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-鳴り止まない蒼き残響(レゾナンス)-
Episode2-7月20日-
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朝の6時半。私のベッド付近に置いてあるスマホのアラームが、鳴り響いた。私は、目を覚ました。
蒼葉「ふわぁ…」
外からは、蝉の鳴き声、元気よく散歩している人の声、時には猫の鳴き声などが聞こえた。
そして、昨日の余韻は未だに残っている。
蒼葉「はぁ…着替えるか…」
私は、早速学校の制服に着替え始める。
蒼葉「あーあ、何で私の学校って私服じゃないんだろう…」
いろいろ小声で愚痴を言っていると、ドアの方から双葉の声が聞こえた。
(コン、コン)
双葉「お姉ちゃん入っていい?」
蒼葉「ごめん双葉、今着替え中なの…」
双葉「わかった!ちょっと待ってるね!」
ドアの向こうから、突如声は無くなった。どうやら双葉は、ドアの向こうで私が着替え終わるのを待っているっぽい。
しばらくして、私は着替え終わった。
蒼葉「お待たせ双葉」
双葉「もぉー!お姉ちゃん遅い!」
蒼葉「ごめんごめん…」
蒼葉「それで、何か用があったんじゃないの?」
双葉「あ、そうだった!」
双葉「朝ごはんの事なんだけど、お母さんまた仕事で居ないから私かお姉ちゃんどっちが作る?っていう話で…」
蒼葉「なるほどね…」
双葉「お父さんももうお仕事行っちゃったし…」
蒼葉「じゃあ私が作るから、双葉は待ってて」
双葉「わかった!」
私は部屋を出て、キッチンへと向かった。
-✳-
キッチンに着いた。私は早速、エプロンを付けて髪を結び、朝ごはんを作る準備を始めた。
フライパンを温めながら、冷蔵庫から卵を取り出す。いつも通りの朝食の準備。
パンをトースターに入れ、コーヒーメーカーのスイッチを押す。規則的な機械の音がキッチンに響く。
なのに、私の心臓だけは、まだ昨日の余韻で不規則なリズムを刻んでいた。
蒼葉(本当に、夏祭り、楓くんと行くんだな……)
昨日の帰り道での楓の返事。「俺結構楽しみかも」――あの言葉が、まだ耳の奥でこだましているようだった。
彼の少し戸惑ったような顔も、最後に見せた優しい笑顔も、瞼の裏に焼き付いて離れない。
双葉「お姉ちゃん、何してるの?」
双葉の声に、はっと我に返る。いつの間にか、双葉がキッチンの入り口に立っていた。まだパジャマ姿で、眠たそうに目をこすっている。
蒼葉「ちょっと考え事してただけだよ。ほら、もうすぐできるから、双葉は先にリビングで待ってて」
私は慌てて誤魔化す。双葉に気づかれたら、きっとからかわれてしまうだろう。
そんなことを考えていると、頬が少し熱くなった。
手早く目玉焼きとベーコンを焼き、トーストを皿に乗せる。湯気の立つコーヒーを二つカップに注いで、食卓へ運んだ。
双葉「わー!お姉ちゃんの朝ごはん、久しぶり!」
目を輝かせる双葉を見て、私の頬も自然と緩む。二人で向かい合って朝食を摂る。
双葉が学校での出来事や、夏休みにしたいことなんかを話している間も、私の頭の中は、これから始まる一日、そして7月31日のことでいっぱいだった。
蒼葉(学校で、楓くんに会ったら、どうしよう……?)
きっと、いつも通りの楓くんだ。でも、私の中では、昨日から何かが大きく変わってしまった。
今まで通りの幼馴染として振る舞える自信が、正直なかった…。
-✳-
食べ終わって、片付けをしてゆっくりと学校に行く支度をしていると、双葉が話しかけてきた。
双葉「お姉ちゃん…?」
双葉が心配そうに、私の顔を覗いた。
双葉「大丈夫?寝不足…?」
蒼葉「あ、ううん!ちょっと考え事…」
双葉「ならいいけど…」
双葉に、余計に心配をかけてしまったのだろうか?私は若干不安な気持ちになった。
蒼葉「あ、もう学校に行かないと!」
蒼葉「双葉、留守番よろしくね!夕方には帰ってくるから!」
双葉「うん!行ってらっしゃい!」
私は急いで学校へと向かっていった。双葉は、私が行った後、朝ごはんの後片付け、着替えなどをした。
一方私は、学校まで走って登校した。
蒼葉「はぁ…はぁ…遅刻しちゃう!」
楓「…!あれ?蒼葉?」
ふと振り返ると、そこには楓がいた。
蒼葉「きゃっ…!?えっ、あ…その…おはよ…う…?」
私は思わず、声が裏返ってしまった。
昨日の余韻が残っている中、このような展開で楓に会ってしまうとは…。私は、緊張感が止まらなかった。
楓「蒼葉?」
蒼葉「あ、ごめんつい…えへへ…」
楓は、私の反応に少しだけ目を丸くしていたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。
楓「朝からそんなに急いでどうしたんだ? 寝坊でもしたのか?」
彼の言葉に、ますます顔が熱くなるのを感じた。図星だ。昨夜、夏祭りのことや告白のことで頭がいっぱいで、なかなか寝付けなかったから。
蒼葉「う、ううん、そんなことないよ! ちょっと、朝ごはん作るのに手間取っちゃって……」
苦し紛れの言い訳だ。楓は何も言わず、ただじっと私を見つめている。その視線に、昨日夏祭りに誘ったばかりだという事実が、重くのしかかってくるようだった。
彼の瞳には、私のどんな姿が映っているのだろう。ただの幼馴染? それとも、もう、少しだけ違う私?
楓「そっか。まあ、もうすぐ夏休みだし、焦らなくてもいいんじゃないか?」
彼はそう言って、ふっと笑った。その笑顔は、いつもと変わらない、優しい楓のそれだった。
私の内心の動揺には、気づいていないのだろうか。それとも、気づいていて、あえて何も言わないでいてくれているのだろうか。
どちらにしても、彼の優しさが、今は少しだけ苦しかった。
「ああ、また明日」と手を振って別れた昨夜から、たった数時間しか経っていないのに、まるで何年も会っていなかったかのような感覚。
私の中では、もう、彼との関係が「明日会える幼馴染」から、「夏祭りに一緒に行く特別な人」へと、大きく変わってしまっていた。
楓「ほら、遅刻するぞ。走るぞ、蒼葉」
そう言って、楓は私の前をスタスタと歩き出した。彼の背中を追いかけるように、私も走り出す。
並んで歩くのは、幼稚園の頃からずっと続いている、私たちにとって当たり前の光景だ。
なのに、今日の私は、彼の隣にいることが、少しだけ、いや、随分と恥ずかしかった。
彼の横顔を盗み見るたびに、心臓がトクトクと、いつもより速いリズムを刻む。
学校に着くと、すでに教室は賑やかな話し声で満ちていた。自分の席に着くと、隣の席に座っている真白冬姫が、私に気づいて笑顔で手を振ってくれた。
冬姫「蒼葉~!おはよう!朝から元気だね~」
蒼葉「冬姫、おはよ。全然元気じゃないよ、むしろ寝不足…」
冬姫「え、まじ?クマできてるじゃん!大丈夫?」
冬姫は心配そうな顔で、私の目の下を覗き込んできた。
蒼葉(クマ…やっぱり双葉にもバレたし、相当眠れてないんだな…)
冬姫「蒼葉、本当に平気?」
蒼葉「あ、うん!平気!」
そろそろ休み時間が終わり、授業が始まる頃。私は、急いで授業の準備を始める。
その瞬間のことだった。鞄から必要な道具を取り出そうとした瞬間、隣を通りかかった楓と、手が触れてしまった。
蒼葉「ひゃっ!?あっ、ごめん…」
楓「俺こそ…悪い…」
私は顔を赤くして黙り込んだ。そして、楓は何事も無かったかの様にその場を去った。
-✳-
授業が一通り終わって、昼休みになった。
蒼葉「ふぅ…お腹空いた…お弁当は…ってあれ?」
蒼葉「あっ…お弁当忘れた…」
私はショックで頭を下げる。朝テンパっていたせいで、双葉にお弁当を作ってもらうのを忘れていたのだ。
蒼葉「もう...!私のバカ…!」
冬姫「蒼葉?どうしたの?」
蒼葉「冬姫~!お弁当忘れちゃったよぉ~!」
私は、泣きながら冬姫に助けを求める。
冬姫「今からでも購買、間に合うんじゃない?」
蒼葉「購買かあ……でも、もう時間ないし、すごく並んでるんじゃないかな……」
私はしょんぼりとうつむいた。購買はいつも長蛇の列で、昼休み開始と同時に行かないと、ほとんど売り切れてしまう。今からでは、もう無理だろう。
冬姫「そっかぁ……。じゃあ、私のお弁当、半分こする?」
冬姫はそう言って、蓋を開けたばかりの自分の弁当を私の方に差し出してくれた。冬姫の優しさが心にしみる。
蒼葉「え、いいの!? でも、冬姫が足りなくなっちゃうよ?」
冬姫「大丈夫!私、そんなにたくさん食べないから!ほら、遠慮しないで!」
冬姫はにっこり笑って、私のお腹を優しくつついた。その時だった。
楓「蒼葉、お弁当忘れたのか?」
突然、背後から楓の声がして、私は飛び上がった。いつの間にそこに立っていたのだろう。全く気づかなかった。
蒼葉「か、楓くん!?」
心臓がまた、ドクンと跳ねる。冬姫も驚いたように楓の方を見ていた。
楓は、手に持っていたコンビニのビニール袋をカサカサと鳴らしながら、少しだけ困ったように眉を下げていた。
楓「これ、もしよかったらだけど……。朝、コンビニで買いすぎちまって。おにぎり、一個余ってるんだけど、いるか?」
彼の差し出すビニール袋の中には、ツナマヨのおにぎりが一つ入っていた。
まさか、楓くんがこんな風に声をかけてくれるなんて。昨日、夏祭りに誘って以来、学校ではまだろくに話せていなかったから、戸惑いと同時に、嬉しい気持ちが胸に広がった。
蒼葉「え……いいの? 楓くんも食べるんじゃないの?」
楓「俺はもう食ったから大丈夫。気にしなくていいから」
そう言うと、楓は少し照れたように視線をそらした。その仕草が、不器用な彼らしいな、と私は思った。
冬姫「え、楓くん、やっさし~!さすが幼馴染だね!」
冬姫がからかうように言うと、楓は「やめろよ」と小さく言って、さらに顔を赤らめた。
私もつられて、頬が熱くなるのを感じた。
蒼葉「あ、ありがとう、楓くん!助かるよ!」
私は差し出されたおにぎりを受け取った。温かくはないけれど、彼の優しさが詰まっているようで、とても温かい気持ちになった。
楓「おう。じゃあ、俺、もう行くから」
そう言って、楓は颯爽と教室を出て行った。彼の背中を見送りながら、私はもらったおにぎりをぎゅっと握りしめていた。
冬姫「蒼葉、顔真っ赤だよ?楓くんに助けてもらって、嬉しいんだ?」
冬姫がニヤニヤしながら、私を肘でつつく。
蒼葉「う、うるさいな! お、お腹が空いてただけだよ!」
私は必死で否定したが、正直、こんなに楓のことが頭から離れないのは、自分でも驚きだった。
彼からもらったおにぎり。いつもならコンビニのおにぎりなんて何とも思わないのに、今日のこれは、まるで宝物みたいに感じられた。
冬姫は、私の焦ったような言い訳に、にやにやしながら顔を近づけてきた。
冬姫「へえ~? お腹が空いてただけで、そんなに顔が赤くなるんだ~? それとも、楓くんに会えたから?」
蒼葉「な、なんのこと!? 別に、楓くんと会ったって、何もないし!」
私は思わず声を荒げてしまった。冬姫のするどい勘に、図星を突かれてドキッとしたのだ。
幼馴染の楓にさえ素直になれないのに、親友とはいえ、こんな恥ずかしい気持ちを話せるわけがない。
冬姫「えー?怪しいな~。あおはがそんなに動揺するなんてさ。最近、楓くんのこと、なんか意識してない?」
冬姫は、まるで私の心を覗き込むように、真剣な目で私を見つめてきた。その視線から逃れるように、私は俯いておにぎりの包み紙を指でいじった。
蒼葉(いぶきには、なんでもお見通しなのかな……)
冬姫は、私が何も言わないのを見て、諦めたようにため息をついた。
冬姫「まぁ、いいや。でもさ、夏祭り、誰と行くの? 私はもう、幼馴染の日向と行くことになってるんだけどね!」
冬姫は楽しそうに、自分の夏祭りの予定を話し始めた。その言葉に、私の心臓がまた跳ねる。
そう、夏祭り。楓くんと行く。昨日、勇気を出して誘った、あの夏祭りだ。
蒼葉「あ、私は……」
なんて言えばいいのだろう。楓くんと行くことは、まだ誰にも話していない。
話したら、冬姫にからかわれるのは目に見えている。でも、嘘をつくのも嫌だった。
冬姫「ん? 誰かと約束してるの? もしかして、楓くんとか?」
まるで確信しているかのように、冬姫が私の目をまっすぐ見て言った。私は、反射的に顔を赤くして、慌てて首を振った。
蒼葉「ち、違うよ! まだ、誰と行くか決まってないし……!」
我ながら、声がうわずっていた。これでは、嘘をついているとばれても仕方ないだろう。
冬姫は、そんな私の反応を楽しんでいるかのように、くすくす笑った。
冬姫「ふーん。まあ、頑張りなよ、あおは。夏祭りって、なんか特別なこと起きそうじゃん?」
そう言って、冬姫はウィンクをした。その言葉は、まるで私の心を見透かしているかのようだった。
(特別なこと……)
脳裏に、夜空に咲き乱れる花火と、その下で楓くんに告白する自分の姿が鮮明に浮かんだ。
その時、私の頬はさらに熱くなった。冬姫の言葉が、漠然とした「特別なこと」への期待を、より具体的に、そして強く確信へと変えていく。
この夏祭り、きっと何かがある。いや、私が起こすんだ。
蒼葉「ふわぁ…」
外からは、蝉の鳴き声、元気よく散歩している人の声、時には猫の鳴き声などが聞こえた。
そして、昨日の余韻は未だに残っている。
蒼葉「はぁ…着替えるか…」
私は、早速学校の制服に着替え始める。
蒼葉「あーあ、何で私の学校って私服じゃないんだろう…」
いろいろ小声で愚痴を言っていると、ドアの方から双葉の声が聞こえた。
(コン、コン)
双葉「お姉ちゃん入っていい?」
蒼葉「ごめん双葉、今着替え中なの…」
双葉「わかった!ちょっと待ってるね!」
ドアの向こうから、突如声は無くなった。どうやら双葉は、ドアの向こうで私が着替え終わるのを待っているっぽい。
しばらくして、私は着替え終わった。
蒼葉「お待たせ双葉」
双葉「もぉー!お姉ちゃん遅い!」
蒼葉「ごめんごめん…」
蒼葉「それで、何か用があったんじゃないの?」
双葉「あ、そうだった!」
双葉「朝ごはんの事なんだけど、お母さんまた仕事で居ないから私かお姉ちゃんどっちが作る?っていう話で…」
蒼葉「なるほどね…」
双葉「お父さんももうお仕事行っちゃったし…」
蒼葉「じゃあ私が作るから、双葉は待ってて」
双葉「わかった!」
私は部屋を出て、キッチンへと向かった。
-✳-
キッチンに着いた。私は早速、エプロンを付けて髪を結び、朝ごはんを作る準備を始めた。
フライパンを温めながら、冷蔵庫から卵を取り出す。いつも通りの朝食の準備。
パンをトースターに入れ、コーヒーメーカーのスイッチを押す。規則的な機械の音がキッチンに響く。
なのに、私の心臓だけは、まだ昨日の余韻で不規則なリズムを刻んでいた。
蒼葉(本当に、夏祭り、楓くんと行くんだな……)
昨日の帰り道での楓の返事。「俺結構楽しみかも」――あの言葉が、まだ耳の奥でこだましているようだった。
彼の少し戸惑ったような顔も、最後に見せた優しい笑顔も、瞼の裏に焼き付いて離れない。
双葉「お姉ちゃん、何してるの?」
双葉の声に、はっと我に返る。いつの間にか、双葉がキッチンの入り口に立っていた。まだパジャマ姿で、眠たそうに目をこすっている。
蒼葉「ちょっと考え事してただけだよ。ほら、もうすぐできるから、双葉は先にリビングで待ってて」
私は慌てて誤魔化す。双葉に気づかれたら、きっとからかわれてしまうだろう。
そんなことを考えていると、頬が少し熱くなった。
手早く目玉焼きとベーコンを焼き、トーストを皿に乗せる。湯気の立つコーヒーを二つカップに注いで、食卓へ運んだ。
双葉「わー!お姉ちゃんの朝ごはん、久しぶり!」
目を輝かせる双葉を見て、私の頬も自然と緩む。二人で向かい合って朝食を摂る。
双葉が学校での出来事や、夏休みにしたいことなんかを話している間も、私の頭の中は、これから始まる一日、そして7月31日のことでいっぱいだった。
蒼葉(学校で、楓くんに会ったら、どうしよう……?)
きっと、いつも通りの楓くんだ。でも、私の中では、昨日から何かが大きく変わってしまった。
今まで通りの幼馴染として振る舞える自信が、正直なかった…。
-✳-
食べ終わって、片付けをしてゆっくりと学校に行く支度をしていると、双葉が話しかけてきた。
双葉「お姉ちゃん…?」
双葉が心配そうに、私の顔を覗いた。
双葉「大丈夫?寝不足…?」
蒼葉「あ、ううん!ちょっと考え事…」
双葉「ならいいけど…」
双葉に、余計に心配をかけてしまったのだろうか?私は若干不安な気持ちになった。
蒼葉「あ、もう学校に行かないと!」
蒼葉「双葉、留守番よろしくね!夕方には帰ってくるから!」
双葉「うん!行ってらっしゃい!」
私は急いで学校へと向かっていった。双葉は、私が行った後、朝ごはんの後片付け、着替えなどをした。
一方私は、学校まで走って登校した。
蒼葉「はぁ…はぁ…遅刻しちゃう!」
楓「…!あれ?蒼葉?」
ふと振り返ると、そこには楓がいた。
蒼葉「きゃっ…!?えっ、あ…その…おはよ…う…?」
私は思わず、声が裏返ってしまった。
昨日の余韻が残っている中、このような展開で楓に会ってしまうとは…。私は、緊張感が止まらなかった。
楓「蒼葉?」
蒼葉「あ、ごめんつい…えへへ…」
楓は、私の反応に少しだけ目を丸くしていたが、すぐにいつもの優しい笑みを浮かべた。
楓「朝からそんなに急いでどうしたんだ? 寝坊でもしたのか?」
彼の言葉に、ますます顔が熱くなるのを感じた。図星だ。昨夜、夏祭りのことや告白のことで頭がいっぱいで、なかなか寝付けなかったから。
蒼葉「う、ううん、そんなことないよ! ちょっと、朝ごはん作るのに手間取っちゃって……」
苦し紛れの言い訳だ。楓は何も言わず、ただじっと私を見つめている。その視線に、昨日夏祭りに誘ったばかりだという事実が、重くのしかかってくるようだった。
彼の瞳には、私のどんな姿が映っているのだろう。ただの幼馴染? それとも、もう、少しだけ違う私?
楓「そっか。まあ、もうすぐ夏休みだし、焦らなくてもいいんじゃないか?」
彼はそう言って、ふっと笑った。その笑顔は、いつもと変わらない、優しい楓のそれだった。
私の内心の動揺には、気づいていないのだろうか。それとも、気づいていて、あえて何も言わないでいてくれているのだろうか。
どちらにしても、彼の優しさが、今は少しだけ苦しかった。
「ああ、また明日」と手を振って別れた昨夜から、たった数時間しか経っていないのに、まるで何年も会っていなかったかのような感覚。
私の中では、もう、彼との関係が「明日会える幼馴染」から、「夏祭りに一緒に行く特別な人」へと、大きく変わってしまっていた。
楓「ほら、遅刻するぞ。走るぞ、蒼葉」
そう言って、楓は私の前をスタスタと歩き出した。彼の背中を追いかけるように、私も走り出す。
並んで歩くのは、幼稚園の頃からずっと続いている、私たちにとって当たり前の光景だ。
なのに、今日の私は、彼の隣にいることが、少しだけ、いや、随分と恥ずかしかった。
彼の横顔を盗み見るたびに、心臓がトクトクと、いつもより速いリズムを刻む。
学校に着くと、すでに教室は賑やかな話し声で満ちていた。自分の席に着くと、隣の席に座っている真白冬姫が、私に気づいて笑顔で手を振ってくれた。
冬姫「蒼葉~!おはよう!朝から元気だね~」
蒼葉「冬姫、おはよ。全然元気じゃないよ、むしろ寝不足…」
冬姫「え、まじ?クマできてるじゃん!大丈夫?」
冬姫は心配そうな顔で、私の目の下を覗き込んできた。
蒼葉(クマ…やっぱり双葉にもバレたし、相当眠れてないんだな…)
冬姫「蒼葉、本当に平気?」
蒼葉「あ、うん!平気!」
そろそろ休み時間が終わり、授業が始まる頃。私は、急いで授業の準備を始める。
その瞬間のことだった。鞄から必要な道具を取り出そうとした瞬間、隣を通りかかった楓と、手が触れてしまった。
蒼葉「ひゃっ!?あっ、ごめん…」
楓「俺こそ…悪い…」
私は顔を赤くして黙り込んだ。そして、楓は何事も無かったかの様にその場を去った。
-✳-
授業が一通り終わって、昼休みになった。
蒼葉「ふぅ…お腹空いた…お弁当は…ってあれ?」
蒼葉「あっ…お弁当忘れた…」
私はショックで頭を下げる。朝テンパっていたせいで、双葉にお弁当を作ってもらうのを忘れていたのだ。
蒼葉「もう...!私のバカ…!」
冬姫「蒼葉?どうしたの?」
蒼葉「冬姫~!お弁当忘れちゃったよぉ~!」
私は、泣きながら冬姫に助けを求める。
冬姫「今からでも購買、間に合うんじゃない?」
蒼葉「購買かあ……でも、もう時間ないし、すごく並んでるんじゃないかな……」
私はしょんぼりとうつむいた。購買はいつも長蛇の列で、昼休み開始と同時に行かないと、ほとんど売り切れてしまう。今からでは、もう無理だろう。
冬姫「そっかぁ……。じゃあ、私のお弁当、半分こする?」
冬姫はそう言って、蓋を開けたばかりの自分の弁当を私の方に差し出してくれた。冬姫の優しさが心にしみる。
蒼葉「え、いいの!? でも、冬姫が足りなくなっちゃうよ?」
冬姫「大丈夫!私、そんなにたくさん食べないから!ほら、遠慮しないで!」
冬姫はにっこり笑って、私のお腹を優しくつついた。その時だった。
楓「蒼葉、お弁当忘れたのか?」
突然、背後から楓の声がして、私は飛び上がった。いつの間にそこに立っていたのだろう。全く気づかなかった。
蒼葉「か、楓くん!?」
心臓がまた、ドクンと跳ねる。冬姫も驚いたように楓の方を見ていた。
楓は、手に持っていたコンビニのビニール袋をカサカサと鳴らしながら、少しだけ困ったように眉を下げていた。
楓「これ、もしよかったらだけど……。朝、コンビニで買いすぎちまって。おにぎり、一個余ってるんだけど、いるか?」
彼の差し出すビニール袋の中には、ツナマヨのおにぎりが一つ入っていた。
まさか、楓くんがこんな風に声をかけてくれるなんて。昨日、夏祭りに誘って以来、学校ではまだろくに話せていなかったから、戸惑いと同時に、嬉しい気持ちが胸に広がった。
蒼葉「え……いいの? 楓くんも食べるんじゃないの?」
楓「俺はもう食ったから大丈夫。気にしなくていいから」
そう言うと、楓は少し照れたように視線をそらした。その仕草が、不器用な彼らしいな、と私は思った。
冬姫「え、楓くん、やっさし~!さすが幼馴染だね!」
冬姫がからかうように言うと、楓は「やめろよ」と小さく言って、さらに顔を赤らめた。
私もつられて、頬が熱くなるのを感じた。
蒼葉「あ、ありがとう、楓くん!助かるよ!」
私は差し出されたおにぎりを受け取った。温かくはないけれど、彼の優しさが詰まっているようで、とても温かい気持ちになった。
楓「おう。じゃあ、俺、もう行くから」
そう言って、楓は颯爽と教室を出て行った。彼の背中を見送りながら、私はもらったおにぎりをぎゅっと握りしめていた。
冬姫「蒼葉、顔真っ赤だよ?楓くんに助けてもらって、嬉しいんだ?」
冬姫がニヤニヤしながら、私を肘でつつく。
蒼葉「う、うるさいな! お、お腹が空いてただけだよ!」
私は必死で否定したが、正直、こんなに楓のことが頭から離れないのは、自分でも驚きだった。
彼からもらったおにぎり。いつもならコンビニのおにぎりなんて何とも思わないのに、今日のこれは、まるで宝物みたいに感じられた。
冬姫は、私の焦ったような言い訳に、にやにやしながら顔を近づけてきた。
冬姫「へえ~? お腹が空いてただけで、そんなに顔が赤くなるんだ~? それとも、楓くんに会えたから?」
蒼葉「な、なんのこと!? 別に、楓くんと会ったって、何もないし!」
私は思わず声を荒げてしまった。冬姫のするどい勘に、図星を突かれてドキッとしたのだ。
幼馴染の楓にさえ素直になれないのに、親友とはいえ、こんな恥ずかしい気持ちを話せるわけがない。
冬姫「えー?怪しいな~。あおはがそんなに動揺するなんてさ。最近、楓くんのこと、なんか意識してない?」
冬姫は、まるで私の心を覗き込むように、真剣な目で私を見つめてきた。その視線から逃れるように、私は俯いておにぎりの包み紙を指でいじった。
蒼葉(いぶきには、なんでもお見通しなのかな……)
冬姫は、私が何も言わないのを見て、諦めたようにため息をついた。
冬姫「まぁ、いいや。でもさ、夏祭り、誰と行くの? 私はもう、幼馴染の日向と行くことになってるんだけどね!」
冬姫は楽しそうに、自分の夏祭りの予定を話し始めた。その言葉に、私の心臓がまた跳ねる。
そう、夏祭り。楓くんと行く。昨日、勇気を出して誘った、あの夏祭りだ。
蒼葉「あ、私は……」
なんて言えばいいのだろう。楓くんと行くことは、まだ誰にも話していない。
話したら、冬姫にからかわれるのは目に見えている。でも、嘘をつくのも嫌だった。
冬姫「ん? 誰かと約束してるの? もしかして、楓くんとか?」
まるで確信しているかのように、冬姫が私の目をまっすぐ見て言った。私は、反射的に顔を赤くして、慌てて首を振った。
蒼葉「ち、違うよ! まだ、誰と行くか決まってないし……!」
我ながら、声がうわずっていた。これでは、嘘をついているとばれても仕方ないだろう。
冬姫は、そんな私の反応を楽しんでいるかのように、くすくす笑った。
冬姫「ふーん。まあ、頑張りなよ、あおは。夏祭りって、なんか特別なこと起きそうじゃん?」
そう言って、冬姫はウィンクをした。その言葉は、まるで私の心を見透かしているかのようだった。
(特別なこと……)
脳裏に、夜空に咲き乱れる花火と、その下で楓くんに告白する自分の姿が鮮明に浮かんだ。
その時、私の頬はさらに熱くなった。冬姫の言葉が、漠然とした「特別なこと」への期待を、より具体的に、そして強く確信へと変えていく。
この夏祭り、きっと何かがある。いや、私が起こすんだ。
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3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
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