上 下
21 / 104
第一章 闇魔女はスパルタ教師に囲われる!?

六畳一間の平穏3

しおりを挟む

 エヴァの右腕で、王女の教育係であった宮廷魔導士に手を引かれ、戦禍の中を亡命し……忍び生きた。
 いつの日か必ずや祖国を再興せよとの──背に負った翼の囁きを頼りに、血の滲むような修行にも堪えた。
 機を見よ、急いてはならぬという師の言葉に応え、肉体の時間を捻じ曲げる呪いを己にかけた。

 そして師は、最期の時に言ったのだ。

『エファリュー、わたしはお前を騙していた。あの日、絶望の淵に立ったお前に、生きる意味と力を与えるために、エヴァの遺志を利用したのだ。わたしが親心から望むのは、国の再興などではない。ただお前が穏やかに生きてくれることだけだ。随分と、平穏とは無縁の日々を送らせてしまったが、わたしの厳しい修行に堪えた姫だ。どんなところでも暮らしていけるだろう。エファリュー、今日まで本当によく頑張ったな……』

 それから今日まで、祖国の名も忘れるほどの、悠久の時を生きた。
 祖国の再興を諦め、師の望む平らかな暮らしを求めた。その間、師の真似をして、魔導師として人を育てた時期もあった。他にも薬師として貧しい人々を助けるなど、今とは比べ物にならないほど、エファリューは活動的だったのだ。
 王族の誇りにかけて生き延びた彼女が得た、ただの人としての生き方は、新鮮で楽しかったのは間違いない。
 しかし、それも初めのうちだけだ。己でかけた呪いを解く術がないエファリューに与えられた時間は、あまりに長大であった。
 死を選ぶこともできないまま、飽きるほど穏やかな日々を送った結果──。

 働きたくない、楽して暮らしたい、一攫千金のエファリューが生まれたのである。

「エヴァの子が、明日から神女様ですって」

 朝陽を切り裂いて空から落ちた時も、アルクェスの申し出を聞いた時も、なんの因果かと思った。
 翼が疼く。今なら、国を奪い返せるのではないかと。
 軟膏の上に、新しい糊を重ねて、エファリューは嗤わずにいられない。

「知らないって、幸せね」

 アルクェスがいかに優秀であろうと、彼女が生きた足跡をすべて辿るなど不可能だ。だから、エファリュー・グランのずぼらでぐうたらな二十年をスフェーンに見つけた後は、何の疑いも持たずになんて呼べるのだ。
 彼の信仰心と忠誠心に付け込むことに、痛む良心などエヴァの子は持ち合わせていない。

 ……が、それと等しく、本気で国家転覆を諮るほどの情熱も復讐心も、彼女の中には既に存在しない。糊が乾いて、寝間着を身につけ直した後は、改めて寝台にごろりとなった。

「神女のフリさえちゃんとできれば、夢のぐうたら生活が待っているのよ。手放すわけないじゃない! 不義理な娘でごめんなさいね、お父様、お母様。せめて師匠の願いだけは叶えて、ゆるゆると生きてみせるから、冥府とやらで見守っていてちょうだい」

 濃い闇が揺蕩う屋根裏に、程なく寝息が立ち始めた。
 両手を広げれば、隅から隅まで手が届くようなこの手狭な空間が、亡国の王女エファリューの城だ。













第一章 終


ーーーーーー

第二章から、いよいよ神女デビュー。全く真逆の存在のエファリューは無事にお務めを果たせるのか? 神女の目を通して垣間見る、エメラダの苦悩とは?
引き続きお楽しみいただければ幸いです。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の旦那さま(予定)

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:44

王太子殿下にお譲りします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:441

妖精姫は想われたい~兄たちが過保護すぎて困ります

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:57

近すぎて見えない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:442

妹ばかり見ている婚約者はもういりません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:50,846pt お気に入り:6,769

私の幸せはどこーーー!!

as
恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:113

不器用なカーマイン~雛鳥の恋~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

処理中です...