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4幕 家守の鏡
15 清星草
※トカゲの類が苦手な人は後半は読み飛ばしてくださいね~
どんな場所だろうと、灰炎は優秀な使用人である。
他の白家の供や桃家の使用人がかついできた食材で、干し肉や菜を入れた羹を作り、全員に振る舞った。
夕餉だけでなく翌日の朝餉もおいしいもので、同行者は口々に褒める。
「さすがは碧玉様の最側近である灰炎様ですね、これはあの方がお傍から離さないわけだ」
白家の道士がぽろりと零し、安が反応する。
「碧玉様というと、先代の……?」
まるで生きているかのような口ぶりをした道士を、白蓮が肘で小突いてたしなめる。
「部下が軽口をして申し訳ございません。灰炎殿は、亡き先代の義弟というよしみで、今は宗主にお仕えしているのです」
「そうそう。本当によく気が利く従者だよな。だが、私の丹青も負けてはいないぞ」
雑談に加わるそぶりで、紫曜が口を挟んだ。会話の引き合いに出されて褒められた丹青は、気まずそうに拱手をする。
「お褒めいただき光栄ですが、私は灰炎殿のように料理はできませんよ」
「はは、得意な者に任せればいいんだ」
安は不思議そうに問う。
「白宗主はそのような有能な従者を、食客につけているのですか?」
「ん? ああ、天祐殿は銀嶺を大事にしているからな」
紫曜は言葉を選んで言った。
安はなぜか碧玉をけげんそうに見つめ、すぐに目をそらす。
「そうなのですか。配下に手厚いとは、白宗主はご立派でいらっしゃる」
「滅相もない。銀嶺には大変助けられておりますからね」
天祐は真面目に返す。そのやりとりを天祐の傍で眺め、碧玉は違和感を覚えた。
(なんだ? 安殿のあの目は……)
まるで、天祐が碧玉を大事にしているという言葉を疑っているように見えた。
(安殿とはさして会話もしたことがないのに、気にかけられる覚えもないが)
ひとまず碧玉は、謙虚な文官らしい態度で、拱手をして頭を下げておいた。
「そうそう。今日の目的地はここから近いので、重い荷はここに置いていきましょう。帰りに休憩してから、下山するのがよいかと」
安が行動予定へと話題を移したので、紫曜はすぐに乗っかった。
「この山に詳しい安殿がそうおっしゃるのだ、そうしよう」
特に否定することもないので、一行は頷いた。
それぞれ装備を整え、岩屋の外に出た。
昨日の雷雨が嘘のように、外は晴れ渡っている。
「良い天気だが、足下がぬかるんでいるから気を付けないとな」
紫曜が晴天を喜ぶ一行を振り返って、注意を促す。彼の言う通り、岩肌が滑りやすくなっている。
碧玉達は気を引き締めて、そこから登山を再開した。そして一刻もしないうちに、隣の山へ通じる細い尾根へと出た。
「例の薬草は、あの崖の上に咲いているのですよ。あの通り、足場が狭いため、いらっしゃるのは四人までにしてください」
安はそう言うと、一行を見回す。
彼の言う通り、対岸の崖はそこまで広くはない。紫曜は一行をちらと見て問う。
「私と丹青、天祐殿、銀嶺でどうだ?」
桃家の禁足地に入るので、紫曜は身分が高い者を優先したようだ。
「紫曜殿の警護のためという面でも、問題ありませんね。そうしましょう」
天祐はすぐに了承し、残りの者はその場で待つことになった。
「では、よろしいですね。気を付けてついてきてください」
安は慣れた足取りで、尾根を歩きだす。その後に、丹青が続く。
「紫曜様、私が先に参ります」
「ああ。落ちそうになったらちゃんと掴まえてやるよ」
「逆ですよ。危ないと思ったら来ないでください」
紫曜の軽口に、丹青は注意を返す。
「わかったから、にらむなよ。うわ、高所恐怖症でなくて良かった」
「紫曜様、下を見てはいけませんよ」
「ああ。後悔したところだ」
尾根から下は急斜面になっており、一番下のほうには川が見える。
丹青と紫曜が尾根を渡ると、天祐が促した。
「銀嶺、先にどうぞ。異変があれば助けますから」
「私も式神くらい使えるのだぞ」
過保護な発言に、碧玉は白家の直系だと思い出させるべく、そう返す。
「わかっていますが、それはそれですよ」
碧玉は呆れて、さっさと尾根に踏み出す。
「ほら、行くぞ」
「待ってください、銀嶺」
足場はしっかりしているので、そう不安がる必要もない。碧玉は気にせず尾根を通り抜け、向かいの崖上に到着した。対岸の山とは土の質が違うようで、水はけが良く、泥すら見当たらない。
その崖の縁に沿うようにして、小さな星のような白い花が咲いている。遠目にならば、ここだけ雪が積もっているように見えたかもしれない。
「こちらが清星草です。紫曜兄上のご親戚で薬草が欲しいのは、お一人でしたか」
「ああ。患者のご両親からの頼みでね」
「でしたら、十本もあれば足りるでしょう。予備も含めれば、二十本でしょうか。花と葉と茎を使いますので、この脇芽の上で刈り取っていただけますか。そうすればまた生えてきますので」
安は丁寧に説明して、清星草の採取方法を教えた。
採取は紫曜と丹青に任せて、碧玉は清星草を眺める。小さな白い花は、五枚の花弁を持っているので、星みたいに見えた。
「おい、銀嶺。見ていないで、摘んでくれよ」
紫曜が文句を言うが、碧玉は歯牙にもかけない。
「黒家の依頼は、護衛だったと思いますが? ねえ、白宗主」
「そうです。むしろ採取中に無防備な背中を、我々が守りますのでご心配なく!」
天祐は即座に碧玉の肩を持った。
「はは、それはありがたいことだ」
紫曜はため息交じりに返す。そもそも、文句を言ってみただけなのだろう。特に気にした様子もなく、薬草を集めていく。
「摘み終えましたら、水を入れたこの竹筒へどうぞ。乾燥に弱いので」
「安殿、こういったものは後で干すのでは?」
安が紐で持ち手をつけた太い竹筒を差し出すので、紫曜が問う。紫曜の言う通り、たいていの薬草は干すことで効果が増す場合が多い。
「こちらは生のままで持ち帰り、綺麗に洗ってから、煮出して使います。名前をつけるなら、清星湯でしょうか」
安はそう言って、眉を下げて困った顔をした。
「紫曜殿が重ねて頼むので了承はしましたが、恐らくその依頼主には効果はないと思いますが……」
「ああ、たまたま安殿と体質が合ったのではないかと、桃宗主からも伺っておりますよ」
天祐が口を挟むと、紫曜はひらひらと右手を振った。
「安殿、気にしなくていい。効果がないなら残念だが、それでも構わないんだ。親戚にこの薬を手に入れてほしいと頼まれ、私はそれに応えた。それが分かっていればね」
「左様ですか」
安は肩の力を抜く。
「紫曜様、目的の数はそろえましたよ」
黙々と採取をしていた丹青が報告し、安から竹筒を受け取って、清星草を入れる。
「よし、これで帰れるな。安殿、ここまで案内してくれてありがとう。屋敷に帰り次第、代金と礼物を渡すとしよう」
「そんな、親戚のことです。水くさいですよ」
「親戚だからこそ、しっかりしておかなくてはな」
「どうか山を下りるまでは気を緩めませんように」
「ああ、そうだな」
安が注意するのはもっともだ。こういう時のほうが気を抜きやすい。向こう側に戻るために、また細い尾根を通らなくてはならないので、少なくともあちらに戻るまでは注意しておいたほうがいい。
碧玉は先導すると言う丹青の背を眺め、ふうと息をつく。
(これで目的完遂か。事前に警戒していたよりも、危険は少なかったか。桃家の貴重な山を見られて、いい物見遊山であったな)
次に紫曜が尾根に向かう。
「白宗主、先に行くといい。私がしんがりを務めよう」
この身分での並びなら、碧玉が最後を引き受けるのが自然だ。碧玉が天祐を促すと、天祐は首を横に振る。
「いえ、私が……」
「白宗主様、私が最後に参りますから、ご安心を。薬草の状態を確認しながら戻りたいので」
「そうですか? では、お言葉に甘えて」
安にまで言われては断れなかったようで、天祐はちらっと碧玉を気にしながら、三番目に尾根を通る。
「白宗主、私を気にしていると足を踏み外しますよ」
「は、はいっ」
碧玉が冷淡に注意すると、天祐は背筋を正し、前を向いた。
(そんなふうにちらちらと見られていたら、私のほうが気が散るではないか)
碧玉は安を振り返った。安はしゃがんで清星草の土の状態を簡単に確認してから、納得した顔をして立ち上がる。どうぞ、と手で先に行くように示す様は、品の良い貴公子の態度だ。
(本当に、これが元乱暴者なのか? 信じられぬな)
改めて、いったいこの清星草の何が効果があったのだろうかと、碧玉は不思議に思う。
「参りましょう、桃公子。また雨が降ってきては困ります」
「ええ。銀嶺殿は年少者には優しいようですね」
「ああ、妹御のことをお聞きに?」
「私を追いかけて迷子になったとか。そのような理由では強く叱れませんので、困ったものです」
そうつぶやいて、安は目を細める。愛おしくてしかたがないと、表情が雄弁に語っていた。
「銀嶺、安殿」
天祐が尾根の半ばで立ち止まり、碧玉達に来るようにと名を呼んで催促した。
「では先に」
碧玉は安に声をかけ、天祐のほうへ向かう。
「銀嶺殿」
安が呼ぶので、碧玉は足を止める。
「なんです? 下山してからゆっくり話を……」
ここで長話をすることもないだろうにと、碧玉はうろんに思って安を振り返る。
「銀嶺殿、私は弱きを加害するものを許せません。私の本分は、守るものゆえに」
「……? いったいなんのお話を……」
碧玉はぎくりとして、踏み出しかけた足を引き戻した。何か小さな塊がいくつも崖の下から這い出てくる。
「な、なんだ、これは……ヤモリ?」
ヤモリの群れは安を取り巻くように集まった。妖邪の気配はないので、ただの爬虫類に過ぎない。毒も持たないヤモリ程度、普段はなんとも思わないが、数が増えるとさすがに気味が悪い。
「銀嶺、こちらへ!」
天祐が駆け戻ろうとする足下へ、ヤモリが向かっていく。
「うわっ」
「天祐、無理をするな!」
尾根の上でよろけそうになる天祐を見て、碧玉は背筋がひやりとした。すぐさま剣を抜いて、安に刃を向ける。
「桃公子、どういうつもりだ。あれを操っているのは貴様か?」
「そう怒らないでください。本当は……君達を岩屋にでも閉じ込めてから話を聞こうかと思っていたのですが、どうも隙が無い。私が聞きたいのはこれだけです。銀嶺殿、あなたはそこの白宗主に虐待されているのですか?」
予想外すぎる質問に、碧玉はあ然とした。
「はあ?」
ようやく出てきた言葉も、気が抜けた有様だ。
「いったいどういう誤解を……」
碧玉には理解しがたいことだ。
そもそも、安とはほとんど話したこともないのに、どうして碧玉が天祐から虐待されていないかどうかを心配されるのだろうか。
碧玉が安を詳しく問い詰めようとした時、遠くにあった嫌な気配が急速に近づくのに気づいた。そちらに剣先を向ける。山の急斜面を優美に駆け上がってきたのは、眉が白い、黄色い虎だった。
「白眉、遅いですよ」
安は眉をひそめて、虎に文句を言う。虎のほうも迷惑そうにうなった。人の言葉を話して、安を睥睨する。
「我を呼びつけるとは、どういうことだ。危機的状況以外での、不可侵の約束はどうした」
「私にとっては火急のことです。そちらの足止めを頼みます」
「食っていいのか?」
「謎かけを間違えたら、構いませんよ」
物騒な会話をしている虎と安を見比べ、碧玉は剣を持っていない左手に浄火をまとわせた。
「なんだか知らぬが、安殿から出ていけ、怨霊め!」
碧玉は躊躇なしに安に殴りかかったが、安に手の平で受け止められた。炎が燃えているのに、安は涼しい顔をしている。悪しきものでなければ、浄火は燃やさないのだ。
「私は邪ではありませんよ」
碧玉は静かに動揺した。こんなふうにヤモリを操り、虎の妖怪を呼び寄せるのに、妖邪の類ではないとは。
「生身の人間だというのか?」
「道術も効きません。ここは桃領。私の領土ですから、何者も私を害せません。そう怒らないで。あなたを保護したいだけなのですから」
「いったい何を言って……」
碧玉は浄火を消し、安の手を振り払う。だが、足下にヤモリが群れでまとわりついてきたので、さすがに生理的な不快さで背筋がぞわっとした。
「おい、待て。落ち着け」
ヤモリの群れを避けて、碧玉は後ろにじりじりと下がる。清星草を踏んだことで、崖の傍にいることを思い出した。
安は散歩する気軽さで碧玉の左腕をつかみ、軽く引っ張る。
「さあ、行きましょう。少しお話をするだけです」
「は? そちらは崖だぞ。――!!!!」
あろうことか、安は碧玉を引っ張って、そのまま崖から飛び降りた。ひゅっと腹が浮く感覚がして、碧玉は声にならない悲鳴を上げる。そしてヤモリの群れが素早く固まって、滑り台のような形を作った。
(お、おい、まさか)
碧玉は口端を引きつらせる。
ここで気絶できれば良かったが、あいにくと碧玉の肝は太い。そのまま安とともに、反対側にある山の洞窟に向けて、ヤモリの群れでできた滑り台を落ちていく。
碧玉は言葉にならない絶叫を上げた。
どんな場所だろうと、灰炎は優秀な使用人である。
他の白家の供や桃家の使用人がかついできた食材で、干し肉や菜を入れた羹を作り、全員に振る舞った。
夕餉だけでなく翌日の朝餉もおいしいもので、同行者は口々に褒める。
「さすがは碧玉様の最側近である灰炎様ですね、これはあの方がお傍から離さないわけだ」
白家の道士がぽろりと零し、安が反応する。
「碧玉様というと、先代の……?」
まるで生きているかのような口ぶりをした道士を、白蓮が肘で小突いてたしなめる。
「部下が軽口をして申し訳ございません。灰炎殿は、亡き先代の義弟というよしみで、今は宗主にお仕えしているのです」
「そうそう。本当によく気が利く従者だよな。だが、私の丹青も負けてはいないぞ」
雑談に加わるそぶりで、紫曜が口を挟んだ。会話の引き合いに出されて褒められた丹青は、気まずそうに拱手をする。
「お褒めいただき光栄ですが、私は灰炎殿のように料理はできませんよ」
「はは、得意な者に任せればいいんだ」
安は不思議そうに問う。
「白宗主はそのような有能な従者を、食客につけているのですか?」
「ん? ああ、天祐殿は銀嶺を大事にしているからな」
紫曜は言葉を選んで言った。
安はなぜか碧玉をけげんそうに見つめ、すぐに目をそらす。
「そうなのですか。配下に手厚いとは、白宗主はご立派でいらっしゃる」
「滅相もない。銀嶺には大変助けられておりますからね」
天祐は真面目に返す。そのやりとりを天祐の傍で眺め、碧玉は違和感を覚えた。
(なんだ? 安殿のあの目は……)
まるで、天祐が碧玉を大事にしているという言葉を疑っているように見えた。
(安殿とはさして会話もしたことがないのに、気にかけられる覚えもないが)
ひとまず碧玉は、謙虚な文官らしい態度で、拱手をして頭を下げておいた。
「そうそう。今日の目的地はここから近いので、重い荷はここに置いていきましょう。帰りに休憩してから、下山するのがよいかと」
安が行動予定へと話題を移したので、紫曜はすぐに乗っかった。
「この山に詳しい安殿がそうおっしゃるのだ、そうしよう」
特に否定することもないので、一行は頷いた。
それぞれ装備を整え、岩屋の外に出た。
昨日の雷雨が嘘のように、外は晴れ渡っている。
「良い天気だが、足下がぬかるんでいるから気を付けないとな」
紫曜が晴天を喜ぶ一行を振り返って、注意を促す。彼の言う通り、岩肌が滑りやすくなっている。
碧玉達は気を引き締めて、そこから登山を再開した。そして一刻もしないうちに、隣の山へ通じる細い尾根へと出た。
「例の薬草は、あの崖の上に咲いているのですよ。あの通り、足場が狭いため、いらっしゃるのは四人までにしてください」
安はそう言うと、一行を見回す。
彼の言う通り、対岸の崖はそこまで広くはない。紫曜は一行をちらと見て問う。
「私と丹青、天祐殿、銀嶺でどうだ?」
桃家の禁足地に入るので、紫曜は身分が高い者を優先したようだ。
「紫曜殿の警護のためという面でも、問題ありませんね。そうしましょう」
天祐はすぐに了承し、残りの者はその場で待つことになった。
「では、よろしいですね。気を付けてついてきてください」
安は慣れた足取りで、尾根を歩きだす。その後に、丹青が続く。
「紫曜様、私が先に参ります」
「ああ。落ちそうになったらちゃんと掴まえてやるよ」
「逆ですよ。危ないと思ったら来ないでください」
紫曜の軽口に、丹青は注意を返す。
「わかったから、にらむなよ。うわ、高所恐怖症でなくて良かった」
「紫曜様、下を見てはいけませんよ」
「ああ。後悔したところだ」
尾根から下は急斜面になっており、一番下のほうには川が見える。
丹青と紫曜が尾根を渡ると、天祐が促した。
「銀嶺、先にどうぞ。異変があれば助けますから」
「私も式神くらい使えるのだぞ」
過保護な発言に、碧玉は白家の直系だと思い出させるべく、そう返す。
「わかっていますが、それはそれですよ」
碧玉は呆れて、さっさと尾根に踏み出す。
「ほら、行くぞ」
「待ってください、銀嶺」
足場はしっかりしているので、そう不安がる必要もない。碧玉は気にせず尾根を通り抜け、向かいの崖上に到着した。対岸の山とは土の質が違うようで、水はけが良く、泥すら見当たらない。
その崖の縁に沿うようにして、小さな星のような白い花が咲いている。遠目にならば、ここだけ雪が積もっているように見えたかもしれない。
「こちらが清星草です。紫曜兄上のご親戚で薬草が欲しいのは、お一人でしたか」
「ああ。患者のご両親からの頼みでね」
「でしたら、十本もあれば足りるでしょう。予備も含めれば、二十本でしょうか。花と葉と茎を使いますので、この脇芽の上で刈り取っていただけますか。そうすればまた生えてきますので」
安は丁寧に説明して、清星草の採取方法を教えた。
採取は紫曜と丹青に任せて、碧玉は清星草を眺める。小さな白い花は、五枚の花弁を持っているので、星みたいに見えた。
「おい、銀嶺。見ていないで、摘んでくれよ」
紫曜が文句を言うが、碧玉は歯牙にもかけない。
「黒家の依頼は、護衛だったと思いますが? ねえ、白宗主」
「そうです。むしろ採取中に無防備な背中を、我々が守りますのでご心配なく!」
天祐は即座に碧玉の肩を持った。
「はは、それはありがたいことだ」
紫曜はため息交じりに返す。そもそも、文句を言ってみただけなのだろう。特に気にした様子もなく、薬草を集めていく。
「摘み終えましたら、水を入れたこの竹筒へどうぞ。乾燥に弱いので」
「安殿、こういったものは後で干すのでは?」
安が紐で持ち手をつけた太い竹筒を差し出すので、紫曜が問う。紫曜の言う通り、たいていの薬草は干すことで効果が増す場合が多い。
「こちらは生のままで持ち帰り、綺麗に洗ってから、煮出して使います。名前をつけるなら、清星湯でしょうか」
安はそう言って、眉を下げて困った顔をした。
「紫曜殿が重ねて頼むので了承はしましたが、恐らくその依頼主には効果はないと思いますが……」
「ああ、たまたま安殿と体質が合ったのではないかと、桃宗主からも伺っておりますよ」
天祐が口を挟むと、紫曜はひらひらと右手を振った。
「安殿、気にしなくていい。効果がないなら残念だが、それでも構わないんだ。親戚にこの薬を手に入れてほしいと頼まれ、私はそれに応えた。それが分かっていればね」
「左様ですか」
安は肩の力を抜く。
「紫曜様、目的の数はそろえましたよ」
黙々と採取をしていた丹青が報告し、安から竹筒を受け取って、清星草を入れる。
「よし、これで帰れるな。安殿、ここまで案内してくれてありがとう。屋敷に帰り次第、代金と礼物を渡すとしよう」
「そんな、親戚のことです。水くさいですよ」
「親戚だからこそ、しっかりしておかなくてはな」
「どうか山を下りるまでは気を緩めませんように」
「ああ、そうだな」
安が注意するのはもっともだ。こういう時のほうが気を抜きやすい。向こう側に戻るために、また細い尾根を通らなくてはならないので、少なくともあちらに戻るまでは注意しておいたほうがいい。
碧玉は先導すると言う丹青の背を眺め、ふうと息をつく。
(これで目的完遂か。事前に警戒していたよりも、危険は少なかったか。桃家の貴重な山を見られて、いい物見遊山であったな)
次に紫曜が尾根に向かう。
「白宗主、先に行くといい。私がしんがりを務めよう」
この身分での並びなら、碧玉が最後を引き受けるのが自然だ。碧玉が天祐を促すと、天祐は首を横に振る。
「いえ、私が……」
「白宗主様、私が最後に参りますから、ご安心を。薬草の状態を確認しながら戻りたいので」
「そうですか? では、お言葉に甘えて」
安にまで言われては断れなかったようで、天祐はちらっと碧玉を気にしながら、三番目に尾根を通る。
「白宗主、私を気にしていると足を踏み外しますよ」
「は、はいっ」
碧玉が冷淡に注意すると、天祐は背筋を正し、前を向いた。
(そんなふうにちらちらと見られていたら、私のほうが気が散るではないか)
碧玉は安を振り返った。安はしゃがんで清星草の土の状態を簡単に確認してから、納得した顔をして立ち上がる。どうぞ、と手で先に行くように示す様は、品の良い貴公子の態度だ。
(本当に、これが元乱暴者なのか? 信じられぬな)
改めて、いったいこの清星草の何が効果があったのだろうかと、碧玉は不思議に思う。
「参りましょう、桃公子。また雨が降ってきては困ります」
「ええ。銀嶺殿は年少者には優しいようですね」
「ああ、妹御のことをお聞きに?」
「私を追いかけて迷子になったとか。そのような理由では強く叱れませんので、困ったものです」
そうつぶやいて、安は目を細める。愛おしくてしかたがないと、表情が雄弁に語っていた。
「銀嶺、安殿」
天祐が尾根の半ばで立ち止まり、碧玉達に来るようにと名を呼んで催促した。
「では先に」
碧玉は安に声をかけ、天祐のほうへ向かう。
「銀嶺殿」
安が呼ぶので、碧玉は足を止める。
「なんです? 下山してからゆっくり話を……」
ここで長話をすることもないだろうにと、碧玉はうろんに思って安を振り返る。
「銀嶺殿、私は弱きを加害するものを許せません。私の本分は、守るものゆえに」
「……? いったいなんのお話を……」
碧玉はぎくりとして、踏み出しかけた足を引き戻した。何か小さな塊がいくつも崖の下から這い出てくる。
「な、なんだ、これは……ヤモリ?」
ヤモリの群れは安を取り巻くように集まった。妖邪の気配はないので、ただの爬虫類に過ぎない。毒も持たないヤモリ程度、普段はなんとも思わないが、数が増えるとさすがに気味が悪い。
「銀嶺、こちらへ!」
天祐が駆け戻ろうとする足下へ、ヤモリが向かっていく。
「うわっ」
「天祐、無理をするな!」
尾根の上でよろけそうになる天祐を見て、碧玉は背筋がひやりとした。すぐさま剣を抜いて、安に刃を向ける。
「桃公子、どういうつもりだ。あれを操っているのは貴様か?」
「そう怒らないでください。本当は……君達を岩屋にでも閉じ込めてから話を聞こうかと思っていたのですが、どうも隙が無い。私が聞きたいのはこれだけです。銀嶺殿、あなたはそこの白宗主に虐待されているのですか?」
予想外すぎる質問に、碧玉はあ然とした。
「はあ?」
ようやく出てきた言葉も、気が抜けた有様だ。
「いったいどういう誤解を……」
碧玉には理解しがたいことだ。
そもそも、安とはほとんど話したこともないのに、どうして碧玉が天祐から虐待されていないかどうかを心配されるのだろうか。
碧玉が安を詳しく問い詰めようとした時、遠くにあった嫌な気配が急速に近づくのに気づいた。そちらに剣先を向ける。山の急斜面を優美に駆け上がってきたのは、眉が白い、黄色い虎だった。
「白眉、遅いですよ」
安は眉をひそめて、虎に文句を言う。虎のほうも迷惑そうにうなった。人の言葉を話して、安を睥睨する。
「我を呼びつけるとは、どういうことだ。危機的状況以外での、不可侵の約束はどうした」
「私にとっては火急のことです。そちらの足止めを頼みます」
「食っていいのか?」
「謎かけを間違えたら、構いませんよ」
物騒な会話をしている虎と安を見比べ、碧玉は剣を持っていない左手に浄火をまとわせた。
「なんだか知らぬが、安殿から出ていけ、怨霊め!」
碧玉は躊躇なしに安に殴りかかったが、安に手の平で受け止められた。炎が燃えているのに、安は涼しい顔をしている。悪しきものでなければ、浄火は燃やさないのだ。
「私は邪ではありませんよ」
碧玉は静かに動揺した。こんなふうにヤモリを操り、虎の妖怪を呼び寄せるのに、妖邪の類ではないとは。
「生身の人間だというのか?」
「道術も効きません。ここは桃領。私の領土ですから、何者も私を害せません。そう怒らないで。あなたを保護したいだけなのですから」
「いったい何を言って……」
碧玉は浄火を消し、安の手を振り払う。だが、足下にヤモリが群れでまとわりついてきたので、さすがに生理的な不快さで背筋がぞわっとした。
「おい、待て。落ち着け」
ヤモリの群れを避けて、碧玉は後ろにじりじりと下がる。清星草を踏んだことで、崖の傍にいることを思い出した。
安は散歩する気軽さで碧玉の左腕をつかみ、軽く引っ張る。
「さあ、行きましょう。少しお話をするだけです」
「は? そちらは崖だぞ。――!!!!」
あろうことか、安は碧玉を引っ張って、そのまま崖から飛び降りた。ひゅっと腹が浮く感覚がして、碧玉は声にならない悲鳴を上げる。そしてヤモリの群れが素早く固まって、滑り台のような形を作った。
(お、おい、まさか)
碧玉は口端を引きつらせる。
ここで気絶できれば良かったが、あいにくと碧玉の肝は太い。そのまま安とともに、反対側にある山の洞窟に向けて、ヤモリの群れでできた滑り台を落ちていく。
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旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
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設定と後半の展開が少し変わっています。
※後日譚を追加しました。
後日譚① レイチェル視点→メルド視点
後日譚② 王弟→王→ケイ視点
後日譚③ メルド視点