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第三章 エヴァの置き土産

呪いの形

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 卓に鎮座するのは、手にした者を死に至らしめる呪いの原石。そうとして見れば、なりを顰める黒い塊から、おどろおどろしい気配が放たれたようで、オットーは身を固くした。

『何か感じますか?』
『いいえ、静かなものよ。封印のおかげで、眠っているのかしら』

 エファリューは何気なく、石に手を伸ばした。
 危険はちっとも感じなかったのだが、触れた途端に、渇いた音を立てて、原石は真っ二つに割れた。

 見る間に、濃淡が煙る白黒の縞模様の断面から、靄が立ち上る。一瞬の内に黒い靄で覆われた室内に、土臭いにおいが充満した。
 薄闇の中で、馬の尾のようにしなる濃い影が、オットーとアルクェスに絡みつこうとしているのが見え、エファリューは指先で大きく十字を切った。
 太刀を受けたように、影の触手は断ち切られる。血に代わり、ぼとぼとと濃い闇を落とし、鎌首をもたげるようにエファリューに向き直った。
 影は鞭のようにしなって、床を打ち据えた。地震でも起きたかのように、足元がぐらつき、三人は立っていられず、手当たり次第その辺のものに掴まって体勢を保つのに必死だ。
 馬の蹄といななきが耳元を駆け巡る。その中で微かだが、影の方から重々しい男の声が聞こえた。

〈浅ましき小娘〉
〈小娘に与する愚か者ども〉
〈許さぬ〉

 狼と同じだ──とエファリューは直感した。声こそ違うが、同じ怨みで肌を刺してくる。そしてどうやら、今回はアルクェスたちにもその声が聞こえているらしい。きょろきょろとしているが、全く見当違いな所を見ている。影は目の前で、二人に襲い掛かろうとしているというのに。

〈おやめ。あなたはわたしだけ見ていればいいの〉

 ぐらつく床を踏みしめて立ち上がる。闇の中で、神女の白いドレスが幽鬼のように翻った。

〈小癪な娘──!〉

 はためく白布を的に、影は彗星の如く、飛び込んできた。エファリューはヒールを軸に半回転でひらりとかわし、返す手で彗星の尾を握る。影はこれまでの呪いと違って、氷のように冷たかった。冷たすぎて、灼けるようだ。
 手元から酷いにおいが鼻腔を突き刺した。腐り、爛れた肉が剥がれ落ちる幻か脳をかすめ、恐ろしさに手を離しかける。
 まやかしだ──! エファリューは気を強く持ち、ぎゅっと強く手を握り直した。すると影が苦しげに呻いた。

〈許さぬ……我が主に仇なす女……奪わせぬぞ〉

 手の中で呪力が膨れ上がる。負けじとエファリューも、一つ一つ糸を解いては、解き放たれる魔力を吸い上げた。だんだんと影の声が弱々しくなっていく。

〈……ここは……ァの地だ〉

 足元の揺れも治まりつつある。疾走する蹄の音は遠くなり、ゆるやかに闊歩する馬上の揺れを思わせた。
 すると影の薄れゆく声が、エファリューの記憶を揺さぶって、懐かしい面影が薄闇に像を成す。

〈我が主──エヴァ……〉

 声は八百年の時を巻き戻し、エファリューを戦火の中へと連れ戻した──。

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