平行線

ライ子

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第二章

入籍

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「吉行。そろそろ行こう。」
麗が、玄関から声を掛ける。
「うん。もう1回見直す。」
「大丈夫よ。もし、不備があっても、役所から指摘されるから。」
「そう?今日、ちゃんと受理されるのかな?」
「心配性ね。ほら、急がないと、4日になっちゃうわよ。」
吉行と麗は、4月4日の午前零時に、婚姻届を提出するために、揃って部屋を出た。季節は春になりつつあったが、まだ、夜中は、冷える。
役所の深夜窓口に着いたのは、午前零時ちょうどだった。
「婚姻届の提出をしたいのですが。」
吉行が、用紙を出すと、
「おめでとうございます。」
と、係の人が受け取ってくれた。不備があるようなら、後ほど連絡してくれるそうだ。
役所を出た。
「なんか、実感ないよな。日にちと時間にこだわったわりに、あっけなかった。」
「そうね…。でも、私、陸奥麗になったのね。」
麗は、恥ずかしそうな嬉しそうな顔をしていた。
「そう。俺の奥さんだ。」
夜中の役所前の歩道を歩いている人は、誰もいなかった。吉行は、麗を抱きしめた。寒いはずなのに、とても暖かく感じた。
「ありがとう。俺と結婚してくれて。」
「私を奥さんに選んでくれて、ありがとう。お誕生日、おめでとう。生まれて来てくれて、ありがとう。」
麗も吉行をぎゅっと抱きしめた。
「今から、マスターの店に行かない?俺の親父代わりだから、報告したい。」
「いいわよ。」
麗は、吉行の腕を組んだ。
「寒いから、くっついてもいい?」
「うん。」
こんな、ちょっとしたことが可愛いと思ってしまう。数年前からは、考えられないぐらい幸せだ。

「マスター。さっき、婚姻届を出して来ました。」
「おめでとう。いいワインがあるから、ちょっと待ってろ。俺からのお祝いだ。」
そう言って、マスターは、デザートワインを持って来た。
「麗ちゃん、甘いのが好きだったよな。白ワインだけど、どうかな?」
グラスに注がれたワインは、黄金色を超えて琥珀色にまで熟成していた。
「わぁ。いい香り。ありがとうございます。」
麗は、嬉しそうにマスターにお礼を言った。
「マスター、ありがとうございます。こんな高級品…すみません。」
「まあ、お前はついでだな。主に麗ちゃんにだ。」
マスターは、ニヤリと笑って仕事に戻って行った。
「吉行、愛されてるね。」
麗が美味しそうにワインを飲んだ。
5月の中旬頃、マスターの店を貸し切りにして、お披露目会をする予定で、今日は、その打ち合わせも兼ねての来店だった。店内の飾り付けは、麗がしたいと言って、高校の同級生数人と準備を進めていた。ただ、麗の友達には、子どもが小さかったり、妊娠中だったりする人も何人かいて、スタートを早めの時間に設定したかった。マスターに、諸々の事情を説明すると、好きなように店を使っていいと言ってくれた。
「麗、本当に結婚式は挙げなくていいの?」
結婚式を挙げないという選択をしたのは、麗の意見からだった。
「お披露目会で、十分よ。私、親戚も友達も少ないし、招待する人がいないわ。」
「新婚旅行も行かなくていいの?」
「そうね。少し、吉行とのんびり旅行は、したいかも。」
「どこか行きたい所ある?」
「パッと思い浮かばないわ。吉行は?」
「もし、麗が良ければ、タイがいいな。」
「タイ?」
「俺、19歳の時にタイで手術を受けたんだ。自分が本当の自分になれた場所だから、いつか、ゆっくり行ってみたいって思ってた。」
「いいと思う。私は、タイには行ったことないから。」
「じゃあ、なんとか休みがとれるように、頑張ってみるよ。」


5月の中旬、お披露目会当日になった。麗は、着たいと言っていた純白のマーメイドラインのドレスに身を包んだ。総レースにパールをあしらった贅沢なデザインだった。長身で細身の麗によく似合っていた。髪もすっきりとアップにして、小さな花の髪飾りをいくつもつけていた。ホステス時代とは雰囲気が違うが、バッチリメイクもしていた。でも、決して嫌味な感じはなく、とても綺麗だった。その姿を見て、吉行は息を飲んだ。一瞬、声が出なかった。
「どうしたの?」
麗が、鏡でチェックしながら言った。
「すごく綺麗だ…。驚いた…。」
「ありがとう。吉行もカッコイイよ。」
吉行は、グレーのタキシードを着ていた。控室に、店の更衣室を使わせてもらっていた。今はふたりきりだった。吉行は、麗を抱きしめた。
「本当に綺麗だ。」
「吉行…。」
麗は、吉行の唇にそっとキスをした。
「今日は、楽しもうね。」
「そうだな。楽しもう。」
会場内は、麗と友達が花やポップで飾り付けしてくれていた。落ち着いた雰囲気はそのままで、素敵なパーティー会場になっていた。招待したのは、吉行の仕事関連のスタッフと、虎徹と梨花、麗の学生時代の友達と、両家の母親だった。兄の誉は、妊娠中の美鈴の体調があまりよくなかったので、来られなかった。
お披露目会は、新郎新婦入場から始まった。ふたりが、会場に入ったとたん、ざわざわしていた雰囲気が一瞬止まった。
「綺麗…。」
誰からともなく、そんな声が聞こえて来た。
「すごい美男美女カップルだな。」
「芸能人カップルみたい。」
吉行の母親も麗の母親も、その様子を嬉しそうに眺めていた。
「本日は、お忙しいところ、僕たちのためにお集まりいただき、ありがとうございます。」
と、吉行のウェルカムスピーチからスタートした。マスターの乾杯の挨拶の後、歓談タイムには、ゲストひとりひとりと、話ができた。
「吉行ー。おめでとう。」
「こてっちゃん。梨花ちゃんも、ありがとう。」
麗は、虎徹と付き合っていた時期があったのだが、このメンバーで、顔を合わせても、気まずい雰囲気になることもなかった。杏奈にも声をかけたが、妊娠中でお腹が張ってしんどいから、来られなかった。
会の中盤で、指輪の交換やケーキ入刀をした。その後の歓談タイムには、吉行がカウンターに立ち、ゲストのリクエストに応じて、カクテルを振る舞った。終盤に、新婦からお母さんへの手紙を読み、花束贈呈をして、新郎新婦の挨拶で、会はお開きとなった。
ゲストを送り出すと、あっという間に時間が過ぎていて、吉行は、今まで生きてきた中で一番、時間の流れを早く感じていた。
「あっという間に終わっちゃったな。」
「そうね。楽しかったわ。」
麗は、可愛らしい笑顔で吉行を見つめて言った。
「吉行。お疲れさん。」
マスターが、声をかけてくれた。
「着替えて来ます。片付けやりますね。」
「片付けは、こっちでやっとくから、今日は、ゆっくり休め。」
「でも…。」
「麗ちゃんも疲れただろうし、お前ら、なかなか休みが合わないだろうから、今日ぐらいは。新婚なんだしな。」
「ありがとうございます。」
「すみません。いつも気を遣っていただいて…。」
麗も、一緒に頭を下げた。

帰り道、いつも通り吉行は、麗と手を繋いで歩いた。お互いの左手の薬指に、結婚指輪が光っていた。
「既婚者って、感じ。」
吉行は、指輪を見ながら嬉しそうに言った。
「既婚者だもん。」
麗も嬉しそうに笑っていた。吉行は、この笑顔がずっと続くように、頑張ろうと、改めて思った。
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