Storm princess -白き救世主と竜の姫君-

かぴゅす

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第2章:私達には戦う意志がある

第2章:私達には戦う意志がある(4)

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「町を放棄する、というのですか?」

  リミアの言葉にアイラが眉を顰めて言う。姫の言葉に納得しないアイラというのは珍しい。町を丸まる放棄するなどという話なのだから仕方がない、とローザは思う。だが、姫がそうした決断を下そうとするのもまた無理のない話であるのだ。

  屋敷の応接室。そこに集まっているのは姫とアイラとローザ。それに町の長老に自警団の団長であるリカルドである。町を突然襲った災厄にどう対処するか、町の長であり魔術師である姫に伺いを立てに来たのだ。
  そして、リミアが彼らに出した指示は、氷狼乃顎を維持している間にこの町の全住人を避難させるというものであった。

 「領都にはすでに連絡をしています。エリオット少尉が率いる飛行小隊の支援を受けて、彼の地まで退避します」

  そう言ったリミアの表情は硬く、いつものあどけない様子はない。まだ未成年の少女であっても、彼女はこの町の長であり皇族である。住民達を守る為に決断を下さなければならないのだ。

 「何とかなりませんか、姫」

  長老が席から立ち上がり、リミアに言う。

 「姫とアイラ殿は魔王ヴァーディリスをも打ち破った英雄。蟻の化け物の巣ぐらい退治できるのではないでしょうか?」

  長老は懇願するように言う。戦いを知らない彼にとっては、魔王の軍勢を打ち破った二人ならばたかだか蟻の群れぐらいどうとでもできると思っているのだろう。
  実際そうできるものならリミアもやりたい。いくら領都が受け入れるとはいえ、住み慣れた町を放棄していくのはこの町の住民にはつらいことだ。家も財産も生活基盤も失うからである。
  だが、あの蟻の化け物たちはかなりの難敵である。リミアはそれを文献による知識として知っていた。

 「あれはマローダー・アントというジャイアント・アントの一種で、その中でも最も強力で貪欲な種類です」

  彼らは軍隊蟻をそのまま巨大化させたものであり、彼らの餌場となった場所はウサギ一匹残らぬ死の土地となる。故に彼らは絶えずコロニーを拡張、または移動させているのだ。今回は拡張した巣の出口がこの町に出現したのである。つまり、この町の下には彼らの巣があるのだ。

 「巣の規模はかなりのものです。私とアイラだけでその巣の中にいる蟻達を全て倒しきるのは至難の業です」

  冷酷な現実をリミアは毅然とした口調で長老に告げる。巣の中にいる蟻達はどんなに少なく見積もっても1000体を優に超える。地下深くに潜入し、それらを討ち果たすことはいくらなんでも無理だ。
  もちろん、なりふりを完全に構わない、というなら話は違う。単に巣を全滅させるだけならばアイラ、リミアともに単独で可能である。ただし、周辺地域が完全に壊滅し、気候すら変化してしまうほどの戦略兵器級の大火力を叩き込む必要がある。そうした被害を出さないためには、帝都から援軍を募って対処する必要がある。

 「長老とリカルドはすぐに町の者達に避難の準備に入るようにと通達してください。氷狼乃顎もそう長くは維持できません」

  リミアは沈痛な表情でいう。彼女は今も氷狼乃顎の維持のために魔力を消費している。彼女が維持できる時間はおおよそ20時間程度だという。アヴァロンの宮廷魔術師の総力を圧倒する馬鹿げた魔力だ。しかも、これは彼女の魔力ではなく周辺地域のマナの枯渇によるものである。
  魔法とは自身の魔力を燃料として、周辺に存在するマナを反応させて起こす超常現象である。そして、広域攻性魔法はマナを凄まじく消費してしまう。(マナの消費効率でいえば最底辺である)当然マナが枯渇してしまえば魔法は使えなくなる。そうなれば、蟻達の侵攻を食い止める手段がなくなるだけでなく、それを蹴散らすために最も効果的な姫の魔法という手段がほとんど使えなくなる。

 「ローザはリカルドとともに民の護衛に回ってください。アイラは私とともに殿をお願いします」

  リミアは氷狼乃顎の維持のため、民の避難が済むまでここに残るらなけらばならない。アイラをいざというときのための護衛に残しておき、最終的にエリオットの指揮する飛行艇に拾ってもらう、という考えである。氷狼乃顎が切れれれば蟻共は即座に襲ってくるだろうが、空中に逃げてしまえば脅威にはならない。

 「了解しました、姫」

  ローザは恭しく姫に一礼し、了解の意を伝える。実際、リミアの案が最も現実的だ、とローザには思える。
  だが、隣にいるアイラは首を縦に振らない。

 「お言葉ですが、姫。その案には賛同致しかねます」

  それどころか、リミアの意見に反対の意を示した。これは珍しい。と、ローザは思う。普通に考えてリミアの案は妥当なものである。それにアイラが愛しの姫の言葉に逆らうという状況はほとんどない。リミアの妥当な意見にアイラが逆らうというのは非常に珍しい出来事なのだ。

 「この町を放棄すれば、それは姫の経歴の傷になります。おそらく、姫の政敵はそれにつけこんでくるでしょう」

  アイラの言葉にリミアは渋い顔になる。ペシュタール将軍やその背後にいるルガール大公はリミアをどうしても排除したがっている。絶大な権力を持つ彼らはこうした事件を利用してリミアを罪に落とそうとするかもしれない。もちろん、リミアがこの町を放棄したとしてもそれは間違えた処置ではないのだが、権力によるごり押しの前に正論や物事の妥当性などというものは無力なものである。

 「では、アイラはどうするというのですか? あの蟻たちを退治する手段があるというのですか?」

 「あります」

  リミアの質問にアイラは即答する。

 「ジャイアント・アントは巣の女王が殺されると、脅威から遠ざかり次なる女王を育成するために巣を放棄してその地から離れるといいます。巣に潜入して女王蟻を撃破すれば奴らをこの地から退かせることができます」

 「たしかにそれはそうだけど、でも」

  アイラの言うことにリミアは戸惑いながら反論しようとする。確かにアイラの言うことは正しい。しかし、巣の最奥にいる女王を倒すには結局巣の蟻をほぼ全滅させねばならない。というのも蟻は視覚以外の要素から敵を発見する能力に長けている。透明化インヴィジビリティなどの潜入用の魔法は効果が薄い。そうした理由から彼らに気取られずに巣の奥に潜入するのはほとんど無理な相談なのだ。

 「姫、お忘れですか? 私が以前に言ったことを」

  アイラは静かに微笑みながらリミアの反論を封じて言う。

 「私は姫が望めば最強であり続けられます。 最強はどんなことだってできるんですよ?」

  そう。自分は組織の望みのために、最強に生まれてきた。組織のために世界を変える役割を背負って生きてきた。今はその組織はない。全ては命の恩人たる姫のため。彼女のためになら世界を変えることすらできる。蟻の群れから町を守ることぐらいやってみせる。アイラはそう硬く決意していた。

 「と、言うからには具体的な策はあるんだよね?」

  ローザは面白いものを見る目でアイラを見ながら言う。彼女ができるということは必ずできる。ローザにはその手段はわからないが、彼女の奇想天外な考えは見ていて面白い。今度もそのお手並みを拝見させてもらおう。

 「ええ、もちろん」

  そういってアイラは笑う。その表情はまるで取って置きの悪戯を思いついた童女のようだ。

 「きっとかなえられますよ、姫の願いは何でも」 
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