悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第35話 沈黙の牢

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重い鉄扉が閉まる音。
ドォン……という鈍い響きが、石の壁に反響して消える。
あとに残ったのは、耳が痛くなるほどの静寂と、湿った石の匂いだけだった。

「……はは」

乾いた笑いが漏れる。
また、ここだ。
半年前、処刑の直前まで過ごした場所ではないけれど、空気は同じだ。
カビ臭く、冷たく、光が届かない場所。

石のベンチに座り込み、冷え切った壁に背中を預ける。
ドレスの薄い生地越しに、石の冷気が骨まで染みてくる。
手首にはめられた手錠が、動くたびにジャラリと鳴り、私の自由がないことを教えてくる。

(無能を演じれば、逃げ切れると思ったのに)

膝に顔を埋める。
馬鹿だった。
相手は最初から、私を排除すると決めていたのだ。
私が賢かろうが愚かだろうが関係ない。
「悪役」という椅子に私を座らせ、それを倒すことで自分たちの正義を演出したいだけ。

「……寒い」

体を丸める。
レージがくれた外套(コート)も、湯袋も、全部取り上げられた。
ここには、私を守ってくれるものは何もない。

『黙ってて』
『私は無能で通すわ』

自分の言葉が、呪いのように頭の中でリフレインする。
黙っていた結果がこれだ。
反論もしなかった。
戦おうともしなかった。
ただ嵐が過ぎるのを待って、うずくまっていただけ。
でも、嵐は過ぎ去るどころか、私を飲み込んでしまった。

「……悔しい」

涙が滲(にじ)んで、床の石畳に落ちる。
黒いシミが広がる。
悔しい。
やっていない罪で裁かれることも。
大切な領地を、自作自演の道具だと侮辱されたことも。
そして何より、何も言い返せなかった自分が、一番悔しい。

カツ、カツ、カツ。

廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。
看守の見回りだろうか。
私は涙を拭い、膝を抱えたまま息を殺した。

足音は私の牢の前で止まった。
ガチャリ。
鍵束がぶつかり合う、硬質な音。
その音の響きに、聞き覚えがあった。

「……リディア様」

鉄格子の隙間から、低い声が降ってくる。
顔を上げると、そこにはランタンの微かな灯りに照らされた、レージの姿があった。
彼はいつもの燕尾服ではなく、目立たない濃紺の外套を羽織っている。
おそらく、金を掴ませて無理やり入ってきたのだろう。

「……レージ」

名前を呼んだ瞬間、せき止めていた感情が溢れそうになった。
けれど、私は唇を噛んで堪えた。
泣きついてはいけない。
それは、私の敗北を認めることになるから。

彼は鉄格子越しに手を伸ばし、私の頬に触れようとしたが、指先は格子に阻まれて届かなかった。
その距離が、今の私たちの現状を残酷に示していた。

「お怪我はありませんか」

「……ええ。ただ、寒いだけ」

「すぐにここから出します。……と言いたいところですが、王太子の監視が厳しく、正規の手順では時間がかかります」

レージの声は悔しげだった。
彼にしては珍しく、余裕がない。
万能の執事でさえ、王権という巨大な壁の前では無力なのだ。

「……いいの。覚悟はしていたから」

私は嘘をついた。
覚悟なんてできていない。怖い。逃げたい。
でも、それを言えば、彼は無理をしてでも私を連れ出そうとするだろう。
そうすれば、彼も罪人になる。
それだけは避けたかった。
湿った石の匂いの中で、私は自分の震えを隠すように、さらに小さく体を丸めた。
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