58 / 87
2巻後の番外編(読み切り)
番外編 大樹公と人の恋 1:真夜中の訪問者
しおりを挟む満月がこうこうと輝く晩のこと。
白家の離れでぐっすり寝入っていた碧玉は、キャンキャンと鳴きたてる狐の声により叩き起こされた。
「なんだ、騒がしい」
碧玉は当然いらだちながら、けだるげに上半身を起こす。
寝間着からのぞく素肌には、情事の赤い痕が散っている。少し前まで、天祐に愛されていたので、疲労と眠気がひどい。
その天祐はというと、すでに牀榻を下りて、白狐の首裏を掴んで持ち上げていた。
「雪瑛、なんの真似だ? 兄上の眠りを妨げるとはいい度胸じゃないか」
天祐は地をはうような低い声で、雪瑛に圧をかける。雪瑛はぶるぶると震えた。
「ひいっ。お、おち、落ち着いてくださいませっ」
「こんな真夜中に、なんの用だ」
碧玉は天祐の怒りようを見て、逆に冷静になった。雪瑛は少々馬鹿だが、碧玉と天祐に対して恐れを抱いているので、理由もなく、勝手に寝所に入りこんで騒ぐ真似はしない。
碧玉が質問しているのに、おびえて口が上手く回らないようだ。碧玉はふむと考え、脅すことにした。
「早く答えないと、毛皮にするぞ」
「ひいいっ、ごめんなさい! 言います! 神霊様がご訪問なんですぅ~。あの方を無視するのはまずいかと思いまして!」
「神霊?」
碧玉と天祐の声が重なる。
天祐がハッと窓辺を見て、碧玉を左腕で抱き寄せる。
それでようやく、碧玉は月光が降り注ぐ窓辺に、おぼろげな白い人影が立っているのに気付いた。
「何者だ?」
天祐が誰何すると、人影は口を開く。
「夜分遅くに失礼する。私は松伯と申す者。千年を生きる松の古木に宿る樹霊だ」
老成した雰囲気はあるが、声は若い。
「松柏?」
「いやいや、松伯だよ。神を意味する伯のほうだ。私がいる村では、大樹公と呼ばれて信仰されていてね。元は精霊だが、長い年月と彼らの信仰で神に近くなったのだ」
ゆったりとした穏やかな語り口で、松伯は自分について説明する。
「突然の訪問で悪いことをした。私はあまり松から離れられなくてね。今日のように満月の力を借りないと、ここまで来られないんだ。実は白家の宗主に頼み事があってね」
「白家の宗主ならば、この天祐がそうだ」
碧玉は天祐を示す。天祐は慎重に返事をする。
「まだ約束はできませんが、お話をお伺いしましょう」
「警戒するのは良いことだ。精霊や鬼の言うことを真に受けてはいけないからね。それはそれとして、満月の力を借りていても長居はできない。単刀直入に話す」
松伯を名乗る白い影は、声に切実さを帯びた。
「私の村に来て欲しい。私の可愛い村人の一人が、得体の知れない者に魅了されている。私もどうにかしようとしたが、追い払うことができなくて困っているのだ。私は豊穣の祝福を授けるのは得意だが、祓魔は不得意でね。頼みを聞いてくれたら、今代の宗主に祝福を与えると約束しよう」
松伯は村の名前を告げると、疲れた様子で、大きなため息をついた。
「ああ、そろそろ帰らなくては。来てくれるのなら、早めに頼むよ。これにて失礼する」
白い影はふっと揺らぎ、煙のように消えた。天祐は白い影が立っていた場所に近づき、床に落ちている松かさを一つ拾い上げる。
「あの影が松の化身なのは、間違いないようですね」
「また辺鄙な場所にある村だな。土着の信仰が残っていてもおかしくはない」
碧玉は牀榻に横たわり、衾の中に戻る。
「神霊には魔除けは効かぬようだな。変に怒らせても面倒だ。雪瑛、起こしに来て正解だ。明日、褒美に菓子をやろう」
「やったあ! ありがとうございます!」
雪瑛は喜んだが、天祐は雪瑛から手を離さない。
「待て、雪瑛。神霊の訪問に、いつ気付いた?」
「あの方はわたくしが寝ているところにやって来て、部屋の魔除けのせいで天祐様に近づけないから助けてくれとおっしゃるので、手伝いました!」
「つまり、お前が扉を開けて招いたから、中に入ってこられたんじゃないか! 危険な真似をしたんだ、褒美はなしだ」
「えーん」
雪瑛はしくしくと泣き始める。
天祐の怒りようも理解できるが、碧玉には気になることがあった。
「雪瑛、どうして招き入れた?」
「だって、松の木に悪い方はいませんもの!」
雪瑛の答えは、妖怪らしさにあふれている。妖怪視点での善悪について、碧玉は興味をひかれた。研究すれば、祓魔業の役に立つかもしれない。
「ふむ。そうか。今度、話を聞かせよ。――天祐、そやつを放してやれ」
「しかし、兄上」
「寒いから温めろと言っている」
「はい! ただちに!」
天祐はころりと態度を変え、雪瑛を廊下に放り出すと、寝室の扉をすぐさま閉めた。そして牀榻に戻り、左隣にすべりこんでくる。
外からしくしくと泣く声が聞こえてきたが、雪瑛は反省するべきなので、碧玉は放っておくことにした。
(しかしまあ、役に立ったのは事実だ。明日、灰炎に菓子を用意させよう)
勝手に神霊を招き入れた罰は、雪瑛の話を聞かずに廊下へ締め出すことである。それとは別に、神霊との橋渡しをしたことについて、褒美を与える。これで雪瑛が萎縮して、今後、神霊の対応をせずに無視を選ぶほうが困る。
牀榻に戻った天祐に抱き寄せられながら、碧玉は天祐に賞罰について話しておく。このさじ加減一つで、部下の動きが変わるのだから領地運営では大事なことだ。
「ええ、兄上のおっしゃることは分かります。しかし、雪瑛にはもう一つ罪があるでしょう」
「……なんだ?」
碧玉は少し考えたが思いつかない。碧玉の問いに、天祐は真剣に答える。
「兄上の眠りを邪魔した罪です」
「……お前という奴は、まったく」
天祐のいう罪が、碧玉に対して甘すぎる内容だったので、碧玉には呆れるべきなのか照れるべきなのか判断がつきかねた。それに、情をかわした後なので疲れていて眠い。言い返すのも面倒になった碧玉は手っ取り早く天祐を納得させることを選んだ。少しだけ起き上がり、天祐の右頬に口づけをする。
「雪瑛は私の手下ゆえ、私が対処する。よいな?」
「……分かりました」
天祐は頬を緩めて頷いた。
101
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。