Storm princess -白き救世主と竜の姫君-

かぴゅす

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第2章:私達には戦う意志がある

第2章:私達には戦う意志がある(7)

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 町の空に夜の帳が下りて久しい。普段のこの町は既に静かで人が出歩いていることはほとんどない。街灯もろくにないこの町では夜間外出してもやることなど何もないのだ。

 だが、今日の町の様子は異なっていた。中央広場には盛大な篝火が炊かれ、それを囲んで人々は勝利の宴に酔いしれていた。宴を開催したのはリミアであり、取り仕切るのはエリオットと彼が連れてきた将兵達、そして自警団の面々である。エリオットはこうした宴を開催するのにも慣れており、将兵達を的確に指揮する。将兵達も気さくで気配り上手で、しかも節度を忘れない。町の人々にとって楽しくないはずがなかった。
 アイラ達の勝利の後、蟻達は地下道を通って町の地下から退去した。地下道は今後塞いでいくことになるだろう。
 それ以外に町が受けた被害も軽くはなかった。畑は大いに荒らされ、壊された家もあった。だが、これだけの災厄であったにもかかわらず死人は出ていない。これは奇跡に類することであり、それはリミアが早急に地上の蟻を殲滅したことによるものである。
 町の復興のためにまた明日から働くことになるだろう。しかし、今日は大いなる災厄を退けたことを祝おう。そうした意図で町中のみんなで宴を楽しむことにしたのだ。
 人々は口々にリミアを称え、万歳の声が広場に満ちた。だが、当のリミアは笑顔でそれに答えるものの、あまり嬉しそうな様子ではなかった。
 そして、宴もたけなわの今リミアは人の輪から外れた広場の片隅のベンチで座っていた。町の人々も彼女の様子を気にしてはいたが、やはり皇族である彼女には少々近づきづらい存在だ。
 それでも子供達は心配そうにリミアに近づいてくる。彼らはリミアが蟻達を撃破するために戦ったことを知っている。疲れていないかどうか心配そうに近づいてくる彼らにリミアは、

「大丈夫だから、宴を楽しんでおいで」

 と笑顔で言って戻らせた。

「どうしたのですか、姫? ご飯もお酒もまだたくさん残っていますよ?」

 子供達を入れ替わりに現れたのは両手に大きなお盆を持ったアイラであった。盆の上には料理の皿と小型の酒樽を満載している。到底常人では持ちきれるような量ではないが、アイラにとっては造作もないことだ。

「うん…ちょっとね」

 アイラを見て、リミアは少し言葉を濁す。だが、アイラを拒む気配はない。それを察したアイラは隣のベンチに盆を置いて、彼女の隣に座った。

「同情なさっているのですか、クィーンに」

 何を考えているか大体察したアイラはリミアに問う。

「うん…同情といえば同情なのかな」

 リミアはそう言ってベンチの背もたれに身体を預け、天を見上げて言う。

「あの子達は取り残されたんだなぁって思って」

 太古に兵器として人間に作り出されたドレッド・クィーン。それは愚かな戦争を繰り返す人類が地上の支配者である竜帝に罰せられた際に、彼に当時の王国諸共に闇に葬られたと言われている。その中で生き残った者は目的を見失った兵器として生きて、そして今日ここで自分達に出会ったことで滅ぼされた。
 もしも、クィーンがただの生き物であれば。それこそただの蟻であれば自分たちの生活を侵害することもなく静かに暮らせていただろう。兵器として作られた強さがゆえに彼らは滅びたのであった。
 その姿は自分に似ている、とリミアは思うのだ。人類の最大の敵であるヴァーディリスを滅ぼした自分は人類にとって用のない兵器なのではないかと。戦に取り残された兵器である自分は彼らと同じように誰かに迷惑をかけ、誰かに滅ぼされてしまうのではないか。そう思ってしまったのだ。

「そうですね。そういう意味では、私と彼らは同じですよ」

 静かにそう言い放ったアイラを、リミアは信じられない面持ちで見る。

「私はある目的のために作り出された兵器でした。目的も果たせず、今も別の世界で生き延びている私はある意味では彼らと同じなのですよ」

 全てをその力で制し、人々を正しき方向へ導き、世界を変える。そうした目的を持って生み出されたアイラは最終的に敗れ、結局目的を果たすことはできなかった。そして、それでもまだアイラは生きている。戦に取り残された兵器というならアイラとてそうなのだ。

「そんな…アイラは違うよ」

「ええ。違いますとも」

 首を横に振りながらアイラの言葉を否定しようとするリミアの言葉を、アイラは笑顔で肯定する。

「私は奴等とは違いますよ。もちろん姫も」

 そう言ってアイラはリミアの頭を撫で、そして続ける。

「私達には戦う意思があります。自らの意思で戦いを、そして生き方を選べるのです」

 世界を変えるという目的を失っても、アイラは今戦っている。愛しい姫を守るために。自分で戦う意思がある限りアイラは人間なのだ。

「私は…どうなんだろう?」

 リミアは表情を曇らせ、俯いて言う。自分は自分の意思で戦えているのだろうか。結局今もあのころ命ぜられた人類を守るため、という命令で戦っているだけではないのか。リミアは自分の意思がどこにあるのかよくわからない。

「ならば、姫は私が危機に晒されていても、命令なしでは助けてくれないのですか? もしくは命令があれば私を見捨てるのですか?」

「そんな…! 助けるよ、絶対! 何があっても!」

 少し意地悪な表情で言うアイラにリミアは必死の表情で言う。今のリミアにとってアイラがいない世界などはありえない。彼女が危機に晒されたのなら、たとえ何を犠牲にしてでも彼女を守ろうとするだろう。

「ならば、姫も自分の意思で戦える、ということですよ」

「うん…」

 アイラの言葉に頷き、リミアは少し照れくさそうに微笑む。それでいい、とアイラは思う。今まで死神と忌み嫌われ、兵器として扱われてきた姫がこうして自らの意思で戦えるようになっていることをアイラは嬉しく思う。そして、いずれは自らの意思で人生を決めて、戦うことをやめて幸せになってくれればいい。姫はまだ若いのだ。これからいくらでも人生を選択できる。

「ああ! いたいた! 姫、アイラ!」

 遠くから声がする。ここに来たアイラと同じく、両手のお盆に料理を満載したローザだ。

「何してんの、二人とも! 料理なくなっちゃうよ!」

 空気を読まない発言に思わずリミアは苦笑する。しかし、アイラは分かっていた。ローザはリミアの気持ちに決着がつくのを待っていたことを。

「大丈夫よ、貴女の分も合わせれば食べ切れないほどの量があるわ!」

 そう言ってアイラはベンチから立ち上がり、隣のベンチに置いた盆に近づく。そして、ワインの入った小樽を3つ手に取る。

「とりあえず、今日の勝利を祝いましょう姫。この町の館で暮らす家族3人で」

「うん!」

 アイラの言葉に応じて、リミアは立ち上がる。アイラの手から樽を受け取り、蓋を開けて中身を飲む。甘く、そして少し苦い味が口の中に広がる。いつも味わっているはずのワインは少しだけ印象の違う味で、そしていつもよりも早くリミアの体を熱くさせた。
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