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最終話:『「お前のような悪女は追放だ!」とまた誰かが言っている。どうやら私は、追放されるたびに幸せになる運命のようです』
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王都とフェルゼン辺境伯領を結ぶ『エリザ・ゲート』が開通してから、五年という月日が流れた。
この五年の間に、王国は劇的な変化を遂げていた。 長距離転移ゲートの実用化により、流通革命が起き、経済は爆発的に成長。 かつて「魔境」と恐れられていたフェルゼン領は、今や世界中から観光客が押し寄せる一大リゾート地となり、国の財政を支えるドル箱となっていた。
そして、その革命の中心にいたのが、私たち夫婦だ。
「――エリザ妃殿下。こちらの書類に決済をお願いいたします」 「殿下、隣国からの親書が届いております」
王宮の執務室。 私は山のような書類に囲まれながら、羽ペンを走らせていた。 王太子妃としての公務は、想像以上に激務だった。 慈善事業の運営、外交パーティへの出席、そして国内のインフラ整備計画の監修。 私の「効率化スキル」が火を吹き、王宮の業務効率は三倍になったと言われているが、それでも仕事は次から次へと湧いてくる。
「ふぅ……」
私はペンを置き、凝り固まった肩を回した。 窓の外を見ると、中庭で金色の髪をした二人の子供が駆け回っているのが見える。
「待てー!」 「捕まえてごらんなさーい!」
四歳になる双子、兄のアレクと、妹のリナだ。 アレクはレオン譲りの活発さを、リナは私(というより祖母?)譲りのちゃっかりした性格を受け継いでいる。 二人とも、王宮中のアイドルであり、同時に最強の悪戯っ子でもあった。
「……会いたいなぁ」
公務が忙しく、ここ数日は子供たちとゆっくり遊べていない。 レオンも地方視察や会議で飛び回っており、家族団欒の時間が取れないのが悩みだった。
そんなある日のこと。 王宮の大広間で、隣国の使節団を迎えての歓迎式典が開かれることになった。
◇
「ご紹介いたします。隣国ガルドニアよりお越しの、ガストン侯爵です」
式典官の声と共に、大柄で強面な男が進み出てきた。 ガルドニア国は、我が国とは古くから付き合いがあるものの、非常に保守的で男尊女卑の風習が色濃く残る国だ。 ガストン侯爵はその筆頭とも言える人物で、眉間に深い皺を刻み、いかにも頑固そうな雰囲気を漂わせていた。
彼は玉座に座る国王陛下と、その横に立つ私たち夫婦に一礼した。 しかし、その視線は私に向けられた瞬間、あからさまに険しくなった。
「……お初にお目にかかります、レオンハルト王太子殿下。そして……エリザ妃殿下」
彼の挨拶は、棘を含んでいた。
「噂はかねがね聞いておりますぞ。エリザ妃殿下は、国政に深く関与し、あろうことか王太子殿下を差し置いて様々な改革を行なっているとか」
「ええ。夫を支えるのも妻の務めですから」
私が微笑んで答えると、ガストン侯爵は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「支える? 女が政治に口を出すなど、言語道断! 我が国では考えられんことですな。女は家で慎ましく刺繍でもしていれば良いものを……」
会場の空気がピリつく。 これは明らかな侮辱だ。 しかし、外交の場である以上、すぐに怒るわけにもいかない。
レオンが一歩前に出ようとしたが、私はそれを目線で制した。 この程度の手合い、慣れている。
「時代は変わるものですわ、侯爵。我が国では、能力のある者が適材適所で働くことが国益に繋がると考えております」
「ふん! 口答えか! これだから『元・悪女』は!」
ガストン侯爵が声を荒げた。
「知っているぞ! 貴女がかつて、実家を追放された身だということを! 性格が悪く、家族を虐げ、婚約破棄された傷物だとな!」
彼の情報は五年以上前で止まっているらしい。 あるいは、私の実家の没落を逆恨みする残党から、偏った情報を吹き込まれたか。
「そのような女が、次期国母の座に居座っているなど、国家の恥! レオンハルト殿下も、この女の色香に惑わされているに過ぎん!」
侯爵はヒートアップし、ついに禁句を口にした。
「私はガルドニア国を代表して忠告する! このような悪女は、即刻王宮から追い出すべきだ!」
彼はビシッと私を指差した。
「エリザ・フェルゼン! お前のような悪女は追放だ!!」
シーン……。
大広間が静まり返った。 しかし、それは恐怖による沈黙ではない。 全員が「あーあ、言っちゃったよこの人」という、呆れと憐れみの視線を侯爵に向けていたからだ。
私は瞬きをした。 そして、込み上げてくる笑いを堪えるのに必死になった。
(……デジャヴ!)
五年前、王宮の夜会で元婚約者のカイルに言われた言葉と、一言一句同じだ。 まさか、人生で二度も「追放宣告」を受けることになるとは。
「……追放、ですか?」
私は扇子で口元を隠し、尋ねた。
「はい、追放だ! 今すぐこの華やかな王宮から出て行き、辺境の地で泥にまみれて反省するがいい!」
侯爵は勝ち誇ったように言った。 彼は知らないのだ。 私にとって「辺境」が何を意味するのかを。
「……辺境、つまりフェルゼン領へ行けということですね?」
「そうだ! あの魔物が住む極寒の地へ行け!」(※彼は古い情報のまま勘違いしている)
私はレオンと顔を見合わせた。 レオンも必死に笑いを噛み殺している。
「……どうしましょう、レオン様。追放されてしまいましたわ」
「それは大変だ。……妻が追放されるなら、夫である僕もついて行かないとな」
「えっ? で、殿下!?」
侯爵が狼狽える。
「いけません殿下! 貴方様は王都に残るのです! この女だけを……!」
「いいえ。私は彼女と一蓮托生です。……それに、子供たちも母親と離れるわけにはいきませんからね」
レオンは控えていた侍従に合図を送った。
「おい、子供たちを呼んでくれ。それと、旅行鞄の準備だ。……どうやら私たちは、長期の『流刑(バカンス)』に出ることになったようだ」
「はっ! 直ちに手配いたします!」
侍従たちは事情を察し、満面の笑みで走り出した。 周囲の貴族たちも、クスクスと笑いながら見守っている。
「な、ななな、何が起きているんだ……?」
状況が理解できないガストン侯爵だけが、取り残されていた。
「ありがとうございます、侯爵様」
私は彼の手を(手袋越しに)握り、感謝を伝えた。
「貴方のおかげで、ようやくお休みが取れそうですわ。……王都の公務に疲れていたところだったのです」
「は……?」
「さあ、行きましょうレオン! アレクとリナも喜ぶわ!」
こうして、私たちは堂々と「追放」されることになった。 行き先はもちろん、愛する楽園だ。
◇
王宮の地下にある『転移の間』。 そこには、巨大な魔法陣が描かれたゲートが鎮座している。 これが、私と祖父の執念(とレオンの権力)で作られた『エリザ・ゲート』だ。
「パパ! ママ! どこ行くのー?」 「じいじのところ!?」
駆けつけてきたアレクとリナが、私の足元に抱きついてくる。
「そうよ。悪いおじさんが『追放だ!』って言ってくれたから、みんなでリゾートに行くことになったの」
「やったー!!」 「カニ食べるー!」 「海で泳ぐー!」
子供たちは大はしゃぎだ。 レオンも、堅苦しい正装からラフなシャツに着替え、サングラスを装着済みだ。準備が良すぎる。
「さあ、行こうか。……二度目の『追放』を楽しみに」
私たちはゲートをくぐった。 視界が一瞬白く染まり、浮遊感に包まれる。
そして次の瞬間。 肌を撫でる湿った風と、懐かしい潮の香りが私たちを包み込んだ。
「到着ー!」
目を開けると、そこはフェルゼン辺境伯邸の庭園だった。 鮮やかな花々、青い空、そして輝く海。 何も変わらない、私の楽園。
「おおお! 来たか! わしの天使たちよ!!」
屋敷の中から、地響きのような声と共に、祖父ギルバートが飛び出してきた。 その後ろには、祖母エレオノーラも続いている。
「じいじー!」 「ばあばー!」
子供たちが駆け出し、祖父の広げた腕の中に飛び込む。 祖父は二人を軽々と抱き上げ(七十代とは思えない筋力だ)、頬擦りをした。
「よく来た、よく来た! 寂しかったぞ! ……ん? 今日は週末ではないが、どうしたのだ?」
「実はですね、お義父様」
レオンが苦笑しながら説明した。
「ガストン侯爵という方に『悪女は追放だ』と言われまして。……急遽、こちらへ飛ばされてきたのです」
「な、なんと!」
祖父は一瞬、修羅のような顔をして「ガストン……? あの髭ダルマか……消すか?」と呟いたが、すぐに表情を緩めた。
「いや、待てよ。……ということは、しばらく滞在できるのか?」
「ええ。ほとぼりが冷めるまで、一週間くらいは『反省(バカンス)』しなければならないかと」
「でかした髭ダルマ! 褒美をやらねばならんな!」
祖父の手のひら返しは見事だった。
「よし、今日は宴だ! アレク、リナ、何が食べたい?」
「カニ!」 「エビ!」
「わかった! 海ごと持ってくる勢いで用意させよう!」
祖母も私たちの元へ歩み寄り、優しく抱きしめてくれた。
「おかえりなさい、エリザ。……また『追放』されてきたのね」
「ええ、おばあ様。……どうやら私、追放されるたびに幸せになる運命みたいです」
私たちは顔を見合わせて笑った。
◇
その夜。 浜辺で盛大なバーベキューパーティが開かれた。 新鮮な魚介類が網の上で踊り、冷えたジュースやワインが振る舞われる。 屋敷の使用人たちも、領民たちも集まり、歌って踊っての大騒ぎだ。
「ママ、見て! 大きな貝殻拾ったよ!」 「パパ、剣の稽古つけて!」
子供たちの笑顔が、焚き火の明かりに照らされて輝いている。 祖父は孫たちに囲まれてデレデレになり、祖母はレオンと優雅にグラスを傾けている。
私は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
幸せだ。 胸がいっぱいになるほど、幸せだ。
かつて、実家の冷たい部屋で一人泣いていた少女は、もういない。 今の私には、愛する夫がいて、可愛い子供たちがいて、最強の家族がいる。 そして、私が守り、発展させてきたこの美しい領地がある。
「エリザ」
いつの間にか、レオンが隣に来ていた。 彼は私の肩に上着をかけてくれた。
「何を考えているんだ?」
「……感謝していたの」
「感謝?」
「ええ。最初に私を追放してくれたお父様たちに。そして、今日また私を追放してくれた侯爵様に」
私はレオンを見上げて微笑んだ。
「彼らが私を拒絶してくれたおかげで、私は貴方に出会い、こんなにも広い世界を知ることができた。……『追放』という言葉は、私にとっては『招待状』だったのね。幸せへの」
「……君らしいな」
レオンは優しく私の髪を撫でた。
「でも、もうこれ以上の追放はいらないよ。……俺は、君とずっと一緒にいたい。王宮でも、ここでも、どこにいても」
「私もよ、レオン」
彼はそっと顔を近づけ、私の唇にキスをした。 潮騒の音と、子供たちの笑い声。 そして、愛する人の温もり。
夜空を見上げると、満天の星が私たちを祝福するように瞬いていた。
五年前、ボロボロの馬車でここへ辿り着いたあの日。 私は誓った。 「絶対に幸せになってやる」と。
その誓いは、想像以上の形で果たされた。 そして、これからも続いていく。 私の物語は、「めでたしめでたし」で終わらない。 だって、明日も明後日も、最高に楽しい日々が待っているのだから。
「さあ、みんなのところへ戻りましょう。……カニが焼けちゃうわ!」
「はは、結局カニか」
私はレオンの手を引き、光の輪の中へと駆け出した。 「お前のような悪女は追放だ!」 もしまた誰かがそう言ったら、私は満面の笑みでこう答えるだろう。
「喜んで! 最高の楽園が、私を待っていますから!」
(完)
この五年の間に、王国は劇的な変化を遂げていた。 長距離転移ゲートの実用化により、流通革命が起き、経済は爆発的に成長。 かつて「魔境」と恐れられていたフェルゼン領は、今や世界中から観光客が押し寄せる一大リゾート地となり、国の財政を支えるドル箱となっていた。
そして、その革命の中心にいたのが、私たち夫婦だ。
「――エリザ妃殿下。こちらの書類に決済をお願いいたします」 「殿下、隣国からの親書が届いております」
王宮の執務室。 私は山のような書類に囲まれながら、羽ペンを走らせていた。 王太子妃としての公務は、想像以上に激務だった。 慈善事業の運営、外交パーティへの出席、そして国内のインフラ整備計画の監修。 私の「効率化スキル」が火を吹き、王宮の業務効率は三倍になったと言われているが、それでも仕事は次から次へと湧いてくる。
「ふぅ……」
私はペンを置き、凝り固まった肩を回した。 窓の外を見ると、中庭で金色の髪をした二人の子供が駆け回っているのが見える。
「待てー!」 「捕まえてごらんなさーい!」
四歳になる双子、兄のアレクと、妹のリナだ。 アレクはレオン譲りの活発さを、リナは私(というより祖母?)譲りのちゃっかりした性格を受け継いでいる。 二人とも、王宮中のアイドルであり、同時に最強の悪戯っ子でもあった。
「……会いたいなぁ」
公務が忙しく、ここ数日は子供たちとゆっくり遊べていない。 レオンも地方視察や会議で飛び回っており、家族団欒の時間が取れないのが悩みだった。
そんなある日のこと。 王宮の大広間で、隣国の使節団を迎えての歓迎式典が開かれることになった。
◇
「ご紹介いたします。隣国ガルドニアよりお越しの、ガストン侯爵です」
式典官の声と共に、大柄で強面な男が進み出てきた。 ガルドニア国は、我が国とは古くから付き合いがあるものの、非常に保守的で男尊女卑の風習が色濃く残る国だ。 ガストン侯爵はその筆頭とも言える人物で、眉間に深い皺を刻み、いかにも頑固そうな雰囲気を漂わせていた。
彼は玉座に座る国王陛下と、その横に立つ私たち夫婦に一礼した。 しかし、その視線は私に向けられた瞬間、あからさまに険しくなった。
「……お初にお目にかかります、レオンハルト王太子殿下。そして……エリザ妃殿下」
彼の挨拶は、棘を含んでいた。
「噂はかねがね聞いておりますぞ。エリザ妃殿下は、国政に深く関与し、あろうことか王太子殿下を差し置いて様々な改革を行なっているとか」
「ええ。夫を支えるのも妻の務めですから」
私が微笑んで答えると、ガストン侯爵は不愉快そうに鼻を鳴らした。
「支える? 女が政治に口を出すなど、言語道断! 我が国では考えられんことですな。女は家で慎ましく刺繍でもしていれば良いものを……」
会場の空気がピリつく。 これは明らかな侮辱だ。 しかし、外交の場である以上、すぐに怒るわけにもいかない。
レオンが一歩前に出ようとしたが、私はそれを目線で制した。 この程度の手合い、慣れている。
「時代は変わるものですわ、侯爵。我が国では、能力のある者が適材適所で働くことが国益に繋がると考えております」
「ふん! 口答えか! これだから『元・悪女』は!」
ガストン侯爵が声を荒げた。
「知っているぞ! 貴女がかつて、実家を追放された身だということを! 性格が悪く、家族を虐げ、婚約破棄された傷物だとな!」
彼の情報は五年以上前で止まっているらしい。 あるいは、私の実家の没落を逆恨みする残党から、偏った情報を吹き込まれたか。
「そのような女が、次期国母の座に居座っているなど、国家の恥! レオンハルト殿下も、この女の色香に惑わされているに過ぎん!」
侯爵はヒートアップし、ついに禁句を口にした。
「私はガルドニア国を代表して忠告する! このような悪女は、即刻王宮から追い出すべきだ!」
彼はビシッと私を指差した。
「エリザ・フェルゼン! お前のような悪女は追放だ!!」
シーン……。
大広間が静まり返った。 しかし、それは恐怖による沈黙ではない。 全員が「あーあ、言っちゃったよこの人」という、呆れと憐れみの視線を侯爵に向けていたからだ。
私は瞬きをした。 そして、込み上げてくる笑いを堪えるのに必死になった。
(……デジャヴ!)
五年前、王宮の夜会で元婚約者のカイルに言われた言葉と、一言一句同じだ。 まさか、人生で二度も「追放宣告」を受けることになるとは。
「……追放、ですか?」
私は扇子で口元を隠し、尋ねた。
「はい、追放だ! 今すぐこの華やかな王宮から出て行き、辺境の地で泥にまみれて反省するがいい!」
侯爵は勝ち誇ったように言った。 彼は知らないのだ。 私にとって「辺境」が何を意味するのかを。
「……辺境、つまりフェルゼン領へ行けということですね?」
「そうだ! あの魔物が住む極寒の地へ行け!」(※彼は古い情報のまま勘違いしている)
私はレオンと顔を見合わせた。 レオンも必死に笑いを噛み殺している。
「……どうしましょう、レオン様。追放されてしまいましたわ」
「それは大変だ。……妻が追放されるなら、夫である僕もついて行かないとな」
「えっ? で、殿下!?」
侯爵が狼狽える。
「いけません殿下! 貴方様は王都に残るのです! この女だけを……!」
「いいえ。私は彼女と一蓮托生です。……それに、子供たちも母親と離れるわけにはいきませんからね」
レオンは控えていた侍従に合図を送った。
「おい、子供たちを呼んでくれ。それと、旅行鞄の準備だ。……どうやら私たちは、長期の『流刑(バカンス)』に出ることになったようだ」
「はっ! 直ちに手配いたします!」
侍従たちは事情を察し、満面の笑みで走り出した。 周囲の貴族たちも、クスクスと笑いながら見守っている。
「な、ななな、何が起きているんだ……?」
状況が理解できないガストン侯爵だけが、取り残されていた。
「ありがとうございます、侯爵様」
私は彼の手を(手袋越しに)握り、感謝を伝えた。
「貴方のおかげで、ようやくお休みが取れそうですわ。……王都の公務に疲れていたところだったのです」
「は……?」
「さあ、行きましょうレオン! アレクとリナも喜ぶわ!」
こうして、私たちは堂々と「追放」されることになった。 行き先はもちろん、愛する楽園だ。
◇
王宮の地下にある『転移の間』。 そこには、巨大な魔法陣が描かれたゲートが鎮座している。 これが、私と祖父の執念(とレオンの権力)で作られた『エリザ・ゲート』だ。
「パパ! ママ! どこ行くのー?」 「じいじのところ!?」
駆けつけてきたアレクとリナが、私の足元に抱きついてくる。
「そうよ。悪いおじさんが『追放だ!』って言ってくれたから、みんなでリゾートに行くことになったの」
「やったー!!」 「カニ食べるー!」 「海で泳ぐー!」
子供たちは大はしゃぎだ。 レオンも、堅苦しい正装からラフなシャツに着替え、サングラスを装着済みだ。準備が良すぎる。
「さあ、行こうか。……二度目の『追放』を楽しみに」
私たちはゲートをくぐった。 視界が一瞬白く染まり、浮遊感に包まれる。
そして次の瞬間。 肌を撫でる湿った風と、懐かしい潮の香りが私たちを包み込んだ。
「到着ー!」
目を開けると、そこはフェルゼン辺境伯邸の庭園だった。 鮮やかな花々、青い空、そして輝く海。 何も変わらない、私の楽園。
「おおお! 来たか! わしの天使たちよ!!」
屋敷の中から、地響きのような声と共に、祖父ギルバートが飛び出してきた。 その後ろには、祖母エレオノーラも続いている。
「じいじー!」 「ばあばー!」
子供たちが駆け出し、祖父の広げた腕の中に飛び込む。 祖父は二人を軽々と抱き上げ(七十代とは思えない筋力だ)、頬擦りをした。
「よく来た、よく来た! 寂しかったぞ! ……ん? 今日は週末ではないが、どうしたのだ?」
「実はですね、お義父様」
レオンが苦笑しながら説明した。
「ガストン侯爵という方に『悪女は追放だ』と言われまして。……急遽、こちらへ飛ばされてきたのです」
「な、なんと!」
祖父は一瞬、修羅のような顔をして「ガストン……? あの髭ダルマか……消すか?」と呟いたが、すぐに表情を緩めた。
「いや、待てよ。……ということは、しばらく滞在できるのか?」
「ええ。ほとぼりが冷めるまで、一週間くらいは『反省(バカンス)』しなければならないかと」
「でかした髭ダルマ! 褒美をやらねばならんな!」
祖父の手のひら返しは見事だった。
「よし、今日は宴だ! アレク、リナ、何が食べたい?」
「カニ!」 「エビ!」
「わかった! 海ごと持ってくる勢いで用意させよう!」
祖母も私たちの元へ歩み寄り、優しく抱きしめてくれた。
「おかえりなさい、エリザ。……また『追放』されてきたのね」
「ええ、おばあ様。……どうやら私、追放されるたびに幸せになる運命みたいです」
私たちは顔を見合わせて笑った。
◇
その夜。 浜辺で盛大なバーベキューパーティが開かれた。 新鮮な魚介類が網の上で踊り、冷えたジュースやワインが振る舞われる。 屋敷の使用人たちも、領民たちも集まり、歌って踊っての大騒ぎだ。
「ママ、見て! 大きな貝殻拾ったよ!」 「パパ、剣の稽古つけて!」
子供たちの笑顔が、焚き火の明かりに照らされて輝いている。 祖父は孫たちに囲まれてデレデレになり、祖母はレオンと優雅にグラスを傾けている。
私は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
幸せだ。 胸がいっぱいになるほど、幸せだ。
かつて、実家の冷たい部屋で一人泣いていた少女は、もういない。 今の私には、愛する夫がいて、可愛い子供たちがいて、最強の家族がいる。 そして、私が守り、発展させてきたこの美しい領地がある。
「エリザ」
いつの間にか、レオンが隣に来ていた。 彼は私の肩に上着をかけてくれた。
「何を考えているんだ?」
「……感謝していたの」
「感謝?」
「ええ。最初に私を追放してくれたお父様たちに。そして、今日また私を追放してくれた侯爵様に」
私はレオンを見上げて微笑んだ。
「彼らが私を拒絶してくれたおかげで、私は貴方に出会い、こんなにも広い世界を知ることができた。……『追放』という言葉は、私にとっては『招待状』だったのね。幸せへの」
「……君らしいな」
レオンは優しく私の髪を撫でた。
「でも、もうこれ以上の追放はいらないよ。……俺は、君とずっと一緒にいたい。王宮でも、ここでも、どこにいても」
「私もよ、レオン」
彼はそっと顔を近づけ、私の唇にキスをした。 潮騒の音と、子供たちの笑い声。 そして、愛する人の温もり。
夜空を見上げると、満天の星が私たちを祝福するように瞬いていた。
五年前、ボロボロの馬車でここへ辿り着いたあの日。 私は誓った。 「絶対に幸せになってやる」と。
その誓いは、想像以上の形で果たされた。 そして、これからも続いていく。 私の物語は、「めでたしめでたし」で終わらない。 だって、明日も明後日も、最高に楽しい日々が待っているのだから。
「さあ、みんなのところへ戻りましょう。……カニが焼けちゃうわ!」
「はは、結局カニか」
私はレオンの手を引き、光の輪の中へと駆け出した。 「お前のような悪女は追放だ!」 もしまた誰かがそう言ったら、私は満面の笑みでこう答えるだろう。
「喜んで! 最高の楽園が、私を待っていますから!」
(完)
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
たかが侯爵風情が王子妃に対して「追放だ」と「王子をたぶらかしてる」などと言えば、普通にお家断絶なんですが。
作品は面白く読ませていただきました。
ただ心残りは、上にも書いた侯爵がどうなったかの後日談がないのがもったいないかと思います。
カイル様は、王子である殿下なのか騎士団長の息子で公爵令息なのか?殿下とするなら王位継承権のある準王族なのでしょうか?
とても面白かったです!
まだ半生だから元気よ!の所でめっちゃニヤニヤしてしまいました😆