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116話 断章 リッカとタナトスレーグ その2
しおりを挟む回廊遺跡の最下層にて、リッカとタナトスレーグは向かい合っていた。リッカは周辺の機械造りの装置に目を奪われている。古代の文明跡とでも呼べばいいのか、ダンジョン形式の石造りの洞窟内部といった所には不釣り合いな機械類が設置されていたのだ。
回廊遺跡は上層にもこういった機械類の設置物が散見されていた。本来であれば、どういう物なのかを確認したいところではあるが……今はそれどころではない。
目の前のモンスターは当然として、周辺にもレベル200近くのモンスターが徘徊する危険地帯なのだ。リッカは記憶を失っているが、雰囲気として強力なモンスターが出現することは予期していた。同時に、自らのレベルでは勝てないだろうことも。
「……隙だらけだ。死ねっ」
「えっ!?」
その時、タナトスレーグからの放たれる渾身の一撃。それは隙を見せたリッカを襲ったのだ。本来であれば、彼女には反応すら不可能な攻撃であった。彼女のレベルでは死を免れることはできない。
しかし、強靭な髪の刃はタナトスレーグの一撃を容易に受け止めていた。そして、2本目の刃が間髪入れずにレーグの腹を突き刺す。
「ぐぬ……!」
腹に風穴を開けられたレーグはその場で片膝をついた。赤い瞳になっていたリッカの瞳は元に戻る。
「こんな……!? あの時と同じ……」
「……どうやら、貴様を始末することはできないようだ……ぬうっ」
レーグは風穴の開いた腹をすぐに修復させ立ち上がった。そのくらいの傷は傷にもなっていないようだ。だが、奪われた体力まではすぐには回復させられていない。
「何処へ行くつもりだ? ランファーリ……いや、リッカと呼んだ方がいいのか?」
「ランファーリ? 誰よ、それ」
「……? 最初、貴様はそのように名乗っていた。二重人格か?」
「はあ? そんなわけ……!」
リッカはレーグの言葉に反応して強く否定してみせる。しかし、続く言葉は出て来ない。自らの中に入っている別人格という感覚は、彼女の中でも持ち合わせていたことだ。いや、二重人格といった単純なものではなく、もっと深い何か……。
遠隔で自らの精神を犯されているような感覚を味わったことは1度や2度ではない。ランファーリという名称に聞き覚えはないが、目の前の怪物がそのランファーリに敗れたのだとすれば、その者が自分の精神を犯している者ということになる。
事実、彼女としても信じられないことであった。ミノタウロスを倒した攻撃も強烈な破壊力を感じさせるものであったが、その攻撃は、レベル900にも達する化け物にも十分に通用しているものだったからだ。
現在のリッカはタナトスレーグの能力を正確に看破しているわけではないが、ミノタウロスよりもはるかに強い相手であることは理解できている。また、先ほどの攻防から、レーグの攻撃は自分には届かないことも理解していた。
とりあえず、自分がすぐに殺される可能性は低い……リッカとしては全く根拠のないことに大声をあげたい気持ちに駆られているが、まずは地上へ出ることを優先させることにした。
「あんた、このダンジョンの主なら地上への転送も可能でしょ~? やってくれない?」
転送方陣と呼ばれるアイテムが使用できない。この区画は緊急脱出が不可能な領域であるということだ。
とりあえず脱出について、目の前の怪物に命令をしてみるが、リッカの心臓は今にも破裂しそうになっていた。レベルで言えば現在のリッカは80程度。ミノタウロス戦の時と比較すると大きく向上しているが、まだミノタウロスにも及ばない強さだ。レーグ自身に勝てる可能性など微塵もない。
それだけに、そんな相手への命令は非常に気が引けていた。都合よく、先ほどの能力が発動するかもわからないからだ。
「いいだろう」
「え……? う、うん……お願いね」
意外にも素直なレーグの発言。そして、そのままリッカは回廊遺跡の96階を脱出することに成功した。
---------------------------------
「あ~~、よかった、出れた~~!」
太陽の見える回廊遺跡の入り口付近。そこに転送されてきたリッカは日の光を見ながら、心から安堵していた。隣には一緒に転送されてきたタナトスレーグの姿もあるので状況は変わっていないが。
「ちょ、なんであんたも一緒なのよ!? 怖いんだけど……!」
「私は貴様にやられた……不本意ではあるが、傘下に入る以外に道はあるまい」
「はあ……? いや、私には何がなんだか……」
レーグはリッカの傘下に入ることを承諾した。しかし、記憶のないリッカとしてははるか強大な魔物が近くで徘徊することを意味している為、恐怖以外の何物でもなかった。だが、面と向かって断る勇気もない。
「分かったわよ……」
「だが、勘違いするな。貴様が隙を見せた時が貴様の最後だ」
「……」
恐ろしい殺気がレーグより放たれる。リッカは美しい肢体を震えさせながら目線を逸らした。明らかに自らを殺そうとしている怪物……しかし、物理的な事情からそれが出来ないでいるだけだ。そんな怪物であるレーグと行動を共にすることになる。とんでもない程の矛盾がそこには起きていた。彼女としては意味すらわかっていないのだから。
「と、とりあえず、アーカーシャに戻るけど……妙な真似しないでよ?」
「いいだろう。どのみち貴様に雪辱を果たすだけが目的だからな。私を生かしたことを後悔させてやろう」
タナトスレーグは、リッカの事情などお構いなしといった口調で話した。レーグからすれば、リッカはリッカであり、先ほどとは雰囲気が違っていたとしても関係ないのだ。同一人物であるとの確証を持っているということになる。
「ところで……あんたってなんなの? なんであんなところに……」
「私はフィアゼスの親衛隊の一角、タナトスの亜種に該当する。先ほどの場所の96階層は最下層に位置しているのだ。そこで生まれ、眠っていただけのこと」
「96階層? 嘘でしょ……そんなに下の階層に私が言ってたなんて……」
階層のあまりの深さを聞いたリッカは驚きの声をあげる。彼女が回廊遺跡の調査をする手筈だったことは事実であるが、当然そこまで向かうつもりなどなかった。そもそも、今までの階層で攻略済みだったのは65階層までだったからだ。一気に最下層まで終了した形になる。
現在の彼女の80レベルでは、70階層未満の攻略がやっとであった。話しているレーグも言葉の噛み合わない彼女に辟易している様子だ。彼女が自ら96階層にやってきて自分と戦ったのは事実。それらをすっぱり忘れているのだから、非常にやり辛いということなのだろう。
「フードで多少は隠れてるけど……その顔で街に行ったらヤバイわね。モルドレッドの警戒網もあるんだし……あんた、高位のモンスターなら、なんか変装とかできないの?」
「貴様……本当に殺すぞ」
レーグは自らに無茶な命令をしているリッカを睨みつけた。リッカもその威圧感に言葉を失う。現在の二人のレベル差はそれだけ離れているのだ。
「どこか身を隠せる場所はないのか? どこでも良い」
「なら……ナーベル達も向かっただろうし、賢者の森とか行ってみる~? あ、私の仲間に変な真似しないでよ?」
「……ふん」
レーグはぶっきらぼうに言うと、彼女から視線を離した。レーグを自分の仲間に会わせることは非常に心配なリッカであったが、あまり考えている時間もない。アーカーシャへの帰還はしばらく保留し、そのまま賢者の森へと向かうことを決意した。
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