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番外編
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王都三日目。
休暇をとると宣言していたので、ニコルが起きた時には、すでにレインは出かけた後だった。レインの代わりに、魔法使いのサリエが従者をしてくれることになった。それでニコルが着替えの手伝いをサリエに頼むべきか迷っていると、ブラッドリーが名乗り出た。
「着替えくらい、私が手伝う」
「ええっ。侯爵家の当主に手伝わせるなんて……」
「なぜ駄目なんだ? 夜、眠った後の君を世話しているのは、私だぞ。レインはしかたがないとして、他の男に君の着替えを手伝わせたくなどない」
「う……」
夜と聞いて、ニコルは顔を赤くした。
「ニコ、今日はこれを着てくれ。私と色を合わせようじゃないか」
ニコルの反論を封じた張本人は、鼻歌を歌いながら、クローゼットから服を運び出す。彼が自分とコーディネートを合わせようと言い出すので、ニコルはやんわりと苦笑する。
「夜会でもないのに?」
「夫婦が平服で色を合わせたらいけない法律でも?」
「はいはい、分かりましたよ。しかたがないですね」
何を言ってもきっと無駄だろうと思い、ニコルは早々に諦める。
「嫌か?」
「少し恥ずかしいだけです」
「分かった。差し色でそろえる程度にしよう」
ニコルの意見を取り入れ、ブラッドリーは服を入れ替える。そして、あっという間にニコルの服を着替えさせた。
「我ながら素晴らしい出来栄えだな。いくら私でも、さすがに髪を結うのは無理だ。サリエはどうだろうか?」
「髪結いは自分でします」
そんな使用人仕事を、魔法使いに頼むわけにいかない。
ニコルは髪を櫛ですくと、手早く三つ編みにした。
ブラッドリーは黒い服、ニコルは灰色の服を着て、それぞれ差し色に緑を使っている。
朝食を済ませると、さっそく魔法使い協会へと出かけることにした。
ホテルのある王都中心部から、馬車で三十分ほど西へ走ると、壁に囲まれた区画に着く。門には魔法使い協会の文字があった。
「わあ、ここが魔法使い協会なのですね」
ニコルは窓の外に、目を釘づけにする。驚いたことに、その区画の壁がどこで途切れているのか、街道からはよく見えない。
馬車は門番に止められることもなく、先へ進む。
どうやら建物は窮屈にかたまったいるわけではなく、あちこちに点在しているようだ。至る所に木や草花が植えられていて、いかにも暮らしやすそうだ。
「まるで都市の中に、小さな町があるようです」
「そうだな。ここは王都の外れにあるから、隣町と呼んでもさしつかえない。ニコ、この国の貴族の男のほとんどは、十歳から十五歳までの間、王立学園に入るのは知っているだろう?」
ブラッドリーの問いに、ニコルは頷いた。
「ええ。私は体質のせいで、学園には入りませんでしたが」
「まあ、義務ではないからな。家庭教師で済ます者も多いが、魔法使いの認定試験を受けやすくなるから、後継者はたいてい通っている。私やリチャードは、そこの王立学園で魔法使いの資格を得たんだよ」
古城のような外観の建物を示し、ブラッドリーはそう説明した。
「懐かしいなあ。ここに通っていた頃は、まだ魔力不安定症が出ていなかったんだ。勉強をするか、リチャードと遊んでいた記憶しかない」
「では、こちらにご学友がいらっしゃるんですか?」
ニコルは興味を示す。夜会の客には、ときおり、ブラッドリーの同級生も交じっているのだが、ブラッドリーは彼らと親しくしている様子はなかった。
「友人というか、他の壁公の息子とはそれなりに交流をしていたぞ。将来のために」
「では、お友達は……?」
「君の言う友人というのは、オルヴァがそうだろうな。年の差はあるが、お互いに信頼して気安い関係だ」
「一人でもいらっしゃるなら良かったです」
ニコルは、まるで自分のことのようにほっとした。
「そういうニコルには、友人はいないのか?」
「体質のせいでほとんど寝ているのに、できるわけがないでしょう? 家族以外では、ほとんどレインと過ごしていました。部屋にいるか、植物の世話を手伝うか。どちらかでしたよ」
「レインといえば、あいつには友人がいるのか?」
「いませんよ。レインは人間より植物が好きなんです。人間はうるさいから好きではないって前に言っていました」
レインはフェザーストン家やニコルには親切だが、それ以外には無関心だ。人間に構う暇があったら、庭仕事をしていたいらしい。
「らしいといえばらしいが、あんなにニコのことを大事にしているのに?」
「私は小さい頃は、その辺ですぐに寝てしまっていたので、植物みたいにあまり動かないところが好ましかったそうですよ。子熊みたいで、目を離したら誘拐されそうで怖いとかなんとか言ってましたね」
子熊という表現は、いまだに不思議に思われる。
ブラッドリーは膝を叩いて悔しがった。
「うらやましい! 子熊だと! そんなにかわいいニコのことを知っているなんて!」
「ですが、家族も心配していました。世の中には、貴族出身のオメガを誘拐して、売り払う悪い人がいるんでしょう? 私は魔力が不足すると寝てしまいますから、誘拐されやすいとかで。客がいる時は、部屋に鍵をかけて出てこないように言いつけられていましたよ」
そんなに良い話ではないのだと、ニコルは苦笑する。
ふと気づくと、ブラッドリーとサリエが、ぎょっとして青ざめていた。
「……どうしました?」
「お方様、今でもそうなのですか?」
サリエがおずおずと確認する。
「え? ええ、まあ。ブラッドが魔力を分けてくれなかったら、魔力切れになると、その辺で寝てしまいますね。突然、気絶したりはしませんから安心してください。座りこんでそのまま寝るだけです」
大人になって体力がついたので、子どもの頃ほど眠るわけではない。離縁するつもりでフェザーストン家に戻っていた間は、睡眠時間がいつもより長かったし、眠気が来たら昼寝をしてやりすごしていた。
「昔は子熊だったかもしれないが、今は天使だ。誘拐されては困る! 魔力調整をしっかりしないと」
「侯爵夫人ですから、なおさら危険ですね。気を引き締めて護衛いたします」
ブラッドリーが傍にいる今は、ニコルが魔力切れになることなど滅多とないのに。ブラッドリーとサリエは、真剣に言い合っている。
「あの、そんなに心配しなくても大丈夫ですから」
ニコルが困ってとりなした時、馬車がゆっくりと止まった。どうやら目的地の魔法使い協会本部に着いたらしい。
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