白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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4幕 家守の鏡

12 〈深山〉


 〈深山〉は、緋丘の北西に位置する山の集まりの中で、一番奥まった所にあるらしい。
 桃家の親族で、宗主に許された者しか立ち入れない重要な土地だ。
 そういうわけで、〈深山〉には案内役として桃安がついてきてくれることになった。もちろん、桃家の次期後継者だけではなく、従者の男が二人控えている。
 山の入り口に着くと、碧玉達は馬車から下りた。ここからは登山の準備をして、荷を背負っていかなければならない。
 従者達が準備をしている間、安が天祐や紫曜に〈深山〉の歴史を説明してくれた。

「この山は、遥か昔、神農大帝しんのうたいていを祀っていた桃家の先祖が住んで、薬草の研究をしていた場所なんですよ」

 神農大帝とは、医薬と農耕を司る神である神農に尊称をつけて呼んだ名だ。この神は、人々に農耕を教えただけでなく、薬草と毒草を見極めようと検証し、最後には毒に倒れて亡くなったといわれている。

「先祖の医者は、その勤勉さを美徳とされ、天帝より無毒化の異能を授かりました。おかげで、神農のように毒草を口にしても、桃家の異能を持つ者は死ぬことはありません。ただ、死なないだけで、短時間の苦痛はありますけどね」

 安は苦笑した。天祐が思わずという様子で問う。

「そのような異能があるのに、短時間とはいえ、苦しむのですか?」
「ええ。でなければ、毒草の味や効果がどんなものかわからないでしょう? 異能の能力が低いほど、苦痛の時間が増えますが、宮廷で毒見役をしている親族もおりますよ。危険な役目だけあって、俸給が破格ですから」

 奇特な者もいるものだ、と碧玉は思った。賜死の毒を受けて死にかけた身なので、あれをもう一度味わいたいとは思わない。

「ああ、それから、この辺りの西の峰には、謎かけの虎と呼ばれている妖怪がおりますので、くれぐれも私からはぐれないようにしてください。あの虎は桃家の者には手出しできませんからね」
「ああ、その虎は本当にいるのか。白家にいる医者が、若い頃にその虎に遭遇して怖い目にあったらしい」

 天祐がそう言うと、安は目を丸くした。

「あまり外部の人間に立ち入り許可は出さないので、珍しいこともあったものですね。一応、この道を歩いていれば襲われないはずなんですが、迷ったのでしょうか」

 安は首を傾げて続ける。

「そもそも、白家の道士が白明鏡をさずけてくださったのは、あの虎の妖怪のせいなんですよ。白家でお聞きしておりませんか」

 天祐はこの問いに困ったようで、ちらっと碧玉のほうを見た。白蓮もこちらをじっと見つめるので、碧玉はしかたがなく答える。白蓮は道術には通じているが、白家の歴史にまでは詳しくないのだ。

「白宗主様、白家に伝わる話では、親しい友人が妖怪の悪さに困っていたため、白明鏡を作ったということしか存じませんね」

 それから白明鏡を作るためにどれほど苦労したかということが、細かく書いてあった。そんな先祖の努力話などを桃家にわざわざ伝えるほど、碧玉は無作法ではない。

「……だそうだ、安殿。我が家の歴史なのに、不勉強で申し訳ない」

 天祐は苦笑いをして、あっけらかんと打ち明ける。普通ならば恥ずべきことだと誤魔化すものだが、天祐のように明るく話すといっそ清々しいものだ。

「お気遣いなく。主君を支えるために、家臣はいるのですから。食客だとお伺いしておりますが、有能な方のようですね」
「ああ、とても助けられているよ」

 安が感じ良く受け答えすると、碧玉のことを褒められた天祐は笑みを浮かべた。それに同調して、白家の家臣達がそろって頷く。

(やめよ。そうやって私に注目させるな!)

 もしここに部外者がいなかったら、碧玉は冷笑を浮かべて注意しただろう。

「そちらの若君のおっしゃる通り、昔、桃家は妖怪の悪さに苦しめられておりました。強い力を持った妖怪は時に人里まで下りてきて、人をさらって食べたのです。桃家は魔除けとして桃の木を多く植えましたが、それでも民は困らせられていたのですよ」

 安は遠くを見るような目をして、歴史を語る。

「その悪さをしていた妖怪の親玉こそ、謎かけの虎なのです。白家の先祖は破邪の鏡を作ってくださり、あの妖怪を山まで追い払ってくださいました。それ以来、白明鏡の気配が桃家の者に移るのか、あの妖怪は桃家の者を襲わなくなりました」

 天祐は探るような目つきで安を観察する。

「ふむ。桃家と鏡とのつながりは私にも分かりませんね。破邪の気配が感じられるわけでもないのに、不思議なものです」
「申し訳ありませんが、私には術のことなど分かりません。とにかく、なぜかは知りませんが、桃家の者にはあの妖怪は近づかないのです。あなたがたは私から離れないように気を付けてください」

 安がほんのり苦笑して、再度、注意をした。

「ああ、分かっているよ、ありがとう、安殿」

 紫曜は安を安心させるように、大きく頷いてみせる。

「ちょうど準備も済んだようです。そろそろ出発いたしましょう。虎が出ようが出まいが、夜までには帰りたいものです」

 白蓮が言う通り、従者達が荷を背負いなおしている。
 日帰りの予定ではあるが、山では何があるかわからないため、三日分の食料は用意してあった。

「〈深山〉にはさまざまな薬草や毒草が生えておりますので、むやみに触れないでくださいね」

 安はそう注意すると、〈深山〉へと踏み出した。碧玉達も、その後に続いた。
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