38 / 44
38 戦いと死
しおりを挟む
あれから、どれほどの時間二人は戦い続けていただろうか。
ルルイエとメノウ――いや、「東方の呪い師」はただ、互いの死力を尽くして魔法を放ち続けていた。
とはいえ。
(強い……。いったい、どれだけ魔力量があるの?)
必死に足を踏ん張り、相手と対峙しながらルルイエは胸に呟く。
すでに彼女は立っているのもやっとで、少しでも気を抜けば足元が揺れる。視界も悪く、必死に目をすがめても周囲の物の輪郭線はぼやけて、はっきりと見えないありさまだ。
場所は二人が戦う直前まで食事していた、メノウの部屋の食堂だったが、すでにその面影はない。
テーブルはどちらかが放った魔法の炎で焼けて、崩れ落ちていたし、椅子はもちろん、テーブルに乗っていた料理や食器類も焼けたり溶けたり割れたりして、もはや元がなんだったのかすらわからなかった。
食堂には、メノウによって結界が張られていた。
それはむろん、不要に女官らが立ち入るのを防ぐためだったし、確実にルルイエを仕留めるためでもあっただろう。
対してルルイエは、逃げるつもりは毛頭なかったものの、相手の魔力の多さには舌を巻かずにはいられなかった。
そもそも、東方世界の魔法使いの等級では、銀級が最も上位であり、ルルイエはその等級に位置している。だが、メノウの魔力は明らかにそれを凌駕しているように、ルルイエには思えた。
「あなたはいったい何者ですか? どうして、王女様を操ろうとするのです?」
ルルイエは、メノウを睨み据えながら尋ねた。
体力を回復させるための時間稼ぎもあったが、純粋に訊いてみたいことでもあった。
「今更、わたくしの素性など、どうでもよろしいでしょう?」
対してメノウは、嘲るように笑って返す。
「それに、別に聖女様を操って何かするつもりもありませんわ。ただわたくしは、自分が安全にいられる場所を、整えているだけです」
「安全にいられる場所?」
思わず問い返すルルイエに、メノウはうなずいて続けた。
「ええ。わたくしは、聖女様の乳母となるまで、不安定な身の上でした。誰もがわたくしを、ハエのように簡単に叩き潰せる存在だとしか、思っていなかったでしょうし、実際に気分次第ではそうするつもりだったでしょう。ですから、そのような危険のない存在になったのです」
(それはつまり、元はかなり身分の低い者だった……ということ?)
ルルイエは、彼女の言葉の意味を頭の隅で、分析する。だが、すぐにそんな暇はなくなった。
「よそ見していては、危険ですわよ!」
叫びと共に、メノウの放った炎の球がルルイエめがけて飛んで来たのだ。
そして再び、戦いは始まった。
それから、ルルイエが膝を崩してその場に倒れるまで、さほど時間はかからなかった。
(そんな……今、わたくしが倒れてしまったら、この国は……)
なんとか身を起こそうともがきながら、彼女は胸の中で呻く。
だがその一方で。
『この国は、どうなるっていうの? 別にいいじゃないの。ここはあなたの故郷ではないのだし。それどころか、言いがかりをつけて、あなたを追い出した国よ』
頭の片隅で、そう囁く声がした。
(そうだけど……でもここは、祖国を逃げ出したわたくしと母を温かく受け入れてくれた国よ……)
『あら。あなたたち母子を受け入れたのは、当時聖女だった伯母でしょ。この国ではないわ』
抗弁する彼女に、声は嘲笑するように返す。
(いえ、この国よ。……だって、当時の王様が許可してくれなければ、受け入れてはもらえなかったわ)
『なら、受け入れてくれたのは、以前の王様ね。……どちらにしても、あなた、この国でそんなに大事にされていた? 思い返してごらんなさいな。母が病気になった時も、死んだ時も、傍に行くことも許されなかったじゃないの。聖女になってからだって、王様もあなたも成人したのに、そして王様には側室だっていたのに、あなたは婚約者のままずっと放っておかれたじゃないの』
(それは……)
抗弁しかけて、ルルイエはつと唇を噛んだ。
自分にとってこの国は、王との関係は、どれほどの重みのある存在だったのか。
そう問われると、すぐには答えられない。
自ら望んでやって来た国ではなかった。母に連れられ、そこがどんな場所なのかも知らずに訪れて、初対面の伯母に紹介された。そして、聖女とはなんなのかすら知らないままに、次の聖女だと言われて、母から引き離された。
病の床に臥す母や伯母のために祈ることも許されず、彼女たちの死に涙することも許されなかった。
十二で伯母の後を継いで、ただ国のために祈ることだけを強要された。
そしてそのあげく、真摯に役目を全うしていたにも関わらず、「役立たず」だとして国を追われたのだ。
けれども。
(それは、本当に苦痛だった? 辛かった? こんな国なんてどうでもいいと思うほどに?)
彼女は自分で自分に問う。
返って来た答えは、否だった。
たしかに、肉親のために祈ることができないのは辛かったし、その死は悲しかった。けれども、国のために祈るという自分の役目には、誇りを持っていた。
追放された時には悲しかったし、その理由は理解できなかった。けれど、追放されたおかげで彼女は自由を得ることもできたのだ。
祖国に帰って、父の死の事情と母が自分を連れて国を出た理由を知ることができた。旅の途中では多くの人々との交流があり、中には今にまで続くかけがえのない出会いもあった。何より、東方世界でのこの十七年はとても充実した幸せなものだったのだ。
(追放されなければ、これらの日々はなかったわ)
そんな思いと共に、ルルイエの胸に満ち足りた幸せな気持ちが湧き上がる。
もう、頭の隅のあの囁きは聞こえなかった。
ただ、耳元で誰かの囁く声がする。
『そう思えるならばけっこう。さて、では答えよ。汝は何者ぞ? 聖女か? それとも魔法使いか?』
(わたくしは……どちらもよ。わたくしは、聖女であり魔法使いだわ)
ルルイエは少し考え、しかしためらうことなく答えた。
『よろしい。模範解答じゃ』
満足げな声と共に、何かがするりとルルイエの肉体に滑り込んで来た感覚があった。
『しばし、汝の体を借りるぞえ。案ずるな、魔力はわたくし自身のものを使うゆえの』
言葉と共に、ルルイエは自分の意識が体の奥底へと沈んで行くのを感じた。
ルルイエが床に倒れ伏し、起き上がろうともがいていたのは、ほんの短い間のことだった。ほどなく彼女は倒れたまま動かなくなり、メノウはようやく決着がついたと口元をゆがめる。
だがそれは、早合点だったようだ。
閉じていたルルイエの目が開き、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「しぶといですわね」
小さく舌打ちしてそれを見やったメノウだったが、うっそりとこちらをふり返ったルルイエに、目を見張った。
「おまえ……!」
ルルイエとは、明らかにまとっている空気が違っていた。
メノウを見据える目は、本来の金茶色ではなく白に近い銀色に変わっていた。そしてまた、戦う間にほどけてボサボサになっていた黒髪も、端の方が白く染まっている。
「おまえ、何者? ルルイエでは、ありませんね?」
その相手を見据えて、メノウは鋭く問うた。
「さすがに、相手が変わったことぐらいはわかるようだの。したが、汝のような危険な者に、名を名乗れると思うか?」
ルルイエは、嘲笑するように返す。
「今更、名を捕えるような姑息なことはいたしませんわ。それに、名乗った名が本当の名前とも限りませんし」
メノウが肩をすくめて言うと、ルルイエは小さく口元をゆがめた。
「ふむ。それでは、『初めの聖女』とだけ名乗っておこうかの」
「あら。……それはそれは」
ルルイエ――いや、『初めの聖女』の言葉に、メノウはすいと目を細める。それが、西方世界に最初に現れた聖女、アルベヒライカのウルスラのことだと、さすがのメノウも気づいたのだった。
そして、戦いは再び始まった。
だが今度は、圧倒的に叩き伏せられたのは、メノウの方だった。
ウルスラは強かった。
聖女は魔法を使うすべを知らないはずだったが、彼女は違った。
呪文を詠唱することすらなく、ただその手を振るだけで、あるいは高く掲げるだけで、とんでもなく強大な魔法を繰り出すことができた。
「聖女のくせに……なぜ、魔法を……」
何度も叩きつけられる魔法を防ぎきれず、ボロボロになって床に倒れ伏しながら、メノウは呻くように言った。
「それはの、この体が魔法の知識を持っておるからじゃ」
ウルスラは、クスリと笑って答える。
「聖女と魔法使いは同じもの。ただ、その力の使い方が違うだけぞ」
「そんなバカな……。西方世界の人間は、魔力器官を持たない……はず……」
彼女の言葉に、メノウは苦しい息を吐きながら呟いた。
「たしかにそのとおりじゃ。ただ、ごくごく一部の人間の体には、人工の魔力器官が埋め込まれておる」
再び低い笑いと共に、ウルスラが告げた。
「バカな……!」
メノウは呻くように叫ぶ。だがその脳裏には、幼いころの養父の言葉がよみがえっていた。
もっとも彼女がそれについて、あれこれ考えている余裕はなかったけれども。
ウルスラの魔法の攻撃は、彼女の上に雨あられのように降り注ぐ。
もはや彼女は、それに抗うことすらできなくなっていた。
(わたくしは、死ぬの……?)
遠のきかけた意識の中で、彼女が死を覚悟しかけた時だ。
ふいに、遠くの音が聞こえて来た。
最初はなんだかわからなかったその音は、木槌か斧のような重いものを扉にぶつける時の音だった。
やがて、メキメキと扉の壊れる音が響いて、誰かが部屋に入って来るらしい気配があった。
(結界を張ってあるはずなのに、なぜ……?)
メノウは意識の奥で、そんな疑問を浮かべる。
実際には、もう彼女には結界を張り続けるだけの力もなくなっていた。そのせいで、外の者たちが異変に気づいて騒いでいるのだろう。だが、彼女にはそう考えるだけの気力もなかった。
室内に入って来た誰かは、メノウの傍で足を止める。
「嘘……うそでしょう? メノウ、メノウがどうして……!」
叫ぶ声は、メノウにとっては聞き慣れた王女のものだった。
「聖女様、いけません!」
「危険です!」
他にも女官や女騎士たちがいるのか、そんな叫びが交錯する。
だが王女は、彼らの手をふり切って、メノウの傍へと駆け寄って来た。
「メノウ、しっかりして! メノウ!」
必死の、どこか泣き出しそうな叫びがメノウの上に降って来た。だが、姿はおぼろげな影のようだ。
(ああ……聖女様……)
メノウは、そちらに手を伸ばす。
その手を取るのは、冷たくて華奢な、王女の手だった。
「メノウ! メノウ、しっかりして!」
王女はただ叫ぶ。その目から、幾筋もの涙がメノウの上へと滴り落ちた。
(聖女様……わたくしの、曙……。わたくしの……光……)
それが、メノウの最後の呟きだった。
王女の手の中から、メノウの赤く焼けただれた手が力なく滑り落ちる。
そしてメノウは――いや、かつて東方から来た男は息絶えた。
ルルイエとメノウ――いや、「東方の呪い師」はただ、互いの死力を尽くして魔法を放ち続けていた。
とはいえ。
(強い……。いったい、どれだけ魔力量があるの?)
必死に足を踏ん張り、相手と対峙しながらルルイエは胸に呟く。
すでに彼女は立っているのもやっとで、少しでも気を抜けば足元が揺れる。視界も悪く、必死に目をすがめても周囲の物の輪郭線はぼやけて、はっきりと見えないありさまだ。
場所は二人が戦う直前まで食事していた、メノウの部屋の食堂だったが、すでにその面影はない。
テーブルはどちらかが放った魔法の炎で焼けて、崩れ落ちていたし、椅子はもちろん、テーブルに乗っていた料理や食器類も焼けたり溶けたり割れたりして、もはや元がなんだったのかすらわからなかった。
食堂には、メノウによって結界が張られていた。
それはむろん、不要に女官らが立ち入るのを防ぐためだったし、確実にルルイエを仕留めるためでもあっただろう。
対してルルイエは、逃げるつもりは毛頭なかったものの、相手の魔力の多さには舌を巻かずにはいられなかった。
そもそも、東方世界の魔法使いの等級では、銀級が最も上位であり、ルルイエはその等級に位置している。だが、メノウの魔力は明らかにそれを凌駕しているように、ルルイエには思えた。
「あなたはいったい何者ですか? どうして、王女様を操ろうとするのです?」
ルルイエは、メノウを睨み据えながら尋ねた。
体力を回復させるための時間稼ぎもあったが、純粋に訊いてみたいことでもあった。
「今更、わたくしの素性など、どうでもよろしいでしょう?」
対してメノウは、嘲るように笑って返す。
「それに、別に聖女様を操って何かするつもりもありませんわ。ただわたくしは、自分が安全にいられる場所を、整えているだけです」
「安全にいられる場所?」
思わず問い返すルルイエに、メノウはうなずいて続けた。
「ええ。わたくしは、聖女様の乳母となるまで、不安定な身の上でした。誰もがわたくしを、ハエのように簡単に叩き潰せる存在だとしか、思っていなかったでしょうし、実際に気分次第ではそうするつもりだったでしょう。ですから、そのような危険のない存在になったのです」
(それはつまり、元はかなり身分の低い者だった……ということ?)
ルルイエは、彼女の言葉の意味を頭の隅で、分析する。だが、すぐにそんな暇はなくなった。
「よそ見していては、危険ですわよ!」
叫びと共に、メノウの放った炎の球がルルイエめがけて飛んで来たのだ。
そして再び、戦いは始まった。
それから、ルルイエが膝を崩してその場に倒れるまで、さほど時間はかからなかった。
(そんな……今、わたくしが倒れてしまったら、この国は……)
なんとか身を起こそうともがきながら、彼女は胸の中で呻く。
だがその一方で。
『この国は、どうなるっていうの? 別にいいじゃないの。ここはあなたの故郷ではないのだし。それどころか、言いがかりをつけて、あなたを追い出した国よ』
頭の片隅で、そう囁く声がした。
(そうだけど……でもここは、祖国を逃げ出したわたくしと母を温かく受け入れてくれた国よ……)
『あら。あなたたち母子を受け入れたのは、当時聖女だった伯母でしょ。この国ではないわ』
抗弁する彼女に、声は嘲笑するように返す。
(いえ、この国よ。……だって、当時の王様が許可してくれなければ、受け入れてはもらえなかったわ)
『なら、受け入れてくれたのは、以前の王様ね。……どちらにしても、あなた、この国でそんなに大事にされていた? 思い返してごらんなさいな。母が病気になった時も、死んだ時も、傍に行くことも許されなかったじゃないの。聖女になってからだって、王様もあなたも成人したのに、そして王様には側室だっていたのに、あなたは婚約者のままずっと放っておかれたじゃないの』
(それは……)
抗弁しかけて、ルルイエはつと唇を噛んだ。
自分にとってこの国は、王との関係は、どれほどの重みのある存在だったのか。
そう問われると、すぐには答えられない。
自ら望んでやって来た国ではなかった。母に連れられ、そこがどんな場所なのかも知らずに訪れて、初対面の伯母に紹介された。そして、聖女とはなんなのかすら知らないままに、次の聖女だと言われて、母から引き離された。
病の床に臥す母や伯母のために祈ることも許されず、彼女たちの死に涙することも許されなかった。
十二で伯母の後を継いで、ただ国のために祈ることだけを強要された。
そしてそのあげく、真摯に役目を全うしていたにも関わらず、「役立たず」だとして国を追われたのだ。
けれども。
(それは、本当に苦痛だった? 辛かった? こんな国なんてどうでもいいと思うほどに?)
彼女は自分で自分に問う。
返って来た答えは、否だった。
たしかに、肉親のために祈ることができないのは辛かったし、その死は悲しかった。けれども、国のために祈るという自分の役目には、誇りを持っていた。
追放された時には悲しかったし、その理由は理解できなかった。けれど、追放されたおかげで彼女は自由を得ることもできたのだ。
祖国に帰って、父の死の事情と母が自分を連れて国を出た理由を知ることができた。旅の途中では多くの人々との交流があり、中には今にまで続くかけがえのない出会いもあった。何より、東方世界でのこの十七年はとても充実した幸せなものだったのだ。
(追放されなければ、これらの日々はなかったわ)
そんな思いと共に、ルルイエの胸に満ち足りた幸せな気持ちが湧き上がる。
もう、頭の隅のあの囁きは聞こえなかった。
ただ、耳元で誰かの囁く声がする。
『そう思えるならばけっこう。さて、では答えよ。汝は何者ぞ? 聖女か? それとも魔法使いか?』
(わたくしは……どちらもよ。わたくしは、聖女であり魔法使いだわ)
ルルイエは少し考え、しかしためらうことなく答えた。
『よろしい。模範解答じゃ』
満足げな声と共に、何かがするりとルルイエの肉体に滑り込んで来た感覚があった。
『しばし、汝の体を借りるぞえ。案ずるな、魔力はわたくし自身のものを使うゆえの』
言葉と共に、ルルイエは自分の意識が体の奥底へと沈んで行くのを感じた。
ルルイエが床に倒れ伏し、起き上がろうともがいていたのは、ほんの短い間のことだった。ほどなく彼女は倒れたまま動かなくなり、メノウはようやく決着がついたと口元をゆがめる。
だがそれは、早合点だったようだ。
閉じていたルルイエの目が開き、彼女はゆっくりと立ち上がる。
「しぶといですわね」
小さく舌打ちしてそれを見やったメノウだったが、うっそりとこちらをふり返ったルルイエに、目を見張った。
「おまえ……!」
ルルイエとは、明らかにまとっている空気が違っていた。
メノウを見据える目は、本来の金茶色ではなく白に近い銀色に変わっていた。そしてまた、戦う間にほどけてボサボサになっていた黒髪も、端の方が白く染まっている。
「おまえ、何者? ルルイエでは、ありませんね?」
その相手を見据えて、メノウは鋭く問うた。
「さすがに、相手が変わったことぐらいはわかるようだの。したが、汝のような危険な者に、名を名乗れると思うか?」
ルルイエは、嘲笑するように返す。
「今更、名を捕えるような姑息なことはいたしませんわ。それに、名乗った名が本当の名前とも限りませんし」
メノウが肩をすくめて言うと、ルルイエは小さく口元をゆがめた。
「ふむ。それでは、『初めの聖女』とだけ名乗っておこうかの」
「あら。……それはそれは」
ルルイエ――いや、『初めの聖女』の言葉に、メノウはすいと目を細める。それが、西方世界に最初に現れた聖女、アルベヒライカのウルスラのことだと、さすがのメノウも気づいたのだった。
そして、戦いは再び始まった。
だが今度は、圧倒的に叩き伏せられたのは、メノウの方だった。
ウルスラは強かった。
聖女は魔法を使うすべを知らないはずだったが、彼女は違った。
呪文を詠唱することすらなく、ただその手を振るだけで、あるいは高く掲げるだけで、とんでもなく強大な魔法を繰り出すことができた。
「聖女のくせに……なぜ、魔法を……」
何度も叩きつけられる魔法を防ぎきれず、ボロボロになって床に倒れ伏しながら、メノウは呻くように言った。
「それはの、この体が魔法の知識を持っておるからじゃ」
ウルスラは、クスリと笑って答える。
「聖女と魔法使いは同じもの。ただ、その力の使い方が違うだけぞ」
「そんなバカな……。西方世界の人間は、魔力器官を持たない……はず……」
彼女の言葉に、メノウは苦しい息を吐きながら呟いた。
「たしかにそのとおりじゃ。ただ、ごくごく一部の人間の体には、人工の魔力器官が埋め込まれておる」
再び低い笑いと共に、ウルスラが告げた。
「バカな……!」
メノウは呻くように叫ぶ。だがその脳裏には、幼いころの養父の言葉がよみがえっていた。
もっとも彼女がそれについて、あれこれ考えている余裕はなかったけれども。
ウルスラの魔法の攻撃は、彼女の上に雨あられのように降り注ぐ。
もはや彼女は、それに抗うことすらできなくなっていた。
(わたくしは、死ぬの……?)
遠のきかけた意識の中で、彼女が死を覚悟しかけた時だ。
ふいに、遠くの音が聞こえて来た。
最初はなんだかわからなかったその音は、木槌か斧のような重いものを扉にぶつける時の音だった。
やがて、メキメキと扉の壊れる音が響いて、誰かが部屋に入って来るらしい気配があった。
(結界を張ってあるはずなのに、なぜ……?)
メノウは意識の奥で、そんな疑問を浮かべる。
実際には、もう彼女には結界を張り続けるだけの力もなくなっていた。そのせいで、外の者たちが異変に気づいて騒いでいるのだろう。だが、彼女にはそう考えるだけの気力もなかった。
室内に入って来た誰かは、メノウの傍で足を止める。
「嘘……うそでしょう? メノウ、メノウがどうして……!」
叫ぶ声は、メノウにとっては聞き慣れた王女のものだった。
「聖女様、いけません!」
「危険です!」
他にも女官や女騎士たちがいるのか、そんな叫びが交錯する。
だが王女は、彼らの手をふり切って、メノウの傍へと駆け寄って来た。
「メノウ、しっかりして! メノウ!」
必死の、どこか泣き出しそうな叫びがメノウの上に降って来た。だが、姿はおぼろげな影のようだ。
(ああ……聖女様……)
メノウは、そちらに手を伸ばす。
その手を取るのは、冷たくて華奢な、王女の手だった。
「メノウ! メノウ、しっかりして!」
王女はただ叫ぶ。その目から、幾筋もの涙がメノウの上へと滴り落ちた。
(聖女様……わたくしの、曙……。わたくしの……光……)
それが、メノウの最後の呟きだった。
王女の手の中から、メノウの赤く焼けただれた手が力なく滑り落ちる。
そしてメノウは――いや、かつて東方から来た男は息絶えた。
26
あなたにおすすめの小説
弱小スキル【翻訳】が実は神スキルでした。追放されたが最強王国作ります
綾取
ファンタジー
万物の声を聴くスキル【翻訳】が実は【世界干渉】の神スキルでした~追放された俺が辺境を浄化して聖域を作ったら、加護を失った帝国が滅びかけてますがもう遅い。喋る野菜や聖獣たちと最強の王国を築きます
役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く
腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」
――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。
癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。
居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。
しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。
小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
家族の靴を磨いていた私が、実は【神の加護を磨き上げた聖女】だった件。隣国の冷徹皇帝に「君の献身は世界を救う」と誘拐、24 執着されています
唯崎りいち
恋愛
「お前は一生、靴でも磨いていろ」
家族に虐げられ、靴を磨き続けた私。
実はその靴、磨くたびに『神の加護』が宿る聖具になっていました。
噂を聞きつけた隣国の冷徹皇帝に、出会い頭にさらわれて――
「君は俺のものだ。24時間、指一本触れさせない」
靴を履かせてもらえず、移動は常に皇帝の腕の中!?
磨き上げた加護のせいで、皇帝の執着が神レベルに育ってしまう溺愛物語。
追放聖女ですが、辺境で愛されすぎて国ごと救ってしまいました』
鍛高譚
恋愛
婚約者である王太子から
「お前の力は不安定で使えない」と切り捨てられ、
聖女アニスは王都から追放された。
行き場を失った彼女を迎えたのは、
寡黙で誠実な辺境伯レオニール。
「ここでは、君の意思が最優先だ」
その一言に救われ、
アニスは初めて“自分のために生きる”日々を知っていく。
──だがその頃、王都では魔力が暴走し、魔物が溢れ出す最悪の事態に。
「アニスさえ戻れば国は救われる!」
手のひらを返した王太子と新聖女リリィは土下座で懇願するが……
「私はあなたがたの所有物ではありません」
アニスは冷静に突き放し、
自らの意思で国を救うために立ち上がる。
そして儀式の中で“真の聖女”として覚醒したアニスは、
暴走する魔力を鎮め、魔物を浄化し、国中に奇跡をもたらす。
暴走の原因を隠蔽していた王太子は失脚。
リリィは国外追放。
民衆はアニスを真の守護者として称える。
しかしアニスが選んだのは――
王都ではなく、静かで温かい辺境の地。
「無能は去れ」と捨てられた私を、隣国の皇帝が神子として迎えた結果。捨てたはずの元婚約者が、私の足元に跪いて血を吐きながら愛を乞うています。
唯崎りいち
恋愛
無能扱いで追放された私。数年後、帝国で神子と呼ばれる私の前に、血を吐き狂った元婚約者が跪いた。『奪い返す』——彼は廃嫡され国も失い、私の神罰で逆らえなくなっていた。
偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています
黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。
彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。
ようやく手に入れた穏やかな日々。
しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。
彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。
そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。
「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。
「いつものことだから、君のせいじゃないよ」
これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。
二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。
心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。
聖女を追放した国で地獄の門が開きました。すべてはもう手遅れです
小平ニコ
ファンタジー
貧民街出身というだけで周囲から蔑まれてきた聖女エリシア。十年もの間、自らの身を犠牲にしてバロンディーレ王国の『魔』を封じ続けたが、新たな聖女が見つかったことで『もう用済み』とばかりに国を追放される。
全てを失ったエリシアだったが、隣国の若き王フェルディナントと出会い、彼にこれまでの苦労を認められて救われた気持ちになる。その頃、新しい聖女の力では『魔』を封じきれないことに気づいたバロンディーレ王国の者たちが、大慌てでエリシアを連れ戻そうとしていた。
窮地に陥ってなお、傲慢な態度を見せるバロンディーレの者たちにエリシアは短く言い放つ。
「もう手遅れですわ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる