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ルタが来た!/研究の成果

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 外套を脱いだフェリチェは、パタパタと働き始めた。

「じゃあは、大きいのを運ぶのを手伝ってくれ」
「はい、ただいま」
「ルタは座って待っていろ」

 ひとが動いている時に、じっとしていられない性分のルタに、フェリチェは先手を打っておく。
 こっちだよ、と家主に勧められた席を辞すのも無粋だ。ルタは弁えて、椅子に腰を下ろした。

 数種類のハーブが入った水差しから注いだ、香り豊かな水を差し出して、イードは斜向かいに座る。

「あのね、ルタさん。一つ断っておきたいんだけど」

 彼の改まった様子に、ルタは身構える。

「経緯は追々話すとして、俺は普段、彼女をチェリと愛称で呼んでる。フェリチェ? フェリチェさん? フェリチェ姫? どう呼んだものか迷ったんだけどさ。気を付けてもポロッと出そうだし、取り繕っても仕方ないから、いつも通り呼んでもいいかな?」
「お嬢様が許されているのでしたら、俺から咎めることは何も……」
「そう、それなら気にせず呼ばせてもらうよ。あの子は、あなたがたの宝物だから、ほんの少し一緒にいただけの男に、軽々しく呼ばれるのは気持ちがいいことではないと思ってね。一応、俺でも気にはなったんだ」

 そう思うなら取り繕えばいいものを、先にできないと告げられていては、ルタもそれ以上何も言いようがない。馬鹿正直さに呆れるような、驚かされるような思いがした。

 変わった男だなと思いながら、ルタはイードの顔を改めて確かめようとした。
 さりげなく表情を盗み見たつもりだったが、どういうわけか視線がぶつかってしまい、ルタは少し焦った。
 慌てて目を逸らすも、イードの深緑の瞳は真っ直ぐルタに向けられたままだ。イードにしたら、いつも通りのだが、会ったばかりのルタは戸惑いを隠せない。

「……なにか?」
「本当に同じだ。チェリがルタさんを、どれほどよく見ていたかがわかるね」

 何の話かと訝しむルタのそばを、香ばしい香りを漂わせて、フェリチェが行き過ぎた。狭い外套から解放された、優美な尻尾はご機嫌に上向いている。

 その尻尾の先にイードの視線が流れたのを、ルタは見逃さなかった。つられて視線を追い、ルタが目にしたのは、蝶のようにひらりと翻るリボンだ。
 今朝も鏡越しに覗き込んできた夕焼け色が、フェリチェの背中を追いかけるように揺れている。

「お気に入りで、大切なんだって」

 ユーバインに来て、ひと月ほどのうちに手にした菓子についていたリボンを、今も大事に巻いているのは、その色が特別だからだと、イードの微笑みは優しい。

「綺麗な色だよね」

 思いがけず胸を熱くさせられて、ルタは表情を隠すように、グラスを呷る。頬は瞳より鮮やかな夕映えに染まっていた。


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