Loop✳Resonance

夜空奏音

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-重く消えない記憶(メモリア)-

Episode19 -8月6日-

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(蒼葉視点に移る)

私はふと、夏祭りに行った日のことを思い出した。元気だった頃の双葉だ。

あの頃の双葉は、今じゃ想像できない程、無邪気で燥ぎ、時にはツンデレだった。

(回想)
双葉『ねぇお姉ちゃん!今日私このワンピース着てくんだ~!』

双葉『……お姉ちゃん、その浴衣、すごく似合ってるよ。』

​双葉『……ちょっと、お姉ちゃん。……はぐれた隙に、何お兄ちゃんに甘えてんのよ。……バカップルか』

双葉『ふふ、お姉ちゃんも食べる?』

双葉『……別に。……お兄ちゃんがちゃんと守ってくれたなら、いいけど』

(現在)
あの頃の双葉を想像すると、私の目からは、一筋の涙が流れ始めた。

可愛かった唯一の妹が、「蝶」によって、侵食され、結果今のような状態になってしまった。

……あの日、私の後ろを歩きながら文句を言っていた、あの小さな背中を抱きしめたかった。

蒼葉「双葉……ご飯、食べよ? お姉ちゃん、双葉の好きなオムライス作ったんだよ」

私は努めて明るい声を作り、お盆を手に双葉のベッドへ歩み寄った。

蒼葉「あとね、今日は一緒にお風呂入らない? 新しい入浴剤、買ってきたの。ほら、双葉が好きそうな……」

双葉​「……うるさい」

​低く、地這うような声が私の言葉を遮った。

蒼葉「ふっ…双葉?」

双葉「うるさいって言ってるの! 入らない、食べない! お願いだから、放っておいてよ!」

怒鳴り声を上げた双葉の瞳には、かつての輝きはなく、ただ濁った拒絶だけが渦巻いていた。

蒼葉「でも、少しでも食べないと──」

蒼葉「あ、……っ」

私の差し出した手を振り払おうとした瞬間、双葉の顔が劇的に青ざめた。彼女はシーツを掴み、身をよじるようにしてベッドの脇へ身を乗り出す。

​……激しい、吐き戻す音。胃の中には何もないはずなのに、彼女は何かを、自分の肉体から「異物」を追い出そうとするかのように激しく吐き戻した。

双葉「……あ、あはっ……」

口の端を拭いながら、双葉が力なく笑う。

双葉「お姉ちゃん。……冷たい。お姉ちゃんの手、熱すぎて……気持ち悪い……」

​差し伸べた私の手は、行き場を失って宙に浮いた。冬姫が調べた時に出てきた、あの言葉が脳裏をかすめる。

──『身体的拒絶反応』。そして、『親しい人間を不純物として排除しようとする傾向』。

私の愛は、今の双葉にとって、毒でしかないというのか。

​-✳-

​リビングに降りると、冬姫がパソコンの画面を眺めたまま、冷徹な声で私を呼んだ。

冬姫「蒼葉。……覚悟を決めて」

彼女が示したのは、双葉のバイタルデータと、お父さんの手帳の記述を照らし合わせた解析結果だった。

​冬姫「蝶の活性速度を計算したわ。……持って、あと数日。8月12日。そこが、この子が『人間』でいられる限界よ」

​心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。

蒼葉「8月12日……? まだ…そんな。そんなに早いの……?」

冬姫「余命っていうのはね、心臓が止まる日じゃない。彼女が彼女じゃなくなり、あちら側の巫女に『完成』させられる日のことよ」

​冬姫は淡々と、けれど逃げ場を塞ぐように続けた。

冬姫「あなたの妹は、今、ゆっくりと羽化しているの。中身を蝶に喰い破られながら、8月12日という終末おわりに向かってね」

私の顔は、一気に青ざめた。そして、胃から何かが昇ってくるような感覚になった。

蒼葉「でも…っ、そんな……うっ…!」

私は焦って口元を抑えた。

-✳-

そして、私は結局吐き戻してしまった。この吐き戻しは、蝶による影響ではなく、双葉の余命によるショックだった。

冬姫「蒼葉、ちょっとは落ち着いた?」

蒼葉「うん…ちょっとは楽になったよ」

冬姫「急に蒼葉が吐き戻すからびっくりしちゃったよ」

蒼葉「ごめんね…冬姫…」

冬姫「いいのいいの!気にしないで!」

沈黙の空気が流れた後、私は顔を上げて、再び話し始めた。

蒼葉「あのね、冬姫…」

冬姫「ん?どうしたの?」

蒼葉「…双葉のことなんだけどね、私やっぱりショックなの……」

蒼葉「双葉は小さい頃、お姉ちゃんと同じ道を通りたいって何度も言ってたの」

蒼葉「だから、小学校と中学校は私のあとを追いかけてきた。」

蒼葉「双葉はまだ14歳だし、全然未来はある。もし代われるなら…私が代わりに犠牲になりたいくらいだよ…」

それは、私の双葉を救いたいという、純粋な気持ちだった。

冬姫は、私の話を真剣に聞いてくれていた。

私の目から溢れ出した涙は、もう止まらなかった。双葉が私の背中を追いかけて笑っていた、あの輝かしい日々が、今はもう手の届かない場所にある。その事実が、鋭い刃のように胸を抉る。

​冬姫「……蒼葉」

​冬姫が静かに椅子から立ち上がり、私の隣に座った。彼女は何も言わず、震える私の肩をそっと抱き寄せ、優しく頭を撫で始めた。

​冬姫「泣いていいわよ。……あなたは、十分すぎるほど頑張ってきたもの」

​冬姫の掌から伝わる、微かな体温。その温もりに触れた瞬間、私の意識は、現実の輪郭を失っていった。

​(回想)
……かつて、家の廊下で。

双葉『お姉ちゃん! 忘れ物だよ!』

中学に入学したばかりの頃、玄関で登校前に、小学生の双葉が、私の後ろから走ってきた。

蒼葉『もう、双葉。お姉ちゃんがしっかりしなきゃいけないのに、逆だね』

私が苦笑して頭を撫でると、双葉は誇らしげに胸を張った。

双葉『えへへ。だって私、お姉ちゃんと同じ道を通りたいんだもん。お姉ちゃんの背中、ずっと見てるからね!』

眩しい太陽の下、白く光る廊下。あの時の双葉の瞳には、希望に満ちた未来だけが映っていた。

​(現在)
蒼葉「……おかあ、さん……」

​不意に、口から漏れた言葉に自分でも驚いた。

涙で霞んだ視界の先にいる冬姫が、幼い頃に私を抱きしめてくれたお母さんの姿と重なる。

冬姫は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに慈しむような笑みを浮かべ、さらに強く私を抱きしめた。

冬姫「ええ、いいわよ。今は、全部吐き出しなさい……」

​お母さんの匂いがするような錯覚に陥り、私は子供のように声を上げて泣きじゃくった。

私の大切な未来。双葉の未来。それらがすべて、泡沫うたかたのように消えていく恐怖を、その温もりに溶かすように。

​その時だった。

冬姫の肩越しに、部屋の隅に「微かに淡い光」が揺らめいた。

それは、夏祭りのあの夜に御神木へと消えていった、あの光の蝶の残滓だったのか。あるいは、これから始まる悲劇の連鎖を予感させる、「あそこ」からの招待状だったのか。

光は、泣き続ける私を嘲笑うかのように、静かに、そして美しく、暗闇の中へと溶けて消えていった。

-✳-

​冬姫の家を飛び出し、夜道を駆けて自宅へ戻ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。

廊下に倒れ伏し、ぴくりとも動かない双葉。

蒼葉「双葉…!嘘でしょ……双葉!!」

抱き起こした彼女の体は驚くほど軽く、そして氷のように冷たかった。

私は、急いでスマホを取り出して、救急車を呼んだ。

蒼葉「はいっ…!妹が意識を失っているんです…!今すぐ来てください…!」

──そして数分後。

​鳴り響くサイレンの音。赤く点滅する光。救急車の中で双葉の手を握り締めながら、私はただ祈り続けた。

搬送先の病院に駆けつけたお母さんは、顔面を蒼白にさせ、言葉もなく私の隣に座り込んだ。

お母さん「はぁ…はぁ…双葉は…?」

蒼葉「…今、病室の中……」

私の声は、既に掠れていた。

消毒液の匂いが充満する病室。規則的な心電図の音だけが、彼女がまだ「こちら側」に留まっていることを辛うじて証明していた。

お母さんは、眠っている双葉の頭を撫でながら、少しだけ涙を流していた。

お母さん「ごめんね…双葉、お母さんが仕事ばっかりしちゃって……」

蒼葉「…お母さん……」

​お母さん「……蒼葉、少し休みない。あなた、顔色が酷いわ」

お母さんの掠れた声に促され、私はパイプ椅子に深く腰を下ろした。

双葉は、目を覚まさず、ずっと眠っている状態だった。

双葉の眠るベッドを見つめているうちに、私の重い瞼が、ゆっくりと、抗いようもなく落ちていった。

-✳-

​──ふと目を開けると、そこは病院ではなかった。どこまでも、どこまでも広がる、底の抜けたような青い空。

足元には、現実の汚れをすべて清算するように、眩しいほど白い花が地平線まで咲き乱れている。

風はない。音もない。ただ、圧倒的な静寂と、数えきれないほどの青い蝶が、雪のように空を舞っていた。

​蒼葉「……ここは?」

​彷徨うように花畑を歩き続けると、遠くに人影が見えた。

その少女は、あの日──夏祭りの夜に、お揃いで着ようと約束した、あの白いワンピースを纏って立っていた。

​蒼葉「双葉……?」

​間違いない。あの後ろ姿、あの髪の揺れ方。私は歓喜に震え、彼女を呼び止めようと駆け寄った。

蒼葉「双葉! 待って、双葉!」

​あと数メートルで手が届く。そう確信した瞬間だった。少女の背中から、鮮やかな青い翅が突き出したかと思うと、彼女の輪郭は一瞬で崩れ、無数の蝶へと霧散してしまった。

​蒼葉「……えっ…?」

​伸ばした手は、空を切る。その直後、私の視界に凄まじい「ノイズ」が走った。砂嵐のような激しい音と映像の乱れ。その隙間から、断片的な映像が脳内に直接叩き込まれる。

​──暗い夜の、川。

──欄干に手をかけ、こちらを振り返る双葉。

──吸い込まれるように、彼女が夜の淵へと身を投じる。

​蒼葉「やめて……! 双葉!!」

​叫び声はノイズにかき消され、世界は再び深い闇へと飲み込まれていった……。
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