白家の冷酷若様に転生してしまった

夜乃すてら

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2巻後の番外編(読み切り)

4:雲嵐の事情

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「私の妻が……桂英ケイエイが妖怪かもしれないですって?」

 灰炎がこれまでについてを懇切丁寧に雲嵐に教えると、雲嵐はぎょっとして後ずさりをした。

「いくら彼女が山の民だからって、妖怪扱いはひどくはありませんか? 村の皆も不審がっていますが、桂英はちょっと恥ずかしがり屋なだけの普通の人間ですよ」

 雲嵐は必死に言いつのる。

(まあ、突然、妻が妖怪だなどと言われたら、普通はこんな反応か)

 碧玉は雲嵐の様子に、納得を見せた。むしろ、妻を守ろうとする態度は好感に値する。
 天祐が不思議そうに首を傾げて、雲嵐に質問する。

「山の民とは? その女が天女と名乗っているとは聞いているが」

「拠点を持たず、各地を放浪しながら暮らしている山の民がいるでしょう? きっと桂英はその民なんですよ。ああいう民は、仲間の住まいをよそ者に教えるのは御法度だと噂で聞きます。それで、天女だという嘘をついて、私に嫁いだのでしょう」

 雲嵐は妻を天女とは思っておらず、そういうふうに解釈して納得していたことが分かった。
 今度は灰炎が挙手する。

「では、昼間は山に戻る理由は?」
「そ、それは……分かりませんけど」

 途端に雲嵐は言葉に詰まり、言葉尻が小さくなった。うつむいて、落ち着きなく両手を組んだり開いたりする。

「しかし、あんなに綺麗で家事が上手な人が、私みたいな凡人を選んでくれたのですよ? 夫として守るべきでしょう」

 碧玉は顎に手を当て、考えを巡らせる。

「ふむ。お前はその桂英という女に、財産を分けているのか?」
「え? いいえ。使っていいと置き場所を教えているのに、何も手をつけません」
「人間ならば重婚の可能性も考えたが、それではおかしいな。金を得るカモにしているかと思ったが」
「重婚? カモ?」

 まるで初めて聞いた単語かのように、雲嵐は目を白黒させる。

「なるほど、この村がいかに平和ぼけしているかが分かったな」

 碧玉は同意を求めて、天祐をちらりと見た。天祐は苦笑する。

「銀嶺……あんまり意地悪を言わないであげてください」

 天祐はゴホンと咳払いをして、雲嵐に向き直る。

「雲嵐殿、君の妻が妖怪かもしれないというのは、そのうなじのあざも理由になるし、松伯様が邪悪なものだと言って、わざわざ白家まで助けを求めに来たこともある。我々のことが信じられなくても、守護神のことは信じられるだろう?」

 天祐が丁寧に問いかけると、雲嵐は意外そうに問い返す。

「松伯が、私のことを心配してくれたのですか?」
「随分と親しげな呼び方ですな」

 灰炎の指摘に、雲嵐は少し寂しげに打ち明ける。

「私は幼い頃は霊力が高く、松伯の姿は見えましたし、おしゃべりする間柄でした。少し年上の兄のように慕っていたのです。お互いに名前で呼び合っていましたよ」

 松伯は村の守り神だと教えられても、雲嵐には物知りで優しい兄のようにしか思えなかったのだと、雲嵐は話す。

「ですが、十五を過ぎた辺りから、急に声が聞こえなくなり……最終的には見ることもかなわなくなりました。霊力を保つ修業もしていたので、まさか霊力を失う日が来るなんて思いませんでした」
「そういうことはたまにある。白家で修業している見習いにもいるよ」

 天祐が気の毒そうに取りなすと、雲嵐は苦笑を浮かべる。

「分かっていますよ。でも、当時は怖かったし、不安でいっぱいでした。もう戻らないと分かった時は、ひどく落ちこみましたね。これは実際に能力を失った者にしか分からないことです」

 遠回しに諭された天祐は、言葉に困って目を泳がせる。碧玉は天祐の脇腹を肘で小突いた。

「うぐっ」

 天祐がうめくのを無視して、碧玉は雲嵐に義弟の無作法を詫びた。

「すまぬな。この男は天才ゆえに、時折、無神経なことを言うのだ」
「い、いえ」

 おっかなびっくりという態度で、雲嵐は首を横に振る。

「しかし、霊力が落ちたといっても、いくらか直感は残るもの。どうして不審な女を嫁として受け入れた?」

 碧玉は遠慮のない問いかけをしたが、碧玉が理解を示す言葉を口にしたせいか、雲嵐は気分を害した様子もなく、少し考えてから答える。

「美人というのもありますが、一番大きな理由はよそ者だからですね」
「えっ、どういうことだ。お前、美人だからだと話していただろう?」

 今まで傍で黙って話を聞いていた飛燕が口を挟む。
 天祐や灰炎は理由を察して視線を交わすが、碧玉は気にせずに指摘する。

「簡単な話だ。お前が村の人間だから、無難な理由を口にしたのだろうよ。結婚したい理由が美しさならば、たいていの男は納得する」
「うっ。それはそうですが……」

 納得していない飛燕に気づいて、碧玉は首を横に振る。

「どうして分からぬのか、理解できぬな。いずれ祭司になるはずだった者が能力を失い、祖父から冷たい扱いをされ、村人はそれに迎合げいごうした。そんな村人の一人であるお前を、心の内を何でも打ち明けられるほど信頼できると思うのか?」

 このような小さな村では、あっという間に噂が回るだろうと、碧玉は問題点をあげる。

「それはつまり、雲嵐は俺が友との秘密を漏らすと思っていたということか?」

 飛燕が目つきを鋭くすると、雲嵐は困った顔をして、どういうことかと説明する。

「君は親と仲が良いだろう? 私が悩んでいるようだと、親にうっかり話すかもしれない。君に悪気はなくても、それだけで村中に広まるんだ。私にはつらいことだよ」

 雲嵐の言うことは図星を突いたのか、飛燕は気まずげに沈黙した。

「慎重なのは良いことだ。こんな狭い場所で、人間関係にひびが入っては、生きていけなくなるのと同義だからな」

 碧玉は雲嵐を褒め、話を続ける。

「よそ者だから嫁を受け入れたのは、お前の噂を知らないから気が楽だったというところか?」
「ええ、よくお分かりになりますね」

 雲嵐は目をまん丸にして、碧玉へ感心の眼差しを向ける。

「事情は分かりましたが、私にはやはり、妻が妖怪とは信じられません」

 雲嵐は頑なにも態度を崩さない。
 領主に対してでも引くつもりがないのは、家族を大事にしている碧玉には良いものに見えた。

「妻を守れるのがお前しかいないのだ。むきになるのも理解はできる。こちらで調査することは承知しておけ」
「無礼だと言って、切り捨てないのですか?」

 雲嵐が領主へ抱いている考えがよく分かる言葉だ。碧玉は口端を吊り上げ、天祐に問う。

「天祐、切り捨てるのか?」
「どうして罪の無い者を切り捨てるんですか。雲嵐殿、君の妻の無実をしっかりさせるためにも、調査に協力してほしい」

 天祐が真摯な態度で頼むので、雲嵐は心を動かされたようだった。

「……分かりました。しかし、無実だと分かった時は、彼女には何もしないで下さい」
「山の民と結婚するのは違法ではない。その時は何もしないと、天に誓って宣言する」
「感謝いたします」

 天祐の言葉で、雲嵐は安堵した様子で拱手をした。
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