G.F. -ゴールドフイッシュ-

筆鼬

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G.F. - 夢追娘編 -

page.570

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エレベーターの前に立った僕ら。


『ボタン…せーので一緒に押す?』


エレベーターのボタンを指差し、詩織が僕をちらっと見ながらそう言った。


『いや、いいよ。詩織押してよ』

『…そう?じゃあ押すね』


2階で停まっていたことを表示していたエレベーター。
ゴトンと微かな音がして、すぐに昇降室は下りてきた。






《2階です。ドアが開きます…》


『うーん。居ないね』

『うん』


昇降室から出て、2階の廊下に降り立った僕ら。
斜め向こうに見える事務室の入り口前に…うん。池田さんは立っていなかった。


『えっと、じゃあ私たちが待ってみる?事務室の入り口前で』


…ってことで僕ら揃って、そこで待つことに。






『…信吾。時間は?』


そう訊かれて、僕は詩織の真顔をじっと見た。


『今?午後…6時1分』


詩織が一旦、周囲の安全を確かめるかのように、廊下をキョロキョロと見回す…?


『予定時刻を過ぎたわね…じゃあ行くわよ!突入!』


…突入?

詩織が事務室の扉をそーっと開いて、こそーりと入っていく。
まるでドラマのスパイとか、特別捜査官みたいな動き…。


『…。』


詩織に続いて、半開きの扉を僕は普通に開けて入っていく。


『…何なの?今の?』

『きゃははは。ちょっとやってみたかったのー♪』


…そういう映画を見過ぎた影響とかかな…?


『失礼しまーす。岡本詩織でーす。池田さんいますかー?』


事務室内のたくさんの職員さん達の視線が、詩織に吸い込まれるように集まっていく。
詩織は姿勢を正し、その中を堂々と…事務室の奥へと歩いていく詩織。


『…ってかさぁ、入り口からでも見えてたじゃーん!』

『あ、いた』

『いた!じゃないよって。だから…』

「きゃははは」


確かに。池田さんの姿がハッキリと見えてました…。
池田さんは、上司の高須賀あずささんのデスクで、2人で何やら話し合いをしてる様子だった。


『遅刻ですよ。池田さん』


池田さんの肩をポンと軽く叩いた詩織。


『…ってことなんで、ちょっといいですか…?高須賀部長』


あずささんが、池田さんの顔…詩織の顔…そして後ろに立つ僕の顔を見た。


『…じゃあ、行ってらっしゃい。池田くん。good luckよ』

『あ、はい…』


今度は池田さんが、詩織と僕の顔を交互に見た。


『じゃあ行こう。隣の控え室へ』

『はーい』
『お願いします…』





3人揃って控え室に入り、僕と詩織は横並びに、池田さんと向き合うようにして席についた。


『じゃあ…まずは僕から一言…』


池田さんが小さくコホンと咳をした。


『今日は…はぁ…本当に来てくれてあり…』
『池川さん!大変なんです!』

池田さんは話の出端ではなくじかれて、口をポカンと開いて一瞬黙ってしまった。


『えぇと…そう。そうなんだよ…大変なんだよぉ』


…んん?池田さん?
まるで、僕らの今の状況を知ってるかのような言い振り…?

一瞬の沈黙の間…。
池田さんも、『…あれ?』っていうふうに小さく首をかしげた…?


『も…もしかして、誰かから聞いたの?君たち…』

『な、何のことですか…?』


僕と詩織は池田さんと…互いの顔を見合った…。


『…は?』
『…えっ?』

『どっ、どういうことだい…?』

『あの…私にも解りません』


…更に5.7秒の沈黙…。


『ちょーっと待ったー!二人とも、まず落ち着こう!』


いえ。僕らはさっきからずっと落ち着いてます…。


『とりあえず…状況を整理しよう』

『はい』
『…ですね』


池田さんは小さく頷いた。


『えぇと、君たちは…僕が《二人に会って話がしたい》って言ったから、今日来てくれたんだよね?』

『いいえ』

『…は?』


また…何度目かの《互いを見合いながらの沈黙タイム》…。


『《池田さんとお話ししたいです》って、先にLINEしたのは私たちです』

『あ、あれ?そうだったっけ…?』

『…。』
『…。』






…そんなやり取りが5分ほど続いていたけど…。
『じゃあ順番に話しませんか?まずは池田さんから…』っていう詩織の提案で落ち着いた。





『本当に大変なことになったんだ…』


池田さんは《心配》と《不安》と《動揺》と《憂心》が、ごちゃごちゃに混ざったような表情でそう言った。


『僕の…今のこの職の今後の運命は、全て君たちに委ねられた…!』


僕は詩織と視線を交わした。


『どういうことですか?話してください』

『あぁ。聞いてくれぇ…』






…池田さんはそれの詳細を説明してくれた。


池田さんこと《池田孝良》さんは、大槻専務取締役に直談判…と言うのは…。


『…彼女を女優にはさせられない。それぐらい判るだろ?池田人事部主任』

『でも…彼女は女優になりたいって、今も思いをつのらせているんです』


池田さんは、何度もペコペコと頭を下げて、大槻専務取締役に頼み込んだ。


『彼女には子役の実績も役者の経験もない。演劇部などの活動経歴もない…』

『それは…重々承知しております…』

『そして…今やこの芸能界は《Kira♠︎m》という新事業社に随分と犯され、統制されている…』

『…。』

『アイドル業界も…俳優業界も…』

『…。』


池田さんは頭を下げたまま、大槻専務取締役を直に視ることができなかった。


『そこをなんとか…』

『許されない事案だと言っているだろう…さっきから』

『は…はい…』


でもそんなタイミングで、大槻専務取締役は池田さんに微笑んで見せた。


『だが…俺もそこまで鬼じゃない…』

『と、言われますと…?』


大槻専務取締役は席から立ち上がり、池田さんの元へと歩み寄って、池田さんの肩を叩いた。
そして池田さんは、下げた頭を上げて大槻専務取締役を見た。


『そんなに乞い願うなら…池田、あの子の今後の活動方針は全てお前に任せよう』

『…えっ?』

『あぁ。このままアイドルを続けさせるのも、女優の道を歩ませるのも…お前次第』

『あ…ありがとうございます!』


一瞬明るい笑顔を見せ、大槻専務取締役にもう一度頭を下げた池田さん…だったけど…。


『彼女が立派な女優と成れたら、お前は人事部の副部長に昇進』

『ありがとうございます!』

『成れなかったら…お前は人事部パートタイム職員に降格…』

『…えっ?』

『期限は1年…今年の12月31日までだ。いいな』

『えぇーっ!!?』


事務室にいる職員、全員が聞いているなかで、それは宣告された…。



















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