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第34話 偽の証拠
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(視点:レージ)
私はリディア様の背後に控えながら、全身の血が逆流するほどの怒りを抑えていた。
王太子殿下が提示した「証拠」。
遠目からでもわかる。あれは偽造だ。
木箱の破片に付着しているのは、軍用の黒色火薬の痕跡。
白夜領の鉱山で使う発破用の火薬とは成分が違う。
そして書類。
あの筆跡はリディア様に似せているが、線の運びが硬い。
何より、封蝋(ふうろう)だ。
アルノー家の紋章が押されているが、蝋の色が微妙に明るい。
本家の蝋は、北方の寒さに耐えるために松脂(まつやに)を多く混ぜており、もっと黒ずんだ赤になるはずだ。
(雑だ。だが、この場ではそれが通ってしまう)
私は一歩踏み出そうとして、自制した。
執事である私がここで口を挟めば、「主人の不始末を隠蔽しようとする共犯者」として排除される。
そうなれば、リディア様を守る最後の手足が失われる。
「……リディア・アルノー。申し開きはあるか?」
王太子殿下の声が響く。
リディア様は唇を噛み締め、青ざめた顔で沈黙している。
何か言えば、揚げ足を取られる。
黙っていれば、肯定とみなされる。
逃げ場のない二択。
「……私は、やっておりません」
絞り出すような彼女の声は、風にかき消されそうなほど弱かった。
「往生際が悪い!」
殿下の合図で、近衛騎士たちがガチャガチャと甲冑(かっちゅう)を鳴らして取り囲む。
「リディア様!」
思わず叫んだ私の前に、別の騎士が剣を突きつけた。
「動くな。執事ごときが王太子殿下の御前であるぞ」
剣先が鼻先数センチで止まる。
鉄の冷たい匂い。
私はその剣を素手で掴んでへし折りたい衝動を、奥歯が砕けるほど噛み締めて耐えた。
今、暴れれば終わりだ。
リディア様は「反逆者の主人」として、その場で斬り捨てられるかもしれない。
「連れて行け。調査が終わるまで、塔の地下牢へ収監する」
「……っ、離して!」
ガチャン!
リディア様の細い手首に、無骨な手錠がかけられた。
その金属音が、私の理性の何かを断ち切りそうになる。
鎖が擦れる音。
引きずられるドレスの衣擦れ。
彼女が一度だけ振り返り、私を見た。
その瞳は「助けて」とは言わなかった。
「行かないで」とも言わなかった。
ただ、絶望に染まりながらも、私に「待て」と訴えていた。
(……くそっ!)
私は拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みで自分を繋ぎ止める。
ここで感情に任せて動けば、彼女の思う壺だ。
敵は法と権威で攻めてきている。
ならば、こちらも法と証拠で殴り返すしかない。
リディア様が連行されていく。
甘い茶会の会場は、一転して断罪の広場と化した。
令嬢たちのヒソヒソ声、ミレイユの「お可哀想に」という白々しい嘆き。
それら全てを、私は脳裏に焼き付けた。
証拠はある。
あの偽の封蝋。そして、火薬の流通ルート。
商会連盟との契約が、ここで活きる。
物流を握っているのはこちらだ。物がどこから来て、どこへ消えたか、金の流れを追えば必ず尻尾が出る。
時間は足りない。
裁判まで、おそらく数日。
それまでに、この巨大な嘘の城壁を、根底から崩さなければならない。
私は剣を収めた騎士たちを一瞥(いちべつ)もし、踵(きびす)を返した。
言葉で救う時間は終わった。
これからは、手順と罠で狩る時間だ。
私はリディア様の背後に控えながら、全身の血が逆流するほどの怒りを抑えていた。
王太子殿下が提示した「証拠」。
遠目からでもわかる。あれは偽造だ。
木箱の破片に付着しているのは、軍用の黒色火薬の痕跡。
白夜領の鉱山で使う発破用の火薬とは成分が違う。
そして書類。
あの筆跡はリディア様に似せているが、線の運びが硬い。
何より、封蝋(ふうろう)だ。
アルノー家の紋章が押されているが、蝋の色が微妙に明るい。
本家の蝋は、北方の寒さに耐えるために松脂(まつやに)を多く混ぜており、もっと黒ずんだ赤になるはずだ。
(雑だ。だが、この場ではそれが通ってしまう)
私は一歩踏み出そうとして、自制した。
執事である私がここで口を挟めば、「主人の不始末を隠蔽しようとする共犯者」として排除される。
そうなれば、リディア様を守る最後の手足が失われる。
「……リディア・アルノー。申し開きはあるか?」
王太子殿下の声が響く。
リディア様は唇を噛み締め、青ざめた顔で沈黙している。
何か言えば、揚げ足を取られる。
黙っていれば、肯定とみなされる。
逃げ場のない二択。
「……私は、やっておりません」
絞り出すような彼女の声は、風にかき消されそうなほど弱かった。
「往生際が悪い!」
殿下の合図で、近衛騎士たちがガチャガチャと甲冑(かっちゅう)を鳴らして取り囲む。
「リディア様!」
思わず叫んだ私の前に、別の騎士が剣を突きつけた。
「動くな。執事ごときが王太子殿下の御前であるぞ」
剣先が鼻先数センチで止まる。
鉄の冷たい匂い。
私はその剣を素手で掴んでへし折りたい衝動を、奥歯が砕けるほど噛み締めて耐えた。
今、暴れれば終わりだ。
リディア様は「反逆者の主人」として、その場で斬り捨てられるかもしれない。
「連れて行け。調査が終わるまで、塔の地下牢へ収監する」
「……っ、離して!」
ガチャン!
リディア様の細い手首に、無骨な手錠がかけられた。
その金属音が、私の理性の何かを断ち切りそうになる。
鎖が擦れる音。
引きずられるドレスの衣擦れ。
彼女が一度だけ振り返り、私を見た。
その瞳は「助けて」とは言わなかった。
「行かないで」とも言わなかった。
ただ、絶望に染まりながらも、私に「待て」と訴えていた。
(……くそっ!)
私は拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みで自分を繋ぎ止める。
ここで感情に任せて動けば、彼女の思う壺だ。
敵は法と権威で攻めてきている。
ならば、こちらも法と証拠で殴り返すしかない。
リディア様が連行されていく。
甘い茶会の会場は、一転して断罪の広場と化した。
令嬢たちのヒソヒソ声、ミレイユの「お可哀想に」という白々しい嘆き。
それら全てを、私は脳裏に焼き付けた。
証拠はある。
あの偽の封蝋。そして、火薬の流通ルート。
商会連盟との契約が、ここで活きる。
物流を握っているのはこちらだ。物がどこから来て、どこへ消えたか、金の流れを追えば必ず尻尾が出る。
時間は足りない。
裁判まで、おそらく数日。
それまでに、この巨大な嘘の城壁を、根底から崩さなければならない。
私は剣を収めた騎士たちを一瞥(いちべつ)もし、踵(きびす)を返した。
言葉で救う時間は終わった。
これからは、手順と罠で狩る時間だ。
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