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第四章 過去を抱いて、未来を掴む
エメラダの告白
しおりを挟むまず、と神女が語ることには──。
恋しい人と二人で生きたい、探さないでほしい……という内容の置き手紙に、偽りは記していないという。
「あれはわたくしの独りよがりな願望で、フェイは一度だって、生き物を見つめる以上の眼差しをくれたことはございません」
珊瑚色に染まった頬を隠そうと俯くエメラダは、恋を知ったばかりのうぶな少女だ。恋仲ではないが懸想している事実をどう受け止めているのか、アルクェスは遠くを見ている。
「夜には戻るつもりで、城を抜け出しました。ちょっとだけ、皆を困らせてやろうという……八つ当たりだったのです」
他人を貶めようなどという考えとは無縁に育てた、慈悲深い神女の口から出た幼い言葉にアルクェスは目を丸くする。予想はついていたのだろう。エメラダは微苦笑で続けた。
「わたくしは、第一王女に生まれたことに誇りを抱いておりました。アルの創り上げようとした神女像は、わたくしにとっても理想の姿。努力した分だけ皆の期待に応えられることは、喜びでした」
「えっ、嘘でしょ。アルの狂信ぶりは問題じゃないの?」
「失礼な。お黙りなさい。さあ、エメラダ様、続きをどうぞ」
心境に変化が訪れたのは、初潮を迎えた頃だとわずかに恥じらう様子でエメラダは語る。
蝶よ花よと育てられてきたエメラダにしてみたら、血の穢れを伴う身体の変化は恐怖を感じるほどに衝撃的で、侍女たちに教えを乞うて回ったのだという。
「存じませんでした……」
「当たり前よ。花も恥じらう乙女が、貴方に聞けるはずがないでしょ」
神官仕込みの霞のかかった教えでは、月の障りとぼやかされていたそれが性成熟の証であり、自分にも子をなせる身体が与えられていることを知ったエメラダはひどく驚いたそうだ。
「当然と言えば当然でありながら、わたくしもヒトであるのだと、忘れていたのか考えていなかったのか……あの日、世界が一変したように感じました」
その頃から、跪く信徒と神女のどこに違いがあるのだろうかと思い始めていたという。
そうして眺めるうちに、人々の暮らしに憧れを抱くようになったという。神女というものが、身体の作りからヒトと違っていたのなら、諦めもついただろうとエメラダは語る。
何不自由ない生活を約束された第一王女ゆえに、同じヒトでありながら、彼女の人生に彼女が用意できる選択肢は存在しなかった。
「仕方のないことと諦めて、神女様らしくいようと誓ったのです。ですが、ただ祭壇に据え置かれただけの、人形のようなわたくしに頭を下げる人々を見る度に、心が沈むようでした」
せめて、癒し手としての力を信者たちに施すことができたならと、オットーに訴えたこともあるという。もちろん許されはせず、エメラダはますます憂鬱を深めていった。
「わたくしは何もしなくていいのではなく、何もしてはいけないのだと、与えられた座が窮屈に感じるようになってしまったのです」
神女である限り無為に祭壇に座り続け、時に派閥争いの火種にされ、座を退いてからはひっそり一生を終えるのを待つ──人生の意味をエメラダは見失っていた。
そんな時に、小鳥を救ったことでエメラダの心は息を吹き返した。
「わたくしにもできることはあると、あのひとは教えてくださったのです」
「それでも満足できずに、城を飛び出したのはどうして?」
「それは……その……優しいけれど、神女としてのエメラダしか見ようとしないアルや皆に腹が立って」
そこであの置き手紙に繋がるのだと、非常に歯切れ悪くエメラダは言う。
「ごめんなさい、アル。本当に愚かな癇癪だったのです。ちょっと遠乗りに出て帰ってくるつもりだったの。フェイはわたくしが引かないから仕方なく、従ってくれただけで」
「ではなぜ、ファン・ネルに?」
「はい、実は……」
城を抜け出す際に、エメラダは光に隠れる目眩しの術を使った。しかしそれはほとんど初めて使う魔法で、安定しなかったという。
「猛烈な光が弾けて、わたくしたちは気付いたら、山深い森の中にいたのです」
「まあ、すごい。わたしだって使うのが恐ろしい転移術だわ。下手したら狭間に落ち込んで出てこられなくなるのに、よく無事だったわね」
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