悪役令嬢ですが、二度目は無能で通します……なので執事は黙っててください

放浪人

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第37話 公開裁判の準備

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(視点:レージ)

夜の執務室には、重苦しい静寂とインクの匂いが充満していた。
私は机の上に広げられた数枚の羊皮紙を睨みつけている。
窓の外は漆黒の闇。王都の喧騒(けんそう)も眠りについた時間だが、私の戦いはこれからが本番だった。

「……時間が足りない」

ペン先が紙を引っ掻く音だけが、カリカリストと響く。
リディア様が公開裁判を決意された以上、私はその舞台を整えなければならない。
王太子殿下は密室での即決裁判を望んでいる。それを覆し、民衆の目が届く広場へ引きずり出すには、「世論」という圧力が必要だ。

「レージ様、商会連盟のガストン氏がお見えです」

部下の報告に、私は顔を上げずに「通せ」と命じた。
ドアが開き、あの恰幅の良い男が入ってくる。
以前、白夜領で「白夜焼き」の契約をした時とは違い、今の彼の顔には余裕がない。
額には脂汗が滲み、高価な香水の匂いでも隠しきれない焦燥臭が漂っていた。

「夜分に失礼しますよ、執事殿。……いや、今は『国賊の共犯者』と呼ぶべきかな?」

ガストンは嫌味な笑みを浮かべようとしたが、引きつって失敗していた。
彼は知っているのだ。
もしリディア様が有罪になれば、アルノー家と結んだ独占契約が紙屑になり、商会も巨額の損失を被ることを。

「挨拶は不要です。……取引をしましょう」

私は単刀直入に切り出した。
机の上の羊皮紙を一枚、彼の方へ滑らせる。

「これは……?」

「王太子殿下が証拠として提出した『横領の書類』の写しです。そこに使われている封蝋(ふうろう)。……あなたなら、この成分がわかりますね?」

ガストンは目を細め、書類を覗き込んだ。
商人は金と物の質には敏感だ。
彼は鼻を近づけ、さらに指で紙の質感を確かめると、ふんと鼻を鳴らした。

「……王家御用達の最高級品に見えますが、混ぜ物が違いますな。これは南方産の松脂だ。北方の寒冷地で使うなら、もっと粘度の高い琥珀脂(こはくし)を混ぜる。……素人が作った偽物ですな」

「その証言を、法廷でしていただけますか」

「はっ! 馬鹿を言っちゃいけない。そんなことをすれば、私は王家と教会を敵に回す。商売あがったりだ」

ガストンは手を振って拒絶する。
当然だ。商人は損得でしか動かない。
だからこそ、私は次のカードを切った。

「では、こちらの書類をご覧いただきましょうか」

私は別の羊皮紙を取り出した。
そこには、商会連盟の裏帳簿から抜き出した、ある「鉱石」の流通記録が記されている。

「白銀晶(はくぎんしょう)。……白夜領の特産であり、紋章術の触媒となる希少石。これが過去三ヶ月、正規のルートを通らずに大量に王都へ流れています。そして、その受取人は……」

私は指先で、帳簿の末尾にある名前を叩いた。

「王太子側近、ベルナール男爵。……教会の熱心な支持者としても有名な方ですね」

ガストンの顔色が変わった。
青を通り越して、土気色になっていく。
密輸に関わっていたことが公になれば、商会連盟は取り潰しだ。

「……脅すつもりか」

「いいえ。選択肢を差し上げているのです。密輸の罪を一人で被って破滅するか。それとも、リディア様の無実を証明し、ベルナール男爵という『トカゲの尻尾』を切り捨てることで、商会の潔白を主張するか」

私は微笑んだ。
あくまで穏やかに、逃げ道を塞ぎながら。

「公開裁判の開催を、商会のネットワークを使って民衆に煽ってください。『聖女様が悪を裁く姿を見たい』と。……そうすれば、あなた方は正義の味方側につける」

ガストンは長い間、脂汗を拭いながら呻(うめ)いていたが、やがて観念したように息を吐いた。

「……悪魔のような男だ」

「最高の褒め言葉です」

彼が部屋を出て行くと、私は椅子に深くもたれかかった。
疲労で目の奥が痛む。
だが、これで舞台は整った。
王太子の側近が黒幕の一人。そして教会との繋がり。
点と点が線になりつつある。

インクの匂いが、戦場の火薬の匂いのように感じられた。
私は窓を開け、夜風を入れた。
遠くの塔に幽閉されているリディア様を想う。
彼女は今、一人で震えているだろうか。
それとも、戦う覚悟を決めて、夜明けを待っているだろうか。

「……あと少しです」

私は夜空に向かって呟いた。
守るために閉じ込めるやり方は終わった。
これからは、彼女の道を切り開くために、この手を汚し続けるだけだ。
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