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第3章:愛があれば何も怖くない
第3章:愛があれば何も怖くない(1)
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今日の戦場は静かで音一つない。そこはいつもと変わらぬ光景が広がっているかのように思えた。だが、ここには何かが潜んでいる。アイラの勘がそう告げていた。
生体センサー起動。周辺を探索。反応なし。目標は巧妙に姿を隠匿しているようだ。
こうなれば持久戦だ。アイラは耳を澄まし、じっと待つ。100m先でマッチ棒が落ちた音さえ聞きつける聴覚を全開にして。
獲物を手に待ち続ける。5分、10分、15分。
アイラの耳が異音を聞きつけた。微かなそれはぐぅー、という獣がうなるような音。
「そこぉ!」
音の主がとっさに逃げようとするがアイラの速度の前では到底逃げ切れない。アイラの手にした得物が閃き、目に見えぬ何かを打つ。
スパーン!! 小気味のいいハリセンの音が平時におけるアイラの戦場である台所に響き渡った。
「い、痛い…」
涙声でそう言いながら姿を現したのは、頭を両手で押さえてうずくまるリミアであった。『不可視インヴィジビリティ』で姿を隠していたのだろう。生体センサーの反応までジャミングできていたのは見事であったが、お腹の音を消しきれなかったのはまだまだ詰めが甘い。
「姫、摘み食いをしてはいけませんと何度も言っているではないですか」
アイラは呆れ半分怒り半分といった口調でリミアを叱る。リミアは以前から摘み食いの常習犯であり、彼女によって常備食が少なからぬ被害を受けていた。こと、最近は頻度が多い。少々我慢ならなくなってきたアイラは少しお灸をすえようと待ち構えていたのだ。
「うー、でもね、アイラ。お腹がすいてしょうがないの」
涙目でアイラの方を見て言い訳をするリミア。彼女としてもお腹は空くし、そもそも屋敷の食料は十分にあるのだから少しくらい食べてもいいではないか、と思うのだ。
「淑女は3時以外に間食をしないものです。お腹が多少空いても我慢してください」
アイラははっきりとした口調でリミアに言う。アイラとしてはなんとかリミアの摘み食い癖を直すしつけをしたいのだ。
幼少の頃、リミアはろくに正規の食事を摂れなかった。正規の食事の多くには毒が入っていたからだ。一度毒入りの食事を食べて死にそうになってからというもの、リミアは主に摘み食いで飢えを凌いで来たのであった。
現在はそんなことはなく、アイラやローザの作った正規の食事を嬉々として食べているのだが、それでも癖が抜けないのか時折こうして台所に忍び込むのだ。
「やってるねぇ、二人とも」
2階の掃除を終えたと思しきローザが台所に姿を見せる。手にひと齧りしたりんごを持って。
「ローザ、人が説教している端から摘まみ食いしないでくれない?」
「悪いけど、摘まみ食いじゃないし、私は淑女じゃないからね」
苛ついたアイラの声を軽く聞き流し、ローザはりんごを一かじりする。恐らくあのりんごは朝出かけた際に買うか貰うかしたのだろう。
リミアはそれをとても羨ましそうな様子で眺めている。主人から待てを命じられたら子犬が余所の犬の食事を眺めるかのようだ。
「アイラに叱られて可哀相な姫にも一個お裾分け♪」
そう言ってローザはポケットからもう一つりんごを取り出し、リミアに近づいてその手に押し付ける。
思わず受け取ってしまったリミアは、りんごとアイラとを何度も見比べて狼狽する。だが、アイラは渋い面持ちのまま何も言わない。
「え、えっとね、アイラ」
痺れを切らしたリミアがおずおずとアイラに言う。
「皇族たる者は家臣から物を献上された場合、それを断ったり無下に扱ったりするのは礼法に反することだと思うの」
「まあ、それはそうですね」
アイラは表情を変えないまま頷いた。リミアの言うことは皇族たる者の礼法の基本である。確かに正しい。
「いいでしょう。そのりんごは姫の御意思にお任せ致します」
アイラはまるで女神のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて言う。
それを許可の合図と見て取ったリミアは目を輝かせてりんごにかぶりついた。
むしゃむしゃむしゃ、もぐもぐもぐ、ごっくん。一生懸命にりんごを食べるリミアの姿はなんだか微笑ましい、とローザは思う。アイラも笑顔のままそれを見つめており、恐らく同じ考えなのだろうと察する。
同時にリミア付きのメイドになった日の事を思い出す。当時の姫は現在よりも更にやせ細っており、身体のあちこちに傷があった。目に入るあらゆる人間を恐れており、とても陰気な印象を受けた。長い銀色の髪と綺麗なドレスがなければとてもではないが皇族だとは思えなかっただろう。
ローザは誠心誠意姫に仕え、身を張って守ってきた。食事も食材の選定から調理まで自ら行った。その甲斐あって、出会ってから一年後にはかなりの程度の信頼を得ることが出来た。当時はよくベッドに忍び込まれたりもしたものだ。
そして、今は自分の他にアイラもいる。彼女と二人で姫の側にいれば、きっとこれからも笑顔でいてくれるに違いない。
「なお、糖分の過剰摂取は身体に良くないため、おやつは抜きにしますね」
りんごのほとんどを食べ終えたリミアにアイラは笑顔のままさらっという。それはリミアにとって最も残酷な言葉の一つだ。
「ええ!? ひ、ひどいよ、アイラ!!」
涙目でアイラに抗議するリミア。彼女としては許可が貰えたから食べたつもりなのに。一体何が悪かったのか解らない。
その様子を見たローザは苦笑いを浮かべて思う。リミアはりんごにそのままかぶりついている。町娘ではあるまいし、その場合は下僕であるアイラかローザにカットをさせるのが普通である。それを怠ったのを咎めたのだろう。
とはいえ、少々ローザも配慮は足りなかった。後でもう一つぐらいりんごを持って行くべきだろうか。でも、隠れて食べ物をあげるとアイラが怒りの矛先をこちらに向けてくるだろうし。実に悩ましい。
ある晴れた日の昼下がり、リミアの館はまだ平和であった。
生体センサー起動。周辺を探索。反応なし。目標は巧妙に姿を隠匿しているようだ。
こうなれば持久戦だ。アイラは耳を澄まし、じっと待つ。100m先でマッチ棒が落ちた音さえ聞きつける聴覚を全開にして。
獲物を手に待ち続ける。5分、10分、15分。
アイラの耳が異音を聞きつけた。微かなそれはぐぅー、という獣がうなるような音。
「そこぉ!」
音の主がとっさに逃げようとするがアイラの速度の前では到底逃げ切れない。アイラの手にした得物が閃き、目に見えぬ何かを打つ。
スパーン!! 小気味のいいハリセンの音が平時におけるアイラの戦場である台所に響き渡った。
「い、痛い…」
涙声でそう言いながら姿を現したのは、頭を両手で押さえてうずくまるリミアであった。『不可視インヴィジビリティ』で姿を隠していたのだろう。生体センサーの反応までジャミングできていたのは見事であったが、お腹の音を消しきれなかったのはまだまだ詰めが甘い。
「姫、摘み食いをしてはいけませんと何度も言っているではないですか」
アイラは呆れ半分怒り半分といった口調でリミアを叱る。リミアは以前から摘み食いの常習犯であり、彼女によって常備食が少なからぬ被害を受けていた。こと、最近は頻度が多い。少々我慢ならなくなってきたアイラは少しお灸をすえようと待ち構えていたのだ。
「うー、でもね、アイラ。お腹がすいてしょうがないの」
涙目でアイラの方を見て言い訳をするリミア。彼女としてもお腹は空くし、そもそも屋敷の食料は十分にあるのだから少しくらい食べてもいいではないか、と思うのだ。
「淑女は3時以外に間食をしないものです。お腹が多少空いても我慢してください」
アイラははっきりとした口調でリミアに言う。アイラとしてはなんとかリミアの摘み食い癖を直すしつけをしたいのだ。
幼少の頃、リミアはろくに正規の食事を摂れなかった。正規の食事の多くには毒が入っていたからだ。一度毒入りの食事を食べて死にそうになってからというもの、リミアは主に摘み食いで飢えを凌いで来たのであった。
現在はそんなことはなく、アイラやローザの作った正規の食事を嬉々として食べているのだが、それでも癖が抜けないのか時折こうして台所に忍び込むのだ。
「やってるねぇ、二人とも」
2階の掃除を終えたと思しきローザが台所に姿を見せる。手にひと齧りしたりんごを持って。
「ローザ、人が説教している端から摘まみ食いしないでくれない?」
「悪いけど、摘まみ食いじゃないし、私は淑女じゃないからね」
苛ついたアイラの声を軽く聞き流し、ローザはりんごを一かじりする。恐らくあのりんごは朝出かけた際に買うか貰うかしたのだろう。
リミアはそれをとても羨ましそうな様子で眺めている。主人から待てを命じられたら子犬が余所の犬の食事を眺めるかのようだ。
「アイラに叱られて可哀相な姫にも一個お裾分け♪」
そう言ってローザはポケットからもう一つりんごを取り出し、リミアに近づいてその手に押し付ける。
思わず受け取ってしまったリミアは、りんごとアイラとを何度も見比べて狼狽する。だが、アイラは渋い面持ちのまま何も言わない。
「え、えっとね、アイラ」
痺れを切らしたリミアがおずおずとアイラに言う。
「皇族たる者は家臣から物を献上された場合、それを断ったり無下に扱ったりするのは礼法に反することだと思うの」
「まあ、それはそうですね」
アイラは表情を変えないまま頷いた。リミアの言うことは皇族たる者の礼法の基本である。確かに正しい。
「いいでしょう。そのりんごは姫の御意思にお任せ致します」
アイラはまるで女神のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべて言う。
それを許可の合図と見て取ったリミアは目を輝かせてりんごにかぶりついた。
むしゃむしゃむしゃ、もぐもぐもぐ、ごっくん。一生懸命にりんごを食べるリミアの姿はなんだか微笑ましい、とローザは思う。アイラも笑顔のままそれを見つめており、恐らく同じ考えなのだろうと察する。
同時にリミア付きのメイドになった日の事を思い出す。当時の姫は現在よりも更にやせ細っており、身体のあちこちに傷があった。目に入るあらゆる人間を恐れており、とても陰気な印象を受けた。長い銀色の髪と綺麗なドレスがなければとてもではないが皇族だとは思えなかっただろう。
ローザは誠心誠意姫に仕え、身を張って守ってきた。食事も食材の選定から調理まで自ら行った。その甲斐あって、出会ってから一年後にはかなりの程度の信頼を得ることが出来た。当時はよくベッドに忍び込まれたりもしたものだ。
そして、今は自分の他にアイラもいる。彼女と二人で姫の側にいれば、きっとこれからも笑顔でいてくれるに違いない。
「なお、糖分の過剰摂取は身体に良くないため、おやつは抜きにしますね」
りんごのほとんどを食べ終えたリミアにアイラは笑顔のままさらっという。それはリミアにとって最も残酷な言葉の一つだ。
「ええ!? ひ、ひどいよ、アイラ!!」
涙目でアイラに抗議するリミア。彼女としては許可が貰えたから食べたつもりなのに。一体何が悪かったのか解らない。
その様子を見たローザは苦笑いを浮かべて思う。リミアはりんごにそのままかぶりついている。町娘ではあるまいし、その場合は下僕であるアイラかローザにカットをさせるのが普通である。それを怠ったのを咎めたのだろう。
とはいえ、少々ローザも配慮は足りなかった。後でもう一つぐらいりんごを持って行くべきだろうか。でも、隠れて食べ物をあげるとアイラが怒りの矛先をこちらに向けてくるだろうし。実に悩ましい。
ある晴れた日の昼下がり、リミアの館はまだ平和であった。
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