白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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2巻

2-3

 なんとも大げさな褒め言葉だと碧玉が呆れていると、店員が茶と菓子を運んできたので、さっそく手をつける。香りの良い茶に、胡麻団子の風味がよく合う。この茶楼さろうが人気になるわけだ。

「宗主は梅花に惚れ、側室にお迎えになられました。面白くないのは、正室でございます。それまで仲の良い夫婦でしたが、宗主が酒に酔うように梅花に夢中になり、仕事までもおろそかにし始めたせいです」

 碧玉は灰炎にひそひそと話しかける。

「正室が側室を毒殺する話だろうか」
「それは展開が早過ぎませんか?」

 向かいに座っている灰炎は、苦笑まじりに茶を飲む。

「これ以上は見過ごせないと、直談判のために宗主の部屋に向かった正室は、そこで見た光景に驚きました。蝋燭の明かりに照らされ、梅花の影が壁に映っておりました。それが九本の尾を持つ姿だったのです!」

 灰炎が茶を飲み損ねて、ゲホゴホとせきをし始める。
 なんの気なしに入った茶楼さろうで、九尾の狐について講談がされているなんて、偶然に驚いたらしい。灰炎を横目に、碧玉はつぶやく。

「なんだ、九尾の狐というのは、黒領では有名な話なのか」

 狐塚があるというのだから、昔話として伝わっていてもおかしくはない。
 講談師の話は続く。

「梅花の正体は九尾の狐でした。正室は夫を守るため、一計を案じ、狐を封印することに成功します。されども、宗主は心を奪われたまま、正室は見向きされることもなく一生を終えました。これは、恋心は時に残酷な結末をもたらすという、いましめの話でございます」

 なんとも無駄のない語り口で、講談は終わった。
 あちらこちらから拍手が起き、講談師は席を離れる。

「誰の人物像もよく分からぬな。そういうことがあったというだけの伝承か」
「伝承に人物像が必要ですか?」
「勇猛果敢だったとか、優しいとか、いろいろとあるだろうに。狐の美貌についてしか詳しく話しておらぬだろう」

 そんな話をしていると、隣席の男が口を突っこんだ。

「おう、兄さん達、旅の人だろう。ああやって『狐塚のいましめ』を講談しているのは、現宗主への皮肉なんだよ。最近はどこに行っても、この昔話ばっかりだ」

 なんとも不作法な態度に、碧玉は静かに面食らった。白領で、碧玉に対して、こんなふうに気安く接するやからなどいるはずもない。

「白家から宗主のお供で参ったのだ。だが、どうしてそんな皮肉を?」

 灰炎はかすかに眉をひそめたが、にこりと気安い笑みを浮かべ、男に問う。普段の灰炎ならば碧玉への無礼を怒っただろうが、今は情報収集を優先することにしたようだ。
 この男は話したがりのようで、うれしそうに説明する。

「そりゃあ、現宗主が数ヶ月前に流れてきた琵琶びわの楽師を気に入って、側室に入れたせいだ。あの昔話があるから、黒家では側室を入れることは滅多とない」
琵琶びわ楽師がくしかい? どこかで聞いたような話じゃないか」
「そうなんだよ。側室の韋暗香いあんこう様は絶世の美女で、琵琶びわだけでなく、歌も上手い。民は面白半分に、狐の再来じゃないかと噂しているというわけだ。宗主様はすっかり側室に入れこんでいるらしいよ」

 とはいえ今のところ、揶揄やゆだけで済んでいるようだ。

「絶世の美女か。そういえば、黒雪花殿も美しいという噂だが」

 碧玉が会話に加わると、男は分かるぞと頷いた。

「そりゃあ、宗主様の長女も絶世の美女さ。だが、美しさの系統が違うんだよ。お嬢様ははかなげ美人で、ご側室は妖艶だな」
「見たことがあるのか?」
「ああ、お二人とも、たまに町に来られるから」

 妖艶とはいったいどんな顔だろうかと、碧玉は思いを巡らせる。

「おっ。ちょうどいいところに、韋の若君がいらっしゃった。あの方は韋暗香様の双子の弟で、韋疎影いそえい殿だよ」

 男が声をひそめて、今しがた茶楼さろうに入ってきた青年を示す。
 どこかおどおどした雰囲気があるものの、背は高く、見目は良い。健康的な白い肌をしていて、顔立ちはすっきりしている。黒い髪を頭上で白い巾でまとめており、柳眉と垂れ目がちな黒い目を持っていた。からし色の単衣は地味だが、絹のようで上等だ。彼は琵琶びわを大事そうに抱えている。

「疎影殿、今日はお客人が来るのではなかったのかい?」

 茶楼さろうの店主は、疎影が現れたことに驚きを見せた。居合わせた客達は、噂の当事者である疎影に対し、好奇やからかいの視線を向ける者もいれば、気まずそうに席を立って帰る者もいた。
 疎影は都合の悪い時に来たと察したようで、首をすくめて答える。

「こんにちは。それが……姉上に、私がいると鬱陶しいと言われて追い払われてしまって。今日もこちらで演奏させていただいても?」
「もちろん構わないよ。姉君と同じく、疎影殿の琵琶びわの腕も見事だからねえ」

 疎影は照れて微笑し、講談師と入れ替わりに、屏風の前に移動する。店員が用意した椅子に座ると、客に会釈をしてから、琵琶びわを奏で始めた。店主の評価はもっともで、疎影が弾く琵琶びわの音には幽玄な響きがあった。
 いつの間にか隣席の男は自分の椅子に座り直し、すっかりがくのとりこになっている。
 碧玉はがくの音を聞きながら、ぼそりとつぶやく。

「黒家の直感がなくとも、あの者らが怪しいことは分かるぞ」
「えっ、どうしてですか、主君」
「あの昔話に出てくる、狐の名は梅花。そして、双子の姉弟は暗香と疎影ときた。暗香疎影は、梅を思い出させる言葉ではないか」

 暗香疎影という言葉の意味はこうだ。どこからか漂ってくる梅の花の香りと、月明かりに照らされ、湖水に映っているまばらな枝の影のことだ。

「なるほど。しかし、親が博識なだけで、ただの偶然では?」
「ああ。平常ならば、偶然で流したようなものだ。問題は、紫曜の直感だ。あの男は側室が九尾の狐ではないかと疑っている。実際にそうだとしたら、九尾が過去のことを当てこすっているのかもな」
「からかっていると? もしそうなら、性格が悪いですね」
「しかし、黒領にとって縁起の悪い名を持つ者を、黒宗主はよくも側室に招いたものだ。周囲の反対など、簡単に想像ができるだろうに」

 碧玉は黒宗主を思い浮かべる。地味だが聡明な男だったと記憶していた。恋の前では知性もかすむのだろうか。
 黒家でさらに詳しいことを聞いてくるだろう天祐と、あとで話し合わなくてはならない。
 碧玉が疎影を眺めていると、ふいに彼と目が合った。

「茶を堪能し終えたゆえ、戻るぞ」
「え? は、はい!」

 碧玉が席を立つのが唐突に思えたのか、灰炎が慌ててついてくる。茶楼さろうを出て雑踏にまぎれたところで、灰炎が問う。

「どうかされましたか、主君」
「ただの気のせいだろうよ」
「何がですか?」
「……なんでもない」

 あの一瞬、疎影が思惑ありげに微笑んだように見え、碧玉は何故か寒気がした。


「白宗主、ようこそいらっしゃいました。長旅でお疲れでしょう。宴まで客室でおくつろぎください」

 黒家の宗主とその正室、家人一同に出迎えられた後、天祐は客室に案内された。
 重厚な門構えをした屋敷だ。花木や果樹がそこここに植えられ、息苦しさはない。黒家の普段着でまで無駄に防御力の高い衣を着る大げさなところは、天祐にも苦手意識がある。けれど、華美ではなく自然の美を好んでいるらしいところは気に入った。

(とはいえ、俺は白家の洗練された屋敷のほうが好みだが)

 白家の直系一族について天祐が知っているのは、白青炎と碧玉のみだ。
 直系は銀髪碧眼がほとんどなので、氷のように透き通り、玲瓏とした雰囲気が美しい。道術の研鑽を積み続ける彼らは、空気が一般人とはひと目で違うと分かるのだ。そして、それは住まいにもあらわれていて、物は上等で、無駄はない。

(一人ぼっちになって、白家に入ってからは、それが寒々しく思えたが……今は落ち着く)

 白家を思い出すと、自然と碧玉の姿が浮かぶ。天祐にとって、白家とは碧玉そのものだ。

(兄上の美しさは、天上の……とつけても誰も否定しないだろうな)

 天祐は自分の考えに納得して、うんうんと頷く。
 そんなふうに考えながら、侍女の青鈴が下人に声をかけ、荷解きするのを眺めていると、崔白蓮が顔を出した。

「宗主、硬いお顔をなさっておりますが、これからのことに緊張されておいでですか」
「緊張? いいえ、崔師父。これは武者震いです」
「……武者震いですか? ああ、狐についてでしょうかな」

 白蓮は糸目で、常に笑っているような顔なので表情が読みづらいのだが、今ははっきりと困惑があらわになっている。

「いいえ、狐のことは心配していません」
「他に何かございましたか?」
「黒雪花殿ですよ。兄上の婚約者候補だったというのがどの程度の女人にょにんなのか、見てやろうじゃないですか!」

 天祐が拳を握りしめて宣言するのを、白蓮はハハと声に出して笑う。

「ああ、そのことですか。気にされていないようでいて、実はかなり気にしていたのですな」
「天祐様、碧玉様の美貌に敵う人間などおりません。いるとしたら、神様か化け物でしょう!」

 青鈴が振り返って、天祐に珍しく強気で主張した。天祐も真面目に返事をする。

「ああ、青鈴。俺もそう思う」
「実に良い主従関係のようですね」

 白蓮は肯定も否定もせず、にこにことしている。この場にいるのは、白家でも精鋭の家臣ばかりなので、ただ頷くばかりだ。碧玉がいれば、「馬鹿ではないか」と鼻で笑っていただろうが、誰も止めない。

「出迎えに現れると思っていたのに、雪花殿の体調が優れないとは。師父、彼女は宴には顔を出すでしょうか?」
「あいさつにもお見えにならないのに、宴では尚のこと厳しいでしょう。もっとも建前でしょうが。恐らく、そういう作戦なのですよ」
「妖狐の調査期間を引き延ばすための?」
「ええ。さっさと目的を終えては、我々は帰るだけになってしまいます。とはいえ、調査は明日からでしょうね。もし紫曜様の予測通り側室が妖狐であるならば、何か仕掛けてくるやもしれません。下調べは弟子に任せて、私はあなたの傍に控えております」

 白蓮は妖怪の攻撃を警戒しているようだ。
 そんな師父の姿を見て、天祐の頭はさすがに冷えた。ため息をつく。

「俺はやはり、宗主には向かないと思います。仕事より、兄上のことが気になってしかたがない」
「ええ、そうだろうと思いまして、仕事をお持ちしましたよ」

 白蓮が指示をすると、使用人が書類や手紙を運びこむ。白蓮はにこりとした。

「宴まで、どうぞご覧ください。嫌でも仕事に集中できるかと」
「……はい」

 頬が引きつりそうになるのをこらえ、天祐は素直に頷いた。
 昔からそうだ。穏やかで優しそうに見えて、白蓮は容赦がないのである。


 予想通り、宴にも黒雪花は現れなかった。
 その代わり、宴の席に、噂の韋暗香が参加したのが収穫だった。

(こういった公の場には、たいていは正室しか顔を出さないものだが)

 天祐は表向きにこやかな態度をとり、黒家の宗主のほうを眺める。小柄で真面目そうな黒い髪と、やけに鋭い紫の目を持つ男が黒家宗主であり、紫曜の父である黒輝だ。四十代半ばの男が、ずっと年若い二十歳ほどの暗香にお酌され、鼻の下を伸ばしている。

(なるほど、傾国の美姫と表現されるのも分かるな)

 韋暗香は小柄ながら、女性らしいふくよかな体型をしている。豊かな胸はよく熟れた果実のようで、肌は白魚を思わせる。長いまつげは頬に影を落とし、ぽてりとした唇はなまめかしい。肉感的な美女だった。
 それに対して、正室の桃春麗とうしゅんれいは、細面の美人である。医術に長ける桃家から嫁いできただけあって、賢そうな反面、どこか神経質にも見えた。体型は控えめで、清楚だ。
 一般的には、つつましく清楚な美女が妻に良いとされているから、桃夫人は理想像に近い。それでも、暗香と並んでしまえば、魅力はどうしてもかすむ。

(かわいそうに)

 妻と呼ばれるのは正室のみだが、輝が構うのは側室ばかりで、かの夫人にとっては立場がなくつらいだろう。

(あの側室が狐かどうか、この場で明確にするのも悪くはないかもしれないな)

 無実の女性が妖怪と疑われているのは憐れと思ってここまで来たが、宴で実際の様子を見て、天祐は少し考えを変えた。暗香は正室に対して全く遠慮していないし、時折、正室を見やる視線には毒がある。

「白宗主、こちらの酒はいかがですか。我が領で作ったもので、自慢の一品です」

 天祐が顔を上げると、紫曜が玻璃はりの水差しを手にして立っていた。

「もちろん、いただきます」
「いい飲みっぷりですね。強い酒なのですが、顔色も変わらず。相変わらず、白家の方は酒豪ぞろいのようで。あなたの兄君も、涼しい顔で酒杯を空にしていたものですよ」
「紫曜殿、あなたもどうぞ」
「これはかたじけない」

 返杯のため、天祐は紫曜の手から水差しを取り上げ、紫曜の持つ酒杯につぐ。

「失礼ですが、兄上がどなたかと親しくしているところを、全く想像できません」

 紫曜は隣の床にどかりと座り、大きく頷く。

「ええ、ええ、そうでしょうとも。碧玉は幼い頃からあの通り、冷たい性格をしていましたからね。私が話しかけると、『うるさい』か『騒がしい』、長くても『面倒事ばかり持ってくるな。私は忙しいゆえ、お前に付き合っている暇はない』のどれかですよ。それでいて、助けを求めれば、ものすごく不本意そうに、渋々助けてくれるのです。まあ、見返りは要求されましたが、いい男でしたよ」

 紫曜は褒めたが、その笑みには苦味も含まれている。

(兄上の言っていた通りだな)

 煩わしそうにしている碧玉の様子が、ありありと思い浮かんだ。
 そこで紫曜は天祐に身を近づけ、ひそっと問う。

「ところで、白宗主」
「無礼講です。天祐と」
「では、天祐殿。あなたは韋暗香をどう思います?」
「あまり感じが良いとは思えませんね。このような場では、正室を立てるべきでしょう」
「それは私も同意しますが、そういうことではなく」

 紫曜の紫の目が、悪戯っぽく光る。

「女としての好みですよ」

 美味い酒でほどよく温まった体から、すっと熱が引く。天祐は冴え冴えとした瞳で、紫曜を見つめ返す。

「女だろうが男だろうが、興味はありません。俺には兄上だけです。あの程度の美人が、兄上に敵うとでも?」

 失礼な内容なので声をひそめたが、天祐の偽らざる本心だ。紫曜は天祐の碧玉への重い感情がにじんだ言葉を堂々とぶつけられたことに面食らった様子で瞬きをし、内容には同意した。

「それはそうだ。私も碧玉以上の美人にお目にかかったことはない。絶世の美女と噂されている妹には悪いが」

 家族への礼儀として、紫曜はわざわざ妹のことを付け足して、にやりと口端を吊り上げる。

「ああ、よかった。白家の皆さんは美しいものを見慣れておいでだから、彼女の色香に惑わされないようです」
「紫曜殿はどうなんですか」
「私も韋夫人の美には何も思いませんよ。彼女よりも上の者をよく知っていますからね。碧玉が女だったらどれほどいいかと、よく考えたものでした」

 天祐の眉がぴくりと動く。まさか碧玉に友人以上の気持ちを抱いていたのではないかと警戒する前に、紫曜の視線が暗香のほうに向く。

「それにしても、さすがに今日は双子の弟は連れていないか」
「双子の弟ですか?」
「韋疎影といって、彼女の家族ですが、ほとんど使用人扱いされているようですよ。あの二人は、流れの楽師だったんです。彼らを認めるのは悔しいですが、どちらもそれは見事な琵琶びわの名手でしてね」
琵琶びわですか」

 天祐は顎に手を当てる。それは良いことを聞いた。

「紫曜殿、試したいことがあるのでご協力願えますか」
「何をするんです?」

 天祐は紫曜に作戦を耳打ちする。彼が頷いたので、剣を手に立ち上がると、今度は輝のほうへ声をかけた。

「黒宗主、本日は素晴らしい宴の席をご用意いただき、感謝申し上げます。よろしければ、宴の礼に、剣舞を披露させていただいても?」

 輝はにこやかに頷いた。

「それはぜひとも拝見したいものです」
「紫曜殿のお話ではそちらのご側室は琵琶びわの名手とか。演奏をお願いしてもよろしいでしょうか」

 天祐の提案に、輝は手を叩いて喜ぶ。

「おお、暗香の琵琶びわとともに、白宗主の舞を見られるとは素晴らしい。誰か、琵琶びわを持て!」
「ふふ。精一杯務めさせていただきます」

 暗香は妖艶に微笑んで、使用人が運んできた琵琶びわを受け取る。
 彼女が琵琶びわの調整を終えるのを見て、天祐は曲の指定をし、広間の中央に出た。

「せっかくですので、道術を使い、少し変わった演出をさせていただきます」

 天祐は光り輝く蝶の式神を十体同時に召喚し、周りに飛ばす。

「おお、これは素晴らしい」
「なんて美しいのでしょう」

 蝶の美しさと十体同時に呼び出す能力の高さ、両方への称賛のため息があちらこちらでこぼれる。普段は才をひけらかすことはしないが、必要なので大判振る舞いだ。
 天祐がちらりと紫曜のほうを見ると、紫曜は作戦決行をすべく、酒瓶を手に輝の傍に行く。

「父上、韋夫人の代わりに私が酌をいたします」
「ああ。紫曜も飲みなさい」

 輝は息子に話しかけられ、ようやく暗香から視線を外した。

(紫曜殿が黒宗主の気を引き、俺が式神で目くらましをしながら剣舞をして、隙を見て彼女に退魔の術をかけてみる。紫曜殿の話だと、輝以外に暗香の味方はいないようだ。黒宗主の目さえかいくぐれば、術を使う隙はある)

 暗香が苦しがるそぶりを見せれば、その正体が狐ということで間違いがない。
 ベンと琵琶びわの音が鳴る。暗香は赤い唇で微笑みながら、剣舞にふさわしい激しい曲調を難なくこなす。天祐はそれに合わせて、ひらひらと衣をはためかせて舞う。蝋燭の明かりを反射して、刃がきらめいた。
 式神と同時に退魔の術まで扱うという神業を披露して、天祐は暗香に探りを入れた。
 結果、暗香の態度に揺るぎはなく、宴は夜遅くまで続き、和やかに終わった。



 すっかり夜が更けた頃。宴が終わり、めいめいが部屋に引き上げていく。
 天祐もまた客室に戻ると、後ろからついてきた白蓮にさっそく相談する。

「九尾の狐ともなると、あの程度の退魔術は効かないのでしょうか」

 白蓮も難しげな表情をしている。

「剣舞の間、宗主が退魔の術を使うのを見ていましたが、あの側室はびくともしませんでしたね。術を防ぐ何かを持っているか、ただの人間なのか。そうなると、狐が関わっているだろうという、紫曜殿の直感が気になるところです」
「妖怪らしき気配もない。妖狐は正体がばれるのを恐れて、道士を嫌うものですが……そんなそぶりもない」
「韋暗香の部屋に、式神を飛ばしましょうか」
「いや、あの様子だと、今頃、韋暗香の部屋を黒宗主が訪ねているはず。さすがにばれるだろう」

 天祐は輝の様子を思い浮かべる。彼は客のもてなしに気を遣いながらも、ほとんどは暗香に意識をとらわれていた。年甲斐もなく恋に夢中になっている。
 天祐自身、碧玉がいればずっと傍にいたいのもあるので――何せ、すでに数年は恋の病にかかっている――ある程度は輝の様子は理解できる。それを問題に思うのは、彼の体調が気になったからだ。

「黒家の人々が不安になって、白家に助けを求めるのも理解できる。一見すると分かりにくいが、黒宗主は頬がこけて、病気になりかけの人のようだ」
「あれは間違いなく、精気を奪われていますよ。狐かどうかはともかく、妖怪か祟りか、何かしら原因があるはずです」
「正室に毒を盛られているという可能性は?」

 桃家は医術と薬学に詳しい。毒を手に入れるのは容易だろう。
 白蓮にはその問いは違和感があるようで、わずかに首を傾げる。

「桃春麗様は誇り高い方だそうです。あの方が側室だったならともかく、正室で後継者の母君です。立場は安泰。側室をわざわざ手にかけますでしょうか? 表向きはおおらかな態度をとっておいて、正室らしい振る舞いを選ぶのでは?」

 白蓮の考えを聞いて、天祐は宴の席での桃春麗を思い出す。礼儀正しく振る舞って、客のもてなしに専念していた。

「理性でそうあろうとしても、難しいものではないか?」
「では、夫人についても調べることにしましょう」
「ああ。今日はお開きにして、休みましょうか」

 思っていたより、事態は面倒くさい。

「そうだな。事がそう単純ならば、紫曜殿がとっくに解決しているだろう」

 黒家で頼られている兄貴分と自称するだけあって、家内にある問題はたいてい彼が解決しているようだ。そんな彼が助けを求めに来たのだから、もっと気を引き締めてかかるべきだろう。
 天祐はそう思い直しながら、寝床に向かった。


 黒家への滞在二日目。
 いつもの習慣で、天祐は夜明け頃に目が覚めた。
 夜遅くまで宴をしていたので、紫曜からは今日は昼前まで休むように言われていたが、寝つけそうにない。寝ぼけながら隣に手を伸ばし、そういえば碧玉とは別行動だったと思い出してがっかりする。

(小鳥の式神を飛ばして、様子見をしようか。……いや、兄上にばれたら、ご機嫌が悪くなられるだろうな。やめておこう)

 ちらっと考えたが、今回は理性が止めるのに従うことにした。
 その代わり、碧玉に似せた式神を作り出して、傍に置く。
 朝食を運んできた黒家の使用人はぎょっとしたが、すぐに何もなかった態度を取りつくろう。天祐が食事を終えると、そそくさと退室した。
 天祐は剣術の鍛錬をして、道術に使う道具の確認をする。午前中の遅い時間になると、白蓮があいさつに来た。

「噂程度ですが、桃夫人について調べましたよ」

 そこで白蓮は碧玉に似せた式神に気づいて、少し呆れた表情をしたものの、報告を続ける。

「嫉妬するよりも、夫の様子に呆れて、距離をとられているようです。趣味の薬草栽培に入りびたりみたいですよ。夫の体が弱っているのに気づいているようですが、黒宗主が病人扱いすると怒るので、さじを投げたようですね。息子に全て任せているとか」


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