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4幕 家守の鏡
21 罰を受けたのは
「そこで私は一計を案じ、清星草を使って儀式を行い、元の安と契約することで、お互いの魂を入れ替えられないかと画策したというわけです」
安は話を締めくくった。
碧玉は以前に安と話したことをふと思い出した。
「そういう理由で、そなたは清星草の薬は、黒家の親戚には効かないだろうと言っていたのか?」
安は頷く。
「ええ、清星草は霊薬の材料になりますが、それは元の私のように、意思も希薄な精霊のような何かだったら利用できるというだけです。人間にははっきりとした意思があります。その場合、自分で魂を移すと願わなければ、術は発動しません」
「だが、成功したからここにいるのだろう。どうやって桃安をだましたのだ?」
碧玉の問いに、安は肩をすくめて返す。
「あの男は、とにかく自分本位で、桃家の後継者なのだから皆が見上げて当然とさえ思っていたのです。ですが実際には、乱暴さを恐れられ煙たがられておりました。自尊心が高く、何をしても許されると思っているのに、実際はそうではない。理想と現実が乖離しており、そのことにますます腹を立てる始末」
安は元の安についての分析を、早口にまくし立てた。冷静な指摘でありながら、元の安を軽蔑している。
「馬鹿馬鹿しいことに、神のごとく崇められたいとさえ思っていたのですよ! ですが、私にはそれは都合が良かったのです。私は安が眠るとその夢に邪魔をして、桃家を守る鏡として桃領を支配したくはないかと持ち掛けたというわけです」
天祐は呆れかえった表情で確認する。
「それで、元の桃安殿は真に受けたのですか」
「ええ。彼は私が教えた通りに材料を集め、薬を作り、鏡の前で儀式を行いました」
「肝心の霊力はどうしたんです?」
「最後の仕上げで、薬を鏡に塗る際に、私が霊力を注ぎましたよ。私は思ったのです。道士様は人間ならば死体に魂を移すことができるとおっしゃっていた。私は死体ではないものの、すでにこの鏡は魂の器として機能しています」
安は静かな眼差しで、碧玉と天祐を見つめた。
「であるならば、二者が同時に魂を移したいと願った場合、私と人間の魂を入れ替えることはできるのではないか……と。いちかばちかの賭けでしたが、成功したのです! 元の桃安は我欲に負けたのですよ」
安は清々しく笑った。
碧玉はけげんに問う。
「失敗したらどうするつもりだったのだ」
「何も起きないか、最悪でも私と元の桃安の魂が外に出てしまい、そのまま死ぬだけです。私はあの子を守れるなら、それで死んでも構いませんでした」
安の答えを聞くなり、天祐が眉をひそめて右手を上げ、口を挟む。
「ええと、待ってくれ。元の桃安が鏡に封じ込められて、そのまま桃領の守護を乗っ取ったほうが悲惨ではありませんか」
「はは。私があの下劣な人間に権限を渡すわけがないでしょう? 契約の呪では、『私は鏡となりかわることを望む』と言わせたのです。霊力で書く契約書のほうは、私に都合いいものを書いて、受け入れるか否かだけを答えさせたんですよ」
「そ……それは詐欺じゃないか?」
「ええ。だから話したじゃありませんか。だました、と」
安があっけらかんと打ち明ける様は、純粋な残酷さに満ちていた。
「「…………」」
安の覚悟の決まりっぷりに、さしもの碧玉と天祐もしばし黙りこんだ。安は失敗した場合は自滅してもいいと決めて、執念でこの結果をもぎとったのである。
碧玉はこめかみに指を当ててもみほぐし、ふうとため息をつく。
「では、結果として成功し……あの鏡には本物の桃安の魂が封じ込められているのだな? 権限は与えず、ただ鏡から外を見るしかない『守り神』として」
「約束は守りましたよ」
安は静かに微笑んだ。
碧玉は天祐のほうを向き、言い含める。
「よいか、天祐。これだから契約はしっかり確認して行わねばならぬのだ。人外とは特に」
「ええ、身にしみて理解しました。恐ろしい……」
天祐は真顔で頷いた。
そこで、ふと碧玉は、以前、迷子になっていた如花を母屋に贈り届けた時、白明鏡に映っていた人影を思い出した。
「では、私が見た人影は、本物の桃安だったのだな。桃如花が言っていた、キラッと光って返事をしてくれないというのはどういう意味だ?」
「以前の私は、霊力を使って如花に返事をしていたのです。今は権限を持っているのは私のほうなので、霊力を使って返事をすることはできません」
安は困った顔をした。
「あの子は本当に純粋ですね。鏡の変化に気づいたのは、あの子だけでしょう。しかし……人間のほうは複雑な気持ちにさせられますね。鏡を覗いて気になるところだけを見つめるように、彼らは見たいものを選んで見ているだけなのではありませんか?」
そこで安は初めて、元の安への哀れみを示す。
「まさか誰一人として、桃安が入れ替わったと気づかないとは思いませんでした。いえ、もしかすると、気づいているのに、見て見ぬふりをしているのかもしれません。今の桃安のほうが、桃家にとっては都合が良いでしょうから」
安は遠くを見る眼差しをして、母屋のほうを眺めた。碧玉は鼻で笑う。
「そうだな。『病気をして、性格が変わって落ち着いた』か……。確かに見たいように見ているのやもしれぬな。だが、人は理由の分からぬものに、適当な見立てをして安心を得ようとするものだ」
桃家の人々が安への違和感に気づいているのかどうか、碧玉には判断がつかない。そのため、一般的な認知の話をした。
「そなたは安となりかわったことを後悔しているのか?」
「いいえ、ただ憐れだと思うだけです。あの下劣な子孫に、私が守るべき桃家をこれ以上踏み荒らされるのを見ているわけにはまいりません。私はこれから先も妹を守り、桃家の皆を大事にします」
安はそう決意を口にすると、首を傾げる。
「私は事情を正直に打ち明けました。あなた方は白家の道士として、私を罰するのでしょうか」
碧玉は首を緩やかに横に振った。
「否。桃安はすでに罰された。罪が無い者を、どうして処分できようか。なあ、天祐」
「兄上のおっしゃる通りですね。あなたは道徳心のない人間に天罰を与えた、そういうことでしょう」
天祐もまた静かに答えた。
それからしばらく茶をしながら他愛もない雑談をして、碧玉達は薬草園を後にした。
客堂の部屋に戻ると、天祐は苦笑した。
「兄上、まるで残酷なお伽話でも聞いたような気分でしたね」
「ああ、そうだな」
碧玉は上の空で返事をする。
いくら元の桃安が悪いとはいえ、一生のほとんどを鏡に封じられて過ごすのだから、人間の常識では罰は行き過ぎているようにも思える。
だが、元の桃安があのままでいたら、何がしかの重罪を引き起こしていた可能性が高い。
「……そういうことか」
唐突に、碧玉は理解した。
前世で読んだ小説では、桃如花はすでに亡くなっている頃合いだ。初めのうちは、どうして生きているのかと混乱したが、そもそもの死の原因がいないせいではないか。白明鏡は如花が安に殺されると心配して追いつめられて、あの行動をとった。
(つまり、小説では病死したと書かれていた桃如花の死は、実は兄である桃安に殺されていたものだったのではないか)
如花は体が弱いのに、本物の安は三日も飲食をさせずに閉じ込めるという虐待をして、如花は数日寝込むはめになった。そんな真似を、例えば真冬の体調が悪い時に実行されたらどうなるだろうか。あの幼い命は、きっとはかなくなっていたに違いない。
それがどういう因果か小説とは違い、白明鏡の画策が間に合い、桃如花の命は救われた。
(しかし、小説で描かれた運命は、必ず働くのを私は知っている。どうして如花は生きている? 私のように、社会的には死んでいるのとは違うというのに……)
碧玉は考えこんだ。碧玉の状況は死んでいるのとは変わりがない。実際に生きていようと、世間的には死んでいるのだから。すなわち、小説に書かれた死は遂行されているとみなされているのだろう。
そこでふと、碧玉は思いついた。
(私と同じく、本物の桃安は、現実では死んでいるのとは変わりない。しかし、小説では桃安は生きていて、如花は死んでいたのだ。白明鏡の精霊と桃安の魂が入れ替わったように、兄と妹の因果も入れ替わったということか?)
結果的に、桃家の人間の一人はこの世にいない――死んでいる状況だ。それに白明鏡以外が知らないとしても、広い目で見れば帳尻は合っている。
もしかすると碧玉の両親のように、時期が遅れて如花が亡くなるかもしれないが、現時点ではこの推測が妥当に思える。
「兄上、何かにお気づきになられたのですか?」
天祐が興味を覚えて、碧玉に問う。
「ああ、いや。ただ……本物の安は、いずれ如花を死なせていたに違いない。そうなれば、実妹を殺した罪で処刑されていただろう。死を与えられるのと、鏡に封じられるのとでは、どちらのほうが罰として重いのかと考えていたのだ」
「私にもその判断はつきませんが、元の桃安は妹御以外にも多くの犠牲を出しただろうと推測できます。小鳥や鼠を殺し、幼い妹を虐待し、使用人をいたぶっていたのですよ。もしそのままでいたら、桃領の民にどれほどの苦労を強いたでしょうか」
「なるほど、つまりあれは役目通り、桃家を守ったのだな」
白明鏡は徹頭徹尾、桃家を守ることしかしていないわけだ。
(まったく、法具でありながら天晴な心意気だ)
碧玉は天祐に話しかける。
「天祐、あの鏡の暴走には思うところがないわけではないが、桃家の助けとなっている限り、あれも白家の一員と信じて見守っていこうではないか」
「ええ。桃家の皆さんが穏やかに暮らしているのです、良い結果になったんでしょうね。もし何かあれば、白家の道士として責任をとって対処しましょう」
今のところは心配なさそうだということで、互いに頷きあうのだった。
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