いつか、君とさよなら

夜乃すてら

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番外編

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 魔法使い協会本部は、三階建ての建物だ。
 春の日差しを受けて、白い漆喰壁はまぶしく輝いている。その上にある青黒い瓦屋根は、重厚さを演出していた。
 本部には誰もが自由に出入りできるわけではないようで、門前では、馬車が逐一チェックされているようだ。

「わあ、ここにも魔法障壁があるんですね」

 本部を囲む塀から伸びるようにして、緻密な紋様が空中で光り輝いている。まるで美しいレース細工のようで、芸術的でもあった。その様子は、自然とリッツフィールドの国境に並ぶ魔法障壁を思い出させる。
 わずかに身を乗り出すニコルの様子に、ブラッドリーの無表情がわずかにゆるみ、身近な者に分かる程度の笑みが浮かんだ。

「ここは国の重要機関だからな。所有している書籍だけでも、一財産になるだろう」
「それほど貴重な本がそろっているのですか?」
「魔法は常に進歩している。だが、それも先人の知恵があってこそ。歴史的価値というものは、値段をつけられないものなのだ」
「未来を見据えながら、伝統も大事にされているのですか。素晴らしいことですね」

 ニコルがほうっとため息をつくと、突然、ブラッドリーにハグされた。

「今の言葉、とてもうれしいよ。君はとても素直で良い人だ」
「ええ?」

 ニコルは戸惑う。サリエまで微笑ましそうに、目を細めているではないか。

「お方様、団長は格好つけて表現しただけです。実際のところ、魔法使い協会は秘密主義で、頭の固い連中が多いんですよ」
「そうは言っても、サリエ。先人の知恵には敬意を示すべきだろう。古くさい連中は掃き出してしかるべきであろうがな。例えば、都市防衛をおこたる怠け者ども……とかな」

 あまり気にしていないようでいて、実はブラッドリーは、昨夜の件を怒っているのかもしれない。

「危険な魔法が記された書物があるのも事実だ。許可制にするのは、必要な処置でもある」

 ニコルはそわっと肩をすくめる。

「そのような大事な施設に入るのですね。本当に、私も同行して構わないのですか?」
「最重要区画でなければ、問題ないさ。君を案内するついでに、昨夜の騒動について、はっぱをかけておくつもりだ」
「早く解決するとよろしいですね」

 ニコルの案内がメインで、昨日の件がついでとは。ニコルは無難な返事をしたものの、実際は面くらっている。

「団長、聞いているこちらが恥ずかしくなります。どれだけお方様のことがお好きなんですか」

 にこにこと見守っていることが多いサリエですら、呆れ顔をしている。
 そんな話をしているうちに、ニコル達の馬車の番になった。サリエが馬車の扉を開け、アマースト家の紋章を見せる。

「協会長のエドモンドより、すぐに応接室へご案内するように仰せつかっております。中へどうぞ」

 門番はお辞儀をすると、最優先だと告げて、馬車を通した。
 本部の玄関前ロータリーで下車すると、玄関に入る。
 正面には両翼のように広がる二階への階段があり、その石壁には四人の人物が彫り込まれている。

「ニコ、これは初代壁公の四人を描いたレリーフだ。魔法使い協会が創立された時から、ここにあるらしい」

 随分と古いものに見えるのは、そのせいらしい。
 初代壁公の四人は杖をかかげ、王家を示す太陽を守っている。

「見事なものですね」
「劣化を防ぐ魔法を定期的にかけているから、残りがいいんだ」

 そこへ、小太りな茶色い髪と目の男が足早に現れた。

「アマースト侯爵様、お出迎えもできず、申し訳ございません」
「協会長か。構わない。昨夜の件で、忙しいのだろう?」

 ブラッドリーはわざとらしく強調して言った。

「ええと」

 協会長のエドモンドは、あからさまに目を泳がせる。

「このような緊急事態だ。とっくに会議など終えて、調査員を派遣し、解決策を投じていると思うが……」
「それがその、元老を集めて会議をしているところで」
「まだ会議をしているのか? はあ、情けない。こうしてうかうかしている間に、あのネズミは増えていく。お前達は都市機能を麻痺させたいのか?」

 ブラッドリーは怒るよりも、予想以上の仕事の遅さに驚いているようだった。

「誰が対処するかでもめていまして……」
「緊急時はトップの権限で動けるはずだろう。――分かった、ちょうどいい人間がいないのなら、私の叔父であるトマス・ハウゼンに任せるといい。壁公の権限で承認する」
「えっ」

 エドモンドの顔から血の気が引き、青ざめた。

(なるほど、おおかた、権限を誰が持つかで争っていたようですね)

 面倒事の押し付け合いではなく、優位に立ちたい者が牽制しあっていて動かないのだろう。

「叔父は以前から、この問題について申請していたはずだ。資格は充分だ。何か悪いのか?」
「い、いえ……。そのようにいたします」

 ハンカチで冷や汗をぬぐいながら、エドモンドは引きつった笑みを浮かべる。

「あ、あのう、壁公がおいでになるなど滅多とないことです。せっかくですし、協会内をご案内しましょうか。――ええと、そちらの従者の方も」

 ――キンッ

 気のせいではなく、空気が凍った。
 突然の冷気に、ニコルは目を丸くする。

 ブラッドリーの怒りで魔力が放出され、無詠唱にも関わらず、周囲に氷が張られたようだった。

「ヒイッ」

 エドモンドは何が起きたのか分からないようで、ぶるぶると震え始める。

「ああ、紹介しよう。私の最愛の妻であり、アマースト侯爵夫人でもあるニコルだ」

 ブラッドリーの左手がニコルの肩に回され、ぐいっと引き寄せられた。妻を従者呼ばわりされたことで、ブラッドリーはブチ切れたらしい。

「ブラッド、初対面の方ですし……」

 ニコルは場を治めようと思ったが、ブラッドリーは言葉をさえぎる。じろりとエドモンドをにらんだ。

「魔法使い協会は、国を守るためにある。仕事をしない愚鈍な怠け者どもなど、トップにふさわしくないとは思わないか。次の信任決議案を楽しみにしているがいい」
「も、申し訳ございませんっ。お許しください、アマースト侯爵閣下!」
「この期に及んで、私の後をついて回るつもりなら、この場で引導を渡してやってもいい。――君の仕事はなんだ?」
「ただちに対処いたします!」

 ぺこぺことお辞儀をして、エドモンドは大急ぎで立ち去った。廊下に残される形になり、ニコルはブラッドリーの様子をうかがう。

「旦那様、あのように脅しつけていいのですか?」
「発破をかけに来たのだから、当然構わない。王都の連中は、権力争いばかりしていて、随分と悠長なものだ。自分達の住処の地下で、魔物が繁殖しているというのに」

 すると、サリエがさらりと毒を吐く。

「まあ、今回はこれで良かったのではありませんか、団長。ハウゼン子爵に権限を委任する口実ができました」
「それもそうだな。――さて、後のことは叔父上に任せて、私達は協会見学といこうじゃないか。実は私も本部内はあまり歩き回ったことがないんだ。楽しみだな」

 さっきまで怒っていたのが嘘のように、ブラッドリーは明るい態度に戻る。

「適当に案内人を連れてきます」

 サリエはすぐにその場を離れ、協会勤めの者を探しに行った。サリエがいなくなると、途端にブラッドリーは心配そうにニコルを見た。

「……ニコ、私の対応は怖かったか?」
「いいえ、まさか。あの方々の自業自得ではありませんか。役目を真っ当しない者は好きではありません。あなたは素晴らしいことをしたと思いますよ」
「そうか……!」

 たちまち嬉しそうにして、ブラッドリーは笑みを浮かべた。
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