33 / 61
第33話 優しさの刃
しおりを挟む
手の甲を焼くような熱さが、ようやく引いていく。
ミレイユが手を離すと、そこには赤く腫れた火傷のような跡が残っていた。
けれど、周囲の目には「浄化された証」として映っているらしい。
「まあ、黒いモヤが消えましたわ! これでリディア様も楽になられるはずです」
ミレイユが額の汗を拭う仕草をすると、令嬢たちが「なんて尊い」「お疲れでしょうに」とハンカチを差し出す。
完璧な茶番だ。
私はズキズキと脈打つ手をドレスの影に隠し、小さく息を吐いた。
「……感謝いたします」
「いいえ、当然のことですもの。私たちは『お友達』ですものね?」
ミレイユは首をかしげて微笑む。
その「友達」という言葉が、鎖のように私を縛り付ける。
ここで否定すれば、私は聖女の好意を踏みにじる傲慢な女になる。肯定すれば、彼女の下位に置かれることを認めることになる。
どちらを選んでも、私の立場は削り取られていく。
「……ええ」
短く答えるのが精一杯だった。
その時、庭園の入り口がざわめき、人々の波が割れた。
現れたのは、金髪に青い瞳の青年。
この国の王太子、セオドール殿下だ。
「ミレイユ、ここにいたのか」
「セオドール様!」
ミレイユが駆け寄り、自然な動作で彼の腕に手を添える。
その親密な距離感に、周囲がまた熱っぽい溜息を漏らす。
セオドール殿下は愛おしげに彼女を見つめた後、氷のような視線を私に向けた。
「……リディア。戻っていたのか」
「お久しぶりでございます、殿下」
私は席を立ち、最敬礼をする。
顔を上げると、殿下の瞳には軽蔑と、奇妙な憐れみが混じっていた。
「北の地で反省していると思っていたが……どうやら、まだ足りなかったようだな」
「……何のお話でしょうか」
「とぼけるな。お前が白夜領で何をしていたか、報告は上がっている」
殿下が指を鳴らすと、近衛兵が銀の盆を持って進み出た。
その上には、煤(すす)けた木箱の破片と、数枚の書類が載せられている。
「採掘場の爆発事故。あれは事故ではない。お前が指示して仕組んだものだという証言がある」
「な……っ!?」
私は息を呑んだ。
自作自演? 私が自分の領地を爆破したと言うの?
「動機は明白だ。事故に見せかけて、横領の証拠を隠滅するため。そして、復興支援という名目で王家から金を引き出すためだ」
「違います! あれは密輸団が……!」
「黙れ」
殿下の低い声が、私の反論を切り裂く。
庭園の甘い花の香りが、一瞬にして凍りついたように感じられた。
「お前の執事が、裏で商会を脅していたことも知っている。『物流を止める』とな。……民を人質に取るなど、公爵家の風上にも置けぬ卑劣なやり方だ」
じわり、と冷や汗が背中を伝う。
事実を巧妙に捻じ曲げ、悪意ある文脈で繋ぎ合わせている。
これは、ただの嫌がらせではない。
周到に用意された、私を社会的に抹殺するためのシナリオだ。
「証拠なら、ここにある」
殿下が盆の上の書類を指差す。
そこには、見覚えのない私のサインと、公爵家の封蝋(ふうろう)が押されていた。
笑い声のざわめきが、耳鳴りのように響く。
ああ、この空気。
半年前と同じだ。
誰も真実なんて見ていない。
彼らはただ、私が「悪女」として裁かれる生贄(いけにえ)になる瞬間を、今か今かと待っているのだ。
ミレイユが手を離すと、そこには赤く腫れた火傷のような跡が残っていた。
けれど、周囲の目には「浄化された証」として映っているらしい。
「まあ、黒いモヤが消えましたわ! これでリディア様も楽になられるはずです」
ミレイユが額の汗を拭う仕草をすると、令嬢たちが「なんて尊い」「お疲れでしょうに」とハンカチを差し出す。
完璧な茶番だ。
私はズキズキと脈打つ手をドレスの影に隠し、小さく息を吐いた。
「……感謝いたします」
「いいえ、当然のことですもの。私たちは『お友達』ですものね?」
ミレイユは首をかしげて微笑む。
その「友達」という言葉が、鎖のように私を縛り付ける。
ここで否定すれば、私は聖女の好意を踏みにじる傲慢な女になる。肯定すれば、彼女の下位に置かれることを認めることになる。
どちらを選んでも、私の立場は削り取られていく。
「……ええ」
短く答えるのが精一杯だった。
その時、庭園の入り口がざわめき、人々の波が割れた。
現れたのは、金髪に青い瞳の青年。
この国の王太子、セオドール殿下だ。
「ミレイユ、ここにいたのか」
「セオドール様!」
ミレイユが駆け寄り、自然な動作で彼の腕に手を添える。
その親密な距離感に、周囲がまた熱っぽい溜息を漏らす。
セオドール殿下は愛おしげに彼女を見つめた後、氷のような視線を私に向けた。
「……リディア。戻っていたのか」
「お久しぶりでございます、殿下」
私は席を立ち、最敬礼をする。
顔を上げると、殿下の瞳には軽蔑と、奇妙な憐れみが混じっていた。
「北の地で反省していると思っていたが……どうやら、まだ足りなかったようだな」
「……何のお話でしょうか」
「とぼけるな。お前が白夜領で何をしていたか、報告は上がっている」
殿下が指を鳴らすと、近衛兵が銀の盆を持って進み出た。
その上には、煤(すす)けた木箱の破片と、数枚の書類が載せられている。
「採掘場の爆発事故。あれは事故ではない。お前が指示して仕組んだものだという証言がある」
「な……っ!?」
私は息を呑んだ。
自作自演? 私が自分の領地を爆破したと言うの?
「動機は明白だ。事故に見せかけて、横領の証拠を隠滅するため。そして、復興支援という名目で王家から金を引き出すためだ」
「違います! あれは密輸団が……!」
「黙れ」
殿下の低い声が、私の反論を切り裂く。
庭園の甘い花の香りが、一瞬にして凍りついたように感じられた。
「お前の執事が、裏で商会を脅していたことも知っている。『物流を止める』とな。……民を人質に取るなど、公爵家の風上にも置けぬ卑劣なやり方だ」
じわり、と冷や汗が背中を伝う。
事実を巧妙に捻じ曲げ、悪意ある文脈で繋ぎ合わせている。
これは、ただの嫌がらせではない。
周到に用意された、私を社会的に抹殺するためのシナリオだ。
「証拠なら、ここにある」
殿下が盆の上の書類を指差す。
そこには、見覚えのない私のサインと、公爵家の封蝋(ふうろう)が押されていた。
笑い声のざわめきが、耳鳴りのように響く。
ああ、この空気。
半年前と同じだ。
誰も真実なんて見ていない。
彼らはただ、私が「悪女」として裁かれる生贄(いけにえ)になる瞬間を、今か今かと待っているのだ。
15
あなたにおすすめの小説
婚約者チェンジ? 義理の妹は公爵令嬢の地位もチェンジされました』 ~三日で破談、家ごと褫奪の末路です~
ふわふわ
恋愛
「お姉様の婚約者、私がいただきますわ。だって“公爵令嬢”ですもの」
義理の妹コンキュはそう言って、王太子との婚約を奪いました。
父はそれを容認し、私は静かに受け入れます。
けれど――
公爵令嬢とは“地位”ではなく、“責任”の継承者。
王宮で礼儀も実務も拒み、「未来の王太子妃」を名乗った義妹は、わずか三日で婚約破棄。
さらに王家への不敬と統治能力の欠如が問題視され、父の監督責任が問われます。
そして下されたのは――家ごとの褫奪。
一方で私は、領地を守り、帳簿を整え、静かに家を支え続ける。
欲しがったのは肩書。
継いだのは責任。
正統は叫びません。
ただ、残るだけ。
これは、婚約を奪われた公爵令嬢が
“本当に継がれるべきもの”を証明する物語。
冷遇夫がお探しの私は、隣にいます
終日ひもの干す紐
恋愛
愛人がいるなら、さっさと言ってくれればいいのに!
妻に駆け落ちされた、傷心の辺境伯ロシェのもとへ嫁いでほしい。
シャノンが王命を受け、嫁いでから一年……とんでもない場面に立ち会ってしまう。
「サフィール……またそんなふうに僕を見つめて、かわいいね」
シャノンには冷たいの夫の、甘ったるい囁き。
扉の向こうの、不貞行為。
これまでの我慢も苦労も全て無駄になり、沸々と湧き上がる怒りを、ロシェの愛猫『アンブル』に愚痴った。
まさかそれが、こんなことになるなんて!
目が覚めると『アンブル』になっていたシャノン。
猫の姿に向けられる夫からの愛情。
夫ロシェの“本当の姿”を垣間見たシャノンは……?
* * *
他のサイトにも投稿しています。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる