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39 最初の聖女
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彼女が生を受けたのは、二千年よりもっと前の、西方世界の黎明のころだ。
物心ついた時には、彼女は流暢にその世界の言葉を話し、文字の読み書きができて、計算にも長けていたという。一度耳にした話は忘れることがなく、一度読んだものはたちまち理解して己が知識とした。
だけでなく、彼女には不思議な力があった。
祈るだけで草花は生い茂り、麦の穂は高く伸びた。枯れた井戸や泉には水が湧き出し、怪我人の傷は癒え、病人はたちどころに回復した。
そんな彼女を最初に『聖女』と呼んだのは、誰あろう、彼女の父だった。
彼女の父は、当時小さな部族がいくつも乱立するこの世界で唯一の国アルベヒライカの王だった。
アルベヒライカは、彼女の父である王の祖父――つまりは、二代前の王がいくつかの部族をまとめて作った国で、この当時はまだ今に較べるとはるかに小さな国だった。
けれど、建国王たる祖父によく似ているといわれた王は、いまだ三十前と若く、周辺の部族を併合して国を大きくすることに情熱を注いでいた。
そんな彼が、娘である彼女の前で膝を折り、言ったのだ。
「聖女よ。そなたの祈りの力で我が国を守り、我が国に実りをもたらしたまえ。そして、この西方世界に平和と豊かさをもたらしたまえ」
「はい、お父様。お父様がそうお望みならば、わたくしは、そのために祈りましょう」
彼女は、父の言葉にうなずいたのだった。
聡明な彼女は、自分が一度死んでよみがえった者であることを知っていた。
彼女が生まれて間もなく亡くなった母の遺品の中にあった、母の日記がそのおおまかなところを教えてくれていた。
彼女の母は、アルベヒライカの者ではなく、隣接する地に領土を構える部族の姫だった。だが、アルベヒライカに恭順の意を示すため、王の妻とされたのだった。
日記によれば、最初は不安な思いで王に嫁いだ母はしかし、王に出会って恋に落ちる。王の方でも同じ気持ちだったのか、彼は姫を正妃とし、二人はとても仲睦まじかったという。
とはいえ、二人の仲が偽りだと思う者はいて、中でも姫に従い隣の部族からやって来た者の中には、王やアルベヒライカの者を激しく憎んでいる者もいた。
そんな中の一人が、赤ん坊だった彼女に毒を盛った。
彼女はその毒で死に、土の下に埋められた。
にも関わらず、よみがえり成長しているのは、王が『賢者』と呼ぶ老人のおかげだった。
賢者は死んだ赤子の彼女を、よみがえらせた。
彼女の中に、他の人間にはない器官を植え付けることによって。
その器官を賢者は『魔力器官』と呼んでいた。
この当時、世界は東の果ての崖と峡谷で終わっており、その向こうには人の住む世界はないとされていた。けれども賢者はその峡谷の向こうの世界から訪れて、この世界の者たちの知らない、さまざまな知識と力を得ていたのだという。
彼女は祖国のために祈ると共に、父との約束を守るため、さまざまな計画を考え、工夫を凝らした。
そんな彼女に賢者も協力を惜しまず、父王の熱意もあって、アルベヒライカは次第に大きな国となっていった。
ただその間に、少しばかり彼女が思ってもいないことが起きた。
それは、彼女の成長が止まったことだった。
成人を過ぎたころから、彼女は髪や爪が伸びなくなったことに気づいた。
周囲がそれに気づいたのは、いつのことだろうか。
彼女のあとに生まれた弟妹たちが、成人を迎えるころか。
当初は「男と女では成長の度合いが違うから」などと言っていた者たちも、彼女の妹が成人を過ぎて女性らしい外見となるころには、「これはいったいどうしたことか」と驚きの目を見かわすようになっていた。
もっとも父王はそれに対して「これぞ彼女が聖女である証だ」と喜び、更に彼女を恭しく扱うようになっていったのだけれども。
そんな中、王は賢者に一つの頼み事をする。
「聖女である娘のために、あれを助けることのできる女たちを生み出してはくれまいか」
それはつまり、彼女と同じような能力を持ち、彼女を助けることのできる者を、彼女の傍にほしいということだった。
賢者はそれを引き受け、王は彼のために幾人かの生まれて間もない、だが体が弱くて今にも死にそうな赤子を集めて差し出した。
賢者はこの赤子らに彼女と同じく魔力器官を植え付け、王の元へと送り返した。
王はこれらの子らも『聖女』とし、娘の側近たちに世話をさせた。そして成長したのち、その聖女たちは全員が、彼女に従う忠実な助け手となったのである。
彼女は聖女たちの助けと父王の庇護のもと、国を豊かにすることに邁進した。
国中に道を整備し、交通の便を良くすると共に、誰もが安全に旅することのできる状態を作った。
その間に、アルベヒライカの周囲にも、次第にいくつかの国々が建国されていった。
彼女は父に、それらの国と同盟を結ぶことを勧め、父王もまたその言葉に従って周囲の国々と良好な関係を築いていった。
やがて父が亡くなり、弟たちの一人が王位に就くころには、アルベヒライカはそれらの国々の中心的な役割を担うようになっていた。
彼女は弟王や聖女たちと共に近隣の国々を巻き込み、更にこの世界全体を豊かで安全な美しい場所にすることに力を入れた。
こうして国々と、国に属さない部族や小さな町や村たちをつなぐ街道が、西方世界の端から端まで広がっていった。
そして同時に。彼女を助けるために生み出された聖女たちは、周辺の国々を支えるために、それぞれ別々の国へと旅立っていくこととなった。
その聖女たちに、彼女は餞として言葉を贈る。
「それぞれの国に赴き、おちついたあとは、国の豊かさを祈ると共に、伴侶を見つけ、子を持つがよい。その子らの中に、かならずや汝らと同じ、聖女の力を持つ者がおるはずじゃ。その者を次の聖女とし、しっかり教育せよ」
それは、そのころにはすでに死して亡い賢者が彼女に昔教えてくれたことの一つだった。
成長の止まってしまった彼女と違い、ゆるやかではあるが成長している聖女たちは、子を持つこともできるだろう。そして、その子たちの中には、聖女と同じ能力――すなわち魔力器官を持つ者もいるだろうと。
賢者と、彼女の父――アルベヒライカの先王はかつて、同じ一つの夢を持っていた。
自分のいる世界全体を、豊かで実り多く、安全で美しい場所にすることだ。
賢者はその夢のために、もといた東方の世界でさまざまな研究をしていたそうだ。ただ、その研究はその世界では誰にも理解されず、邪道とされて追い出された。
失意のままに西方世界にやって来た賢者は、娘を毒殺されて失意のどん底にあったアルベヒライカの先王と出会ったのだ。
賢者は己の持つ力でもって、死んだはずの赤子をよみがえらせ、それによって先王もまた生きる希望を持った。
そしてそこから、彼らの夢もまた出会い、動き出すに至ったのである。
そうやって、聖女たちが西方世界の各国に散って、数十年後。
彼女は自分がけして、不老不死ではなかったことを知る。
成人して間もなく成長が止まった彼女は、長らく十五、六歳の外見だったけれど、ある時から背が伸びて、二十歳前後の姿となった。同時にそれまで黒かった髪は白くなり、同じく黒かった瞳は白に近い銀色と化した。
(わたくしの命は、そろそろ終わるのじゃな)
その変化に、彼女はそう察した。
それもまた、かつて賢者から聞かされていたことだったからだ。
「そなたはきっとその姿のまま、私やそなたの父よりも……いや、もしかしたら、そなたの弟妹やその子や孫よりも、長く生きることになるだろう。だが、その姿が変化した時には、気をつけるがよい。それは、そなたの命が尽きる知らせのようなものだからな」
賢者はかつて、そう言った。
彼女はそんな賢者の言葉を、忘れてはいなかったのだ。
そこで彼女は、旅に出た。
各国を巡り、それぞれの国の聖女たちと会うためだ。
一番に会ったのは、かつて母の出身地だった部族が建国した隣国の聖女だ。
この聖女には三人の娘がいて、二番目が次の聖女になることが決まっていた。三番目はようやく物心ついたばかりの幼児だったが、彼女はこの娘を養女にする約束を交わした。
それからは国々を回り、最後に再び隣国に戻って養女を引き取り、彼女はアルベヒライカへと戻った。
彼女が国に戻った翌年、王だった弟が亡くなり、成人間もないその孫が王位に就いた。
彼女は宰相をはじめとする大臣らと共に、年若い王を助け、同時に養女を次の聖女となれるよう教育した。
そして更に数年が過ぎ、養女が成人を迎えるころに、彼女の肉体は滅んだ。
そう、肉体は滅んだ。
けれども、どういう了見なのか。
彼女の魂は、健在だった。
西方世界の人々が信じているように、肉体と共に消滅することもなく、ただ誰の目にも見えなくなっただけだった。
普段の彼女は、世界のはざまのような場所で過ごしている。父やすでに死んでしまっているはずの聖女たち、弟や妹たちもそこにいて、時々会って話したりすることができた。
母や賢者とは一度も会ったことがないので、彼らは別の場所にいるのかもしれない。
ともあれ。魂だけとなった彼女は、時おりこちらの世界を覗いては、夢を通じて肉体を持つ者たちに語りかける。
そんな日々の中、彼女は知った。
西方世界の東端の国エーリカから、聖女が完全に失われようとしていることを。そしてそれによって、エーリカが滅んで行こうとしていることを。
(聖女システムのデメリットが、大きく響いた結果じゃの。……これはこれで、どうにかせねばならぬが、その前にまずは、エーリカの滅びを止めねばならぬ)
胸に呟き、彼女はすぐに行動を起こす。
夢を通じて元聖女を動かし、王に実情を認識させ……敵を排除する。
(ふむ。……聖女たちにも、いくばくかは魔法を教えるべきか? この元聖女であれば、それもできようが……)
とりあえず、生きた人間たちに事態の収拾を任せてから、彼女は考える。
おそらく、敵の排除は元聖女に魔法の知識がなければ、できなかったことだ。
(……まあよい。今は、エーリカが命を吹き返すのを見るのが先ぞ)
彼女は自分で自分に言い聞かせ、本来の居場所へと戻って行った。
物心ついた時には、彼女は流暢にその世界の言葉を話し、文字の読み書きができて、計算にも長けていたという。一度耳にした話は忘れることがなく、一度読んだものはたちまち理解して己が知識とした。
だけでなく、彼女には不思議な力があった。
祈るだけで草花は生い茂り、麦の穂は高く伸びた。枯れた井戸や泉には水が湧き出し、怪我人の傷は癒え、病人はたちどころに回復した。
そんな彼女を最初に『聖女』と呼んだのは、誰あろう、彼女の父だった。
彼女の父は、当時小さな部族がいくつも乱立するこの世界で唯一の国アルベヒライカの王だった。
アルベヒライカは、彼女の父である王の祖父――つまりは、二代前の王がいくつかの部族をまとめて作った国で、この当時はまだ今に較べるとはるかに小さな国だった。
けれど、建国王たる祖父によく似ているといわれた王は、いまだ三十前と若く、周辺の部族を併合して国を大きくすることに情熱を注いでいた。
そんな彼が、娘である彼女の前で膝を折り、言ったのだ。
「聖女よ。そなたの祈りの力で我が国を守り、我が国に実りをもたらしたまえ。そして、この西方世界に平和と豊かさをもたらしたまえ」
「はい、お父様。お父様がそうお望みならば、わたくしは、そのために祈りましょう」
彼女は、父の言葉にうなずいたのだった。
聡明な彼女は、自分が一度死んでよみがえった者であることを知っていた。
彼女が生まれて間もなく亡くなった母の遺品の中にあった、母の日記がそのおおまかなところを教えてくれていた。
彼女の母は、アルベヒライカの者ではなく、隣接する地に領土を構える部族の姫だった。だが、アルベヒライカに恭順の意を示すため、王の妻とされたのだった。
日記によれば、最初は不安な思いで王に嫁いだ母はしかし、王に出会って恋に落ちる。王の方でも同じ気持ちだったのか、彼は姫を正妃とし、二人はとても仲睦まじかったという。
とはいえ、二人の仲が偽りだと思う者はいて、中でも姫に従い隣の部族からやって来た者の中には、王やアルベヒライカの者を激しく憎んでいる者もいた。
そんな中の一人が、赤ん坊だった彼女に毒を盛った。
彼女はその毒で死に、土の下に埋められた。
にも関わらず、よみがえり成長しているのは、王が『賢者』と呼ぶ老人のおかげだった。
賢者は死んだ赤子の彼女を、よみがえらせた。
彼女の中に、他の人間にはない器官を植え付けることによって。
その器官を賢者は『魔力器官』と呼んでいた。
この当時、世界は東の果ての崖と峡谷で終わっており、その向こうには人の住む世界はないとされていた。けれども賢者はその峡谷の向こうの世界から訪れて、この世界の者たちの知らない、さまざまな知識と力を得ていたのだという。
彼女は祖国のために祈ると共に、父との約束を守るため、さまざまな計画を考え、工夫を凝らした。
そんな彼女に賢者も協力を惜しまず、父王の熱意もあって、アルベヒライカは次第に大きな国となっていった。
ただその間に、少しばかり彼女が思ってもいないことが起きた。
それは、彼女の成長が止まったことだった。
成人を過ぎたころから、彼女は髪や爪が伸びなくなったことに気づいた。
周囲がそれに気づいたのは、いつのことだろうか。
彼女のあとに生まれた弟妹たちが、成人を迎えるころか。
当初は「男と女では成長の度合いが違うから」などと言っていた者たちも、彼女の妹が成人を過ぎて女性らしい外見となるころには、「これはいったいどうしたことか」と驚きの目を見かわすようになっていた。
もっとも父王はそれに対して「これぞ彼女が聖女である証だ」と喜び、更に彼女を恭しく扱うようになっていったのだけれども。
そんな中、王は賢者に一つの頼み事をする。
「聖女である娘のために、あれを助けることのできる女たちを生み出してはくれまいか」
それはつまり、彼女と同じような能力を持ち、彼女を助けることのできる者を、彼女の傍にほしいということだった。
賢者はそれを引き受け、王は彼のために幾人かの生まれて間もない、だが体が弱くて今にも死にそうな赤子を集めて差し出した。
賢者はこの赤子らに彼女と同じく魔力器官を植え付け、王の元へと送り返した。
王はこれらの子らも『聖女』とし、娘の側近たちに世話をさせた。そして成長したのち、その聖女たちは全員が、彼女に従う忠実な助け手となったのである。
彼女は聖女たちの助けと父王の庇護のもと、国を豊かにすることに邁進した。
国中に道を整備し、交通の便を良くすると共に、誰もが安全に旅することのできる状態を作った。
その間に、アルベヒライカの周囲にも、次第にいくつかの国々が建国されていった。
彼女は父に、それらの国と同盟を結ぶことを勧め、父王もまたその言葉に従って周囲の国々と良好な関係を築いていった。
やがて父が亡くなり、弟たちの一人が王位に就くころには、アルベヒライカはそれらの国々の中心的な役割を担うようになっていた。
彼女は弟王や聖女たちと共に近隣の国々を巻き込み、更にこの世界全体を豊かで安全な美しい場所にすることに力を入れた。
こうして国々と、国に属さない部族や小さな町や村たちをつなぐ街道が、西方世界の端から端まで広がっていった。
そして同時に。彼女を助けるために生み出された聖女たちは、周辺の国々を支えるために、それぞれ別々の国へと旅立っていくこととなった。
その聖女たちに、彼女は餞として言葉を贈る。
「それぞれの国に赴き、おちついたあとは、国の豊かさを祈ると共に、伴侶を見つけ、子を持つがよい。その子らの中に、かならずや汝らと同じ、聖女の力を持つ者がおるはずじゃ。その者を次の聖女とし、しっかり教育せよ」
それは、そのころにはすでに死して亡い賢者が彼女に昔教えてくれたことの一つだった。
成長の止まってしまった彼女と違い、ゆるやかではあるが成長している聖女たちは、子を持つこともできるだろう。そして、その子たちの中には、聖女と同じ能力――すなわち魔力器官を持つ者もいるだろうと。
賢者と、彼女の父――アルベヒライカの先王はかつて、同じ一つの夢を持っていた。
自分のいる世界全体を、豊かで実り多く、安全で美しい場所にすることだ。
賢者はその夢のために、もといた東方の世界でさまざまな研究をしていたそうだ。ただ、その研究はその世界では誰にも理解されず、邪道とされて追い出された。
失意のままに西方世界にやって来た賢者は、娘を毒殺されて失意のどん底にあったアルベヒライカの先王と出会ったのだ。
賢者は己の持つ力でもって、死んだはずの赤子をよみがえらせ、それによって先王もまた生きる希望を持った。
そしてそこから、彼らの夢もまた出会い、動き出すに至ったのである。
そうやって、聖女たちが西方世界の各国に散って、数十年後。
彼女は自分がけして、不老不死ではなかったことを知る。
成人して間もなく成長が止まった彼女は、長らく十五、六歳の外見だったけれど、ある時から背が伸びて、二十歳前後の姿となった。同時にそれまで黒かった髪は白くなり、同じく黒かった瞳は白に近い銀色と化した。
(わたくしの命は、そろそろ終わるのじゃな)
その変化に、彼女はそう察した。
それもまた、かつて賢者から聞かされていたことだったからだ。
「そなたはきっとその姿のまま、私やそなたの父よりも……いや、もしかしたら、そなたの弟妹やその子や孫よりも、長く生きることになるだろう。だが、その姿が変化した時には、気をつけるがよい。それは、そなたの命が尽きる知らせのようなものだからな」
賢者はかつて、そう言った。
彼女はそんな賢者の言葉を、忘れてはいなかったのだ。
そこで彼女は、旅に出た。
各国を巡り、それぞれの国の聖女たちと会うためだ。
一番に会ったのは、かつて母の出身地だった部族が建国した隣国の聖女だ。
この聖女には三人の娘がいて、二番目が次の聖女になることが決まっていた。三番目はようやく物心ついたばかりの幼児だったが、彼女はこの娘を養女にする約束を交わした。
それからは国々を回り、最後に再び隣国に戻って養女を引き取り、彼女はアルベヒライカへと戻った。
彼女が国に戻った翌年、王だった弟が亡くなり、成人間もないその孫が王位に就いた。
彼女は宰相をはじめとする大臣らと共に、年若い王を助け、同時に養女を次の聖女となれるよう教育した。
そして更に数年が過ぎ、養女が成人を迎えるころに、彼女の肉体は滅んだ。
そう、肉体は滅んだ。
けれども、どういう了見なのか。
彼女の魂は、健在だった。
西方世界の人々が信じているように、肉体と共に消滅することもなく、ただ誰の目にも見えなくなっただけだった。
普段の彼女は、世界のはざまのような場所で過ごしている。父やすでに死んでしまっているはずの聖女たち、弟や妹たちもそこにいて、時々会って話したりすることができた。
母や賢者とは一度も会ったことがないので、彼らは別の場所にいるのかもしれない。
ともあれ。魂だけとなった彼女は、時おりこちらの世界を覗いては、夢を通じて肉体を持つ者たちに語りかける。
そんな日々の中、彼女は知った。
西方世界の東端の国エーリカから、聖女が完全に失われようとしていることを。そしてそれによって、エーリカが滅んで行こうとしていることを。
(聖女システムのデメリットが、大きく響いた結果じゃの。……これはこれで、どうにかせねばならぬが、その前にまずは、エーリカの滅びを止めねばならぬ)
胸に呟き、彼女はすぐに行動を起こす。
夢を通じて元聖女を動かし、王に実情を認識させ……敵を排除する。
(ふむ。……聖女たちにも、いくばくかは魔法を教えるべきか? この元聖女であれば、それもできようが……)
とりあえず、生きた人間たちに事態の収拾を任せてから、彼女は考える。
おそらく、敵の排除は元聖女に魔法の知識がなければ、できなかったことだ。
(……まあよい。今は、エーリカが命を吹き返すのを見るのが先ぞ)
彼女は自分で自分に言い聞かせ、本来の居場所へと戻って行った。
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