白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

文字の大きさ
87 / 95
4幕 家守の鏡

17 話し合いと、謎かけの答え



 肌にまとわりつく湿度が不快で、碧玉は目を開けた。見慣れない岩の天井が見え、眉を寄せる。どこかの洞窟にいるようだ。

「なんだ? 何かおぞましいものを見たような……」

 額に手を当てて起き上がると、安がこちらを見下ろした。その肩にヤモリが一匹乗っているのを見て、否応がなく思い出させられた。

「ああ、良かった。起きたようですね」

 碧玉は安から数歩離れ、周りを見回す。

「心配しなくても、ヤモリ達は帰しましたから。この子以外」
「そうか……」

 ひとまず碧玉は安堵した。普段はヤモリのことなどなんとも思わないが、群れで来られると気持ちが悪い。しかも崖から滑り台の形を作り、碧玉達を安全に下まで下ろそうとするとは。

「銀嶺殿は、崖からの落下の途中で気絶したのですよ。とても驚きました。人間というのは、思っていたよりか弱いので、やはり大事に守らねばなりませんね」

 安はそんなことを言って、うんうんと頷いている。

「その話ぶり、安殿は人間ではないのか?」

 碧玉は率直に問う。安は洞窟の入り口側に立っており、差し込んだ光のせいで、緑の目がキラリと光った。

「私は人間ですよ、今はね」
「昔は妖怪だったとか? しかし、それならば浄火が効かないはずはない。神仙の類だというなら、敬意をもって接しようではないか」

 安は困った顔をしてしばし沈黙し、微苦笑を浮かべる。

「私のことはいったん横に置いておきましょう。それより、あなたのことです。白家の濃い血を継いでいるあなたのことは、桃領に入った時から気にかかっておりました。あの今代の白宗主よりも濃いのではありませんか?」
「領土内のことが分かるのか? ますます謎めいているが……そういえばおかしなことを言っておったな。天祐が私を虐待だと? どうしてそんな誤解をした」
「違うのですか?」

 安は真剣な面持ちで、碧玉のほうへ詰め寄った。

「あなたの背中にはひどいむち打ちの痕があったではありませんか」
「安殿とはそもそもほとんど話していないのに、どうして私の背中のことを知っているのだ」
「それは……あなたが入浴している姿を見たもので」
「は?」

 碧玉はふと、風呂に入っている時に物音がしたことを思い出した。

「だが、あの時は誰もいなかったはず」
「私は一時的にヤモリの視界を借りることができるんですよ。道術にも似たような術がおありでしょう?」
「魂繋ぎの術のことか?」

 式神に魂の一部を預け、その視界を借りることができる術だ。天祐は無意識によく使っていたが、碧玉は式神に魂を預けるなどおぞましくて使えない。

「あれと似たようなことをしている……とお考えください。白家の食客の体調が悪いと聞いて、念のために様子見をしに行ったんですよ。ひどいようならば、私が診察に行こうかと思っておりました」

 明らかに人間離れしたことを言っているのに、安の言葉には善意が溢れている。

(訳が分からぬが、この男、本当に乱暴者だったのか?)

 とてもではないが、幼い妹に意地悪をする兄には見えない。碧玉は安の様子をいぶかしんだ。

「ヤモリの視界を借りたのは、宴席を抜ける隙がなかったせいですよ。邸内の警護は私の日常業務なもので、気にしないでください」
「つまり、日常的にヤモリの視界を借りて、邸内を監視しているということか?」
「監視とは……。異変がないか確認しているとおっしゃっていただきたい」

 安は気を悪くしたようで、かすかに眉を寄せた。

(紫曜が言っていた、誰もいないのに視線を感じるというのは、この男がヤモリの視界を借りていたせいなのか?)

 だんだんとつじつまが合ってきた。

「それで、本題です。あなたは白宗主に弱みでも握られて、ひどい目に遭っているのではありませんか。私は白家には恩があるのです。子孫のあなたが冷遇されているならば、助けなければなりません」
「子孫……?」

 まるで長生きしているような言い方だ。
 碧玉は安の口ぶりが引っかかったが、このままでは天祐に災いが降りかかりそうなので、きちんと教えておくことにした。

「天祐から冷遇などされておらぬ。はあ、分かった。白家に恩を感じているならば、私の正体について口外しないと誓えるな?」
「ええ、もちろん、秘密は守りますよ」

 安がしっかりと頷いたので、碧玉は自分の過去について打ち明けた。
 話を聞き終えた安は、信じられないと目を丸くしてよろめく。

「嘘でしょう。天下を統べる帝たるお方が、そのような下劣な人物だったとは! 白家の変事は耳に入っておりましたが、都からは桃領は遠すぎて、詳細は流れてこなかったのです」

 どういうわけか、安は碧玉本人よりも衝撃を受けており、顔が青ざめて今にも倒れそうに見えた。

「おい、落ち着かぬか」
「では、白宗主はむしろあなたを守っておいでなのですね。……これはまずいことをしました」

 安は気まずそうに目を逸らす。

「貴様、何をした?」
「白眉を呼んだもので……。彼らが謎かけを間違えて、喰われていないといいのですが」

 そういえば大きな黄虎が現れたではないかと、碧玉は思い出した。洞窟から出て、頭上を見上げる。〈深山〉の崖は、はるか上にあるようだ。地道に戻っていては間に合わない。

「ちっ、しかたがない。式神で飛ぶか」

 碧玉は懐から呪符を取り出し、呪を唱えて、大きな鳥の式神を召喚する。

「おお、素晴らしい術ですね!」

 安は子どもみたいに目を輝かせて褒めた。
 碧玉はそんな安を見ていると、肩透かしをくらう。問い詰めるべきだと思うのに、なぜかそんな気にならないのだ。

「謎かけの虎を刺激しないために式神は使わなかったが、今となっては無意味だろう。安殿も乗れ、上に戻るぞ」
「鳥に乗るなんて初めてです」

 安は肩にのせていたヤモリをそっと地面に置いてから、碧玉のほうへ駆け寄ってきた。



 碧玉が式神で山上まで飛んでいくと、天祐達が頭を突き合わせて話し合っているところだった。

「昨日、山の上で死んだ牛が、今日は山の下にある村を歩いている。これはなぜか。って、なんだよ。なんで死んだ牛が、翌日に生き返ってるんだ?」

 頭を抱えているのは紫曜だ。天祐も首を傾げている。

「崔師父、術の類ということでしょうか」
「まさかそんなわけがないでしょう。この手の問答に、専門性などありませんから。しかし、この牛は山の上で死んだのに、翌日には山の下で歩いているだなんてどういうことでしょう」

 碧玉はうんざりした気分になった。まさか全員そろって、虎が出した謎かけの答えに困っているとは思わない。

「昨日、山の上で死んだ牛が、今日は山の下にある村を歩いている。これはなぜか。簡単な話だ。答えは革靴になったから」

 碧玉は空の上からそう答え、鳥に乗ったまま、薬草が生えている崖上のほうに着地する。

「えっ、銀嶺? ご無事だったんですね!」
「なんだ、貴様。足止めしろと言っておいて、戻ってきたのか?」

 天祐が歓喜の声を上げ、白眉が面倒くさそうにぼやいた。

「天祐、誤解は解けたゆえ、心配しなくてよい。この男はいろいろと謎めいているが、善良だ」

 碧玉は式神から飛び降りる。安も地面に降りたのを確認してから、式神の術を解除した。ひらりと呪符が舞うのを、すんなりと回収する。

「それで、謎かけの虎よ。答えは革靴になったから、であろう? 合っているなら、とっととその支配を解くのだ」

 碧玉の不遜な命令に、白眉は不満げに応じた。

「ちっ、正解だ。おお、嫌だ嫌だ。白家のくさいにおいがする。お前を見ていたら、あの憎たらしい鏡を作り出した男を思い出す」

 白眉は心底不愉快そうに言い、タシッと右脚で地面を叩く。
 途端に天祐達は目に見えない束縛から解放された。

「銀嶺!」

 天祐はすぐに碧玉のほうへ駆け寄り、怪我はないかと確認し始める。そんな天祐の額を、碧玉は人差し指で軽く小突いた。

「まったく、この愚か者! どうしてこんな簡単な謎かけに答えられぬのだ? 紫曜、そなたも情けないとは思わんのか!」
「銀嶺~」
「なんで私を名指しで怒るんだよっ」

 天祐は額を手で押さえ、紫曜はすぐに言い返す。

「昨日死んだ牛が、どうして翌日に生き返るのか意味不明だったんだ」

 口をとがらせて文句を言う紫曜を、碧玉はじろりとにらむ。頭痛を覚えながら、解説してやることにした。

「最初に山の上と言ったのに、その後、わざわざ山の下の『村』と言っているのだから、そこが手がかりだろうが。村を作るのは動物ではなく、人間だ。つまり山の上で死んだ牛の皮で、村人が靴を作って履き、地面を歩いていた。謎かけの虎よ、そういうことだな?」

 碧玉が問うと、白眉は鼻面にしわを寄せて、めいっぱいの拒否感を示す。

「なんてことだ。あの道士と物言いまでそっくりではないか。これ以上、ここにいるなど我慢ならぬ。桃安よ、我はもう役目は終えたから帰らせてもらう」
「ああ、約束を守ってくれて感謝するよ、白眉。今度、礼として鹿肉でも持っていこう」
「どうせなら丸まると肥えた豚で頼むぞ」

 白眉はちゃっかりと安に要求を突きつけ、くるりと身を翻す。人間ならば滑落するしかない斜面を、雲を蹴るように、軽やかに駆け下りていった。あっという間に木立に紛れて姿が見えなくなる。

「行ってしまいましたね」

 崔師父がつぶやいて、肩から力を抜く。白眉を前に緊張していた一行は、ようやく気を緩めた。

「安殿、こんなことをしでかしたんです。もちろん、説明していただけるのでしょうね」

 天祐はもちろん、他の面々の表情も固い。

「ええ、もちろんですが……。ひとまず下山しませんか。白眉はあの通りなので、式神を使っても大丈夫ですから」

 安はほんの少しだけ困った顔をして、そう告げた。
感想 28

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。