白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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1巻部分の元原稿

【書籍化のお礼SS】その心の名は (天祐視点)


 こんにちは。
 「白家の冷酷若様に転生してしまった」がアンダルシュノベルズさんから書籍化する運びとなりましたので、ご報告とお礼をかねて、こちらの短編をしたためました。
 まさか某中華ものに影響を受けて、書きなぐったものにお声がけいただけるとは~。
 書き終えた時点では、続きを書く気はまっったくなかったのですけど。せっかくなので、がんばってみました。そして、十万字加筆でした……。書くほうはなかなかの地獄でしたが(笑)、それだけ増えたので、既読の方もお楽しみいただけるのではないでしょうか。
 とりあえず詳細はブログのほうで触れさせていただいております。

 アルファポリスさんの規定で、以前からのせていた分はダイジェスト扱いになるらしく、下げる予定はありません。
 同じく規定により、兄弟での恋愛描写はアウトだということで、「天祐は従兄弟だけど、養子に迎えたので義弟」という設定に変更しています。

 そのため、こちらのSSからは、書籍のほうの設定で、「天祐は従兄弟で、義弟」にしています。ご承知おきくださいませ。
 ※天祐=青炎の弟の息子(叔父の息子)となってます。


 以下、SS時期は、碧玉16才、天祐12才です。

 新規用語解説
・侍女の青鈴…書籍のほうで追加したサブキャラです。
(P1ラストにさりげなくいる洗濯女のこと。加筆するにあたり、モブからサブサブくらいに昇格させました)
・白月室…追加した設定。12才での元服後に、天祐が青炎から移るように言われた、黒雲室よりも良いお部屋。ただの記号みたいなものなので覚えなくていいです。


 ※※※※※※




「天祐様、灰炎様がご訪問です。もう夜も遅いですが、お取次ぎはいかがいたしましょうか」

 侍女である青鈴せいりんがひかえめな声をかけたので、居室である白月室はくげつしつで一心不乱に書き物をしていた白天祐は、パッと顔を上げた。
 その動作で、文机に置かれた燭台の火がゆらぐ。すっかり夜がふけ、窓の外は漆黒に染まっていた。

「灰炎殿が? すぐにお通ししてくれ」
「かしこまりました」

 久しぶりに聞く灰炎という名に、天祐の胸は期待で騒ぐ。
 灰炎は、敬愛する義兄・白碧玉の側近だ。何か碧玉からの伝言があるのかもしれない。
 灰炎を迎えるべく茶几ちゃづくえのほうへ移動すると、灰炎が戸口で拱手こうしゅをし、礼儀を示した。天祐も目上の相手への礼儀として、拱手を返す。

「灰炎殿、どうぞこちらへ」

 天祐は茶几の向かいの席を示す。
 灰炎が座に落ち着くと、すでに青鈴がお茶を用意して、茶几に配膳する。青鈴は天祐の侍女となって以来、天祐への敬いと親しみを忘れない。本当に良い人が侍女になってくれたと思う。

「兄上から何か伝言がおありですか?」

 先代の宗主夫妻が地震に巻き込まれて急逝し、およそ二ヶ月。碧玉がたった十六歳で新宗主として後を継ぎ、仕事に追われ、義弟である天祐ですら滅多と会えない日々が続いている。両親の死が碧玉を打ちのめし、彼は寝食を忘れて仕事をすることで、どうにか心の均衡をはかっているようだ。
 その有様に、白家の門弟や使用人らは、碧玉を心配していても、遠巻きに見守るしかない。余計なことを言ったら、碧玉の怒りが向けられるだけだと分かっているせいだ。

「いえ……、実は、さしでがましくも、天祐殿にお願いがあって参りました」

 碧玉からの連絡ではないことに、天祐はひそかに落胆した。
 その一方で、灰炎の顔色の悪さに気づく。

「灰炎殿、休息が足りておられぬのでは?」
「私はまだ休んでいるほうですよ。碧玉様のように無茶な仕事をしては、とっくに倒れております」

 灰炎はため息をこぼす。その顔に陰がさした。隠しきれない疲労と心配がにじんでいる。

「先代の葬式以来、碧玉様はあまり眠れていないご様子で。少しでも休んでいただきたく、天祐殿に手伝っていただけたら……と」

 天祐は眉を寄せる。

「兄上が俺の言葉を聞いてくれるなら、とっくに休んでおられますよ」
「正攻法ではいけないんです。あの分からず屋には、策で挑まねば」
「ええと……?」

 灰炎の目の奥で、静かに炎が揺れている。唯一、気難しい碧玉の側近であり続けているこの男でも、碧玉の強情さに手を焼いているようだ。

「もちろん、宗主となったばかりですから、多少の無茶は必要でしょう。ですが、代替わりをして二ヶ月。そろそろ休息を入れるべきです」
「それは分かりますが、俺に何をせよと?」

 天祐とて、碧玉のことが心配だ。だが、余計な真似をして、義兄に嫌われることのほうがずっと気がかりなのだ。
 自分の卑怯さに気づいて、天祐は苦笑する。
 灰炎はすっと茶を差し出した。

「簡単なことです。元服したので酒を教えてほしいと、誘っていただきたいのです。ある程度飲まれましたら、口直しにと、私がこの茶を淹れて持ってまいります」
「……このお茶は?」
「多少、寝つきやすくする程度のお茶ですよ。ですが、今のあの方にはこれで充分でしょう。普段でしたら拒否されるでしょうが、酒で味覚がにぶっている時なら気づかれないかと」

 ――なるほど、正しく「策」である。
 ここで灰炎は後ろ頭をかく。

「あの方を酒でつぶしていただければ、それでも構わないのですが」
「何かあるのですか?」
「ええ。白家の方は、酒豪ぞろいなので無理かと思い」
「酒豪?」

 天祐は目を白黒させる。
 あの白皙の美しい碧玉と、酒豪の字がなじまない。

「しかし、兄上は酒よりも茶をたしなまれるようですが……」
「ああ、それは、何杯飲んだところで酔いませんから、酒の良さが分からないそうで。茶のほうがおいしく感じられるようです。恐らく、天祐殿もうわばみですよ。あなたのお父上がそうだったと聞いております」
「父が……」

 思わぬ親族事情を知り、天祐は驚いた。
 天祐も宴では酒を飲むことがあるが、まだ子どもだからと周りが遠慮して、さほど飲んだことがない。

「酒はこちらで用意しますので、ご協力願えますか? もしもの時は、私が責任をとって叱られますので」
「分かりました」

 天祐はそう返事をしながら、碧玉と灰炎の間にある信頼関係をうらやましく思う。
 碧玉は冷酷な人柄で、ミスをした使用人に手厳しい罰を与えることもある。灰炎は碧玉ににらまれはしても、白家を追い出されることはないと確信しているらしい。
 侍女には先に休むように言い、さっそく碧玉の部屋に向かうことにした。



「酒を教えてほしい? それは今でなくてはならぬのか?」

 執務室を訪ねると、案の定、不機嫌そうな顔をした碧玉ににらまれた。
 灰炎が心配して行動に出るのも、当然だ。碧玉の目の下にはくっきりと隈ができ、疲れがにじんでいる。それでも、元来の容姿のせいで、陰のある美しさがあった。そしてそれは迫力につながる。
 怖気づきそうになった天祐だが、後ろから灰炎がさらりと言う。

「碧玉様、三日休んでも充分な量の仕事を終えております」
「灰炎」
「弟君の滅多とない願いごとくらい、叶えてさしあげては?」

 灰炎の説得を聞いて、碧玉にも何か思うところがあったらしい。しばらく黙りこんだ後、ため息をつき、書類を几に置いた。

「……しかたがない。今日だけだ」
「ありがとうございます、兄上!」

 天祐は明るい笑みを浮かべる。
 碧玉をだますようで心苦しい一方、彼に相手をしてもらえることがうれしい。
 白家では、夕食だけは家族そろって食べるという暗黙の決まりがあり、先代の宗主夫妻が存命の頃は、天祐にはその時間は息が詰まるだけのものだった。
 だが、今ではあの時間さえない。
 一日に一度でいいから、碧玉と席を共にしたかった。つまるところ、天祐は寂しかったのだ。

「灰炎、青領の銘酒を持ってこい」
「とっておきをですか?」
「良いものから学ぶべきだ」

 碧玉は茶几に落ち着き、天祐に向かいに座るように示す。

「青領の水は澄んでいてな。あの地では良い酒が造られる。それから、布染めや紙作りなどもあるな。どの地においても、水を制するものは強い」
「それなのに、緑家が帝に選ばれることが多いのですか?」
「青家が選ばれることもある。緑家が選ばれるのは、あの家が持つ異能ゆえだ。緑家の者が帝になれば、七璃国全体に豊穣の力が行き渡るからな。食を満たすほうが重要なのだ」

 飢えと病が恐ろしいのだと、碧玉は語る。
 そこへ、灰炎が酒やつまみを運んできた。黄色味がかった玻璃の水差しと酒杯を、茶几に置く。炒った豆や肉、果物といったつまみを並べると、灰炎は水差しを取り上げて、碧玉と天祐に酌をする。

「灰炎、お前も飲むか?」
「いえ、私は後で、口直しの茶を用意しますから」
「そうか。まだつまみが残っているなら、食べるといい。お前も小腹が空いただろう」
「かたじけのうございます」

 灰炎は礼を示すと、うれしそうな足取りで退室する。さっそく食べに行ったようだ。

「ほら、つまみを食え。酒だけ飲んでは体に悪い。私は猪肉を好まぬから、お前が食べよ」

 やわらかく煮込んだ肉は、猪肉のようだ。碧玉は小皿を天祐のほうに押しやった。

「ほろりとほどけておいしいですよ?」
「そうか」

 天祐は碧玉をうかがうが、彼が肉に箸をつける様子はない。干した杏を手に取って、上品に端をかじる。
 碧玉はどういう種類の酒で、青家が帝にささげるほど良い酒だと説明し、天祐に飲むようにうながす。

「わ、おいしい」

 喉を焼くだけの酒と違い、なめらかでするりと喉を落ちていく。香りが良い。

「一番良い酒はこういうものだ。覚えておけ」
「はい」
「これは度数が高いが、気分は悪くないか」
「いえ、まったく」
「そうか、お前も酔わぬたちか。まったく顔色が変わらぬな」

 碧玉も酒杯を傾けるが、様子に変化はない。
 従兄弟とはいえ、同じ血が流れているのだとうれしくなった天祐は、それから最近のことについて、あれこれと話し始める。
 碧玉はそれをどこか面倒くさそうに聞いているが、やめるようには言わない。
 それで調子に乗って、おしゃべりを加熱させていると、唐突に碧玉の目からぽろりと涙が零れ落ちた。
 驚きのあまり、天祐は凍りつく。

「あ、兄上? ご気分でも悪いのですか?」

 茶几を回りこみ、天祐は碧玉の腕を支える。すると、碧玉が天祐の頬をがしっと両手でつかんだ。近距離で碧玉の美貌を拝むことになり、天祐の頬に朱が差す。

「父上」
「……え?」
「お救いできず、申し訳ありません……」

 そう言うと、碧玉はふらりと倒れこんだ。慌てて、天祐は碧玉の上半身を抱きとめる。

「兄上!?」

 さすがに、四歳差の体格では、天祐もどうしようもない。困惑しながら、茶几を見る。水差しの中身がほとんど減っていた。
 そういえば、天祐はおしゃべりに夢中で大して飲んでいなかったが、碧玉は水でも飲むような勢いで、酒をかぱかぱと飲んでいたではないか。

「どうなさいましたか。ああ、さすがの碧玉様でも、お疲れの時だと酔われるのですね」

 どこか感心したようにつぶやき、灰炎は碧玉の体を支える。なんの苦もなく抱き上げると、碧玉を寝室のほうへ運んだ。
 戻ってくるなり、天祐に拱手をする。

「ありがとうございます、天祐殿。碧玉様を酔いつぶしていただきまして」
「いや、兄上が勝手に酒を飲みすぎただけで……」
「あの方の気が緩んだのは、ご家族の前だったからですよ。そうでなければ、こんなふうに飲まれませんから」
「家族……」

 灰炎のその言葉が、天祐の心にじんわりと響く。
 碧玉を支えられない年少の身が、天祐には悔しくてしかたがない。碧玉に守られる立場という事実がつらく、せめて迷惑をかけまいと、大人しく修行や勉学に明け暮れていた。
 碧玉にとって家族は特別枠だ。その中に入れてもらっているのだと知って、胸が震えた。
 ――そしてなぜか、そのことにもやっとしたものも感じる。

「お休みなさいませ」

 灰炎にあいさつをされ、天祐はぼんやりしていたことに気づく。あいさつを返し、部屋を辞した。



 そして翌朝、天祐は碧玉のことが心配になって、執務室まで様子見に来た。

「兄上、大丈夫ですか」

 一晩眠ったおかげか、碧玉の顔色は良くなって見えたが、天祐は問いかける。碧玉は仕事の手を止め、ちらと天祐を見た。

「天祐か。昨夜はすまなかったな。実は途中から覚えておらぬ。何か粗相でもしたのではないか?」
「いえ、お疲れになっていたようで、途中でお眠りになったのです」

 一瞬、亡き青炎に謝って泣いていたことを思い出したが、本人が忘れていることをわざわざ口にするのは気が引ける。それに碧玉のことだから、弱いところをさらけだしたと知ったら、意固地になってしばらく天祐を遠ざけるかもしれない。
 ただでさえ会う時間が減ったのに、これ以上なんてごめんだ。

「はあ、まったく」

 碧玉は眉間にしわを刻み、灰炎をじろりとにらむ。

「お前が突然、酒を教えてくれなどと思いつくわけがない。どうせ灰炎の入れ知恵だろう?」
「申し訳ございません。罰はいかようにでもお受けします」
「こざかしい真似は嫌いだが、お前がそんな真似をするほど、私がみっともない有様だったのだろう。罰は免じる」
「ご慈悲に感謝いたします」

 碧玉は灰炎の策など、とっくにお見通しだった。

(なんだかんだ、灰炎殿には甘いのだよなあ、兄上は)

 天祐の胸に嫉妬が湧く。
 天祐も碧玉とこのような信頼関係を築きたい。

(でも、配下になりたいわけでもない。なんだろう?)

 昨夜の碧玉の姿を思い浮かべるたびに、気持ちが奮い立つ。

(俺は兄上を守りたいんだ)

 家族としてだけではなく、天祐個人として。

「兄上と飲んだお酒は大変美味でございました。しかし、あれほど飲まれて、体調に問題は……?」
「ない。飲んでいる途中で寝たのは初めてだが、私は二日酔いとは無縁でな。お前はどうだ?」
「まったく問題ありません」
「叔父上も酒豪だったからな。祓魔の才だけでなく、そこまで受け継いだか」

 何かを思い出すように、碧玉は目を伏せる。その横顔に痛みがにじむのに気づいて、天祐はわざと明るい声を出す。

「兄上、また酒席を共にできればうれしく思います」
いな

 あっさりと拒絶され、天祐はしょんぼりとうなだれる。

「……酒ではなく、茶ならば構わぬ。だが、次からは事前に申し入れをせよ。私はお前が思うよりも忙しいのだ」
「分かりました!」

 うれしさのあまり大きな声で返事をすると、碧玉ににらまれた。

「騒がしい。用事が済んだのなら、帰りなさい」
「はい、失礼します」

 これ以上いては、雷が落ちる。天祐はお辞儀をして、退室した。
 扉を閉めると、天祐は走り出したい気持ちをおさえて、廊下を静かに歩いていく。

 碧玉の一言に一喜一憂する、この心に名前を見つけるのに、大して時間はかからなかった。



  終

感想 28

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