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本編
六章7
しおりを挟むそして、パーティー当日。
美しく輝くホールで、剛樹は銀狼族風の盛装をして、ユーフェの傍にいた。
こういった公式行事では、王族や貴族は袖の長い服を着るらしい。どこか日本を思い出させる前あわせの服の腰を帯でとめているのも、ズボンを履くのも一緒だが、布の質ときらびやかさは格段に上だ。
剛樹は淡い青の上着と白いズボンを身に着け、やわらかい布の靴を履いている。執事に仕度をすると言われて、朝から人族の男性使用人にエステのようなものをほどこされた。男相手でも裸をさらすのは羞恥でしかなかったが、使用人は機械的にてきぱきと仕事をこなした。オイルマッサージをほどこし――若いのに首と肩のこりがひどいとしかめ面され――、無駄毛をそられ、髪と眉を整えられて、フェイスマッサージと肌の手入れまでされた。気が付いたら、服を着せられて、鏡の前に立っていたのだから驚きだ。
(あれだけで少しあかぬけた気がするから、すごいよなあ)
怒涛の午前中を思い出して、剛樹はため息をつく。かなり有能な使用人に違いない。
この洗礼はユーフェも味わったようで、ユーフェの毛並みも、ホールの明かりを受けて光り輝いている。銀狼族という名の通り、銀ピカだ。深い紫と白を合わせた衣装をまとっていて、これがまた格好いい。
「どうした、モリオン」
「始まったばかりなのに、すでに疲れていまして……」
「あの身支度は慣れないと大変だよな」
ユーフェは分かると言って、大きく頷いた。
「それにしても、こんなに大規模なパーティーだとは思っていませんでした。部屋に帰りたいです」
「お前は本当に、人前が苦手なのだな。白鼠族みたいだ」
ユーフェは呆れたように言い、客のほうを見た。
そこには真っ白い毛を持つ小柄な鼠の獣人の一団がいて、ビクビクしながら辺りをうかがっている。他にも、おなじみの人族以外に、猫やライオン、ワシに似た獣人を見かけた。
「ラズリア王国は鉱山も所有しているから、豊かな国だと教えただろう? その王太子の婚約者発表だぞ。各国から要人が集まるに決まっている。祝いに来て好感を示しつつ、貿易の売りこみに来ているのだ」
昔から親しくしている同盟国もあるが、とユーフェは付け足した。
「宙の泉のことも知られているしな」
「えっ、そうなんですか?」
「隠せるものではないからしかたがないが、公開はしていないよ。危険なものも流れ着くと教えただろう?」
そういえば、恐らく手りゅう弾らしきものを拾った鍛冶屋が爆死したのだったか。
「質問してくる知りたがりもいるから、私の名を出して答えないようにしなさい」
「分かりました」
ユーフェがフォローしてくれるのは助かる。
他国の客が多いといっても、大部分は銀狼族だ。こんなふうに大勢の銀狼族が集まる場に来ると、ユーフェが小柄なのがよく分かる。彼が体格を気にして思い詰めるのもしかたがない。
(圧がすごい……!)
男女ともに背が高く、男のほうは大柄だ。これだけそろうと、剛樹は畏縮してしまう。気のせいか、白鼠族も、じりじりと人の少ない隅へ移動しているようだ。剛樹もそちらに避難しようかと思ったが、ユーフェに止められた。
「モリオン、どこに行く」
「俺みたいなのは、隅のほうにいたほうがいいと思います」
頭上から大きなため息が降ってきた。
「モリオン、逃げたいのは分かるが、私の傍にいなさい。そのほうが安全だ」
「安全ですか?」
「一人になったところを誰かに話しかけられて、対応できるのか?」
「……」
「沈黙は肯定とみなすぞ」
剛樹はそれでいいですと頷いた。ろくな受け答えもできずに、しどろもどろになってみっともない様をさらす自信のほうがある。
それはそれとして、隅というのは吸引力があり、剛樹は無意識にそちらに行かないように、ユーフェの上着の裾をつかむ。
「それでよい」
「……すみません」
「いや、こちらこそお前に嫌な役目を強いている。今のお前は国賓だから、こういった公式行事には顔を出さないと、王家の面子が立たぬのだ。最低限の出席をしたら帰ろう」
「分かりました」
客だからこそ、礼儀は通さなければならない。
(いじめられるより、我慢するほうがましだ!)
とにかく大柄な銀狼族が怖い剛樹は、気合を入れた。
「ユーフェさん、公式行事で紫の衣を着ていいのは王家だけなんですよね? こんなに親族がいらっしゃるんですか?」
会場内には、思ったよりも紫の服を着ている銀狼族が多い。
「ああ。臣籍にくだったとはいえ、フェルネン兄上が正式に国王として即位するまでは、兄弟は王族の扱いだからな。王孫まで入れれば、これくらい多い」
「お孫さんもいるってことは、結婚が早いんですね」
「ああ。銀狼族は十六歳が成人だから、早いとそれくらいには所帯を持つよ」
剛樹の常識だと、十六歳は高校一年生だ。最近ではそれほど若い年齢で結婚する者は少ないので驚いた。
(でも、こちらは花から子どもが産まれるんだから、出産でのリスクはないのか……)
ということは、もしかしてこちらの女性には子宮はないのだろうかと不思議に思ったが、そんなプライベートすぎることを誰かに訊く度胸もない。
ぼーっと考えていると、紫の衣を着た銀狼族がこちらに集まってきた。
「ユーフェ、久しぶりだな!」
「元気そうで良かったわ」
どこの世界だろうと、親戚の様子はそう変わらないらしい。ユーフェはあっという間に親族に囲まれ、あいさつや質問を投げられた。
「兄上方! 一度に話しかけられても、私には理解できません!」
しびれを切らしたユーフェが声を上げると、彼らはごめんと謝りながら笑う。フェルネン以外の三人の兄も大柄で、年齢がいくつか離れているらしい。執事が過保護だと言う意味が、剛樹にも分かった。兄嫁も一緒になって、ユーフェを心配しているのだ。子どもならともかく、大人に対してはおせっかいに感じられるほどだ。
「ねえ、このお兄ちゃんは誰?」
第二王子の五歳になる息子が、剛樹を指さした。それで彼らはようやく、ユーフェの後ろに隠れている小さな人族に気づいたらしい。大人達はざわついた。
「わっ、いつからそこに?」
「最初からいましたよ。こちらはモリオンです。国賓として滞在中です」
詳しいことは使用人に聞くように言って、ユーフェは簡略な紹介をした。剛樹は首をすくめ、目も合わせられず、頭を下げる。
「モリオンです、ユーフェ様の研究助手をしています。よろしくお願いします」
「助手? 宙の泉の研究の? ええ、新しい婚約者かと思ったのに」
彼らはそろってがっかりとため息をつく。ユーフェは毛を逆立てて怒る。
「いい加減にしてください! モリオン、庭にでも行こう」
「ちょ、ちょっと待って、ユーフェさん。わあっ」
親族の干渉に腹を立てたユーフェは、剛樹の手を引っ張って歩きだす。当然、足の長さが違うので、剛樹は転びそうになった。
「すまぬ」
「え? ちょっ、ユーフェさん。これもどうかと思います!」
いつものようにユーフェの腕に乗せて運ばれ、剛樹はあたふたと抗議する。
そんな二人を見送って、親族らは顔を見合わせる。
「なあ、あれで婚約者ではないのか?」
「ちょっと期待が持てるかもしれませんわね」
こりない親族達は、にんまりと含み笑いをした。
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