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研究者のオス/被毛と耳の研究

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 長いこと話し続け……、随分お喋りになってしまったなぁとフェリチェがはっとした時には、窓の外に朝陽が昇り始めていた。
 まさか夜通し話していたわけもなく、知らぬ間に眠ってしまっていたらしい。少し大きめのソファに移され、ひなたの香りがする毛布にご丁寧にくるまれていた。

(不覚だわ! わたくしったら、殿方のお宅で一夜を過ごしてしまうだなんて!)

 花も恥じらう乙女のフェリチェは、手早く身繕いをしてその場を片すと、イードの姿を探した。
 失礼をきちんと詫び、一宿一飯の恩義にはフェネットの姫らしく礼を尽くすつもりだ。

「おはよう。よく眠れた?」

 彼は既に起き出して、台所の水桶で洗い物をしていた。まるでフェリチェがいるのが当たり前のように、自然な振る舞いで語りかける。

「朝ご飯できてるよ。食べる?」
「……おう、かたじけない」

 伝えたいことはいろいろとあるのだが、フェリチェの拙い人族語では、思っていることが正しく言葉にならない。
 これでいいのか疑問を抱きながら、出された朝食はありがたくいただいた。
 真ん中に穴の空いた丸いパンを横一文字に半分に切ったところに、サーモンとレタス、タマネギのピクルスなんかが挟んである。

「フェネットはネギ属のものや香辛料は、食べても平気なのかな?」
「大丈夫だ、問題ない。それより、何だこのパンは……硬いが身がむっちりしていて、噛むほどに小麦の香りがして……美味い!」
「ベーグルだよ。街一番のパン屋でバゲットと並んで人気なんだ」
「ほう……初めて食べた。さすがは大国、パンの種類も豊富なのだな」

 ベーグルの歯応えもさることながら、挟まれた具材が織りなす味わいにもフェリチェは唸った。野菜のシャッキリ感に、ふっくらしたサーモンの脂がとろけてまろやかだ。所々、潜むように滑らかなクリームチーズが混ざっていて、ちょっとしたお宝発掘気分だった。

 ぺろりと平らげると、フェリチェは率先して皿の片付けに立ち上がる。

「馳走になった。宿代に足りるか分からんが、納めてくれ」

 片付けを終えて、財布を探ったフェリチェだが、いくら身をまさぐってもお目当てのものに手が触れない。床に置いた荷を開いても、どこにも財布が見当たらなかった。

「まさか、あの時──!」
「どうしたの?」
「昨日の下衆どもに財布をスられたかもしれん! どうしよう……父様にもらった大切な物だったのに……」

 気丈にこらえていたかったが、じわじわと目尻に熱いものが溜まってきて、フェリチェはその場にへたり込んでしまった。

「ふぇえ……」
「大丈夫? もし行くあてがないのなら、ここにいてもいいよ?」

 イードはフェリチェの隣に身を屈めて、ある提案をした。

「仕事なり住まいなり……、それこそ君が探すお婿さんでもいいよ。フェリチェが安定した生活を手にするまで、ここにいたらいいんじゃないかな。その間、俺にフェネットについていろいろ教えてくれたら、嬉しいんだけど。何しろ、フェネットと知り合ったのは初めてなんだ。知らないことは知りたい性分でね、俺は純粋に君に興味がある」
「だ、だがそれでは、お前にかかる負担と釣り合わないのではないか? そうだ、毛! フェリチェの毛を金にしよう」

 イードは微笑んで辞する。

「生憎、そんなに金には困ってないんだ。何より、俺にとって価値があるものは知識だからね。
どうかな? フェリチェは、ここはいや?」
「う……、お……お?」

 嫌だと答えても、「あ、そう」と素っ気ない相槌しか返ってこない予感がしたフェリチェは、何だかそれがとても面白くないことのように思えた。
 頼れる者のいない大きな街で、イードのような者と出会えたのは僥倖かもしれないと、提案に乗ることにした。

「か、勘違いするなよ。フェリチェはお前を信用したわけじゃないからな。その……なんだ。お、お前の飯が気に入っただけだ……」
「それはどうも」

 一宿一飯の恩義、を人族語で何と言ったらいいのかわからず、舌の上で滑った単語はほとんど本音に近い言葉だった。

「じゃあ……早速なんだけど、フェリチェ。君の研究を始めてもいいかな?」
「ん?」
「今日はその髪と耳、じっくり観察させて」

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