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研究者のオス/被毛と耳の研究
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「形状は垂直耳道、と。中は少し湿ってる」
「やっ……あ、ふにゃっ……も、もうやめ……」
「この湿り気は種族共通? それとも個人差かな。まあ検体不足は仕方ないか……」
そう言って、ようやくイードの手は離れた。
ほっとしたフェリチェだったが、酔ったわけでもないのに体がふにゃふにゃになってしまって、ソファから身を起こせない。息はすっかり上がってしまった。
「ありがとう、おかげで貴重なサンプルが取れたよ。……あれ? どうしたの、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ……。しかし、貴様……無害そうな顔をして、とんでもないことをしおって……。なんてオスだ……」
「何のこと? ……ああ、もしかして耳を触られて、おかしな気持ちになった?」
表情ひとつ変えずに、イードがそんなことを言うものだから、フェリチェは寧ろ辱めを受けている気分だ。
「そっ、そんなわけあるか! フェリチェは気高いフェネットの姫だぞ! 人間のオスに耳朶を弄ばれたくらいで、変な気など起こすものか!」
「……ふうん、フェネットも耳が快いと感じるのか。これも個体差?」
「おいっ、聞いていたか!?」
何か不名誉な結論を記されていそうだ。
「まったく……。フェリチェがここまでしたのだから、お前の図鑑とやらに、ちゃんと活かさんかったら許さぬぞ」
「フェネットに関する図鑑かあ。作るなら、もっとたくさん調べないと、ね?」
だから協力してくれと言わんばかりに、イードは微笑む。
これが世話になる代価である以上、仕方ないと思いながらも、気高いフェリチェは気丈に条件を提示した。
「今日のように触れる時は、事前にどこまで触れるかはっきり言え! でないとお触りは禁止だ!」
「事前に言ったら大丈夫? それなら次回は尻尾を調べたいんだけど。そうなると付け根周辺、まあつまり臀部……お尻だね。その辺りは確実に触るよ?」
「却下だ」
「言ったって駄目じゃない」
「場所によるに決まってるだろう! だから応相談なんだ!」
「まあ、君がそれでいいんなら構わないけど」
イードは実にあっさりとしている。残念がる様子もなく帳面に向き合って、初めに描いたフェリチェの頭部に、耳の断面図を描き足してメモ書きを添えていく。
されたことはともかくとして、走り書きの字の滑らかさに、フェリチェは思わず見惚れてしまった。
そうして眺めているうちに、だんだん息も落ち着いて、正気に戻ったフェリチェは耳と尾をぴんと立てさせた。
「そうか、わかったぞ!」
「わあ、びっくりしたぁ」
体を跳ね起こして、イードの本棚から図鑑を拝借した。名前や希少性、特徴、注意点などが一目でわかるのがこの書物の良さだとフェリチェは覚えた。
「決めたぞ、イード。フェリチェも図鑑を作る! 花婿の図鑑だ! フェリチェもオスを研究して、図鑑の中から最高の婿を選ぶんだ!」
「へえ、独創的で面白いね。君のためだけの図鑑だ。夢があっていいんじゃない」
「そうだろう! だからイード。フェリチェに字の書き方を教えてくれ。読めるけど書けないんだ」
「うんうん、いいよ。ついでに街も案内しようね。財布のことも自警団に相談して……」
フェリチェは感激して、イードを見直したことをつい口走る。
「イード、お前やっぱりいいオスだな」
「じゃあ、尻尾も調べさせてくれる?」
「却下だ」
こうしてフェリチェとイードの、奇妙な共同生活が幕を開けたのだった。
ーーーーーー
お読みくださり、ありがとうございます。
この物語は、こんな感じで……いやらしいことをしているつもりはないのに、そこはかとなくお色気に見えなくもない。
そんな、ちょっとニッチな展開があるラブコメです。
基本的にはほのぼのなキュンを。そして時々ドキッをお届けできたら……と思います。お楽しみいただけましたら幸いです。
「やっ……あ、ふにゃっ……も、もうやめ……」
「この湿り気は種族共通? それとも個人差かな。まあ検体不足は仕方ないか……」
そう言って、ようやくイードの手は離れた。
ほっとしたフェリチェだったが、酔ったわけでもないのに体がふにゃふにゃになってしまって、ソファから身を起こせない。息はすっかり上がってしまった。
「ありがとう、おかげで貴重なサンプルが取れたよ。……あれ? どうしたの、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ……。しかし、貴様……無害そうな顔をして、とんでもないことをしおって……。なんてオスだ……」
「何のこと? ……ああ、もしかして耳を触られて、おかしな気持ちになった?」
表情ひとつ変えずに、イードがそんなことを言うものだから、フェリチェは寧ろ辱めを受けている気分だ。
「そっ、そんなわけあるか! フェリチェは気高いフェネットの姫だぞ! 人間のオスに耳朶を弄ばれたくらいで、変な気など起こすものか!」
「……ふうん、フェネットも耳が快いと感じるのか。これも個体差?」
「おいっ、聞いていたか!?」
何か不名誉な結論を記されていそうだ。
「まったく……。フェリチェがここまでしたのだから、お前の図鑑とやらに、ちゃんと活かさんかったら許さぬぞ」
「フェネットに関する図鑑かあ。作るなら、もっとたくさん調べないと、ね?」
だから協力してくれと言わんばかりに、イードは微笑む。
これが世話になる代価である以上、仕方ないと思いながらも、気高いフェリチェは気丈に条件を提示した。
「今日のように触れる時は、事前にどこまで触れるかはっきり言え! でないとお触りは禁止だ!」
「事前に言ったら大丈夫? それなら次回は尻尾を調べたいんだけど。そうなると付け根周辺、まあつまり臀部……お尻だね。その辺りは確実に触るよ?」
「却下だ」
「言ったって駄目じゃない」
「場所によるに決まってるだろう! だから応相談なんだ!」
「まあ、君がそれでいいんなら構わないけど」
イードは実にあっさりとしている。残念がる様子もなく帳面に向き合って、初めに描いたフェリチェの頭部に、耳の断面図を描き足してメモ書きを添えていく。
されたことはともかくとして、走り書きの字の滑らかさに、フェリチェは思わず見惚れてしまった。
そうして眺めているうちに、だんだん息も落ち着いて、正気に戻ったフェリチェは耳と尾をぴんと立てさせた。
「そうか、わかったぞ!」
「わあ、びっくりしたぁ」
体を跳ね起こして、イードの本棚から図鑑を拝借した。名前や希少性、特徴、注意点などが一目でわかるのがこの書物の良さだとフェリチェは覚えた。
「決めたぞ、イード。フェリチェも図鑑を作る! 花婿の図鑑だ! フェリチェもオスを研究して、図鑑の中から最高の婿を選ぶんだ!」
「へえ、独創的で面白いね。君のためだけの図鑑だ。夢があっていいんじゃない」
「そうだろう! だからイード。フェリチェに字の書き方を教えてくれ。読めるけど書けないんだ」
「うんうん、いいよ。ついでに街も案内しようね。財布のことも自警団に相談して……」
フェリチェは感激して、イードを見直したことをつい口走る。
「イード、お前やっぱりいいオスだな」
「じゃあ、尻尾も調べさせてくれる?」
「却下だ」
こうしてフェリチェとイードの、奇妙な共同生活が幕を開けたのだった。
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お読みくださり、ありがとうございます。
この物語は、こんな感じで……いやらしいことをしているつもりはないのに、そこはかとなくお色気に見えなくもない。
そんな、ちょっとニッチな展開があるラブコメです。
基本的にはほのぼのなキュンを。そして時々ドキッをお届けできたら……と思います。お楽しみいただけましたら幸いです。
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