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第三章 エヴァの置き土産

孤狼の爪痕2

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 カメオに込められた呪力とエファリューの魔力が混じり合うと、様々な光景が断片的にエファリューの視覚に流れ込んできた。
 それは呪詛を作り上げる、死者の記憶だ。

 戦場を狼が群れをなして、駆けている。軍馬と同じく、人の手で統率された群れだ。仲間が次々に斃れていく中、この狼は最後の一頭になるまで戦い抜いた個体だった。最期は発破に巻き込まれ、生き埋めになって生涯を閉じたところまで、記憶はエファリューに語りかけた。
 今も、指揮官の命に従い、戦っているというのだろうか。この戦のない時代に──何と戦い、何を望むというのか。

 糸を解いてやれたなら、その思いを受け止めてやれたかもしれない。エファリューは苦々しく思いながら、渾身の力でカメオから狼を引き剥がした。
 すると女性の身体を侵食していた闇も、孤狼の尾となり剥がれ落ちる。痛みから解放され、女は気を失ったようだ。浅く上下する腹の上に、闇に呑まれ、見えなくなっていた左手の存在を確認できた。

〈苦しかったのでしょうけれど、ちょっとおいたが過ぎるわね。さあ、ワンちゃん。神女様直々に躾けてあげましょうか〉

 思念石に言葉を拾われないよう気をつけながら、エファリューは呪いに語りかける。どこぞの教育係さながらの強気な姿勢だ。
 死者の念が形を持っただけの術式に、人を呪うこと以外に意志があるわけでもない。だが狼は、エファリューの呼び掛けに言葉を以って返してきた。

〈ユルサヌ…………エ、ヴァ……の〉
〈エヴァ──? エヴァですって? あなたは……〉

 驚いた一瞬の隙に、狼の形をした闇はエファリューに飛び掛かってきた。
 どこもかしこも黒いのに、大きく開いた口の中に、ぎらりと光る牙が見えるようだ。

 噛み付かれたら、呪い返しを受けてしまう──!

 エファリューは咄嗟に腕を突き出したが、呪いの糸を手放すわけにもいかず、後退りする他、抵抗の術がなかった。
 焦りは隙を生み、冷静な判断力を奪う。今度は冗談ではなく、本当にヒールを引っ掛けて転びそうになってしまった。
 狼の牙はもう目の前に迫っているというのに、体勢も立て直せないし、呪いを捩じ伏せる力も足りない。

 無力に目を瞑るエファリューに、影は容赦なく覆い被さった。

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