白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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4幕 家守の鏡

18 安の正体



 岩屋で荷物を回収してから、碧玉達一行は式神として呼び出した大きな鳥の背に乗り、あっという間に下山した。
 遠くで妖怪らしきものがざわめいている気配を感じるものの、先ほどの白眉が立ち去ったせいか、遠巻きにしているだけで近寄ってはこない。

「銀嶺」
「……ああ」

 先に式神から降りた天祐が、碧玉に手を差し出す。自分で降りられるのだがと思いつつ、碧玉は天祐の手を借りて降りる。そのままぎゅっと手を握られた。

「おい」
「さっきは崖から落ちたのを見て、俺はすごく驚いたんですからね!」

 天祐が動揺しているのは、一人称が「俺」になっているところからも分かる。

「文句ならあちらに言うのだな」

 碧玉は白蓮が操る式神から降りた安のほうを示す。安は声が聞こえていたようで、けげんそうな返事をする。

「何をおっしゃいます、白宗主。私が人の子に怪我をさせるわけがないでしょう。人間はか弱いのですから守らなくてはなりません」
「安殿、少しよろしいか」

 天祐は呪印を結び、道術を使った。

「……その話ぶり、妖邪にでもとりつかれているのやもと思いましたが、何もありませんね」
「ああ、今のは退魔の術ですね。容赦のない方だ」

 天祐の失礼な真似に対して、安は気にせず笑っている。

「上での約束通り、事情を聞かせてもらいますよ」

 安の後ろで、白蓮が腰の剣の柄に手を添え、安を威圧する。白家の道士達が警戒すると、桃家の従者が安を守ろうとにらむ。膠着状態になった。
 しかたがないので、碧玉はパンと両手を叩く。

「やめないか。この者は謎めいているが、悪い者ではない」
「しかし、銀嶺! 先ほどの虎と通じているのですよ」

 天祐は気炎をまく。
 碧玉も天祐の立場だったら、厳しく詰問していたはずだ。気持ちは分かるが、碧玉はどうにも安を責めたてる気持ちになれないので、安を擁護することにした。

「それは桃家とあの虎、それから白家の先祖がかかわる何かの契約によるらしいですよ。どうも私の古傷を見かけ、私が白宗主から虐待されているのではと案じて、引き離して保護しようとお考えになったそうです」
「はあ? そんなこと、ありえませんよ!」

 天祐は信じられないと声を張り上げる。白家の家臣だけでなく、黒家の家臣まで、そうだそうだと声をそろえた。
 安は申し訳ないという表情をする。

「それについては、銀嶺様ご本人から誤解だと教えていただきました。先走って申し訳ありません。強い術師から引き離すならば、あの場でなくては無理だと思っていたのです」
「あのヤモリはなんです?」
「私は白眉との契約により、ヤモリを使役できるのですよ。彼らには少し助けてもらっただけです」

 安はそう言うと、天祐の前に来て、その場にひざまずこうとする。

「大変申し訳ないことをしました。どうかお許しください、白宗主」
「お、おやめください! そういう事情ならば、許します。あなたは銀嶺を守ろうと思ってくださっただけではありませんか」

 安の膝が地面につく前に、天祐は安の腕を掴んで押しとどめた。安は姿勢を正すと、拱手をする。

「あなたの寛容さに感謝いたします、白宗主」
「分かりましたので、お礼も結構です」

 ここまで礼儀を示されては、天祐の良心はうずくらしく、天祐のほうが困った顔になった。
 そこで、紫曜が口を挟む。

「ああ、良かった良かった。まったく、何事かと思ったぞ、安殿。白領に仙人が出るのですから、桃領で不可思議な契約があってもおかしくはないでしょう」

 やや強引に、紫曜は話をまとめた。

「とにかく、私の依頼はこれで完遂しました。桃家の方はもちろんのこと、白家の方もご協力に感謝いたします。さあ、桃家まで帰りましょう。まだここは安全地帯とは言い難い」

 紫曜に促され、一行ははっと周囲を警戒しなおした。紫曜の言う通り、まだ白眉の領域から出ていないのだ。
 〈深山〉の入り口付近に、馬車を待機させてあるため、一行は移動を開始した。
 ぞろぞろと歩き出す人々をちらりと見て、碧玉は安に近づいて小声で釘を刺す。

「安殿、私はまだ納得していないのだが?」
「屋敷に戻りましたら、ゆっくりお話ししましょう。もちろん、白宗主様もご一緒に。白家の方は、私にとっては家族のようなもの。歓迎いたします」

 安はにこりと食えない笑みを浮かべた。
 遠回しに、安と秘密裏に話せるように招待すると言っているのだ。

「だそうだ、天祐。私はおおよそを推測できたが、お前はどうだ?」

 天祐は安を許しはしたものの警戒していて、碧玉にぴったりと寄り添っている。会話を振られ、なんとも言えない表情を浮かべた。

「半信半疑でしたが、今の言葉で、恐らくそうではないかと考えたところです」

 天祐は領地運営や政治は技量不足だが、祓魔業においては感が冴え渡っている。

「ふ。それは上々。では、安殿。後ほど、一席設けていただきますよ」
「ええ。白家の方ならば、茶が好きでしょう? 上等なものをご用意いたしましょう」

 安は先ほどとは違い、まるで遠い親戚をもてなすのが嬉しいみたいな態度で、にっこりと微笑んだ。



 それから一行が桃家に帰りついたのは、午後になってからだった。
 到着すると、すぐに解散した。
 客堂に戻り、入浴して汚れを落とし、着替えて身綺麗にすると、ようやく碧玉は一息ついた。

「ふう、さっぱりした。まったく、ヤモリの群れの背を滑り落ちるなんていうとんでもない経験をしたせいで、これほど薄汚れるとは……」
「お怪我もなくて、よろしゅうございました。私は気が気でございませんでしたよ!」

 入浴の手伝いをしていた灰炎は、碧玉の様子をしっかりと確認している。
 そこへ、髪を濡らした天祐が入ってきた。ここは本来は天祐のための客室なのに、天祐はこちらの湯桶を碧玉にゆずり、天祐自身は従者用の部屋で湯を使ってきたようだ。

「兄上、昼餉にしましょう。青鈴が皆が空腹だろうからと、用意してくれていたんです」

 客堂で留守番していた青鈴は気をきかせてくれたようだ。天祐の声に続いて、青鈴が盆に料理をのせて運んできた。食卓に配膳するや、天祐の様子に気づいて眉をひそめる。

「まあ、天祐様! 御髪が濡れたままではございませんの。お風邪をお召しになったらどうなさるんですか」

 まるでやんちゃな弟に手を焼く姉のように、青鈴はすぐさま取って返して布を持ってくるや、天祐の髪を拭き始める。

「いいよ、青鈴。自分で拭くから。他の家臣に料理を運んでやってくれ」
「灰炎、そなたも手伝ってまいれ。その後、お前も食事を済ませてくるといい」

 灰炎はちょうど碧玉に髪を拭き終え、結い上げて銀製の冠にまとめ終えたところだった。

「承りました。何かあればすぐにお呼びください。行こう、青鈴」
「はい……。では、失礼いたします」

 天祐と碧玉からそれぞれ命じられ、灰炎と青鈴は退室の礼をして、客室から下がった。
 天祐が食卓の椅子に座り、雑に髪を拭くのを見かね、碧玉はしぶしぶ天祐の後ろに回る。

「ほら、貸しなさい。その調子では、いつまで経っても食事にありつけぬではないか」
「兄上、拭いてくださるんですか?」
「そう言っている」

 天祐はぱっと表情を緩めて、碧玉に布をゆだねる。他人の髪など拭いたことがない碧玉は、勝手がわからないながら、丁寧に水気をぬぐいさる。

「ふむ。まあ、これくらいでよいだろう」

 碧玉は灰炎が置いていった櫛を使い、天祐の黒い髪を頭頂部でまとめ、銀製の冠でとめた。見栄えを確認して満足し、食卓の椅子に座りなおす。

「ありがとうございます、兄上。まさか結っていただけるなんて! 今日はもう外さずに寝ます」
「まったく、何をおかしなことを言っているのやら」
「だって兄上、普段はこういうことは自分の仕事ではないと言うでしょう?」
「それはそうだ。身分に応じた本分というものがある。だが、髪に触れるのは使用人を除けば、家族だけだろう。お前は私の夫のようなものだから障りはない」
「夫のようなとはなんですか、夫です!」

 天祐はすかさず言い返したが、感動して頬を赤く染めている。

「兄上にそんなふうに言ってもらえる日が来るとは……。心にしっかり刻みこんで、しばらく思い返すことにします」
「そうか。ほどほどにするのだな、せっかくの昼餉が冷めてしまう」

 碧玉はぞんざいに返し、食事を始める。肉と根菜をじっくり煮込んだ羹とマントウという軽食だ。
 自分から言っておいて、後からだんだん気恥ずかしくなってきた。

「兄上、耳が赤くなっておりますよ」
「うるさい。黙って食べなさい」
「はい」

 聞き分けのいい弟の顔をして、天祐は微笑んだ。
 それからゆっくりと食事をとると、天祐は待ちかねていたというように、碧玉を抱き上げて、自分の膝の上に座らせた。

「おい」
「ああ、久しぶりの兄上です」

 そのままぎゅっと抱きしめるので、碧玉はため息をつく。

「久しぶりと言うが、岩屋でも並んで眠ったではないか」
「周りの目を気にせずに一緒にいられるのがうれしいのですよ」

 天祐は強く主張した。
 そんなものかと思いながら、碧玉はされるがままで放置している。この状態の天祐にあれこれと言っても徒労に終わるだけだ。

「それで、天祐。お前は桃安の正体をどう見ている?」
「ええっ、今、その話をするのですか」
「むしろ今でなければいつ話すのだ?」

 碧玉はずっとそのことが気にかかっている。

「兄上も気づいているのでしょう? 桃安は、白明鏡の……そうですね、精霊のようなものではないでしょうか」
「そう思う理由は?」

「桃家と謎かけの虎との何かの契約に関係があることと、人間はか弱いと言っていたこと、ヤモリを操っていたのが気になっていましたが、決定打は白家を家族のようなものだと言っていたことです。この地で白家につながりがあるのは、あの鏡しかありませんので」

 碧玉は薄っすらと笑みを浮かべた。

「今日のそなたは冴えているようだな。私も同意見だ。しかし、分からぬこともある」
「ええ、私もです。彼が白明鏡ならば、本物の桃安はどこに行ったのかということです」
「あの者が桃安となりかわったのであれば、『病気をして性格が変わった』となるのも自然だろうな」

 全ての符号が、そう指し示している。けれど、碧玉にはまだ断定はできない。

「それにあれが白明鏡ならば、祀られていた鏡はなんなのだ?」
「そちらも含めて、後で安殿に種明かしをしてもらう他ありませんね」

 白家の先祖が作った鏡が精霊となって悪さをしているなら、白家が片を付けなくてはならない。
 碧玉が口に出さずとも、天祐の険しい表情が、同じことを考えていると物語っていた。
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