G.F. -ゴールドフイッシュ-

筆鼬

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G.F. - 吉転魚編 -

page.648

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僕は今、樋口と会うために新井早瀬駅の東口の前にいる。

僕がここに着いたのは、ほんの2分ほど前。
そして時刻は、集合予定の午前10時30分を過ぎた。
…樋口はまだ来てない。

まぁそれはいいとして…。
たぶん、樋口は地下鉄で来るはず。

周りの瀬ヶ池の女の子たちは…僕を見ても慌てたり、喜び驚くような様子もない。
まるで僕が見えてないように。




そして10分ほどの遅れで、樋口が現れたんだけど…嫌な予感がズバリ的中…。

凄い嫌な顔して、樋口がこっちへ来る…。

乳白色の膝丈半袖ワンピースの上に、袖を捲った撫子色(淡い桃色)のサマージャケット。
ワンピースの腰部にはキャメル色のベルトが巻かれていて、白く細い素脚の足元には黒のヒールサンダル。

…何だか、またちょっとオトナになったって感じ…。

左肩にバッグの紐を引っ掛けてて、右手で長い後ろ髪を手櫛で髪をとくように、ふわっとなびかせた。


『はーぁ!?何なの!?ふざけてんの!?岩塚ぁ!』


ひぃぇぇ…。

僕の前に来るなり、そう言って両腕を組んだ樋口…いきなり怖っ!!

宮学のあの頃みたい…!


『ちょっと、姫さまは…!?』

『いや、それには色々と事情が…』

『事情?そんなのどうでもいいから。はい、やり直し!』


…は?
や、やり直し…!?


『岩塚ぁ!だから早く姫さまとしてきてって!』

『だから今、金魚がここに現れたら大騒ぎになるし…』

『えっ…あ。ふーん…』


樋口は組んだ腕を解き、少し落ち着いて左手は腰に当てて、右手の人差し指を顎に当て…なにか考えてる様子…?


『今…姫さまがネットニュースとかで注目されてて、凄い話題になってるから…?』

『そ、そうそう』

『あー。それで姫さまが現れると瀬ヶ池女子が集まってきて、ここが大騒ぎになるから…?』

『そうそうそう!』


よ…よし。いいかも…。
何とか…この危機を回避できそう…。


『ふぅん…でも私には関係ない。でしょ?私が見てた昨日だって大丈夫だったんだし!っていうか、私は姫さまに会いたいの!会いたいんだから!今すぐ姫さま呼んできて!!』


…。

そんな無茶言わないでって…。






…何とか樋口を説得して、お願いして…渋々だけど、許してもらえた…。

マスク着用で、アンプリエ16階のあのカフェスィーツ店《フィユタージュ》で、ケーキを僕が奢るって条件で…。






『ご注文はお決まりでしょうか?』

『待って。今選んでるから』


僕と向かい合って座り、さっきからずーっとメニュー表を見て、上機嫌そうにケーキを選んでる樋口。

女の子って…みんなこんなふうなのかな…。
詩織もそうだし…。


『あー。これも…これも好き。どっちも食べたい。あー迷っちゃうなー。でも食べ過ぎるとカロリーが気になっちゃうかなー』


…全然まだまだ細い樋口がそれをはっきり言うって…周りの女の子らに聞こえたら、全員敵に回すような《注意発言》だけど…当の本人は、そんな心配いりませーんってふうの、この涼しそうな笑顔…。


『どーれにしよーっかなー。ってか、ちょっと岩塚!ケーキいくつ頼んだらいいの?』

『…。』


…判りません。お好きにどうぞ…。
カロリー気にするなら、少なめに…。


ふと、樋口はウェイターの男子を見上げた。


『…なに?』

『あの…』

『決まったら呼ぶから。あっちで待ってて』


…って言われても、カウンターへと戻らないウェイターの男子。

このパターンは…。


『ねーぇ、何なのって』

『あ、あの…化粧品店の専属モデルをしてる、樋口絵里佳さん…ですよね』

『へぇ…私のこと知ってるんだぁ』


樋口にそう言われると、凄く嬉しそうな顔を見せた、ウェイターの男子。

見た目は高校生?大学1年?くらいかな。


『も…も、もちろんです!あの雑誌で、樋口さんの写真を見るたびに、いつも…あの…す、凄く…可愛いし、きれ…綺麗なひとだなーって…』


樋口は今度は麗しく、にこりと微笑んで見せた。


『ありがとう。でもごめんね』

『ぁ…あ!いや、その…』

『私、もう心に決めたひとがいるから』

『えっ!そ、そう…なんですね…』

『そう』


おいおい…ちょっと!ウェイター男子!
そんな残念そうな目で僕を見るなよ!

僕じゃない…!


『あ…これ?』


そう言って、樋口は僕をちょんと指差した。


『あははは。やめてよー。違うってば。この人は、私のマネージャー』


は?
…マネージャー?



『あ、マネージャーなんですね。ですよね。まさかこの人かと思っちゃって…すみません…』


肩を落とし、ウェイター男子はカウンターへと戻っていく…。

…ってか、誰が樋口のマネージャーだよ!


『さぁてと。じゃあそろそろ、ちゃんと決めよっかなー』


また正面を向き、再びテーブルの上のメニュー表に視線を落とした樋口。


『…で、今日はなんでを呼ぼうと思ったの?』

『?』


顔を上げ、樋口はじっと僕を見る。


『金魚と話をしたかったんじゃないの?』

『そうよ!当然でしょ!』


ちょっと怒ったように、樋口は僕を見た。


『でも…岩塚には話したくない!姫さまに話したい。会いたかったんだから!』


僕も金魚も一緒だっての!


『じゃあ、わかった。目をつむって』

『目を瞑って?』


うん。
金魚の姿を見せられないなら、声だけでも…。


『声?ってこと…?』

『うん。そう』


樋口は、すーっと…一旦は目を閉じた…けど、すぐにまたパチッと目を開けた。


『今がチャンスってKissしないでよね。したら思いっきりグーでいくから』


するか!
絶対しないっての!!







…話を聞く前に、樋口と僕は選んだケーキと飲み物を注文。
樋口はケーキ4個とキャラメルマキアート。僕はシュークリーム1個とケーキ1個。それとミルクカフェ。


『…目を瞑ったから。どうぞ』


愛想なくそう言われ、僕はマスクを顎までずらし、《金魚の声》で樋口に訊いた。


『絵里佳ちゃん。話してくれる?』

『あ…あぁ姫さま!はい。私今、悩んでるんです』


樋口が…悩み事?


『何を悩んでるの?』

『私…もう寂しさに耐えられなくて、宮学を辞めようかなって』

『何がどう寂しいの?』

『姫さまに、会えないことが…です』


…金魚に会えないこと…だったかぁ。
ってか、樋口が宮学を辞めることには、僕は反対。


『それで大学を辞めて、どうしたいの?辞める理由は?』

『姫さまを追って…東京へ…』


我慢をしてでも宮学をちゃんと4年通って、卒業証書を手にすることは、それだけの価値が必ずある。
中退した僕が言えることじゃないけど…。

現在、大学3年の樋口…今年を含めて卒業まであと2年。


『2年…我慢できない?』

『できないよ。2年は長いもん。ずっと会いたいし、ずっと寂しい…』


はぁ…なんだか…ごめん。
確かに。2年は長いよな…。


『でも、もし東京へ行ったとして、どうするの?』

『アルバイトでも、何でもします。だから…それでも姫さまのそばに…』


宮学の卒業を諦めて、都内でアルバイトとか…勿体なさ過ぎる…。


『それか、姫さまや詩織ちゃんと同じ芸能事務所に…』


…えっ?


『私、ずっと《G.F.》で服屋さんの専属モデルをやってきて、今は《BlossoM.》の専属モデルをしてて…モデルって楽しいかも。芸能界って面白いかもって。最近、そっちに興味を引かれてて…』


…まぁ確かに。
樋口なら…見た目も可愛くて綺麗だし、芸能界向きかもしれない…。

…その性格を除けば、だけど。


『宮学を卒業しても、しなくても、いつかは芸能界に関わる何か仕事がしたいと思ってます。それが今の私の夢』


…。

僕も…少しは興味がある…。
この見た目の樋口絵里佳だから。

もしかしたら…もの凄く芸能界で大活躍したり…?なんて。


『お願い…姫さま。私、大学も卒業後まで頑張りたいけど、今すぐにでも芸能界で働きたい。そのために、姫さまの力を貸して欲しい…お願いします!』


そう、はっきり言った樋口。
…今まで詩織に付きっきりで、樋口を放置してた金魚ぼくにも…責任があるのかも…。

樋口の宮学卒業と、芸能界入りとの両立…。

うん。たしかに…何とかしてあげたい。
卒業もしてほしいし、芸能界へ入りたいという夢も…。

とは言っても…どうすれば…。


『今日、ここで、姫さまが《力を貸してあげる》って言ってくれなかったら私…明日、宮学に退学届を出します。私本気だから…!』


ちょっ…えぇっ!?
待って待って…!!

いきなり…!!?

でも…樋口の本気度はよく解った。
その覚悟も。


『そこまで言うのなら、じゃあ…私みたいな非力でもよければ…』

『…え?助けてくれるの?』


だって…そう言うしかないじゃん!
超本気なんだから!樋口は…。


『だけど…すぐは無理』

『ええっ、姫さま…?』

『けど、絶対何とかするから…それまで待ってて』


…とは言ったものの…。
どうすれば…。


『あと、大学はちゃんと卒業して』

『夏までには…私に何か答えをくれますか?』


…夏までに?
けど、今この状況で『それは無理』とは言いにくいし…。


『うん。頑張ってみる。じゃあ夏までに…』


…遂に、宣言してしまった…あぁ。


『だから頑張って。絵里佳ちゃんも』

『嬉しい…頑張ります!姫さま!』


今日、樋口に呼ばれた理由…それだったかぁ。

でも、どうしよう…本当に。
樋口の宮学と芸能活動の両立…かぁ。

冴嶋プロダクションは東京…遠いしなぁ…。






…ケーキを奢り終えたあと、樋口にもう一度目を瞑らせ、を訊いてみた。

すると…。


『…私、瀬ヶ池で1番の次の《嬢傑ヒロイン》には成れないと思います。無理です…ごめんなさい』


えっ、何で!?
その理由を訊いたら…。


『今、瀬ヶ池で一番可愛い…嬢傑に一番近いって言われてるのは、姫さま…』


…金魚?


『…の、お姉様。鮎美お姉さまだから…』


…!!?













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