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『はじまりの町』ベイレフェルト
07.師匠と弟子
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クロマツとイヌマキ、ふたりのエルフ族の青年はベイレフェルトの片隅で工房を持つ錬金術士だったが、こんな辺境の町だ。
まともな知識を持った先輩の錬金術士がいるはずもなく、最新の情報が入ってくるワケでもない。
それでも、錬金術で栄えた町の前例をいくつも知ったふたりは、昼も夜も勉学にはげんだ。
「今日も、売り上げはゼロか」
先に錬金術のウデがあがったクロマツより四つ年下のイヌマキが、工房の前にひらいた露店でため息をつく。
町の空き家を見つけて工房を持てたはいいものの、必死に学んだ錬金術でつくりだすのはガラクタばかり。
そんなものの買い手が見つかるはずもなく、今日で二十日連続の売り上げ無し。
「ごめん、クロマツの兄貴……今日も売れなかったよ」
「いや、気にするな。お前はよくやってくれてるさ」
大釜の前で地べたに座りこみ、難しい本とにらめっこしていたクロマツはそういって小さく笑う。
これで慰められるのは何度目か、イヌマキは覚えていない。
「問題なのは、錬金術だ」
これでクロマツが自分を責めるのは何度目か、イヌマキはもう覚えていない。
「やっぱりベイレフェルトじゃ、限界があるんすかね」
「たしかにそうかもしれないが、街へでようにも鴨車や護衛がいる。隣国に渡るなら関所でそれよりもっと金がかかる」
「八方塞がりっすか」
そういって肩を落とすイヌマキを横目に、分厚い本を閉じたクロマツはゆっくりと立ちあがって薬品を並べたボロ棚へ足を向けた。
「錬金術のはじまりの伝説、知ってるか?」
「錬金術の……はじまり?」
赤に緑に、黄色に紫。様々な色の液体が入った瓶の並ぶ棚をじぃっと見つめながら、クロマツは嬉々として語りだす。
「枯れ果てた村に現れたはじまりの人は貧困に喘ぐ村人を見て、石ころを黄金に変えてみせた。しかしいくら富を得たって死が恐ろしいと震える村人に、今度は不老不死の薬を与えてみせた」
「それなら知ってますよ、有名なお伽話っすよね」
「ああ、たしかにこいつはお伽話かもしれない。けど錬金術っていうもんには不可能を可能にする力があるんだ」
いくつかの薬品をとり、本で覚えた通りの分量で大釜のなかに彩り豊かな液を垂らしていくクロマツ。
錬金術という無限の可能性を見つめる彼の瞳は、まるで少年のような輝きをしていた。
「錬金術で栄えた町は例を挙げればキリがない。俺たちの手で生まれ育った故郷を栄えさせてやろうぜ、イヌマキ」
「はい!」
ふたりとも親に先立たれ、それからは兄弟のように育ってきたクロマツとイヌマキ。
一度はもっと栄えた街にでて稼ごうとしたが、身寄りも金も力もない彼らに行き場などない。
だからこれは、そんなふたりを育ててくれたベイレフェルトへの恩返し。
「それ、分量が違ってるわよ」
ふたり以外は誰もいないはずの工房に転がりこんだのは、初めて聞く少女の声。
突然のことに驚き、声のするほうへ慌てて顔を向けたクロマツとイヌマキ。ふたりの視界に映ったのは、大きなカバンを手にした赤髪のエルフ族、ナツメの姿だった。
「まだそんな古い本で学んでるから、あんなガラクタばっかりつくるのよ」
「あんた誰だ、いきなり入ってきて──」
カバンを工房の隅に置いたナツメは、クロマツの言葉を遮って彼の手のなかから液体の入った瓶を奪いとる。
「その本が書かれた時と今流通してる薬品は、含まれてる物質の配合が違うの。錬金術は魔法のなかでも精霊術に次いで古いとされる古典的な技術だけど、その内容は日々進化してんの」
「何勝手に混ぜてんだ! おかしな混ぜ方したら、危ないもんだってあるんだぞ!」
勝手に液体を大釜のなかに加え、銅の大ベラで混ぜはじめるナツメ。
しかしそんな適当な分量で混ぜたのでは、最悪爆発の恐れだってあるのが錬金術。
身の危険を感じたクロマツが、すぐに彼女から大ベラを没収しよう手を伸ばす。
「黙って見てなさい、クルペンハウエルで一番の錬金術士である私が錬金術のなんたるかを教えてあげるわ」
勝手に工房のなかに足を踏みいれてきたと思えば、今度は勝手に大釜を混ぜはじめるナツメ。
しかし液体は徐々に薄紫色となり、熱をもちはじめる。
「これは……」
「木材用の分解液よ、分量も完璧だからこれに木材をいれれば完全に分解されるはず」
何度も何度も薬品を調合させては失敗してきたクロマツは、ひと目見ただけでこの液体が完成形と悟った。
ナツメが乱雑に分解液へ投げいれた木材は見る見るうちにその姿を保てなくなり、ついには姿を消してしまう。
「錬金術の基本は分解液による物質の分解と、魔力による再構築。素人は魔力による再構築ばかりに目がいきがちで分解が甘いのよ」
テーブルに椅子、鳥の形をした置き物。
ナツメの手により次から次へと生みだされていく作品とその迅速な工程は、これまでクロマツやイヌマキが求めてきた、錬金術のあるべき姿だった。
それからすぐクロマツとイヌマキはナツメに頭をさげ、彼女がベイレフェルトに滞在する短期間だけの弟子となった。
*
「おい、変な回想で話を誤魔化してんじゃないよ」
ベイレフェルトの片隅にポツンと建てられた小さな工房の一室で、ミゲルはナツメに白い目を向けた。
それもそのはず、つい先ほどはイヌマキに「護衛」と身に覚えのない紹介をされ、結局異論を唱える隙もないままこの工房へと連れてこられたのだから。
「私のつくったゴーレムを一撃で倒した腕前は評価してるんだから、光栄に思いなさいよ。それに慣れてなかったとはいえ、あれは私の護衛をするに相応しい強度でつくったつもりだったし、ゴーレムよりも強いと証明されたあんたを護衛にするのは合理的だと思わない?」
自分の半身ほどはあろうかという大きなカバンにナツメが詰めこんでいくのは、見たことのない色をした液体がはいった小瓶に、なんの形にもなっていない無骨な金属のカケラたち。
錬金術というものに疎いミゲルにも、これがなんらかを生みだすための糧になるのだろうというのはすぐにわかった。
「いやだから、俺には都で兵士になるっていう目的が――」
「私の目的地もあんたと同じクルペンハウエルよ」
最後に数着ばかりの衣類を詰めこみ、革のカバンを閉めようとするがなかなか閉じてくれない。
勢いに任せて何度も何度も力ごなしにやっているうち、ようやくカバンがしっかりと閉じたのを確認すると、ナツメはホッと息をついた。
「お前も?」
「あんたバカそうだし、見せてあげてもいいわね」
「おい待て、なんで突然俺を口撃した」
そういってナツメは両手で重そうに抱えたカバンを部屋の隅に置き、本棚へと足を向ける。
ナツメが立ったのは、ミゲルの村にあったのとそう変わらない古い本棚。木でできたそれは、あちこちに虫が食った痕が見えるし、並べてある本だってホコリをかぶっている。
「私には、使命がある」
「使命?」
「それを見せてあげるのよ」
そういってナツメがホコリかぶった本のうちのひとつを手前にひいた途端、ギシギシと軋む音をたてて本棚が横にズレはじめた。
まるで重たい扉のようにゆっくり開いた本棚のさきにミゲルが見たのは、地下へと続く階段。
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