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第一部 お見合い編
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ニコルの家族はブラッドリーを気に入ったようだ。
酒乱でないことが分かったのはいいけれど、歓迎会と称して、婿を酔い潰すなんてどうかしている。
ニコルは酒を飲まないので、最初の乾杯だけ参加して、早々に退室したのだが、ブラッドリーの傍にいたほうが良かったのかもしれない。
歓迎会の翌日、家族に呆れながら、ニコルは二日酔いでぐったりしているブラッドリーの世話を焼いていた。婚約者を放置というのは、悪いことだった気がして、罪悪感からのことだ。酔いさましのスープを持ってきたり水を用意したり、魔力調整をしておいたりとその程度だったが。
「ニコ、ありがとう。君は天使の生まれ変わりか」
「ブラッド、まだ酔ってるんですか?」
訳の分からないことを言うので、ニコルはブラッドリーを寝かせておいてあげることにした。
ブラッドリーは自分でしゃべっておいて、自分の声にダメージを受けたらしく、青い顔でベッドに沈み込んでいる。
「気持ち悪い……胃を取り出したい……」
「ここに洗面器を置いているので、吐きそうなら使ってくださいね」
屋敷のメイドに「くれぐれもこちらで」と強調されてたくされた洗面器をサイドチェストに置いて、カーテンは半分だけ開け、窓と扉を開けて風が通るようにしてから、ニコルは客室を出た。
食堂で朝食をとると、両親と弟しかいない。自分からブラッドリーに酒の勝負を仕掛けたくせに、兄も二日酔いでダウンしているらしい。義理の弟と会えてはしゃいだのだろうか……。
テーブルには、スライスされたパン、焼いたベーコンとチーズ、目玉焼きやゆで卵が置かれていて、庭で採れたいちじくがこんもりと山になっている。
食事が済んで、食後にお茶をしながら、給仕が切ってくれたいちじくをつまんでいると、父が切り出した。
「ニコ、お前が問題ないなら、このまま正式に婚約するつもりだ。どうかな?」
「はい、このまま進めてください」
「彼のことが好きか?」
「分かりませんけど、良い人だと思います」
がっついてくるところは困るが、気に入られているのは良いことなんだろう。
ニコルの返事に、両親と弟は顔を見合わせた。「まあ大丈夫なのかな」と父が呟いて、母が同意して頷いた。
「嫁には出すがね、ニコ。どうしてもつらかったら、戻ってきていいからね。レインがついていってくれるそうだから、よーく頼んでおくよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「後で、わたくしの部屋に来なさい。渡すものがあります」
「はい」
母に呼ばれ、食後に母の私室を訪ねると、端が全て縫われている布を差し出した。傾けると、中からジャラリと金属音がする。
「いいですか、ニコル。これは万が一の時にだけ使いなさい」
「なんですか?」
「金貨よ。無駄遣いしなければ、三ヶ月は暮らせる分が入っています。お守りだと思って、大事にしておくんですよ」
「いいんですか? 領が大変なのに……」
「支援はとりつけたので、もう大丈夫。わたくしの家ではね、嫁ぐ時に、娘にこうやってお守りを渡すのです。わたくしもそうでしたが、今のところ、使わずに済んでいるわ。これはあなたが産まれてから、いずれ嫁ぐだろうあなたのために貯めたお金です。領のことは気にしないで」
母はニコルを抱きしめて、それからニコルと目を合わせる。彼女は涙ぐんでいた。ニコルを心配する気持ちが伝わってきて、ニコルも寂しくなる。
「わたくしやあなたのお父様は、もう傍で守ってあげられません。これからは夫を頼りなさい。それから、日記をつけるといいわ。良いことでも悪いことでも書いておくの。いずれ侯爵夫人ともなれば、愚痴を言うこともできないでしょう。そういう時は、日記に書きなさい。スッキリするわよ」
「分かりました。ありがとうございます、お母様」
「支援の件がととのうまで、婿殿はこちらに滞在するそうだから、それまではゆっくり過ごしなさい。レインから聞いたわ、婿殿の魔力を引き受ければ、起きていられるそうね。二人で近場を散策するのはどうかしら? いい思い出になるわよ」
母のアドバイスに、ニコルは素直に頷く。
「私も周りを歩いてみたいので、ブラッドを誘ってみようと思います」
母からもらったお守りを大事にしまいこんで、ニコルはお辞儀をして客室に戻った。
今日はレインが休みだし、ブラッドリーの体調も悪いから、部屋で読書でもしながら、大人しくしておくつもりだ。
午後過ぎにようやく復活したブラッドリーに、領地にいるうちに、一緒に散策しようと話してみた。
「誘っておいてなんですが、私は部屋からほとんど出たことがないので、案内はできないんですけれど……」
「そうか、それは良かったな」
「え?」
「初めてだと、なんでも楽しいだろ?」
ブラッドリーの考え方は目からうろこで、ニコルはぱちくりと瞬きをする。
自分の家の領地内ですらほとんど歩いたことがないことを、ニコルは情けなく思っていたのだ。
「そう言っていただけて、ほっとしました。ありがとうございます」
「ああ。お礼はキスでいいぞ」
「真面目に言ってるのに」
「私も大真面目だ」
「もうっ」
やはりからかわれている。ニコルはふいっと横を見たが、その視線の先にブラッドリーが割り込んできて、期待を込めて見つめてくる。
彼が身を引く様子もなく、じーっと凝視するので、ニコルのほうが負けた。
「分かりましたよ。しかたがない人ですね」
「ニコ、その言葉、結構ぐっとくるな。もう一回言って」
ニコルはブラッドリーの口に、軽くキスをした。
「はい、これでいいですね!」
椅子に座り直すと、ブラッドリーはにやにやしている。
「顔が赤いぞ。照れているのか、可愛い人」
「ブラッド!」
抗議もひらりとかわして、ニコルの額にキスをする。
「ブラッドリー様」
「ああ」
ブラッドリーが家から連れてきたメイドに呼ばれ、ブラッドリーはニコルの肩を軽く叩いてから廊下のほうに行く。
日課の魔法の訓練メニューがあるらしく、元気になったのならそれをするようにという催促だった。伯爵に訓練して大丈夫な場所を教えてもらうからと、メイドを追い払ったブラッドリーは溜息をついた。
「母上についているメイドだよ。こんな所までついてきて、口うるさくするんだ。うんざりする」
「ブラッドのメイドではないんですか」
ずっと彼の傍仕えなのだと思っていたので、ニコルは驚いた。
「どこにいようが真面目に仕事するんだがな。どうやら母上には信用されてないらしい。君のご両親は優しい人で良いな」
「仲が良くないのですか……?」
「そうではないけど。母上は私が『強い魔法使いになること』に固執していて、親子なのにほとんど触れあったこともない。甘やかすと弱くなるからっていうのが理由なんだ。父上はたまに頭を撫でてくれたけど、母上からは撫でてもらった覚えがないな」
「ハグは?」
「父上だけ」
「そうなんですか」
思いもよらぬ一面を知って、ニコルの胸は痛んだ。彼が人肌に飢えているようなのは、親との触れ合い不足が尾を引いているのかもしれない。
「私は、母上とは逆に、子ができたらめいっぱい抱き締めたいんだ。愛するのと甘やかすのは違うと思うんだよ。まあ、私もまだ、よく分からないんだが、なんとなくな」
子ども……。急に意識してしまい、ニコルは反応に迷う。ニコルが目を揺らすのを見て、ブラッドリーが慌てて弁解する。
「すまない。嫁に子どもを急かすのは、夫婦仲にヒビが入る悪手らしいな。いずれという意味で、深い意味はない」
そして、ニコルをやんわりと抱きしめる。
「君が私を抱きしめて、キスしてくれたら、この寂しさも薄まるんだろうな。これからよろしく頼むよ、婚約者殿」
「……はい」
「それから、私と一緒に寝て、奥まで受け入れて、それから風呂も」
「ブラッド、もう行ってください」
ナチュラルにセクハラをしてくるので、ニコルは突き放して、ブラッドリーを部屋から追い出す。明るく笑う声が聞こえてきて、ニコルは溜息をつく。
「まったくもう」
でも、伴侶になるのだし、ハグやキスくらいならしてあげてもいいかなと思う程度には、ニコルは少しずつほだされてきていた。
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