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第一部 お見合い編
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ブラッドリーがフェザーストン家に滞在し始めて二週間が過ぎた頃。
ブラッドリーは治水の専門家やフェザーストン伯爵との協議をして、屋敷に戻れば協議への下準備のために資料を読みふけり、魔法使いとしての訓練もこなしと、多忙を極めていた。
そのくせ、夜になるとニコルを抱くので、ニコルはだんだん心配になってきた。
「ブラッド、フェザーストン家にいるからと遠慮しているのなら、お気遣いなく」
その日も夜に押し倒され、ニコルはブラッドリーの胸を押して、それ以上を止める。ニコルの首筋にキスをしていたブラッドリーは、不思議そうにニコルを見下ろした。
「遠慮とは?」
「だって、こんなこと……疲れるでしょう?」
「いや、逆に元気になる。私の肌と髪を見ろ、つやつやしてるだろ」
確かにそんな気はするし、ニコルも前より綺麗になったとメイドに褒められる。彼女達の場合、からかいも含まれている気はするが。
「だが、そうだな。今日は普通に眠るか。明日は休みなんだ。約束してた散策をしよう」
「疲れてるなら、お気遣いなく」
「行きたい? 行きたくない?」
「どちらかなら、行きたいですけど……」
「それじゃあ、行く。ニコ、私を、婚約者を放置している悪い男にしないでくれ」
そんなふうに言われると、ニコルも強くは言えない。
「……分かりました」
「とりあえず魔力調整だけ」
ブラッドリーはニコルに口付ける。しっかりと舌をからめて、長々とキスをした。
「あ、無理。ムラムラしてきた。ニコ、一回だけしよう。ちゃんと加減するから」
「ええっ」
キスで終わって、今日はゆっくり眠れるのだと思っていたニコルは、あからさまに抗議の声を上げる。
「ニコ、嫌そうにするのは逆効果だ。良いって言わせたくなる」
「でも私が素直に受け入れても、するんでしょう?」
「当たり前だろう。喜んで食べるとも」
「選択肢が無いじゃないですか!」
抗議の声は、ブラッドリーの口づけに消える。ニコルの反論をキスで封じるのはいつものことだ。
しかもブラッドリーの何かのスイッチを踏んだらしく、ブラッドリーはその灰色の目を爛々と輝かせる。宣言通り、一回で終わったけれど、結局その夜もブラッドリーにがっつかれたニコルだった。
フェザーストン家の領主館は、町よりも少し高い丘の上にある。戦が激しい頃は、物見を兼ねた要塞だったが、後の世で地震で城壁が崩れてしまった。ちょうど平和が続いていたので、城壁を取り壊し、堀を埋め立て、城壁の石も多く再利用して増築したのが、今の領主館である。
領主館の周りには荘園が広がっているため、城下町は離れている。馬車で移動して、こちらはいまだに城壁で囲まれている町へと入る。
初めての城下町に、ニコルは興味津々だ。まるで絵本の家みたいで可愛らしい。木組みと石積みを組み合わせていて、壁は漆喰で白く塗られている。屋根瓦は赤く、木製の鎧戸は水色に塗られていた。時間がゆったりと流れていて、とても穏やかな気分になる。
ブラッドリーはかつかつと歩いていく。ニコルは途中でついていけなくなって、疲れてしゃがんでしまった。
「すまない、ニコ!」
どうも家に気を取られていたのはブラッドリーも同じようで、かなり離れてから気付き、駆け戻ってくる。
「すみません。置いていってください」
「なんのために君と来たんだ。デートだぞ」
「デート」
慣れない言葉を、口の中で転がす。
「ほら、手を繋ごう。これなら君の歩く速度に合わせられる。無理しなくていいからな」
「ありがとう、ブラッド」
ニコルは素直にブラッドリーの左手を取り、息を整えてから、ゆっくりと歩き始める。
ニコルが病弱なのは、体力がないせいだ。魔力を放出する体質のせいで眠ってしまうので、筋力が落ちている。最近は、ブラッドリーのおかげで日中も起きているし、夜にしている運動のせいで前よりも筋肉がついてきたらしい。
それでも町を歩き回り続けるには、体力が足りていない。
何度か休憩をさせてしまい、だんだん申し訳なくなってきた。
「……すみません」
広場の噴水で休憩しながら、ニコルが情けなくて、ちょっと涙目でうつむいていると、ブラッドリーは困った様子で横顔を覗き込む。
「病弱なのだから、もっと気遣えと怒ってもいいのに、君は優しいな」
「だって」
「私は君を喜ばせたくて、一緒に来たんだ。どうか泣かないでくれ、可愛い人」
ちゅっと目蓋にキスをされて、我慢していた涙がポロッと零れ落ちる。優しい仕草に、ニコルは頬と耳を赤く染める。
「ここが部屋だったら、押し倒しているぞ、ニコ」
「……? 急になんなんですか」
「可愛いなあ」
「はい?」
ブラッドリーのことが、たまに本気で分からなくなる。
困惑していると、ブラッドリーは何かに気付いて、ニコルにここにいるように言った。
「ちょっと待っていてくれ。ああ、こんな可愛い人を置いて行くのは心配だが、まあ、大丈夫かな?」
ちらっと物陰のほうを見るブラッドリー。ニコルは振り向いたが、そこには誰もいない。まさかレインが、初めてのおつかいよろしく、こっそりついてきているとも知らず、ニコルは首を傾げる。
「少し待っててくれ」
「はい」
すぐ近くの店に入っていき、ブラッドリーは本を手に帰ってきた。
「星座神話の本だ。星が好きなんだろう?」
「ありがとうございます」
「君を笑わせるのが本だというのがちょっと悔しいが、まあ、良しとしよう。そこのカフェテリアでお茶でも飲みながら、どの星が好きなのか教えてくれないか?」
「はい!」
それがブラッドリーの気遣いだと気付いたが、ニコルは笑みを浮かべて、そのことには触れないことにした。
カフェテリアのケーキは、屋敷のものよりも甘味が強いが、ベリーの酸味がきいていておいしい。
「どうだった? 町は」
「楽しかったです。嫁ぐ前に見られて良かった。あの、ブラッドにプレゼントがあって」
ニコルは上着の裏ポケットから、白いハンカチを取り出した。折りたたんでリボンを結んでいる。
すぐに広げたブラッドリーは、驚きの声を上げる。
「これは、我が家の紋章か」
ドラゴンの意匠を、赤い糸で刺繍したものだ。
「今日はありがとう、ブラッド。あなたが留守にしている間に作ったんですよ。もっと良いものを買いに行けたら良かったんですけど……」
最初から刺繍なんて重かっただろうか。
「いや、こんなに綺麗なものを作ってくれてうれしいよ。すごいな、かっこいい」
そして笑ったブラッドの顔は、年相応の少年のものだった。カフェテリアだというのに抱きしめられたのはいただけなかったが、こんなに喜んでもらえたら、がんばった甲斐がある。
その夜は窓を開けて、二人で星空を眺めた。あの星の神話はとニコルが説明すると、ブラッドリーが熱心に合槌を打って聞いてくれる。いつもは一人で見ていた夜空が、その夜はなんだかいつもより輝いて見えたのが不思議だった。
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