Storm princess -白き救世主と竜の姫君-

かぴゅす

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第2章:私達には戦う意志がある

第2章:私達には戦う意志がある(5)

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 暗い地面の中。二つの明かりが進んでいく。ひとつは魔法にとよって作られた光球。もうひとつは科学の力によって作られたLEDライトであった。微かな明かりに照らされて見えるのは広大な地下の空間と、無数の蟻の化け物たち。

「凄いねぇ、町の地下にこんな空洞が広がっていたなんて」

「全くです。落盤なんかが起きなければいいですが」

 その暗闇の中に二人の少女の声が微かに響く。蟻の首元に跨るアイラとそれに抱えられるリミアであった。この空洞を見て素直に感心するリミアとは対照的に、アイラはこの空洞があることの害を憂慮する言葉である辺りに性格の差が出ているというかなんと言うか。
 アイラ達は蟻を乗騎とし、空洞の奥へ進んでいく。今アイラの股の下にいる蟻はすでに中枢神経を侵食されており、アイラの意のままとなっている。他の蟻たちもアイラたちの存在を気にすることもない。
 異物が巣に侵入することに敏感な蟻共がアイラ達を気にしない。おかしな現象だが、それこそがアイラの秘策である。

「それにしても、臭いねぇ、この軟膏」

 リミアが苦笑しながら言う。この巣に潜入する前に塗った軟膏は腐った野菜のような酸っぱい不快な臭いがする。我慢ができないほどではないが、それでもこんな臭いが自分からするのは耐え難いことなのだろう、とアイラは思う。

「ご容赦くださいませ、姫」

 アイラも苦笑しながらリミアに言う。彼女とてこんな臭いの軟膏が体に付着している状況は嬉しくない。だが、この軟膏がなくては敵陣の奥にまでたどり着けないのだ。
 アイラとリミアの体に塗りたくられている軟膏。それは、蟻の体液を分析して作られたもので、蟻と同族であるというフェロモンを発するものである。彼らは敵と味方の識別をフェロモンによって行う。つまり、彼らと同族であるというフェロモンを発している限り攻撃対象にはならないのだ。

『そちらの状況はどうですか、アイラさん?』

 手元にある石から声が聞こえる。その声は砦から駆けつけきて、今は人々の避難を監督しているエリオットで、その石は魔法による通信を行える魔法の品、遠話の石だ。この世界ではありふれた品物であり、容易に入手できる。(とはいえ、庶民が買うには高すぎる代物だが)地底ではいつものスマートフォンによる通信ができないため、今回はこちらを用いている。距離はやや短く、音声もクリアーではないが会話は十分行える。エリオットはアイラたちの頭上の地面にいるはずであり、距離としてはまだ200mも離れていないはずだ。

「蟻共は襲ってこないわ。計画は順調」

『僕としてはいっそ襲ってきてほしかったですけどね』

 遠話の石の向こうで苦笑しているであろうエリオットは際どいことを言う。彼はこの作戦には反対であった。彼ら軍人にとって最大の防衛対象の皇族であるリミア姫が自ら化け物どもの巣窟に突入するというのは常識的にはありえない話である。最もリミアからすれば、そんな常軌を逸脱した作戦は何度も経験しているのだが。

「大丈夫だよ、エリオット。アイラが守ってくれるから」

 故にリミアの表情に不安はない。常に絶望的な戦場で孤独な戦いを強いられてきた彼女にとっては隣にアイラがいるだけで安心感がぜんぜん違うのだ。

「いざとなったら、この地がクレーターになっても姫は守るから心配しないで?」

『それ、やる前に一言お願いしますよ?』

 アイラの言葉に返事をするエリオットの言葉は明らかに苦笑交じりのものだ。避難を監督している彼としては洒落にならない話であるし、アイラが洒落で言っているわけでないことも理解しているのだ。

「それと、ローザの方は準備できてるのかしら?」

 アイラは気にかかっていたことをエリオットに尋ねる。巣に突入する前にローザに頼んでおいたことがあったのだ。

『準備は整っているようですが、何に使うのですか?』

 アイラの言葉にエリオットは不思議そうに言う。ローザが準備しているものが何かはわかっているし、現場も確認した。だが、何に使うものなのかわからない。準備を終えたローザも不思議そうな顔をしていたし、今も意味はわかっていないだろう。

「一応の保険。使わなければそれに越したことはないのだけれど」

 それじゃあまた後で、と言い残し、アイラは石を懐にしまう。そろそろ石に込められている魔力が限界に近いからだ。いざという時のために最後の一回の通信時間はとっておかねばならない。

 不意にアイラは前方から引かれる感覚に襲われる。蟻が穴を垂直に降りていっているのだ。アイラは蟻の頭部を挟む脚と、姫を抱く腕に力を少し込める。

「ふふふ」

 アイラの腕に抱かれているリミアが唐突に笑う。

「なんだか久しぶり、アイラと一緒に戦うの」

「そうですね」

 リミアと過ごした日々を思い出し、アイラは言う。ヴァーディリスを倒した後もアイラとリミアは軍や領主名代であるミーティアから依頼を受けて戦う機会はあったが、前線に出るのは基本的にアイラのみでリミアは後方支援に徹していた。正面戦力はアイラ一人で十分であるため、そのほうが効率の良い戦い方であることはリミアも知っている。だが、リミアとしてはやはりアイラと共に肩を並べて戦う方が心が躍る。アイラに格好のいいところを見せたいのだ。

「私、頑張るから。アイラも強いけど、私も強いっていうところ見せてあげるね」

 そう言って張り切るリミアをアイラは先ほどよりも少し強い力で抱きしめる。その目に少し哀しげな色を浮かべて。
 この幼い姫は強力な魔法使いであることしか自身の価値を見出せていない。それがアイラにはとても哀しい。本来であれば、美しい姫君として大切に育てられてしかるべき彼女は、本来与えられるべき愛情が欠落してしまったためにこうなってしまった。
 幸い彼女は大きく歪んでしまっている訳ではない。本来の人間としての価値で自身を愛せるようになるまで自分が姫を愛し続けよう、とアイラは改めて思うのであった。
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