白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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1巻

1-2

「白家の若君がおいでだ。何か問題でもあったのか?」
「邪術師でもまぎれているのかもしれない」
「あの方はれつで、疑わしいだけの者でも罰すると聞く。巻きこまれる前に離れよう」

 おびえてささやきあう声は、碧玉の耳にも届いている。

「なんと無礼な」

 これには供の灰炎のほうが怒り、今にも通行人を捕まえて切り捨てそうな勢いだ。

「放っておけ。灰炎、私の散策を邪魔するなら、帰っていいぞ」
「そんな、若様! 私はどこにでもお供します!」

 灰炎は碧玉より三才年上で、少し遠い分家の者だ。幼い頃から碧玉に仕えており、何がそんなに気に入ったのか、碧玉に心酔している。
 特によくした覚えはないが……と、碧玉はふと不思議に思った。

「どこでも、とは。私が隠居しても、ついてくるのか?」

 ふ、と口にからかいの笑みを浮かべる。
 碧玉が笑うのは珍しい。灰炎は目を奪われた様子でぽかんとし、途端に顔を赤くした。それから何を言われたのか理解して、青ざめる。

「隠居? いったい何があったのですか。ここ数日、お悩みになっておいでです」
「ただ……能がある者が長になるべきと思っただけだ」
「白家の長に、下女の子どものほうがふさわしいと? 天祐殿は、確かに術師としての才能は高いでしょう。しかし、家門の中で、政治力で若様にかなう者はおりません!」
「そんなもの、慣れれば誰でもできる」

 灰炎があんぐりと口を開く。

「あなた様と同じことを、誰もができると? 早朝から深夜まで勉強や修業に明け暮れながら、十五の身で家長から命じられる雑務もこなしておいでなのに。例えば私が同じことをしたら、早々に倒れてしまいます」

 そこでまなじりを強めた。

「いったい誰があなたに、悪言を吹きこんだのですか。教えてください」
「どうするつもりだ?」
「そんなの、引きずり出して、謝るまでむちで打ってやるに決まってます!」

 れつな主に、この従者あり、である。

「嘆かわしい」

 碧玉はゆるりと首を振った。

「誰からも言われておらぬ。ただ、急に、悟ったまでだ」
「若様……!」

 碧玉がその誰かをかばっているとでも思ったのだろうか、灰炎は気炎をまいている。碧玉は面倒くさくなり、屋台を眺め、猪肉ししにくの串焼きを見つけると、それを一つ買った。手っ取り早く黙らせるため、灰炎の口に押しこむ。

「むがっ。あちちっ。うまい!」
「気晴らしを邪魔するなと言っている」
「すみません!」

 灰炎は謝ったが、肉の串焼きに目を輝かせている。肉が好物なのは知っていた。

「若様もいかがです?」
「猪肉は嫌いだ。くさくてかなわん」

 ついと視線を流すと、碧玉は風車売りに目をとめた。

(懐かしい。七夕たなばたの夜に、父上が買ってくれたな)

 なんとなく手すさびに、風車を一つ買う。風が吹き、赤い風車がカタカタと回った。

「……本当に気晴らしで?」
「私が遊んだら、悪いのか。こうるさい従者だ」
「申し訳ございません。しかし、碧玉様が風車をお持ちになると、みやびですなあ」
「分かりやすくおだてるな」

 碧玉はしっしっと手で追い払う仕草をした。
 灰炎は串焼きをあっという間にたいらげ、串を屋台に返し、すぐに戻ってくる。

「若様、もし隠居されるとしても、私はお供しますよ」
「戦場はどうだ?」
「もちろん! おそばでお守りします!」

 灰炎が宣言した時、市場にガシャンと何かが割れる音が響く。
 突如湧いた邪の気配に、碧玉は走り出した。すぐ後ろを灰炎がついてくる。
 荷馬車の荷が崩れ落ち、道に壺が落ちている。護符が貼られているのを見て、それが封魔の壺だと分かった。
 白家には、たびたびこういったものが持ちこまれる。封じた怨霊を浄火で昇天してもらおうと、各地から運ばれてくるのだ。もちろん、他の家にも道士やじゅつを使う神官はいるのだが、手に負えないものは白家がどうにかするのが、いにしえからの決まり事だった。
 白家にも手出しできないものなら、封魔窟に封じる。封魔山には地脈が通っていて、山から生まれる霊気を使い、封じの術を半永久的に発動できるのだ。

「ワハハハハ! 生者だ! 生者だ!」

 黒い煙が立ち上り、ゆらりと男の姿をとる。

「怨霊になりかけているのか」
「封魔の壺が白家に持ちこまれるはずです」

 幽鬼自体は害でもなんでもない。だが、幽鬼が何かに執念していたり恨んでいたりすると、邪気が強くなり、怨霊へと変化することがある。そうなると能力を増して、実体を持つ怨霊になるのだ。
 今回の幽鬼は半端に透けているため、まだ成長しきってはいない。

「みずみずしい生者だ!」

 怨霊は笑い声を上げ、この騒ぎでもきょとんとしている幼子おさなごに目をつけた。逃げる者達に転ばされたのか、近くに若い女が倒れている。
 怨霊は幼子に飛びかかる。

「いやあああ!」

 女が幼子に手を伸ばしながら、絶叫した。
 しかし、怨霊の魔手は、幼子には届かない。直前で見えない壁にはじき返された。
 碧玉が結界の術を使い、幼子を守ったせいだ。

「道士か。邪魔しおって。貴様から食ってやる!」

 怨霊の狙いが碧玉に変わる。
 思ったよりも素早い動きをしており、術を使う暇がない。碧玉はとっさに、白家の血族だけが使える浄火を生み出し、右のこぶしにまとわせた。

「ぎゃあぎゃあとわめくな。騒々しい!」

 怨霊の大声がうっとうしく、碧玉はこめかみに青筋を浮かべ、怨霊の顔面を殴り飛ばす。

「うっ。ぎゃああああ!」

 浄火に燃やされ、怨霊が断末魔を上げてさんした。

「ちっ。死に際までうるさい」

 やれやれと思いながら浄火を消し、周りを見回す。
 灰炎だけでなく、町民もぽかんとしていた。数秒をおいて、わあっと歓声が上がる。

「白家の若様が、怨霊を倒してくださった!」
「母子を守られた。なんと勇敢な方だ!」
「碧玉様、ばんざい!」

 弾け飛ぶような声を、碧玉はわずかに眉を寄せて聞く。

「さっきまで悪口を言っていただろうに、調子のいい連中だな」
「まあまあ、若様。褒められるのはよいことです」
「ふん。騒がしいだけだ」

 悪態を灰炎が笑ってなだめる。
 碧玉は足を踏み出し、いまだにうずくまっている母子に近づいた。女はビクリと震え、その場に這いつくばって頭を下げる。

「ひっ。申し訳ございません、申し訳ございません。若君のお手をわずらわせまして……」
「怪我はないか」
「え……?」

 碧玉が怒って、殴りつけるとでも思っていたのだろうか。碧玉が問いかけると、女はあ然とし、カアッと顔を赤くする。

「も、申し訳ございません。助けていただいた方に、なんという無礼なことを……」

 恥じ入る女に構わず、碧玉は幼い男の子に目を向けた。どんぐりのような目が、きょとんとこちらを見上げている。

「ふ。この状況でも泣かないとは。将来はけつぶつとなろう」

 幼子の様子がおかしくて、碧玉は唇にかすかな笑みを乗せた。すると幼子は、きゃあっと笑う。女はぽーっとなったが、すぐに我に返る。

「若様、どうかお礼をさせてください」

 財嚢ざいのうを取り出すのを制し、碧玉は女が屋台で売っているさんざしのあめを指さす。串に四つの赤い実を刺し、飴でおおっている。

「それをもらおう」

 幼い頃に、父に買ってもらったことを思い出して、碧玉は懐かしくなった。

「は、はい」

 女はこんなものでいいのかとおどおどしながら、さんざしの飴を差し出す。碧玉はそれを受け取ると、きびすを返した。

「灰炎、帰るぞ」
「えっ、気晴らしはよろしいので?」
「この様子で、ゆっくり歩けるものか」

 民が碧玉を取り囲まないのは、相手が貴公子だとわきまえているからだ。しかし、しばらくは注目されるだろう。
 碧玉は昔から、騒がしいのが嫌いだった。

「白碧玉様、ばんざい!」

 後ろから、町民のはやしたてる声が聞こえる。
 その日、白家の若君が母子を救い、金銭での礼を断って飴を一つだけ受け取ったというのは美談として噂になった。


 ――とんだ散策になった。
 碧玉はわずらわしく思いながら、白家の門をくぐる。
 門と母屋の間は場所が広くとられており、昼間は門下の者が修練をしている。碧玉が現れたので、彼らはいっせいに動きを止めて、拱手こうしゅした。

「続けよ」

 碧玉が声をかけると、再び修練に戻る。
 隅で木刀を振るっていた天祐だけは、驚いた様子でこちらを眺めていた。
 あめを持っている碧玉というのが珍しいのかもしれない。
 そういえばと思い出し、碧玉はさんざしの実を一つだけ頬張る。
 飴の甘みとさんざしの実のすっぱさが口の中に広がった。

「懐かしい味だな」
「若様は、幼い頃はさんざしの飴がお好きでしたものね」

 碧玉の感想に、灰炎はにこにことしている。
 さんざしの飴が好きというより、普段は忙しい父が、七夕たなばたの祭りだけは碧玉と遊んでくれるのがうれしかったのだ。
 思い返すに、天祐への憎さは、父の関心を奪われる怒りから始まった気がする。
 ふと視線を転じると、門下生と天祐がこちらを見つめていた。
 まさか、飴が唇についていて、なまめかしく見えているなどと、碧玉は気づかない。跡取り息子がこんな所で飴を頬張るのは行儀が悪いのだろうと、ばつが悪くなった。

「なんだ、天祐。これが欲しいのか?」
「え? い、いえ……」
「残りはくれてやる」

 食べかけだが、弟にならばゆずっても構わないだろう。碧玉はさんざし飴を天祐に押しつけ、母屋に向かう。
 天祐が追いすがるようにして、声をかけた。

「あ、あの! 兄上!」

 碧玉が黙ったまま振り返ると、天祐は必死の様子で礼を言う。

「ありがとうございます」
「食べかけの飴に、そんな礼を言われてもな」
「それだけでなく! 俺の居室のことです。おかげで快適になりました」

 どうやらあの青鈴という下女は、よく働いているようだ。

「私は父上の意をんだまで。お前に礼を言われる筋合はない」

 ふいっと顔をそむけ、碧玉は今度こそ母屋に入る。

「碧玉様ってば、素直じゃないですね」

 灰炎が軽口を叩くのを、碧玉は無視した。


     ◆


 その日。夕食の席で、青炎が碧玉を褒めた。

「碧玉や、町でのことを聞いたよ。よくやった。それに、浄火で怨霊を殴ったんだって? 面白いことをするね」

 青炎に言われて初めて、碧玉は自分がしてしまったことに思いいたる。

(そういえば、浄火を使って、直接、霊を攻撃することはこれまでなかったな)

 この浄火というものは、神仏にささげる清らかな火のことである。
 いにしえの時代、この世に妖邪が入り乱れ、もっと混乱に満ちていた頃、白家の祖先は天帝にさずけられた火を大事に受け継いでいた。清らかな火は邪をはらい、近づけない。神官は浄火により、人間の安息の地を守っていた。その長年の功績をたたえ、天帝がこの能力を与えたと伝えられている。
 浄火を生み出す異能は、白家の血族ならば誰でも使えるものだ。だが、何もせずに使えるわけではない。修業をして、体内で気をねられるようになり、霊力を自在に扱えなければ、血に封じられている浄火を呼び出すことすらできない。そのため、自然と、道術を研鑽けんさんしている白家の直系が占有するようになった。

「申し訳ありません。あのような使い方、神へのぼうとくでした」

 父が遠回しにしかっているのだと思い、碧玉は謝った。けれど、青炎は否定する。

「怒っているわけではない。我々は祓魔の儀式でしか浄火を使ってこなかったが、ああすれば、手っ取り早いと感心したのだ。もし君にやる気があるなら、祓魔業でも使えるように研鑽してみなさい。私も試そう」
「そういたします」

 浄火を出して攻撃するのは、しゅを唱えたり、印や陣を結んだり、符術を使ったりするよりも簡単だった。
 浄火は霊力を消費するが、殴る一瞬にとどめれば、そう負担にもならない。
 それ以上によいところは、普通の火と違い、悪しきものだけを燃やすため、周りに被害を出さないことである。
 父が褒めるのは自然なことだった。

「でも、あなた。魔に近づきすぎては危険では? 碧玉、どうか自分を大事にしてちょうだいね」

 母であるりょく夫人――緑すいが、気遣わしげに言う。
 翠花という名の通り、黒髪とすいのような瞳が美しい、花のような女性だ。小柄でぽっちゃりとしていて、優しさがあふれている。
 そんな彼女も、下女の血を引く天祐を嫌っている。そのため、末席にいる天祐のことは一瞥いちべつもしない。
 思い返すに、碧玉が天祐をいじめてもいいと判断したのは、母親の影響もあった。
 天祐は身をわきまえて、食事の時はいつも黙り気配を限りなく薄くしている。さぞ居心地が悪いだろうが、碧玉はわざわざ話しかける真似はしない。
 もし碧玉が堂々と天祐の肩を持てば、母が気を悪くして、天祐をいじめるかもしれないと考えたのだ。そうなってしまっては、碧玉が天祐に歩み寄る努力をする意味がなくなる。

「分かりました、母上」

 碧玉は母に頷いた。

「素手よりも安全でしょうから、武器に浄火を宿せないか、試してみます」
「修練用の武具ならば好きにしていい。後で報告してくれ」
「はい」

 青炎にうながされ、碧玉は頷いた。


 それから碧玉は、武器に浄火を乗せられないかと試してみたが、不可能だと分かっただけだった。霊的なもの以外には燃え移らない性質があるのだから、よく考えると自然なことだ。

「確か、祖先は神よりたまわった宝具の燭台しょくだいで、火を管理していたのだったか」

 燭台は白家に伝わっているが、まさか宝具を怨霊に投げつけるわけにもいかない。こうなると、直接、殴る蹴るするのが一番だろうと結論づけた。

「体術のほうで、鍛錬を積むとするか」

 これまでの実験を書類にまとめると、修業の方向について計画を練る。
 すでに夕方が近い。朝からかかりきりだったので、碧玉はぐっと伸びをすると、灰炎を呼ぶ。

「灰炎、これを父上に届けよ」
かしこまりました」
「私は邸内を散歩してくる」
「えっ、お供します!」
「いらぬ。いつもそばにいられると鬱陶うっとうしい」
「そ、そんな、若様ぁ……」

 弱った声を出す灰炎を無視して、碧玉は青柳室を出た。


 碧玉は背筋を伸ばし、白いころもをゆらゆらさせて、邸内を歩く。
 前庭で木刀でも振るおうかと行先を定めた。
 母屋を出てすぐの階段に差し掛かったところで、階段の隅に天祐が座っているのを見つける。彼の視線の先には、犬とたわむれる門下生らがいた。
 ふわふわの毛をした白い犬が三匹、ころころと転がって、門下生の足元にじゃれついている。彼らは遊んでいるように見えるが、犬の訓練をしているのだ。犬は番犬にもなるし、狩りにも使える。鍛えれば、人間よりも先に邪を察知するようにもなるので、白家では常に十匹ほど飼育していた。

「いいなあ。暖かそう……」

 無意識だろうか、天祐は犬をうっとりと眺めてつぶやく。
 暖かそうという言葉で、碧玉は空を見た。
 白雲の地は国の北東にあるため、春になっても夜になると冷える。日が落ちれば、じきに気温が下がるだろう。

(もしや、天祐の部屋には炭が届いていないのか? 後で確認させておくか)

 勝手な真似をした使用人を思い出す。宗主の家族は高級な炭を使っているので見たことはないが、質の悪い炭は部屋がけむくなると聞く。碧玉は命じてはいないものの、あんなふうに嫌がらせをする使用人がいるかもしれない。
 だが、碧玉はわざわざ本人に不足がないか聞く真似はしなかった。

「犬が欲しいのか」
「ふわひゃっ。あ、兄上⁉」

 天祐の小さな体が、ビクッとはねる。
 いつからそこにという目で問うのを、碧玉は無視した。

「お前も白家の者ならば、式神くらい使えるようになれ」
「式神ですか……?」
「まだ習っておらぬのか。いいだろう、私が手本を見せてやる」

 意地悪い気持ちで切り出す。
 わざと大物を呼び出して、天祐に力の差を見せつけてやろうと考えたのだ。
 常に持ち歩いているかたしろを、ふところから取り出す。人型に切り取られ、しゅが記された紙切れを持ち、霊力をこめて、フッと息を吹きかけた。
 すると形代はパッと姿を変え、一瞬後には、碧玉の腰の高さほどの白いとらが現れる。

「わあっ」

 天祐が声を上げたので、碧玉はギクリとした。
 長年の癖で、つい天祐をおどかす真似をしたが、怖がらせる予定はなかったのだ。封魔窟行きが頭に思い浮かんで冷や汗が出る。
 ところが、天祐は驚いたのではなく、目を輝かせていた。

「なんて美しい虎でしょう!」

 天祐が手放しで褒めたので、式神の白虎びゃっこが「ふふん」と笑ったようだ。ふかふかの毛を見せつけるように天祐にすり寄り、体で頬をなでて、尻尾でポフンと頭を叩いてから、碧玉のもとに戻る。そして、良い子の仕草でお座りをした。
 調子に乗っている白虎に呆れたものの、碧玉はその頭をなでてやる。白虎は気持ちよさそうにグルルと喉を鳴らした。

「兄上、すごいです!」

 天祐は幼子みたいに飛び跳ねて、興奮している。修練中の門下生も近寄ってきた。ただ、訓練中の犬だけは白虎におびえて逃げ出し、世話をしていた門下生が慌てて追いかけていく。
 碧玉は形代をもう一枚取り出して、白いふわふわした毛並みのうさぎの式神を呼び出す。それを天祐の腕に放り投げた。

「ふん。お前には兎ぐらいがお似合いだ」
「わわっ」

 兎を受け取った天祐は、頬を赤らめる。

「ふわふわだ~」

 うれしそうに抱きしめて、兎に頬ずりをした。心なしか、兎は迷惑そうで、手がゆるんだ頃合いを見はからって天祐の胸辺りを蹴り飛ばし、ポーンと宙を飛んで碧玉の腕に戻る。
 主人が切れやすいならば、式神も同じようだ。
 白い兎を左腕に抱え、右側に白虎を従える碧玉のさまに、門下生達は憧れの目を向ける。

「若様、動物を従える仙人様のようです」
「なんとお美しい……!」
「わざとらしく褒めるな」

 しかし碧玉にはへつらっているようにしか聞こえず、眉を寄せた。

「ちょうどいい。貴様らも、式神くらい使えるようになれ。私が稽古をつけてやろう。誰か、紙と筆を持て」
「はい!」

 門下生らはすぐに動き、前庭に机と道具をそろえる。
 碧玉は初心者である天祐にも分かるように、できるだけ丁寧に教えた。
 かたしろの作り方、しゅの文言と書き方、霊力をこめながら動物を想像すること。
 それからやってみるようにうながすと、彼らはいっせいに練習を始める。
 簡単そうに見えて、式神の術は難しい。
 しかし、さすが天祐は高い才能があると言われるだけあって、五回目で成功した。白いころころとした犬が、天祐の足元に現れる。

「ワンッ」
「わあ~」

 天祐はうれしそうに目を輝かせ、犬を抱きしめた。
 一緒に練習していた門下生達は成功を喜んで喝采かっさいを上げ、次は自分の番だとはりきり始める。
 碧玉は彼らを見回して、式神について注意を促す。

「よいか。紙にこめた霊力がなくなれば、それはただの紙に戻る。式神は索敵や身代わり、援軍の代わりなどに使えて便利だが、長時間、実体化させるためには、霊力を磨かなければならない。お前達の実力がどれほど上がったかをはかるのに、ちょうどいい物差しとなるだろう。なまけずに、研鑽けんさんせよ」
「は!」

 門下生と天祐が声をそろえて返事をする。
 碧玉が続けるように指示すると、彼らはわいわいとにぎやかに、式神作りに戻った。
 楽しそうに修練する門下生達を、碧玉は不思議な心地で眺める。いつもならば、碧玉を恐れて縮こまっているというのに、何があったのだろうか。

(もしや、私が行動を変えたから、こやつらも違う反応を見せているのか?)

 前世で読んだ書物では、あのうたげで、碧玉の味方は一人もいなかった。灰炎ですら裏切ったことを思い浮かべて、体の芯が冷えるような心地になる。

「若様、若様、これはどうですか?」
「はん。なんだ、そのくずれた犬は。本物を見て、もっと観察せよ」

 門下生の一人が、悪夢にでも出てきそうな犬の式神を作り出していたから、碧玉は鼻で笑った。言いすぎたかとひそかに後悔した碧玉だが、彼は不快になった様子もなく、周りにからかわれて笑いが起きる。
 碧玉は彼らにつられて、ゆるやかに笑む。

(この屋敷で、これほど安らいだ気持ちになったことがあっただろうか)

 後継ぎになるという執着を捨てたら、こんなに楽になるとは。

「おや。碧玉、皆に稽古をつけてやっているのか」

 夢でも見ている気分でぼうっと立っていると、後ろから青炎に声をかけられた。

「父上!」

 碧玉だけでなく、皆がいっせいに拱手こうしゅをする。青炎は鷹揚おうように、姿勢をとくように示した。

「気分転換に、私も混ぜてくれ」

 宗主が稽古場に来るのは珍しい。碧玉の胸に喜びが湧き、皆もそわそわとした様子になる。
 青炎は碧玉が伴う式神に気づき、目を細めた。

「式神だな。碧玉は白虎びゃっこか、さすがだ」
「恐れ入ります」

 父に褒められるのは、素直にうれしい。
 青炎は次に天祐の式神に目をとめて、相好そうごうを崩す。

「おお、天祐。その年でもう作れるのか? すごいぞ」
「ありがとうございます。兄上の教えのおかげです」

 謙遜けんそんする天祐に、青炎は優しい目を向ける。
 それを見ても、碧玉は以前ほど、心がざわつかないことに気づいた。弟が褒められたら、兄の格が落ちるというわけではいのだ。何も奪われないし、欠けることもない。

「父上の式神も拝見したくございます」
「いいとも」

 碧玉が怒らないので、青炎は少し意外そうにしたものの、碧玉のお願いを快く聞いてくれた。
 さすがは宗主だけあって、青炎の作り出す式神は力強い。
 燃え盛る鳳凰ほうおう神々こうごうしく、しばらくの間、屋敷には明るい賞賛の声が飛び交っていた。


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