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第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?
教育係は理想高めのスパルタ男でした!? 3
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マナーに厳しい昼食の後、ほんの少し自由時間を得たエファリューは、中庭に出て、文字通り草の根を分けていた。
「確か、こういうところにあるのよねぇ……」
生垣の根元の、一際影が濃く、じっとりと土が濡れた辺りに、手を差し入れてごそごそやっていると、指の先に丸く小さな手触りを感じた。
「あった!」
指先で土を掻き、小さな石のようなものを摘み上げる。ちょっと大振りな黒真珠に似た、光沢のある黒い珠だ。
それを噴水で無遠慮に洗って土を落とすと、エファリューはぽいっと口に放り込んだ。飴玉のように、舌の上でころころと転がし、ほっと眉を落とした。
「あ゛~、沁みるぅ~……」
喉の奥から、太く汚い声を出してエファリューはその場に座り込んだ。
疲れを癒すためには、魔力で補うのも有効だ。自然の中には時折り、このように魔力が結晶化したものが眠っている。水の魔力なら水の中、風の魔力なら風の通り道に……といった具合だ。
闇の魔法が得意なエファリューにとって、闇を濃くした飴玉の味は格別だ。
たった半日で、使い慣れない筋肉……エファリューにとっては全身に至るまでが悲鳴を上げている。
「ぜぇーったいエメラダは、このしごきを苦にして逃げ出したんだわ」
「ははは、違いないかもしれんなぁ!」
背後の生垣ががさりと揺れ、厳つい体躯をした初老の男が現れた。
手桶に、土のついた園芸道具や鎌を入れて持っている。庭いじりをしていたと見受けられる装いだ。彼は自らを庭師のマックスと名乗り、エファリューに会釈をした。アルクェスと違って、無骨で無駄に動きの大きなお辞儀だ。
「アル先生の行儀への厳しさは、俺もびくびくしちまうよ。だが、残念ながらエメラダ様はお嬢さんと違って、根っからの姫様だ。アル先生が顔を真っ赤にしてお怒りになるなんて、とんと拝んだことがないなぁ」
がははと、マックスは大笑いだ。
それからやにわに噴水を振り返り、さっと手を翳した。すると、霧雨の如く降る水飛沫に虹が揺らめき、その中にエファリューの姿が映り込んだ。──いや、エファリューとよく似た、別の誰かだ。顔貌は瓜二つだが、柔らかで、儚げに微笑みかけてくる。
「この方が、エメラダ様だ。どうだ? 愛らしいだろう?」
マックスは「何の役にも立たない魔法だが」と、恥ずかしそうに首筋を掻いた。どうやらこれは、彼の記憶が見せる幻のようだ。
庭の薔薇を摘んで笑うエメラダは、無垢そのものだ。
「愛らしい……確かにね。この無邪気で天真爛漫な微笑みは、わたしに似ていなくもないわね。だけど、ちょっとちんちく……じゃない、まるで生まれたての小鹿ちゃんね。こんな幼い時の姿じゃなくて、もっと最近の記憶はないの?」
「これはつい先日のお姿だがなぁ」
「……ちょっと待って、エメラダって何歳なの?」
「十四歳におなりだったはずだ」
エファリューは虹の中の少女に、目を眇めた。確かに似ているが、この純真なだけの幼い姫と、艶やかな二十歳の自分とが、アルクェスの目には同じものに見えているということに驚きだった。
その隣でマックスは吹き出した。
「ははあん。お嬢さんにはエメラダ様が、自分より幼く見えているんだな?」
「当たり前じゃない。実際、ちん……幼いでしょ?」
「安心しろ。誰の目から見ても、そっくりだよ。……寧ろ、お嬢さんの方が姫様よりチビっこに見えるくらいだがな。がっはっはっは!!」
「んまぁっ、失礼ね!」
一頻り笑ってマックスが咳払いすると、虹の幻も消えた。少し離れた所で、アルクェスがエファリューを呼ぶ声がする。
「おっと、アル先生がご参上だ。身だしなみが……なんて言われたくはないから、俺は退散するよ」
手桶の中をガチャガチャ言わせながら、彼は生垣を越える。去り際に、垣根から顔を覗かせエファリューを振り返った。
「エメラダ様が生まれながらに、神女様として育てられたように……。アル先生も、生まれた時から神女様を育てる役目を背負ってきたんだ。エメラダ様がいなくなって、実は相当参ってるんじゃないかねぇ? お嬢さんを育てることで、何とか気を保ってるのかもしれないな。教え方は厳しいだろうが、何とか頑張って、先生を元気付けてやってくれ」
「真っ平ごめんだわ!」
これ以上、契約外の面倒は勘弁してほしいとエファリューは舌を出した。
そうこうしているうちに、アルクェスがやって来た。次は神学の講義だと言う。
「さ、行きましょう……ん!? また爪の中が真っ黒ではないですか! いったい何をやっていたんです! 講義の前にまずは手を洗いますよ。それから爪を整え直して、保湿のクリームを塗って……」
エファリューはうんざり顔を浮かべたが、抵抗虚しく、薄汚れた手を引かれて城の中へ連れ戻された。
「確か、こういうところにあるのよねぇ……」
生垣の根元の、一際影が濃く、じっとりと土が濡れた辺りに、手を差し入れてごそごそやっていると、指の先に丸く小さな手触りを感じた。
「あった!」
指先で土を掻き、小さな石のようなものを摘み上げる。ちょっと大振りな黒真珠に似た、光沢のある黒い珠だ。
それを噴水で無遠慮に洗って土を落とすと、エファリューはぽいっと口に放り込んだ。飴玉のように、舌の上でころころと転がし、ほっと眉を落とした。
「あ゛~、沁みるぅ~……」
喉の奥から、太く汚い声を出してエファリューはその場に座り込んだ。
疲れを癒すためには、魔力で補うのも有効だ。自然の中には時折り、このように魔力が結晶化したものが眠っている。水の魔力なら水の中、風の魔力なら風の通り道に……といった具合だ。
闇の魔法が得意なエファリューにとって、闇を濃くした飴玉の味は格別だ。
たった半日で、使い慣れない筋肉……エファリューにとっては全身に至るまでが悲鳴を上げている。
「ぜぇーったいエメラダは、このしごきを苦にして逃げ出したんだわ」
「ははは、違いないかもしれんなぁ!」
背後の生垣ががさりと揺れ、厳つい体躯をした初老の男が現れた。
手桶に、土のついた園芸道具や鎌を入れて持っている。庭いじりをしていたと見受けられる装いだ。彼は自らを庭師のマックスと名乗り、エファリューに会釈をした。アルクェスと違って、無骨で無駄に動きの大きなお辞儀だ。
「アル先生の行儀への厳しさは、俺もびくびくしちまうよ。だが、残念ながらエメラダ様はお嬢さんと違って、根っからの姫様だ。アル先生が顔を真っ赤にしてお怒りになるなんて、とんと拝んだことがないなぁ」
がははと、マックスは大笑いだ。
それからやにわに噴水を振り返り、さっと手を翳した。すると、霧雨の如く降る水飛沫に虹が揺らめき、その中にエファリューの姿が映り込んだ。──いや、エファリューとよく似た、別の誰かだ。顔貌は瓜二つだが、柔らかで、儚げに微笑みかけてくる。
「この方が、エメラダ様だ。どうだ? 愛らしいだろう?」
マックスは「何の役にも立たない魔法だが」と、恥ずかしそうに首筋を掻いた。どうやらこれは、彼の記憶が見せる幻のようだ。
庭の薔薇を摘んで笑うエメラダは、無垢そのものだ。
「愛らしい……確かにね。この無邪気で天真爛漫な微笑みは、わたしに似ていなくもないわね。だけど、ちょっとちんちく……じゃない、まるで生まれたての小鹿ちゃんね。こんな幼い時の姿じゃなくて、もっと最近の記憶はないの?」
「これはつい先日のお姿だがなぁ」
「……ちょっと待って、エメラダって何歳なの?」
「十四歳におなりだったはずだ」
エファリューは虹の中の少女に、目を眇めた。確かに似ているが、この純真なだけの幼い姫と、艶やかな二十歳の自分とが、アルクェスの目には同じものに見えているということに驚きだった。
その隣でマックスは吹き出した。
「ははあん。お嬢さんにはエメラダ様が、自分より幼く見えているんだな?」
「当たり前じゃない。実際、ちん……幼いでしょ?」
「安心しろ。誰の目から見ても、そっくりだよ。……寧ろ、お嬢さんの方が姫様よりチビっこに見えるくらいだがな。がっはっはっは!!」
「んまぁっ、失礼ね!」
一頻り笑ってマックスが咳払いすると、虹の幻も消えた。少し離れた所で、アルクェスがエファリューを呼ぶ声がする。
「おっと、アル先生がご参上だ。身だしなみが……なんて言われたくはないから、俺は退散するよ」
手桶の中をガチャガチャ言わせながら、彼は生垣を越える。去り際に、垣根から顔を覗かせエファリューを振り返った。
「エメラダ様が生まれながらに、神女様として育てられたように……。アル先生も、生まれた時から神女様を育てる役目を背負ってきたんだ。エメラダ様がいなくなって、実は相当参ってるんじゃないかねぇ? お嬢さんを育てることで、何とか気を保ってるのかもしれないな。教え方は厳しいだろうが、何とか頑張って、先生を元気付けてやってくれ」
「真っ平ごめんだわ!」
これ以上、契約外の面倒は勘弁してほしいとエファリューは舌を出した。
そうこうしているうちに、アルクェスがやって来た。次は神学の講義だと言う。
「さ、行きましょう……ん!? また爪の中が真っ黒ではないですか! いったい何をやっていたんです! 講義の前にまずは手を洗いますよ。それから爪を整え直して、保湿のクリームを塗って……」
エファリューはうんざり顔を浮かべたが、抵抗虚しく、薄汚れた手を引かれて城の中へ連れ戻された。
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