安心して戦えない」
「……もう。パパったら、口が上手くなったわね」
ミレイユ様は照れくさそうに笑い、水筒をアルフォンス様に押し付けた。
「はい、これ。……絶対、無事に帰ってきてよね。私、怪我したお兄様なんて見たくないから」
「ああ、約束するよ」
アルフォンス様が水筒を受け取る。 ノア様も、私の足に抱きついた後、アルフォンス様に駆け寄った。
「おにいちゃん、がんばって! わるいひと、やっつけて!」
「任せておけ、ノア」
そして、柱の陰にはヴィルヘルミナ伯母様が立っていた。 彼女は杖をつき、無言でアルフォンス様を見つめていたが、私たちが馬上の人となると、小さく頷いた。 「行ってきなさい」という、無言の激励。
私たちは雪原へと馬を走らせた。 目指すは北の果て。 古代の遺跡が眠る、「氷結の谷」。 逃亡したカイル・ホルスタインが潜伏しているとされる場所だ。
◇
谷は、猛吹雪に包まれていた。 視界は白く染まり、肌を刺すような冷気が襲ってくる。 けれど、私たちは魔法で体温を保ちながら進んだ。
やがて、吹雪の向こうに、青白く輝く巨大な氷柱群が見えてきた。 古代遺跡だ。 その中心に、一人の男が立っていた。
王宮魔術師団のローブを纏い、手には不気味に脈動する黒い杖を持った男。 カイル・ホルスタイン。
「……来たか、レオンハルト」
カイルが振り返る。 その顔は、かつての端正な面影を残しつつも、どす黒い隈と、狂気じみた笑みによって歪んでいた。
「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
「カイル……」
レオンハルト様が馬を降り、剣を抜く。 私もアルフォンス様を背に庇うようにして降りた。
「なぜだ。なぜ裏切った。……俺たちは、共に国を守ると誓ったはずだ」
「国を守る? ハッ、笑わせるな」
カイルが嘲笑する。
「守られていたのはお前だけだ、レオンハルト! 公爵家に生まれ、英雄と呼ばれ、美しい妻と子供に囲まれて……! 俺はずっとお前の影だった! どれだけ努力しても、誰も俺を見なかった!」
嫉妬。劣等感。 ありふれた、しかし最も根深く、人を狂わせる感情。
「だから俺は手を組んだのさ。王太子とな。彼はお前を憎んでいた。利害が一致したんだよ。お前を破滅させ、俺が新たな『北の英雄』になるためにな!」
「そんなことのために……境界をいじり、無辜(むこ)の民を危険に晒したのか!」
レオンハルト様の怒号が響く。
「そんなこと? 俺にとっては全てだ! ……だが、計画は狂った。お前のその……新しい妻のせいでな」
カイルの視線が、私に向けられた。 粘着質で、不快な視線。
「クラリス・フォン・グレイフ。噂の悪役令嬢か。……まさか、お前ごときが俺の術式を妨害するとはな」
「お褒めに預かり光栄ですわ。あなたの術式、雑すぎてあくびが出ましたけど」
私は扇子で口元を隠し、挑発的に言い返した。 カイルの顔が引きつる。
「減らず口を……! 所詮は後妻だろう? 金か名誉目当てで公爵家に転がり込んだ、卑しい女が!」
彼は杖を振り上げた。
「それに、そこのガキもだ! アルフォンスとか言ったか? 前妻の忘れ形見。……哀れなものだな。実の母親は死に、父親は仕事にかまけて見向きもしない。そこへ来たのが、こんな悪女だ」
カイルは嘲るように笑った。
「お前たちは『家族ごっこ』をしているだけだ! 血も繋がっていない、愛もない、ただの寄せ集め! お前が慕っているその女も、腹の中ではお前のことなど邪魔だと思っているに決まっている!」
言葉の刃。 それは、アルフォンス様がずっと心の奥底で恐れていた不安そのものだった。 継母はいつか変わるかもしれない。 自分は本当には愛されていないのかもしれない。
私は反論しようとした。 けれど、それより早く、私の背後から一人の少年が歩み出た。
「……アルフォンス様?」
彼は私の横を通り過ぎ、レオンハルト様の隣に並び立った。 吹雪の中、その小さな背中は、かつてないほど大きく見えた。
「……哀れなのは、あなたです、カイル殿」
凛とした声。 風音にも負けない、透き通った声。
「寄せ集め? 家族ごっこ? ……ええ、そうかもしれません。僕たちには血の繋がりはありません。最初は、冷たくて、バラバラでした」
アルフォンス様は、私の方をちらりと振り返った。 その瞳に、迷いはなかった。
「でも、だからこそ、僕たちは努力しました。手を繋ぐために。心を重ねるために。……血が繋がっていないからこそ、僕たちは言葉を尽くし、想いを伝え合い、本当の絆を紡いだのです!」
彼は前を向き、カイルを指差した。
「あなたは何も分かっていない! クラリス様が……母上が、どれほどの愛で僕たちを包んでくれたか!」
母上。 その言葉が、雪原に響き渡った。
「寒い夜には毛布をかけてくれた! 倒れた僕のために怒ってくれた! 弟が泣けば歌い、妹が泣けばドレスを直してくれた! ……自分の手が荒れるのも構わずに、僕たちのために薬を作ってくれた!」
アルフォンス様の目から、涙が溢れる。 でも、彼は拭おうともしなかった。
「この方は、飾り物の公爵夫人ではありません! 代用品なんかじゃありません!」
彼は胸を張り、ありったけの声で宣言した。
「クラリス・フォン・グレイフは、僕の大切な、尊敬する、世界一の母親です!!」
「――っ!」
私の胸が、熱いもので満たされた。 喉が詰まり、言葉が出ない。 「母はいりません」と言ったあの日から。 「母上」と呼んでくれる今日まで。 長かった。でも、この瞬間のために、全てがあったのだと思える。
レオンハルト様も、驚き、そして震えるほど感動していた。 彼は息子の肩に手を置き、力強く頷いた。
「……聞いたか、カイル。これが俺の息子だ。……そして、俺たちが築いた『家族』だ」
「だ、黙れ……! 黙れ黙れ黙れ!」
カイルは逆上し、顔を歪めた。 自分の孤独と、目の前の眩しいほどの絆の対比に、耐えられなくなったのだ。
「そんなに家族が大事か! なら、その絆ごと氷漬けにしてやるよォォォォッ!!」
カイルが杖を地面に突き刺した。 瞬間、遺跡全体が激しく振動し始めた。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地面から、黒い氷の棘が無数に隆起する。 さらに、遺跡の奥から、封印されていたはずの禍々しい魔力が噴出し始めた。
「こ、これは……!?」
レオンハルト様が表情を硬くする。
「古代の『氷魔(ひょうま)』の封印を解いたのか!? 正気か! 制御できるはずがない!」
「制御など知るか! お前たちさえ殺せれば、世界なんざどうなってもいいんだよ!」
カイルは狂ったように笑った。 彼の背後で、黒い氷が集まり、巨大な巨人の形を成していく。 それは、昨夜の腐竜をも凌ぐ、圧倒的な質量の暴力。
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
氷の巨人が、その巨大な拳を振り上げた。
「クラリス! アルフォンスを守れ!」
「はい!」
私は即座にアルフォンス様を抱き寄せ、手袋を掲げた。 『聖域』展開。 黄金の光が私たちを包む。
レオンハルト様が前に出る。 しかし、相手は古代の災厄。 一対一では分が悪い。
「アルフォンス様、私に魔力を貸してください!」
私は叫んだ。 昨夜の戦いで分かった。家族の魔力を合わせれば、相乗効果で何倍もの力になる。
「はい、母上!」
アルフォンス様が私の背中に手を当てる。 温かい。 彼の「守りたい」という強い意志が、奔流となって私の中に流れ込んでくる。
「私も……私も戦います!」
私は『聖域』の特性を変化させた。 ただ守るだけではない。 レオンハルト様の剣に、力を与えるための支援(バフ)へ!
「――『灯(ともしび)』よ、夫の剣に炎を宿せ! 『綴(つづり)』よ、息子の祈りを力に変えろ!」
私の魔法が、光の帯となってレオンハルト様へと伸びる。 彼がそれを受け取り、氷の剣が眩いほどの白銀に輝き始めた。
「……ありがたい!」
レオンハルト様が吼える。 家族の絆を力に変えた一撃。 それは、孤独なカイルには決して生み出せない、最強の一撃だ。
「これで終わりだ、カイル!!」
レオンハルト様が跳躍した。 白銀の剣閃が、氷の巨人を、そしてその中心にいるカイルへと迫る。
執務室の重苦しい沈黙を破ったのは、私の言葉だった。 目の前には、拳を握りしめ、必死な形相で父を見上げるアルフォンス様がいる。 そして、その横には、困惑と苦渋の表情を浮かべるレオンハルト様。
「クラリス。本気か? 相手はカイルだ。俺の剣技を知り尽くし、王宮魔術師団の副団長まで上り詰めた男だぞ。子供を連れて行く場所ではない」
「分かっています。ですが……見てください、この子の目を」
私はアルフォンス様の肩に手を置いた。 震えてはいない。 そのアイスブルーの瞳は、かつての怯えた子鹿のようなものではなく、北方の凍てつく風にも負けない、若き狼の光を宿していた。
「彼は『守られるだけの子供』を卒業しようとしています。次期当主として、家を脅かした元凶と、父上の決着を見届けたいと願っています。……それを止める権利は、母親の私にもありません」
私の言葉に、アルフォンス様がハッと顔を上げ、嬉しそうに、そして誇らしげに頷いた。
「お願いします、父上。足手まといにはなりません。自分の身は自分で守ります。……僕に、グレイフ家の長男としての責任を果たさせてください」
レオンハルト様は、息子と私を交互に見つめ、やがて深くため息をついた。
「……分かった。ただし、クラリス。君も同行してくれ」
「え?」
「俺がカイルと戦う間、アルフォンスを守れるのは君しかいない。君の『聖域』の魔法なら、カイルの術式も防げるはずだ」
それは、私への最大限の信頼の証だった。 私は背筋を伸ばし、深く頷いた。
「承知いたしました。私の命に代えても、この子を守り抜きます」
◇
出発の時。 玄関ホールには、お留守番部隊が見送りに来ていた。
「ずるい。お兄様だけ」
ミレイユ様が頬を膨らませている。 でも、その手にはアルフォンス様のために用意した、温かい水筒が握られていた。
「ミレイユ。お前にはもっと重要な任務がある」
レオンハルト様が膝をつき、娘の目を見て言った。
「ノアと、この屋敷を守っていてくれ。ヴィルヘルミナ伯母上もいるが、お前が『お姉様』としてしっかりしていてくれないと、俺も安心して戦えない」
「……もう。パパったら、口が上手くなったわね」
ミレイユ様は照れくさそうに笑い、水筒をアルフォンス様に押し付けた。
「はい、これ。……絶対、無事に帰ってきてよね。私、怪我したお兄様なんて見たくないから」
「ああ、約束するよ」
アルフォンス様が水筒を受け取る。 ノア様も、私の足に抱きついた後、アルフォンス様に駆け寄った。
「おにいちゃん、がんばって! わるいひと、やっつけて!」
「任せておけ、ノア」
そして、柱の陰にはヴィルヘルミナ伯母様が立っていた。 彼女は杖をつき、無言でアルフォンス様を見つめていたが、私たちが馬上の人となると、小さく頷いた。 「行ってきなさい」という、無言の激励。
私たちは雪原へと馬を走らせた。 目指すは北の果て。 古代の遺跡が眠る、「氷結の谷」。 逃亡したカイル・ホルスタインが潜伏しているとされる場所だ。
◇
谷は、猛吹雪に包まれていた。 視界は白く染まり、肌を刺すような冷気が襲ってくる。 けれど、私たちは魔法で体温を保ちながら進んだ。
やがて、吹雪の向こうに、青白く輝く巨大な氷柱群が見えてきた。 古代遺跡だ。 その中心に、一人の男が立っていた。
王宮魔術師団のローブを纏い、手には不気味に脈動する黒い杖を持った男。 カイル・ホルスタイン。
「……来たか、レオンハルト」
カイルが振り返る。 その顔は、かつての端正な面影を残しつつも、どす黒い隈と、狂気じみた笑みによって歪んでいた。
「遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」
「カイル……」
レオンハルト様が馬を降り、剣を抜く。 私もアルフォンス様を背に庇うようにして降りた。
「なぜだ。なぜ裏切った。……俺たちは、共に国を守ると誓ったはずだ」
「国を守る? ハッ、笑わせるな」
カイルが嘲笑する。
「守られていたのはお前だけだ、レオンハルト! 公爵家に生まれ、英雄と呼ばれ、美しい妻と子供に囲まれて……! 俺はずっとお前の影だった! どれだけ努力しても、誰も俺を見なかった!」
嫉妬。劣等感。 ありふれた、しかし最も根深く、人を狂わせる感情。
「だから俺は手を組んだのさ。王太子とな。彼はお前を憎んでいた。利害が一致したんだよ。お前を破滅させ、俺が新たな『北の英雄』になるためにな!」
「そんなことのために……境界をいじり、無辜(むこ)の民を危険に晒したのか!」
レオンハルト様の怒号が響く。
「そんなこと? 俺にとっては全てだ! ……だが、計画は狂った。お前のその……新しい妻のせいでな」
カイルの視線が、私に向けられた。 粘着質で、不快な視線。
「クラリス・フォン・グレイフ。噂の悪役令嬢か。……まさか、お前ごときが俺の術式を妨害するとはな」
「お褒めに預かり光栄ですわ。あなたの術式、雑すぎてあくびが出ましたけど」
私は扇子で口元を隠し、挑発的に言い返した。 カイルの顔が引きつる。
「減らず口を……! 所詮は後妻だろう? 金か名誉目当てで公爵家に転がり込んだ、卑しい女が!」
彼は杖を振り上げた。
「それに、そこのガキもだ! アルフォンスとか言ったか? 前妻の忘れ形見。……哀れなものだな。実の母親は死に、父親は仕事にかまけて見向きもしない。そこへ来たのが、こんな悪女だ」
カイルは嘲るように笑った。
「お前たちは『家族ごっこ』をしているだけだ! 血も繋がっていない、愛もない、ただの寄せ集め! お前が慕っているその女も、腹の中ではお前のことなど邪魔だと思っているに決まっている!」
言葉の刃。 それは、アルフォンス様がずっと心の奥底で恐れていた不安そのものだった。 継母はいつか変わるかもしれない。 自分は本当には愛されていないのかもしれない。
私は反論しようとした。 けれど、それより早く、私の背後から一人の少年が歩み出た。
「……アルフォンス様?」
彼は私の横を通り過ぎ、レオンハルト様の隣に並び立った。 吹雪の中、その小さな背中は、かつてないほど大きく見えた。
「……哀れなのは、あなたです、カイル殿」
凛とした声。 風音にも負けない、透き通った声。
「寄せ集め? 家族ごっこ? ……ええ、そうかもしれません。僕たちには血の繋がりはありません。最初は、冷たくて、バラバラでした」
アルフォンス様は、私の方をちらりと振り返った。 その瞳に、迷いはなかった。
「でも、だからこそ、僕たちは努力しました。手を繋ぐために。心を重ねるために。……血が繋がっていないからこそ、僕たちは言葉を尽くし、想いを伝え合い、本当の絆を紡いだのです!」
彼は前を向き、カイルを指差した。
「あなたは何も分かっていない! クラリス様が……母上が、どれほどの愛で僕たちを包んでくれたか!」
母上。 その言葉が、雪原に響き渡った。
「寒い夜には毛布をかけてくれた! 倒れた僕のために怒ってくれた! 弟が泣けば歌い、妹が泣けばドレスを直してくれた! ……自分の手が荒れるのも構わずに、僕たちのために薬を作ってくれた!」
アルフォンス様の目から、涙が溢れる。 でも、彼は拭おうともしなかった。
「この方は、飾り物の公爵夫人ではありません! 代用品なんかじゃありません!」
彼は胸を張り、ありったけの声で宣言した。
「クラリス・フォン・グレイフは、僕の大切な、尊敬する、世界一の母親です!!」
「――っ!」
私の胸が、熱いもので満たされた。 喉が詰まり、言葉が出ない。 「母はいりません」と言ったあの日から。 「母上」と呼んでくれる今日まで。 長かった。でも、この瞬間のために、全てがあったのだと思える。
レオンハルト様も、驚き、そして震えるほど感動していた。 彼は息子の肩に手を置き、力強く頷いた。
「……聞いたか、カイル。これが俺の息子だ。……そして、俺たちが築いた『家族』だ」
「だ、黙れ……! 黙れ黙れ黙れ!」
カイルは逆上し、顔を歪めた。 自分の孤独と、目の前の眩しいほどの絆の対比に、耐えられなくなったのだ。
「そんなに家族が大事か! なら、その絆ごと氷漬けにしてやるよォォォォッ!!」
カイルが杖を地面に突き刺した。 瞬間、遺跡全体が激しく振動し始めた。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地面から、黒い氷の棘が無数に隆起する。 さらに、遺跡の奥から、封印されていたはずの禍々しい魔力が噴出し始めた。
「こ、これは……!?」
レオンハルト様が表情を硬くする。
「古代の『氷魔(ひょうま)』の封印を解いたのか!? 正気か! 制御できるはずがない!」
「制御など知るか! お前たちさえ殺せれば、世界なんざどうなってもいいんだよ!」
カイルは狂ったように笑った。 彼の背後で、黒い氷が集まり、巨大な巨人の形を成していく。 それは、昨夜の腐竜をも凌ぐ、圧倒的な質量の暴力。
「死ねぇぇぇぇぇっ!!」
氷の巨人が、その巨大な拳を振り上げた。
「クラリス! アルフォンスを守れ!」
「はい!」
私は即座にアルフォンス様を抱き寄せ、手袋を掲げた。 『聖域』展開。 黄金の光が私たちを包む。
レオンハルト様が前に出る。 しかし、相手は古代の災厄。 一対一では分が悪い。
「アルフォンス様、私に魔力を貸してください!」
私は叫んだ。 昨夜の戦いで分かった。家族の魔力を合わせれば、相乗効果で何倍もの力になる。
「はい、母上!」
アルフォンス様が私の背中に手を当てる。 温かい。 彼の「守りたい」という強い意志が、奔流となって私の中に流れ込んでくる。
「私も……私も戦います!」
私は『聖域』の特性を変化させた。 ただ守るだけではない。 レオンハルト様の剣に、力を与えるための支援(バフ)へ!
「――『灯(ともしび)』よ、夫の剣に炎を宿せ! 『綴(つづり)』よ、息子の祈りを力に変えろ!」
私の魔法が、光の帯となってレオンハルト様へと伸びる。 彼がそれを受け取り、氷の剣が眩いほどの白銀に輝き始めた。
「……ありがたい!」
レオンハルト様が吼える。 家族の絆を力に変えた一撃。 それは、孤独なカイルには決して生み出せない、最強の一撃だ。
「これで終わりだ、カイル!!」
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