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第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?
六畳一間の平穏3
しおりを挟むエヴァの右腕で、王女の教育係であった宮廷魔導士に手を引かれ、戦禍の中を亡命し……忍び生きた。
いつの日か必ずや祖国を再興せよとの──背に負った翼の囁きを頼りに、血の滲むような修行にも堪えた。
機を見よ、急いてはならぬという師の言葉に応え、肉体の時間を捻じ曲げる呪いを己にかけた。
そして師は、最期の時に言ったのだ。
『エファリュー、わたしはお前を騙していた。あの日、絶望の淵に立ったお前に、生きる意味と力を与えるために、エヴァの遺志を利用したのだ。わたしが親心から望むのは、国の再興などではない。ただお前が穏やかに生きてくれることだけだ。随分と、平穏とは無縁の日々を送らせてしまったが、わたしの厳しい修行に堪えた姫だ。どんなところでも暮らしていけるだろう。エファリュー、今日まで本当によく頑張ったな……』
それから今日まで、祖国の名も忘れるほどの、悠久の時を生きた。
祖国の再興を諦め、師の望む平らかな暮らしを求めた。その間、師の真似をして、魔導師として人を育てた時期もあった。他にも薬師として貧しい人々を助けるなど、今とは比べ物にならないほど、エファリューは活動的だったのだ。
王族の誇りにかけて生き延びた彼女が得た、ただの人としての生き方は、新鮮で楽しかったのは間違いない。
しかし、それも初めのうちだけだ。己でかけた呪いを解く術がないエファリューに与えられた時間は、あまりに長大であった。
死を選ぶこともできないまま、飽きるほど穏やかな日々を送った結果──。
働きたくない、楽して暮らしたい、一攫千金のエファリューが生まれたのである。
「エヴァの子が、明日から神女様ですって」
朝陽を切り裂いて空から落ちた時も、アルクェスの申し出を聞いた時も、なんの因果かと思った。
翼が疼く。今なら、国を奪い返せるのではないかと。
軟膏の上に、新しい糊を重ねて、エファリューは嗤わずにいられない。
「知らないって、幸せね」
アルクェスがいかに優秀であろうと、彼女が生きた足跡をすべて辿るなど不可能だ。だから、エファリュー・グランのずぼらでぐうたらな二十年をスフェーンに見つけた後は、何の疑いも持たずにエヴァなんて呼べるのだ。
彼の信仰心と忠誠心に付け込むことに、痛む良心などエヴァの子は持ち合わせていない。
……が、それと等しく、本気で国家転覆を諮るほどの情熱も復讐心も、彼女の中には既に存在しない。糊が乾いて、寝間着を身につけ直した後は、改めて寝台にごろりとなった。
「神女のフリさえちゃんとできれば、夢のぐうたら生活が待っているのよ。手放すわけないじゃない! 不義理な娘でごめんなさいね、お父様、お母様。せめて師匠の願いだけは叶えて、ゆるゆると生きてみせるから、冥府とやらで見守っていてちょうだい」
濃い闇が揺蕩う屋根裏に、程なく寝息が立ち始めた。
両手を広げれば、隅から隅まで手が届くようなこの手狭な空間が、亡国の王女エファリューの城だ。
第一章 終
ーーーーーー
第二章から、いよいよ神女デビュー。全く真逆の存在のエファリューは無事にお務めを果たせるのか? 神女の目を通して垣間見る、エメラダの苦悩とは?
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
応援ありがとうございます!
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