平行線

ライ子

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第二章

修復

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季節は春に向かいつつある3月のある日、吉行の店に杏奈がやって来た。結婚式の帰りだろうか、クリーム色のワンピースの上に、ブラウンのスプリングコートを羽織っていた。髪はボブで、ハーフアップにしていた。手には、引き出物が入っていそうな大きな紙袋を持っていた。
「いらっしゃい。珍しいね。」
「うん。職場の先輩の結婚式だったの。」
「子どもは?」
「旦那がみてくれてる。」
「そっか。ゆっくりしていけるの?」
「うーん。そんなにはゆっくりできないかな。でも、久しぶりに夜、外に出たから…。」
「何、飲む?ノンアルのメニューも、増やしたんだ。」
杏奈は、5ヶ月になる女の子の母親だった。
「へぇ。ノンアルのカクテルもたくさんある。吉行のおすすめは?」
「シンデレラなんてどう?」
オレンジ、レモン、パイナップルの3種類のジュースを同率で合わせてシェイクした。
「うん。美味しい。」
と、言いつつも、浮かない顔をしていた。
「何かあった?やっぱり、子育てって大変だよな。」
「うーん。毎日大変。自分の好きなことは、何もできないよ。生産性もないし。何やってるんだろ私って感じ。」
普段、あまり愚痴をこぼさない杏奈が、珍しく愚痴っぽくなっていた。
「俺さ、もうすぐ休憩だから、ちょっと待ってて。外で少し話そう。」
「ありがと。」

吉行は、店のスタッフに、少し外に出ると伝え、杏奈と近くのカフェに入った。
「ごめんね。吉行…。」
「何が?大丈夫だよ。休憩だし。」
杏奈は、何か言いにくそうにしていた。
「どうかしたの?」
「私ね、また妊娠した。」
「そうなんだ。おめでとう。」
おめでとうと、言ったものの、吉行は複雑な気分だった。
「つわりは?」
「今回は全くないの。11月に生まれる予定。」
「じゃあ、年子になるんだ。楽しみだな。」
「それがね…全然楽しみじゃないの。不安しかない。」
「子どもが可愛いと、思えないの。」
杏奈は、泣き出しそうだ。
「育児が大変だから?」
「それもあるけど、すごく孤独で…。本当は、一人目が落ち着いたら、仕事復帰したかったの。社会からどんどん離れて行く気がして。でも、またすぐ妊娠しちゃて。」
「旦那さんには?相談したの?」
「出来ないよ。仕事頑張ってくれてるし、休みの日は、子どもの面倒みてくれたり、家事手伝ってくれてるし。」
「でもさ、杏奈と旦那さんの子どもだろ?杏奈だけが不安を抱え込むことないよ。仕事だって、杏奈は毎日休みなく家事と育児してるわけだし、家にいて遊んでるわけじゃないだろ?」
「私、迷惑かけたくないの。」
「きっと、迷惑って、思わないよ。俺だったら、何で言ってくれなかったんだって、思う。」
「そうかな。」
「そうだよ。」
杏奈に話していて、自分に言い聞かせているような気分になっていた。
「俺のとこはさ、人工授精4回してて、まだ妊娠にはいたってない。次、ダメだったら、ステップアップしようと思ってる。」
「やっぱり子ども、欲しいよね?」 
「俺は…正直、分からない。そこまでして、本当に欲しいのか。麗が意地になってる気がする。」
「麗さんと、うまくいってないの?」
「最近ちょっと…。俺が、しんどくなって、逃げてる。麗の方が体も辛いのに。何やってるんだろう…。」
杏奈を励ますつもりが、自分のうまくいっていないことを喋ってしまった。
「ねぇ、吉行。私、今、不安に思ってること、旦那に話すから、吉行も、麗さんときちんと話し合って。このままじゃ、ダメだよ。」
杏奈は、さっきよりいくらか元気が出たように見えた。そうだ。このまま逃げていては、何も解決しない。今日、帰ったら、麗と話し合おう。最近、ずっと避けていたのに、今、無性に麗に会いたい。
「私、そろそろ行くね。また、連絡する。」
「あぁ。なんか、ごめん。力になれなくて。」
「そんなことないよ。話、聞いてもらえて、楽になった。じゃあね。」
杏奈は、駅の方へ向かって歩き出した。ふと、振り返ると吉行に向かって、
「吉行。タバコ辞めなよ。」
と、ニヤリと笑って言った。
「バレてた?」
「スーツの胸ポケットに入ってる。」
吉行は、スーツのポケットの上に手を当てた。麗にも、またタバコを吸いはじめたことは、バレていただろうか。
「そっか…。分かった。辞めるようにする。」
店に来た時より、少し軽い足どりで歩く杏奈の後ろ姿を見送ると、吉行は、店へ戻った。
「よお。元気だったか?店、繁盛してるな。」
黒いタートルネックに、ジャケットというラフなスタイルで、一瞬、誰か分からなかった。
「マスター?マスターじゃないですか⁈お久しぶりです。」
吉行は、嬉しくなってマスターに抱きついた。
「おい。やめろよ。気持ち悪いなぁ。」
マスターは、笑いながらカウンターに座った。
「何にしますか?」
「何もいらないよ。すぐ帰るから。」
「でも…何か、ご馳走させてください。」
「いや。本当に、いいんだ。約束があってな。人を待たせてるんだ。」
「そうなんですか。じゃあ、また、ゆっくり飲みに来てくださいね。」
「今日は、旅の土産をもって来た。」
そう言って、マスターは、日本各地の地酒を並べた。
「こいつは、すぐにお前に飲ませたかったやつで、あと残りは店に届くように送ったから。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、今日は帰るから。」
そう言って、マスターは席を立った。心なしか、少し痩せたように見えた。普段から節制しているマスターは、吉行が知る限り、体型の変化がほとんどない。
「マスター。痩せましたか?」
一瞬、間があったように思ったが、すぐに、
「いや。全然。変わらない。」
と、答えた。
「そうですか。服のせいかな?黒のスーツじゃないから。」
「はははっ。そうかもな。」
「また、旅行に行くんですか?」
「いや。しばらく、ゆっくりするよ。」
マスターは、帰って行った。
この日、店も落ち着いていたので、吉行は、ラストまで残らず、早めに家に帰った。麗と、話をするためだった。
とっくに日付けが変わったというのに、まだ麗は、帰って来ていなかった。先に、風呂に入って待っていると、1時を過ぎた頃、麗が帰って来た。
「あら?早かったのね。」
「うん。お帰り。」
「ただいま。」
どこかで飲んで来たのか、酒くさい。
「麗…。ちょっと話がしたいんだけど。」
「うん。」
「先、風呂入る?」
「そうするわ。」
吉行は、リビングで、ぼんやりTVを見ながら待っていた。
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