白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

文字の大きさ
78 / 87
4幕 家守の鏡

10 違和感

しおりを挟む


 白明鏡とあいさつしたところで、如花は急に眠気を覚えたようだ。頭を揺らしてこくりこくりと船をこぎ始めたので、燕は如花を抱き上げた。

「申し訳ありません、お客様。お嬢様は眠くなられたご様子で」
「構わぬから、部屋に戻って休ませるがよい」
「ありがとうございます。失礼いたします」

 燕はあいさつをすると、眠りにこてんと落ちた如花を抱えて、白明鏡の部屋から出て行った。碧玉はため息をつく。

「ふう。これでようやく部屋に戻れる」
「はは、お嬢様にお付き合いくださり、ありがとうございます」

 衛兵には和やかな目で礼を言われた。
 ようやく如花の世話から解放された碧玉は、桃家の主人達に見つかる前に、急いで母屋を離れて客堂に帰った。
 灰炎は料理を温めなおし、再び配膳した。灰炎と雪瑛も夕餉がまだだったので、碧玉は二人に食べるように言い、部屋で一人になった。粥を木のさじですくって口に運びながら、白明鏡について思い出す。
 素晴らしい法具だったが、あの一瞬だけ映り込んだ人影が引っかかっていた。

「あの角度……どう考えても宙に浮いてねば映るなどありえぬことだ。しかし、幽鬼などはいなかったし……まさか本当に『家守様』なる者がいるのか? それとも法具が力を持って、神仙を宿したか?」

 碧玉は考えにふけるあまり、行儀悪く、椀によそった粥を木さじでぐるぐるとかき回す。

「どうなさったんですか、主君。時間はかかりますが、粥を作り直しましょうか」
「灰炎、戻るのが早くないか?」
「私は菜餅なもちで済ませましたからね」

 菜餅というのは、惣菜を入れたおやきのことだ。

「お前も旅疲れがあるだろうに。しっかり食べねば後で困ることになるぞ」
「とんでもない。野菜と肉がたっぷり入った菜餅ですよ。庶民にとってはたまに食べられるごちそうみたいなものですから、元気が出ますよ」

 肉が好きな灰炎らしい返事だ。

「それで、主君。粥を作り直しましょうか? 粥ですと、半刻はかかってしまいますが」
「不要だ。考えごとをしていただけだ」
「母屋で何かあったんですか?」

 灰炎が心配そうに問うので、碧玉は白明鏡のことを教えた。

「はあ。お嬢様がおっしゃるには、白明鏡はキラッと光って返事をするんですか? そして、主君は鏡に人影が見えたと? うーん、その鏡に神仙が宿ったとして、言葉をかわさないのはおかしいのではありませんか?」
「……それもそうか」
「しかし、主君には違和感があったでしたら、何か意味があるのかもしれません。宗主様にはお知らせしておきましょう」
「そうだな」

 些細なことでも、こういった感覚は大事だ。碧玉は天祐に話すことを決め、残りの粥を口に運ぶ。灰炎はその間に茶を淹れて、碧玉の前に置いた。

「主君、湯あみをなさいますよね? 準備してまいります」
「うむ」

 碧玉はちらりと窓のほうを見た。

「桃宗主は客のもてなしがお好きな方だとか。宗主様のお戻りは、遅くなるかと。先にお休みになってはいかがでしょうか」
「……そうするか。そういえば、雪瑛はどうした?」
「満腹になるや、寝てしまいましたよ。まったくかわいらしいものです」

 小動物が好きな灰炎の目尻はすっかり下がっている。

「食べてすぐに横になると牛になるとおどかしてやれ」
「はは。雪瑛は喜ぶと思いますよ。牛のほうが強いと言って」
「……ふん」

 確かにあの白狐の言いそうなことだ。碧玉は鼻で笑った。
 それからしばらくすると、居室に置いた風呂桶に、下男が湯を運び入れた。灰炎はそれに水を足して湯加減を調整し、満足気に頷く。風呂桶の傍に木製の階段を添え、目隠しの衝立ついたても用意して、準備万端となった。
 ちょうど碧玉が食事を終え、少し冷めた茶をゆっくり飲んでいるところだった。

「主君、どうぞ」
「ああ。この葉はなんだ?」
「桃の葉ですよ。肌に良いので、桃家の使用人から少し分けてもらったのです。旅の疲れか、少しかさついておりますでしょう? 今日は髪も手入れさせてください」
「……好きにせよ」

 旅の間は身なりの手入れはおざなりにするしかない。灰炎はこの機会を狙っていたようだ。どうせい碧玉がゆっくりと湯に浸かっている間に、灰炎が勝手に手入れをするのだ。面倒だと言うだけ無駄である。
 灰炎はいつの間にか湯舟の傍に火鉢を移動させ、碧玉が寒くないように気遣ってくれている。
 碧玉が冠を外すと、灰炎がすぐに盆を差し出すので、それに置く。ぞんざいに衣服を脱いで裸になったところで、使用人相手に恥ずかしいとも思わない。子どもの頃から傍にいる灰炎ならば、なおさらだ。
 ふいに窓のほうからカタンと音がして、碧玉は振り返った。灰炎がさっと碧玉を背にかばう。

「何者だ?」

 灰炎が問うが、答えはない。窓がキイキイと風に吹かれて揺れていた。

「私の閉め方が甘かったかもしれぬな」

 如花を見つけた時に、碧玉が開けたせいだろうと思った。灰炎は首をひねっている。

「念のために確認してまいります」

 灰炎はすぐに窓辺に向かい、周りを見回して、首を傾げる。

「誰かがいた痕跡もありませんね。たまたま風で開いたのでしょう。今度は掛け金もかけておきます」

 灰炎はきっちりと板窓を閉めなおし、碧玉のほうに戻ってくる。

「この客堂、年季が入っておりますし、建付けが悪いのやもしれませんね。ああ、体が冷えてしまいます。湯に浸かってください」
「ああ、そうしよう」

 碧玉は湯に浸かりながら、なんとなく紫曜が言っていたことを思い出した。

 ――誰もいないはずなのに、視線を感じるのだ

(まさかな……)

 碧玉も窓から視線を感じたように気がしたが、護衛も兼ねている灰炎が誰かの痕跡がないと言うなら、そうなのだ。

(桃家の結界には、幽鬼の類はまず近づけない。気のせいなんだろう)

 だというのに、なぜか桃如花が「家守様」と無邪気に話す声が耳奥によみがえり、碧玉は眉を寄せた。

(ありえぬ。あれは破邪の法具だ。悪いものではない)

 碧玉が鼻先まで湯に沈めると、灰炎に慌てて声をかけられた。

「主君、そんなふうにしていると、のぼせてしまいますよ!」

 時すでに遅く、疲れていたせいもあって、碧玉は湯当たりしてしまった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。