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第一部
05 相談
しおりを挟む翌日、早朝に帰宅したルイスは、赤子のことを考えて沈み込んでいた。
いつものように、夜勤明けに朝食をとりにきたクロードに不審に思われるほどだった。
「どうしたんだ? 巣穴を横取りされたイタチみたいだな」
「見たことあるのか?」
クロードの謎の言い回しに、ルイスは条件反射で言い返す。そして溜息をついた。この会話だけで疲れた。
「なんでもない。俺は部屋に上がるよ。クロードは好きに食べていていいぞ」
ルイスは自室に引き上げたのだが、すぐ後にクロードがやって来た。長椅子の背にもたれて考え事にふけっていたルイスは、ふいに視界が暗くなったので視線を上げ、ぎくりとする。
使用人なら一言断ってから入室するので、ノックだけで入ってくるのはクロードだろうと放っていたら、そのクロードが長椅子の背に両手を置いて、ルイスに覆いかぶさってきたのだ。
「何?」
さすがに意味が分からなくて、不安を抱く。
逃がすまいと腕で閉じ込めた格好で、クロードがじっとこちらを見る。
「悩みがあるんだろう。話してみろ」
もしかして、これで気を遣っているのだろうか。あまりの近さに、ルイスの心臓は騒がしく鼓動を刻む。目を合わせていられず、ルイスが先にそらした。
「別に。どけよ」
クロードの肩を押すのだが、クロードはびくともしない。
「話すまでどかない。好きな女でもできたのか? 昨日のチャリティーイベントで?」
「まさか。あの場にいたのはマダムばっかりだぞ。既婚者相手に懸想なんかするか。推理小説に出てくる、謎めいた未亡人ならともかく」
そういった女性は美人だと相場で決まっている。
ルイスはクロードが好きだから心は揺れないだろうが、美しいものを鑑賞するのは好きだ。
チャリティーイベントにいた女性達は、うわさ好きと珍しいもの見たさの人ばかりだったので、そもそも好みではない。他人のことをかぎ回る人は、異性に限らずわずらわしいだけだ。
「それじゃあ」
ずいっとさらに前に出て――キスされてもおかしくない距離だ――クロードは声を強める。
「何を悩んでる?」
一、二、三……数秒の後、この圧力に負けたルイスは降参した。
「たとえば、悪くないのに罪を犯した人がいて……」
「ああ」
「その人に子どもがいて、面倒を見てくれるなら自首するって言われたら……どうする? 養子にして我が子として愛さなければいけないとして」
クロードにしてみれば、思いもよらない質問だったのだろう。眉間にしわを刻みこんで、しばらく沈黙した。ルイスだって、友人が突然こんなことを言い出したら困る。
「相手による。俺は、それがルイスの頼みなら、子どもを養子にして可愛がるだろう」
「赤の他人なら?」
「金銭の援助だけして、よそに預ける」
「嘘をつくのか?」
「俺は博愛主義者ではないからな。世の中には、子どもの世話をするのが好きな者がいる。子どもを守ることに心血そそいでいる者も。そこに預けたほうが、子どもにとってはよほど良いだろう。俺にできるのは、子どもが成長した時、独り立ちする手助けをすることだ。役割分担だな」
クロードらしい、冷静で理性的な返事だ。
「どれを選ぼうが、幸せかどうかは本人が決めることだ。貧しくても幸せな人間もいるだろう。ありがたみっていうのは、保護者がいなくなってから分かるんだ。俺も、父上が亡くなってから痛感した。いかに守られていたか」
「それは分かるよ、俺も……」
どんなにつらくても、ルイスは生きていく。
兄を連れ去った悪魔に復讐し、兄を取り戻すために。そして、真相も知りたい。
ときおり思い出すのは、悲劇の夜と、優しくて暖かい記憶だけ。
それなら、ルイスもまた、あの赤ん坊に心の温もりを残してあげたい。ポケットにしのばせて、ときどき眺めてはうっとりと見入るような、美しいガラス玉みたいなものを。
ルイスから迷いが消えた。
グエンタールには反対されるだろうが、ルイスはあの赤子を引き取るつもりだ。あの子から母親を奪ったことを悩んだとしても、悪魔との契約者が元はただの人間だったことを忘れないためにも。
「決めたよ、クロード。ありがとう」
「ん。よく分からんが、孤児の支援でもするのか?」
その質問には、ルイスはあいまいな微笑を返すのみだった。
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