至宝のオメガ

夜乃すてら

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本編 第一部

48. 新しい伝統

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 それから三日かけて、僕はマリアンと急ぎで案をまとめた。
 結局、白い布に、白いレースを使い、白系統のビーズで刺繍をして、清楚でいて華やかな衣装を作ることに決まった。
 応接室で図案を広げ、僕はシオンと二人で話す。ゆっくりと話し合いたかったので、タルボにも席を外してもらったのだ。

「石玉草の実にはいろんな色がありますのに、あえて白にするんですか?」

 シオンが首を傾げるので、僕は大きく頷く。

「ええ! レイブン領の独特な花嫁衣裳という設定にして売り込めば、珍しい物好きな貴族は釣れると思います」
「しかし」

 僕の提案に、シオンは困り顔をする。僕は大きく頷いた。

「分かっています。嘘も方便です。これからは、領主の結婚式では、花嫁衣裳をこの形で作るようにしてください。さすがに庶民まで強制はできませんが、一部分に取り入れて、説得力を増すようにしたらいいでしょう」

「まさか宣伝のために、伝統を作り出すんですか?」

 シオンは面くらっている。僕は頷くと、それらしい言い訳を口にする。

「どんな伝統も、最初に始めた人がいるんです。あなたが一人目になればいいでしょ? ピンチをチャンスに変えるんです。没落するより、こうするほうがマシでは?」

 貴重なものだと印象付けるために、花嫁衣裳というのは良い案だ。祝い事で使われるものは縁起が良いし、大事な日のために手間暇かけた衣装ならば、高価でも納得する。
 石玉草の実から作られるビーズは、今は庶民向けだ。安価で手に入るものだが、借金解決のためには、できるだけ高く売ったほうがいい。そのための付加価値を考えたら、これが一番だった。

「大胆なことをおっしゃいますね。それで、嘘をついたと糾弾されたらどうなさるのですか」

 シオンの心配ももっともなことだ。
 詐欺だと悪評を流されては、逆効果になる。レイブン領のイメージが下がるだけだ。
 それについては、僕は反論を封じ込める良い案があった。この世界の人々の風習を利用するのだ。

「女性達の手仕事について、どうして他の地方の人が詳しいんですか? と聞き返せばいいんです。女性の私生活に踏み込むのはタブーでしょう? 相手は疑わしいと思っても、周りから白い目で見られるのを恐れて、黙るしかありませんよ」

 きっかけとなった仕立屋の主人もそうだが、男には女性の私生活は分からない。ましてや、他の地方となるともっとだ。深く口を出すと、女性の私生活を荒らすふらちものだとそしられるだろうし、何より女性を敵に回すはめになる。

 女性に反感を買えば、彼女達を保護する神殿が必ず口を出す。神官の権威を恐れる人々にとって、藪をつついて蛇を出すどころか、ドラゴンが飛び出してくるくらいおっかないことだ。

「そうでしょうけれど、嘘をつくのは騎士道精神に反するので……」

 どうしても納得できないでいるシオンの目を、僕はじっと見つめる。静かな声で問う。

「シオン、あなたが守りたいのは、騎士道のルールですか? それとも、先祖代々守り続けてきた領地と民ですか?」

 シオンはハッと目を見開く。すっと真顔になり、強く頷いた。

「そうでした。私は領主として、民を守らねばなりません。没落して、この地を王家に蹂躙されるわけにはいかない。手段を選んでいる場合ではありませんでした」

「きっと、あなたの領民も、この地を守りたい気持ちに変わりはありませんよ。根回しするならば、女性達に協力を求めるといいでしょう。女性はいざとなると結束力が固いですからね。堂々と、作ったばかりの伝統を、昔からあったと言ってくれるでしょう。そうなれば、それは偽物ではなく、本物です」

「まるっきり詐欺のようですが、腹をくくることにします」

 複雑そうな顔をするのは、しかたがない。嘘をつくのが気持ち悪いのだろうか。憂鬱さを隠さないシオンに、僕はくすりと笑みをこぼす。

「僕、あなたのそういう頑固で真面目すぎるところ、好きですよ」
「それでも、ディル様は嘘をつき通せとおっしゃるのですね」
「これは、誰かを傷つけない嘘ですから」

 人をおとしめる嘘はつかないが、これは誰かを守る嘘だ。

「嘘も使いようですよ、シオン」
「まるで宮廷の策士のようですね、ディル様」

 僕はにこりと笑って、答えない。内心、ちょっと焦ったが。

「僕は次の冬至祭で、こちらの衣装を着ます。そして、素晴らしい伝統工芸があったと知らしめます。あとは、レイブン領の人々の仕事です。良い仕事をしていれば、勝手に軌道に乗るでしょう。あなたはそこできちんと手綱を取らねばなりません。油断して、手を抜いたら全てが水の泡です」

 〈楽園〉のオメガが気に入っているものだという評判があれば、価格は跳ね上がるだろう。信者はいろんな層がいる。高価格から低価格まで、さまざまな物が売れるはずだ。その波に乗れるように、今から準備しなくてはいけない。

「この機会、全力で物にしてみせます。領内の仕立屋や針子を総動員して、機をうかがうことにします」

「都の流行に詳しいデザイナーが必要でしょう。そちらは〈楽園〉の伝手で、手配しますね。僕が手を貸すのは、それくらいです。あとは領民とともに力を合わせて乗り越えてください。上手くいけば、大きな自信になるはず」

「そして、新しい商取引ルートになるわけですね。努力して根付かせれば、今後、継続して領をうるおす財源になるでしょう」

 僕はシオンに微笑んだ。
 〈楽園〉の後ろ盾は、降って湧いた幸運というあいまいなものだ。一時的に繁栄しても、それが無くなったら衰退するだろう。そうではなく、彼ら自身で地道に築き上げていってほしい。それは必ず、レイブン領の力になる。
 そのほうがよほど、彼らの為になるはずだ。

「がんばってください、シオン。もしあなたと結婚しなかったとしても、僕はずっと応援しています」

 僕がシオンの手を取って励ますと、シオンは切なげに目を細める。

「ああ、まったく。ディル様は月のような方ですね。美しく輝いていて、まるで手が届きそうなのに、遠い」

 シオンはぎゅっと手を握り返し、目を閉じる。深呼吸をしてから、目を開けた。

「深く案じてくださるディル様の慈悲に、感謝申し上げます」

 床に片膝をついて、僕の手の甲にキスを落とす。騎士としての最敬礼に、僕も胸が熱くなった。
 彼の感謝と愛情が、ひしひしと感じられたのだ。

「いいんです、シオン。……こちらこそ、ありがとう」

 前の世界でのシオンと、ふいに重なって見えた。
 僕はずっと、彼にお礼を言いたかった。こちらのシオンを助けて、せめてもの償いになればと思ったが、そのせいで余計に、あちらのシオンがどれだけ僕を案じていてくれていたか痛感してしまった。

(僕が目の前で死んで、あの方の傷になったかもしれない)

 思い出すと、涙がこぼれる。

「うっ」

 胸に押し寄せた衝動で、僕は目蓋が熱くなった。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ありがとう」
「ディル様……?」

 両手で顔を覆って、僕は嗚咽おえつをこぼす。シオンは戸惑いを込めてこちらを見ていたが、なんとなく察したようだった。

「私とよく似ているという方と、重ねていらっしゃるのですか」
「…………」
「それほど想われていらっしゃるのに、その方と結ばれないのですか?」

「もう二度と会えないんです。でも、僕はあの人にひどいことをしてしまった。あなたにもひどいことをしている自覚はあります。あなたを助けることで、罪悪感を減らしたかったのかもしれない」

 シオンは僕の傍にひざまずいたまま、こちらをのぞき込む。

「ですが、あなたが真剣に助けてくださったのは事実です。何もひどくはありません」

 シオンの優しさが、胸をえぐる。
 僕が泣き止まないので、シオンは僕の隣に座った。

「ディル様」
「……?」

 なんとかそちらを見ると、シオンの綺麗な顔がアップになった。唇にやわらかいものが当たる。キスされたと気付いて、僕は目を丸くする。驚いた拍子に、涙が止まる。

「その男とは、こんなこともしたのですか?」
「まさか。触れたこともありません」

 護衛として、あちらのシオンは常に距離をとっていた。王の騎士なのに、誰にでもそんなふうにする礼儀正しい人だと思っていたくらいだ。
 シオンは僕の手を取って、その手首にキスを落とす。僕の頬にカッと血がのぼる。

「では、こういうことは?」
「し、してませんってば」

 シオンに流し目をされて、僕の心臓はドキドキと鳴り始めた。

「愛の告白をしたのですか」
「いいえ」
「あなたのような方にそれほど想われておきながら、告白一つしないなんて、とんだいくじなしですね。そんな情けない男、いつまでも気にかけなくてよろしいかと」
「で、でも」

 僕にとっては大切なことだ。反論しようとした口を、シオンがキスでふさぐ。
 軽く合わさるだけかと思えば、舌が入り込んできた。僕はビクリと震え、とっさに押し返そうとしたが、腰と後ろ頭を固定されて身動きできない。そのまま深くからめられる。

「ん……っ。んんっ」

 やっと離してもらえた時には、すっかり息が上がっていた。

(どうして……)

 キスされた理由が分からない。ぼーっとシオンを見ると、シオンは青い目をすっと細めた。その瞳は、鋭利えいりな光を宿している。

「その似た男がうらやましいし、腹が立ちます。私を見ると、思い出すんでしょう?」
「…………」

 それは否定できない。平行世界のシオンだから、どうしても思い浮かべる。
 僕のあごを軽く引いて、シオンは頬にキスを落とす。そのまま耳元でささやいた。

「私を見て、その男を思い出したようだと察したら、キスしますね。そのたびに、こちらの記憶で上書きしてさしあげます」

 ぞくりと、僕は背筋を震わせる。
 甘美な嫉妬に、自然と顔を赤らめた。

「シ、シオン……?」

 恐る恐るシオンを伺うと、彼は美しい笑みを浮かべる。

「思い出していいですよ。キスをする良い口実ができました」

 優しい雰囲気はいつも通りなのに、逆らってはいけない圧力が感じられる。

「もしかして、かなり怒ってます?」
「…………」

 シオンは答えず、また微笑んだ。

(激怒だ。間違いない)

 シオンにとっては面白くないのだろう。
 僕でも、似た人と比べられたら嫌な気がするから当然だ。
 僕がおびえて後ろに下がろうとすると、シオンは僕の髪を優しくなでた。

「すみません。あなたには怒っていませんが、その似た誰かに嫉妬してしまいます。母上の言う通りですね。独占欲が強くて申し訳ありません」

 もう一度、僕の頬にキスをしてから、シオンは椅子を立つ。

「頭を冷やして参ります」
「は、はい……」

 シオンが部屋を出ていくのを、僕は呆然と見送る。

(嫉妬してても、優しい……)

 どう考えても僕が悪いのだから、僕を責めて怒っても構わないことなのに、まさかあちらが謝って出て行くとは。
 シオンの自制心の強さを甘く見ていたようだ。

(良い人すぎるよ)

 僕はクッションに頭を預けて横たわる。

(前の世界とか関係なく、シオンには幸せになってほしい)

 他人のことはそう願えるのに、自分のことだと幸せになるのは難しい。どうしても過去が付きまとう。
 なんだかちょっと落ち込んで、僕は目を閉じた。
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