『「お前のような悪女は追放だ!」と父に言われましたが、追放先が私溺愛の祖父母が治めるリゾート領地だった件。これただのバカンスでは?』

放浪人

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第19話:『王子妃教育? いえ、まずはハネムーンです。祖父母も「曾孫が見たい」と張り切っています』

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 南国の楽園、フェルゼン辺境伯領でのハネムーンも、いよいよ最終日を迎えた。  あの巨大カニとの死闘(?)から一夜明け、私たちは驚くほど穏やかな朝を迎えていた。

 窓から差し込む陽光が、白いシーツを黄金色に染めている。  隣には、まだ夢の中にいるレオンの寝顔があった。  普段のキリッとした王太子の顔ではなく、無防備で少年のような寝顔。  長い睫毛が影を落とし、整った鼻筋と薄い唇が、造形美の極致を見せつけている。

 (……本当に、綺麗な顔)

 私はそっと手を伸ばし、彼の頬を指先でなぞった。  これが私の夫。  国の次期国王であり、私の最愛の人。

 「……んぅ……エリザ?」

 指先の感触に気づいたのか、レオンがゆっくりと目を開けた。  アメジスト色の瞳が、とろんと私を見つめる。

 「おはよう、レオン」

 「……おはよう、我が妻よ」

 彼は寝ぼけ眼のまま腕を伸ばし、私を抱き寄せた。  朝の体温が心地よく伝わってくる。

 「まだ起きたくないな……。このままベッドの中で一日中過ごしたい」

 「ダメよ。今日が最終日なんだから。おじい様たちに挨拶に行かないと」

 「うーん……祖父殿か。また何か企んでいそうだな」

 レオンは苦笑しながら身を起こした。  その予感は、悲しいかな的中することになる。  私たちの祖父母が、ただ手を振って見送ってくれるような「普通の」老人ではないことを、私たちは身にしみて知っていたからだ。

          ◇

 ハネムーン・ヴィラを出て、私たちは馬車で本邸へと向かった。  道中、窓から見える景色を目に焼き付ける。  青い海、白い砂浜、色彩豊かな花々。  そして、すれ違う領民たちの笑顔。

 「……帰りたくないなぁ」

 つい、本音が漏れた。  王都に戻れば、待っているのは「王太子妃教育」という名の修行の日々だ。  マナー、歴史、語学、ダンス、外交儀礼……。  実務能力には自信があるけれど、王族としての振る舞いはまた別のスキルが必要になる。  あの堅苦しい王宮で、息が詰まるような生活が待っているかと思うと、少しだけ憂鬱になる。

 「エリザ」

 レオンが私の手を握った。

 「そんなに不安そうな顔をするな。……教育係が厳しすぎたら、俺が権力で黙らせるから」

 「ふふ、それはダメよ。……私、やるからには完璧な王太子妃になってみせるわ」

 「君ならできるさ。……でも、息抜きは必要だ。辛くなったらすぐに言うんだぞ? 夜中にこっそり城を抜け出して、ラーメンを食べに行こう」

 「ラーメン? そんなお店、王都にあったかしら?」

 「最近、異国の料理人が屋台を出しているらしい。……庶民の味も知っておくのが、良き統治者の務めだからな」

 彼は悪戯っぽくウインクした。  そんな彼の優しさに、胸のつかえが取れていく。  そうね。一人じゃない。レオンがいるなら、どんな厳しい教育も乗り越えられる気がする。

          ◇

 本邸に到着すると、玄関ホールにはすでに祖父母が待ち構えていた。  祖父ギルバートはなぜか満面の笑みで、祖母エレオノーラも扇子で隠しきれないほど口角を上げている。

 「おお、来たか! 愛しの新婚さんいらっしゃい!」

 「おはようございます、お二人とも。……何かいいことでもありましたか?」

 私が尋ねると、祖父は「よくぞ聞いてくれた!」とばかりに胸を張った。

 「エリザよ。お前たちが王都へ帰る前に、どうしても見せておきたいものがあるのだ」

 「見せたいもの?」

 「うむ。ついてまいれ!」

 またか。  嫌な予感がする。  以前、「秘密のコレクションルーム(私のアクスタ部屋)」を見せられた時の戦慄が蘇る。  レオンと顔を見合わせ、恐る恐る祖父母の後をついていった。

 案内されたのは、屋敷の東棟。  日当たりが良く、庭園が一望できる一等地のエリアだ。  そこの突き当たりにある、パステルカラーで塗装された可愛らしい扉の前で、祖父は立ち止まった。

 「ここだ。開けてみよ」

 私がノブを回し、扉を開ける。

 「えっ……?」

 そこは、広々とした子供部屋(ナーサリールーム)だった。  壁紙は空の絵が描かれ、雲のようなふわふわの絨毯が敷かれている。  部屋の隅々まで、最高級の木材で作られた木馬や、柔らかなぬいぐるみが所狭しと並べられていた。

 そして中央には、純白のベビーベッドが三つ、並んでいる。

 「こ、これは……?」

 「見ての通りだ! 曾孫(ひまご)部屋だ!」

 祖父が高らかに宣言した。

 「わしとエレオノーラで厳選した、最高品質の育児グッズを揃えておいたぞ! オムツは肌触りの良い特注のシルク! 哺乳瓶は割れない強化ガラス製! ガラガラは魔石入りで、振ると知能指数が上がる音が出る!」

 「知能指数が上がるガラガラ……?」

 「うむ! 王族となる曾孫だ、英才教育は赤子のうちから始めねばならん!」

 祖父の鼻息が荒い。  祖母もうっとりとした表情でベビーベッドを撫でている。

 「エリザ、レオン殿下。……私たちはね、もう準備万端なのよ」

 「準備って……私たち、まだ結婚したばかりですよ?」

 「あら、光陰矢の如しと言うでしょう? 十ヶ月なんてあっという間よ。……ふふ、どんな子が生まれるかしら。レオン殿下に似た金髪の男の子? それともエリザに似た賢い女の子? ……ああ、考えるだけで心臓が止まりそうだわ」

 気が早い。早すぎる。  まだ妊娠の兆候すらないのに、部屋まで作ってしまうとは。  しかもベッドが三つあるのはどういうことだ。三つ子想定なのか、それとも年子で三人産めというプレッシャーなのか。

 「あ、あの……おじい様、おばあ様。お気持ちは嬉しいですが、私たちは王都に住むんですよ? ここで子育ては……」

 私が最もな指摘をすると、祖父はニヤリと笑った。

 「ふっふっふ、そこも抜かりはない」

 「はい?」

 「貴様らが忙しいのはわかっておる。王太子妃教育だの、公務だの、面倒な仕事が山積みだろう。……だからこそ!」

 祖父はビシッと私を指差した。

 「子供が生まれたら、わしたちが預かる!」

 「はぁ!?」

 「王都の空気は悪い! 教育にも良くない! この大自然と、わしたちの溢れんばかりの愛情の中で育てた方が、子供のためになると思わんか!? 週末だけ会いに来ればいい!」

 「い、いやいやいや!」

 私は慌てて否定した。  確かに環境は最高だけれど、この溺愛モンスター(祖父母)に預けたら、子供がどんなワガママボディと性格に育つか想像がつかない。  「じいじが国を買ってやるぞ!」とか言い出しそうで怖いのだ。

 「お気持ちはありがたいですが、子供は自分たちで育てます! ……というか、まだ子供はいません!」

 私がきっぱり断ると、祖父はあからさまにしょんぼりとした。  犬なら耳と尻尾が垂れ下がっているのが見えるレベルだ。

 「むぅ……そうか。……曾孫を抱くのが、わしの余生の唯一の楽しみだったのだが……」

 「そ、そんなに落ち込まないでください……」

 罪悪感が刺激される。  この人たちは、本当に私のことが大好きで、私の子供に会えるのを心待ちにしているだけなのだ。  その純粋な愛を無下にするのは心が痛む。

 困り果てていると、隣にいたレオンが助け舟を出してくれた。

 「閣下、奥様。……ご提案があります」

 「む? なんだ、レオン」

 レオンは穏やかな笑みを浮かべ、懐から一枚の図面のようなものを取り出した。

 「実は、王宮の魔導研究機関に極秘で開発させていたものがあるんです」

 「なんだこれは? 魔法陣か?」

 「はい。『長距離転移ゲート』の設計図です」

 「なっ……!?」

 私も驚いてレオンを見た。  転移ゲート?  そんなもの、物語の中でしか聞いたことがない。  場所と場所を一瞬で繋ぐ魔法なんて、伝説級の大魔導師でもなければ不可能だと言われているはずだ。

 「王都と、このフェルゼン領を繋ぐゲートを設置しようと考えています」

 レオンはサラリと言った。

 「これがあれば、馬車で数日かかる距離を一瞬で移動できます。……つまり、エリザが公務の合間に実家(ここ)に帰ることも、閣下たちが王都の曾孫に会いに来ることも、日常的に可能になるんです」

 「おおおっ!!」

 祖父が目を輝かせ、図面に食いついた。

 「す、素晴らしい! これさえあれば、毎日朝食だけ一緒に食べることも可能なのか!?」

 「理論上は可能です。……ただ、設置と維持には莫大な魔力と、国家予算レベルの費用がかかりますが……」

 「金ならある!!」

 祖父が即答した。

 「いくらでも出そう! わしのへそくりを全部吐き出しても構わん! ……なんなら、山を一つ売るか?」

 「いえ、そこまでは……」

 レオンは苦笑しながら続けた。

 「王家としても、このリゾート地との連携強化は国益に繋がります。観光客の誘致や、海産物の流通革命にもなりますから、予算は国からも出させます。……半分は閣下のポケットマネーでお願いしたいですが」

 「安いものだ! 曾孫に会えるなら、全額負担でもいいくらいだ!」

 祖父の機嫌は一瞬で最高潮に達した。

 「よし、契約成立だ! すぐに工事に取り掛かれ! わしの土魔法で基礎工事くらいなら手伝ってやる!」

 「気が早いです、閣下。まずは調査から……」

 レオンが祖父を宥めている横で、私は呆然としていた。  転移ゲート。  私の里帰りのために、国のインフラを変えてしまうなんて。  この夫も大概、規格外だ。

 「……ありがとう、レオン」

 私が小声でお礼を言うと、レオンは私だけに聞こえる声で囁いた。

 「君のためでもあるけど、俺のためでもあるんだ」

 「え?」

 「君が『カニが食べたい』って泣き出した時に、すぐに連れてこられるようにね」

 「……もう!」

 私は彼の腕をつねったけれど、顔がニヤけるのは止められなかった。

          ◇

 午後。  いよいよ出発の時が来た。  屋敷の玄関前には、お土産(主にカニの缶詰、南国フルーツ、干物など)でパンパンに膨れ上がった馬車が待機している。

 「エリザ、達者でな」  「無理しちゃダメよ。ご飯はしっかり食べるのよ」

 祖父母が代わる代わる私を抱きしめる。  別れは寂しいけれど、さっきの「転移ゲート計画」のおかげで、悲壮感はない。  「またすぐに会える」という希望が、私たちを笑顔にしてくれる。

 「はい、おじい様、おばあ様。……お二人も、どうかお元気で。転移ゲートができるまで、長生きしてくださいね」

 「当たり前だ! 曾孫の顔を見るまでは死なん! いや、曾孫が成人するまでは死なん!」

 「曾孫の結婚式までは生きるつもりよ」

 妖怪じみた生命力を宣言する二人。  頼もしい限りだ。

 「レオン殿下、エリザを頼んだぞ」

 「はい。必ず幸せにします」

 レオンと祖父が男同士の握手を交わす。  その力強い握手には、言葉以上の信頼が込められていた。

 私たちは馬車に乗り込んだ。  御者が鞭を振るい、車輪が回り出す。

 「行ってらっしゃーい!!」

 祖父母だけでなく、屋敷の使用人たち、そして集まってきた領民たちが一斉に手を振る。  遠ざかる白い屋敷。  青い海。  私の大切な、大切な場所。

 「……さようなら、私の楽園」

 私は窓から身を乗り出し、小さくなるまで手を振り続けた。  涙は流さなかった。  だって、これは「さようなら」ではなく、「行ってきます」なのだから。

          ◇

 馬車が街道を走り、リゾート地が見えなくなると、私はシートに深く座り直した。  隣にはレオンがいる。  彼の手が、優しく私の肩を抱いた。

 「……寂しいか?」

 「ううん。少しだけ」

 私は彼の胸に頭を預けた。

 「でも、楽しみでもあるの」

 「楽しみ?」

 「ええ。王都に戻って、貴方と一緒に新しい国を作っていくこと。……私たちが経験したような理不尽な思いをする人がいない、みんなが笑って暮らせる国にしたいわ」

 私の言葉に、レオンは驚いたように目を見開き、そして愛おしそうに微笑んだ。

 「……君は本当に、最高の王妃になるよ」

 「もちろんよ。誰の妻だと思っているの?」

 「はは、違いない」

 私たちは笑い合った。  未来への希望が、車内に満ちていた。

 これから待っているのは、甘いだけの日々ではないかもしれない。  困難もあるだろう。  壁にぶつかることもあるだろう。  でも、私たちなら大丈夫。  最強の祖父母(バックアップ)と、便利な転移ゲート(予定)、そして何より、揺るぎない愛があるのだから。

 「さあ、帰ろう。俺たちの家へ」

 「ええ、帰りましょう」

 馬車は夕日に向かって走り続ける。  その先にある王都では、すでに私の「王太子妃教育」のカリキュラムが山のように積まれているらしいけれど……まあ、カニパワーを充電した今の私なら、楽勝でこなしてみせるわ。

 だって、私は――世界一幸せな「元・追放令嬢」なのだから!
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